第4話 耀の部屋
『汐里、あんた若い男の子と付き合ってるんだって? 』
次の日、綾子から電話がかかってきた。
『違うの! 』
『だって、牧田さん、電話で実況中継してくれたわよ。あんた達が抱きあってるとか、部屋の電気が消えたとか』
『ふりだけよ。早く諦めて欲しかったから。うちの大学の学生さん。たまたま通りがかって、助けてくれたのよ』
『ふーん』
綾子は、今一信用してないふうだったけど、それ以上は突っ込んでこなかった。
『牧野さん? 牧田さんか、納得してもらえた? 』
汐里は、見合い相手の名前さえ曖昧だったことに、今更ながら自分に呆れる。
『かなりご立腹だったわ。一応、断ることは本人にも母親にも伝えたけど。ただ、汐里も自分との結婚を望んでるはずだ、一回くらいの浮気は大目に見るとか、わけのわかんないこと叫んでたけど』
『……』
『まあ、電話とかきてもとらないで。なんかあったら、私が対応するから、言ってちょうだい』
『わかった。ありがとう』
『悪かったわ。でも、汐里のおかげでどんな人かわかって良かった。あの人紹介リストから削除しなきゃね。他でやられたらたまったもんじゃないわ。汐里…は、もうお見合いは紹介しなくていいかしら? 』
『こりごりよ。二度とお見合いはしたくないわ』
『まあ、必要ができたら言ってよ。じゃあ、お写真とかは送ってちょうだい。相手にお返しするから』
『わかったわ。すぐ送る。じゃあね』
汐里は、さっそく写真を封筒に入れると、綾子の住所を書いて郵便局へ向かう。
郵便局で封筒をだすと、汐里は土曜日だというのに、やることが終了してしまった。
お昼には少し早いし、かといって一人でお茶もなんだし、無難にTSUTAYAに足を向けることにした。
多少距離はあるが、どうせ暇だし問題はない。
TSUTAYAにつくと、アニメのレンタルDVDの棚に向かう。汐里は漫画好きだった。オタクまではいかないけれど、それなりに量は見ていた。
「しおりん? 」
どのDVDにしようか手にとっていたとき、背後から声をかけられた。
汐里のことを「しおりん」と呼ぶのは、今のところ一人しかいない。
「秋元……君」
汐里はDVDを棚に戻して振り返った。
「耀でいいよ。しおりんもビデオ借りにきたの? 」
「うん、まあ」
耀は、汐里の手にしていたDVDを手に取る。
「これ、俺も見たかったやつだ。俺、アニメも好きなんだよね。夜中にやってたやつでしょ? 」
「そうみたいね」
「ね、一緒に見ようよ。二人で別に借りるよりお得じゃん」
「まあ、いいけど。じゃあ、私が借りるわ。昨日のお礼」
「やった! 」
汐里は、昨晩数時間一緒に過ごしたからか、DVDを一緒に見るということに抵抗を感じなかった。
普通なら、異性とビデオ観賞なんて、あり得ないはずなのに。
それに、昨日の耀は部屋で一緒に過ごしても、かなり紳士的だったし、異性という感じがしなかったのだ。
親戚の子供?みたいな、親しみやすさを覚えていた。
他にアニメのDVDを数本借りると、TSUTAYAを出た。
「ここからなら、俺の家のが近いから、俺んちでいいよね? 」
「うん、構わないけど」
「じゃ、飲み物とか昼飯とか買い出ししてから帰ろ。今日はまったりデイだ」
途中コンビニでコーラやらお菓子、お弁当を買って耀のアパートに向かう。
耀のアパートは、汐里のアパートよりもワンランク上な感じのアパートだった。アパートというより、マンションだ。
「一人暮らし? 」
「そうだよ」
オートロックの玄関を抜け、エレベーターにのる。
耀の部屋は三階だった。
ワンルームだけど、部屋自体が広い。しかもシステムキッチンだし。
「贅沢! 」
「そう?ワンルームだよ」
「なんか嫌み。広さならうちの倍以上あるじゃない」
「俺払ってるわけじゃないしさ、借りたのも親だから。しおりんは自分で生活してんでしょ?偉いじゃん」
「当たり前でしょ。社会人なんだから。もう、いいなあ、こんなきれいなとこに一人暮らし」
「じゃあ、一緒に住んじゃう?」
「馬鹿なこと言わないの」
耀は、買い出しした物をテーブルに広げると、DVDをセットした。
「そうだ、これに着替えれば?」
耀は、スウェットの上下を出してきた。
「スカートじゃ、気を使うでしょ。ちゃんと洗濯してあるから大丈夫だよ」
汐里は、スウェットを手に少し悩んだが、好意を受けることにした。確かに、足を気にして座るのはきついし、DVD数本見るなら、気楽なかっこうのほうがいい。
「じゃ、借りるわ」
汐里は、風呂場の脱衣所で着替えた。
汐里の家みたいに脱衣場のない風呂場ではなく、きちんと扉があり脱衣所の中には洗濯機置き場まであった。
男の子のスウェットだからか、かなりだぼだぼだ。裾をめくって着る。
「なんかしおりん可愛い」
「はい? 」
「そのダボッとした感じがいいね」
「そう? 」
二人は、飲み物を飲みながらDVDを見る。途中お弁当を食べ、結局夕方になってしまった。
耀の距離感が、汐里をすっかり安心させていた。
近すぎず、遠すぎず、イヤらしくない距離。
耀が女の子に人気があるのがわかる気がした。見た目はもちろん、会話もスムーズだし、なによりガツガツした男らしさを感じない。
一緒にいて安心できるのだ。
まあ、耀を狙っている肉食系女子には物足りないだろうけど。
こういうのを、草食系男子って言うのかしら?
「夕飯どうする?なんか作る? 」
三本目のDVDを見終わり、耀が次のDVDを入れる前に聞いた。
「私、料理苦手よ」
「うーん、俺もそんなに得意じゃないけど、パスタくらいならできるかな。それでいい? 」
「作ってくれるの? 」
「だって、腹減ったじゃん。まだDVDあるし」
耀は、冷蔵庫の中からキノコと葱、ベーコンを取り出すと、和風スパゲッティを作ってくれた。ガーリックと唐辛子をオリーブ油で炒めてあり、かなり本格的な味だった。
「凄いわね。美味しいわ」
「ありがと」
まず、冷蔵庫に食材があることが凄い。しかもキノコって。作る気がなければ買わないと思う。
部屋も男の子の一人暮らしにしてはきれいだし、台所も片付いているだけでなく、それなりに調味料も揃っているみたいだ。
そこまで観察して、汐里はもしかして…と思った。
そう、彼女の存在だ。
耀はモテるようだし、彼女がいてもおかしくない。部屋の掃除をしたり、炊事洗濯をしてくれるような彼女がいるとしたら?
今こうして耀の洋服を着て、耀の作った夕飯を食べ、耀の部屋でくつろいでいる汐里は、凄く不愉快な存在ではないだろうか?変なことはないとは言え、異性と部屋で二人きりなんて、彼女からしたら耐えられないことなのでは?
「私、帰るよ。洋服は洗濯して返すから」
いきなり立ち上がった汐里を、耀は驚いて見上げる。
「どうしたの?食事も途中だし、まだDVD残ってるけど」
「だって、耀君の彼女にしたら、私の存在って不愉快だよ! 」
「今さら? 」
「そうだよね、今さらだよね。ごめん、いい年して考えが足りなかったよ」
耀は吹き出した。
「いいから、座りなよ。彼女なんていないから」
「いないの? 」
「いないよ」
汐里は、座りなおすとスパゲッティを一口頬張った。
「やだ、焦っちゃったじゃない。ほら、部屋きれいだし、料理の材料もあるし、彼女がいるからだと……」
「たまたまだよ。しおりんが彼女になってくれてもいいんだけど? 」
「馬鹿なこと言わない!若い子なら本気にしてるよ」
「しおりん、若いじゃん。俺の周りにいる女子より、全然若く見えるよ」
「そんなわけないでしょ。あー、美味しかった。ご馳走さま。洗い物、私するね」
汐里が皿を流しに持って行くと、耀はボソッとつぶやいた。
「本気…なんだけどな」
「うん?なんか言った? 」
「一緒に片付けるよ」
耀は自分の食べ終わった皿も流しに運び、汐里が洗剤をつけて洗った横で、洗い物を流し始めた。
半歩、距離が近くなっていることに、汐里は気がつかなかった。
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