第2話 お見合い

「こちら、牧田伸二まきたしんじさん。東大ご卒業のエリートよ」

「はあ……」


 年は三十過ぎだろうか?かっちりした髪型に眼鏡、ひょろっと細くて神経質そうな顔立ちのザ・サラリーマン的な男が、鼻の穴を広げて汐里のことをガン見していた。目付きが何て言うか…、少し怪しい感じがする。


 某ホテルの中華料理店の個室、汐里は人生初のお見合いとやらをしていた。

 この見合いは、汐里の叔母の綾子あやこが持ってきた話しで、彼氏がいない汐里を心配して…というよりは、綾子の職業が見合い斡旋であった。

 この相手も、綾子の手持ちの駒の一つで、すでに数人に写真の時点で断られており、さらに数人に一回会ってすぐに断られていた。このままだとクレームに発展しかねないからと、とりあえず数回会ってほしいと言われて、しょうがなく見合いしたというのが現状だ。


 そんな見合いであるから、相手の顔写真も見ていなかったし、プロフィールにも興味がなかった。汐里はなんとか笑顔を張り付けて、この苦痛な時間が早く過ぎないかということばかり考えていた。


「汐里さんは二十五歳でしたよね?大学で働いていらっしゃるとか?」

「事務の仕事よね、汐里ちゃん?」

「はい」

「この子、お見合い初めてだから緊張してるみたい」

「それは そうですよ。こんな若くて可愛らしいお嬢さんとお見合いできるなんて、思ってなかったわよね?伸二さん」

「あら、牧田さん、お上手ですこと」

「本当ですわ。さすが、広瀬ひろせさん。今までに何組もお見合いをまとめてきたとお聞きして、是非息子にも紹介していただこうとお願い致しましたが、大正解でしたわ。ねえ、伸二さん?」


 見合いの当事者よりも、綾子や牧田の母親の方がよく喋った。


 それにしても、お見合いというのは、こんなにジロジロ見られるものなんだろうか?

 汐里は牧田の視線に居心地の悪さを感じていた。


 どこが嫌かと聞かれても、ズバリ言い表すことは難しいが、なんとなく生理的に無理というか…。この人と手を繋いだり、キスやそれ以上のことができるか?と言われたら、絶対に無理!と断言はできる。


 それをどう綾子に伝えればいいか、断る言い訳を考えながら、汐里は相づち以外喋ることなく、ひたすら箸をすすませた。


「汐里さんは、美味しそうに食事しますね。旨い寿司屋があるんですよ、今度ご一緒しましょう」


 初めて牧田の声を聞いたが、予想よりも甲高い声で、耳障りな印象を受ける。


 うん、声も嫌かも…。


「あらお寿司!汐里ちゃんお寿司大好きよね。ぜひご一緒させていただきなさいな。いつがよろしいかしら?」

「伸二さん、次の土曜日はいかが?ママ、予約とっといてあげるから」

「汐里ちゃん、それでいいわね?お寿司なんて、最近回るものしか食べてないわ」

「オホホ、広瀬さんたら」


 勝手に次のデートを決められてしまった。

 そりゃ、数回会ってくれとは言われたが……。二人で食事なんて、考えただけでも胃が痛くなりそうだ。


「ちょっと、伸二さん。汐里さんと散歩でもしていらっしゃいよ。ほら、私達がいたら汐里さんも緊張して喋れないだろうし、ママは広瀬さんと今後についてお話しがあるから」


 今後って何?


 汐里は恐ろしくて聞けなかった。

 牧田に促され、汐里は渋々立ち上がり、ホテルの裏に広がる日本庭園に向かった。


「汐里さんは今日はスーツなんですね」

「はあ……」

「お見合いだから着物でくるのかと思ってましたよ。でも、普段の汐里さんが見れて良かった」


 普段でもスーツはあまり着ませんが……。


 大学に行けば事務の制服があるし、スーツなんかこの一着しか持っていなかった。


「事務の仕事なら、いつでも辞められますね」

「えっ?」

「やはり、女性は結婚したら家庭に入るべきですよね。僕はまあ、そうできるくらいの収入もありますし、何より年齢的にも早く子供を作らないといけないと思いませんか?僕は三十三ですから」

「はあ……」


 牧田は、遠慮なげに汐里の全身を舐めるように見ると、鼻の穴を膨らませて汐里の腰の辺りに視線を止める。


「汐里さんは少し痩せ過ぎだ。ダイエットとかしてるんですか?」

「いえ……」

「まあ、そうか。さっきも食べてましたね。じゃあ、肉がつかない体質なのか。ダイエットはいけない。子供ができにくくなるらしいから」

「そうですね」

「好みとしては、もう少し肉付きのいい女性がタイプなんですが、 スレンダーな女性も悪くなさそうだ。それに黒髪なのがいい。清楚な雰囲気で、誰に紹介しても恥ずかしくはないな」


 この人は、さっきから一人で何をベラベラ喋っているんだろう?


 唯一汐里の自慢にしている艶やかな髪の毛を誉められても、何故か嫌悪感しかわかなかった。

 汐里はとにかく聞き流し、適当に相づちをうち、綾子が迎えにきてくれるのを待った。

 牧田は肩が触れるくらい近くを歩こうとし、離れるために汐里はやや速度を上げて歩く。

 結局、綾子に声をかけられるまでの一時間、立ち止まることもなく、ただひたすら日本庭園を早足にグルグル歩き回った。


「汐里ちゃん。そろそろ帰るお時間なんだけど、伸二さんともう少しお話しする?」


 汐里達を見つけた綾子が、手を振りながらやってきた。


「用事があるので帰ります」

「そう?」

「では、来週の土曜日に。お仕事ですか?」

「はい」

「何時に終わります?」

「五時ですが……」

「じゃあ、五時に迎えに行きます」

「……」


 やはり、食事デートは確定なんだろうか?


 綾子は牧田親子に挨拶をすると、汐里と腕を組みホテルを後にした。


「汐里、どうだった?」


 駅に向かう道すがら、綾子はスマホで次の予定を確認しながら歩いた。この後に一件、お見合いの立ち会いが入っていた。


「どう…って。綾子さん酷いよ、勝手に食事とか決めて!」

「だって、数回会わないと、お互いのことわからないじゃない」

「わからなくていいし……第一、結婚なんてまだするつもりないから(あの人も生理的に無理だし)」

「まあいいじゃない。何事も経験よ。それに、あの人条件だけはいいのよ。顔だって、神経質そうだけど不細工ではないでしょ」

「いや、なんか無理!」

「まあ、わからなくもないけど……。とにかく、数回はデートしてちょうだい。後は私が適当に断るから」

「じゃあ、次の食事までだからね。それで断ってよ」

「もう一声!二~三回は会ってほしいな」


 汐里は心底嫌そうな顔をしつつ、渋々うなづいた。

 それを確認した綾子は、空車のタクシーを停めた。


「もう一件入ってるから行くね。じゃあ汐里、土曜日はよろしくね」


 汐里はタクシーに乗った綾子に手を振り、大きなため息をついた。土曜日を思うと、来週一週間が憂鬱なものになる。


 汐里は、時計に目を走らせた。

 午後二時半少し前、やることもないしビデオでも借りて帰ろうか?

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