第12話 予想外の来訪者

「ラッキー、しおりんに会えちゃった」


 学食で由利香と昼食を食べていると、後ろから両肩を叩かれた。

 振り返ると、いつも通り女子を数人引き連れた耀が満面の笑みで立っていた。


「耀君」

「しおりん、A定だ。美味しそうだね」

「美味しいよ。耀君はこれから?席ある? 」

「食べ終わったよ。B定食べたんだ。A定と悩んだんだけどさ」

「一口食べる? 」


 汐里がレンゲに麻婆豆腐をのせて見せると、耀は汐里の手を掴んだ。


「いいの? 」


 耀は汐里の手を掴んだまま、レンゲにのった麻婆豆腐を自分の口に運んだ。

 躊躇もなく汐里の使ったレンゲを使う耀に、汐里の顔が赤くなる。


「美味しかった。じゃあ、またね」


 口の端についた麻婆豆腐をペロッと舌で舐めると、軽く手を振って学食から出ていった。


「あれは、やばいね」


 由利香は、耀の後ろ姿を見ていたが、ハアッとため息をつきながら言った。


「やばい? 」

「かなりなれてるね」

「なれてる? 」

「女なれしてる。ホストになったらナンバーワンになれるよ」

「やあだ、あの子はそんな感じじゃないよ。見た目はチャラいけど、けっこうしっかりしてるし、年齢は違うけど、友達って感じかな」

「まあ、いいけどね。遊ばれないようにね」

「だから、違うってば」


 汐里は、由利香の言うことを否定し、ただの友達だよとつぶやいた。



 一日の仕事も終わり、バスを待っていた時、汐里のスマホがなった。

 見ると、耀からのラインが入っている。


 耀: しおりんお疲れ(^-^)/

 汐里:お疲れさま。どうしたの?

 耀: あのさ、今日この後暇?

 汐里:帰るだけだけど。

 耀: あのさ、今日俺の誕生日なんだよね。

 汐里:そうなの?おめでとう(^^)v

 耀:友達がさ、サプライズパーティーしてくれてるんだけど、しおりんもこない?


 汐里は悩んだ。


 耀の誕生日はお祝いしたいが、耀の友達というと、大学のケバい女の子達だろうし、あまり話しが合うとも思えない。

 最初、耀のことも苦手なタイプだと思っていたけれど、実際は違ったのだから、彼女達も見た目とは違うのかもしれない。


 でも……。


 汐里は悩んだ末、行かないという結論に達した。第一、今さっき誕生日だって知ったのだから、プレゼントだって用意してない。


 汐里:ごめん、行かない。パーティーとか苦手だから。今度お祝いしてあげるよ。じゃあ、楽しんできて。

 耀:えー! しおりんに今日お祝いして欲しかったな(ToT)

 汐里:無理言わないで。行ってらっしゃい。

 耀:わかった。またラインするね。


 汐里は、コンビニで珍しくビールを買い、アパートに帰った。

 耀はいないけど、お祝い的な気持ちからだった。

 お酒の弱い汐里は、ビール二本目くらいでかなりいい気分になってきた。

 家飲みは滅多にしないが、周りを気にしないでいいし、酔っ払ったとしても家だから寝てしまえばいい。


 お酒は美味しいとは思えないけど、気分はいいもんだわ。


 TVを見ながら、ビールをちびちび飲む。TVもあまり面白いのがやってないし、少し遅いがTSUTAYAにDVDを借りに行こうか?と思っていた時、汐里の家のドアフォンがなった。


 今は十時半近く。

 人が訪れる時間帯ではない。

 耀だろうか?


 汐里は、足音をさせないように、ゆっくりとドアに近寄った。覗き穴から覗いてみようとしたとき、いきなりドアがドンドン叩かれた。

 汐里はびっくりして、ドアの前にしゃがみこんでしまう。


「いるんだろ! なんで出て来ない! 」


 男の人が何か叫んでいる。

 汐里は、耀にラインを送った。


 汐里:耀君、今どこ?

 耀:馬場の駅近くの居酒屋。くる気になった?


 声音も違うし、たぶん耀ではないと思っていたが、やはりドアの向こうにいるのは耀ではないようだ。


 汐里:違うならいい。ごめん。

 耀:違うって何が?

 汐里:なんか、部屋の前で男の人が騒いでて、ドア開けろって、ドアフォンならしてるの。

 耀:まじで?出たら駄目だよ。

 汐里:怖くて開けれないよ。

 耀:今から行くよ。

 汐里:大丈夫、警察呼ぶから。耀君は楽しんできて。ごめんね、変なラインして。


 汐里は、警察に電話しようとしたが、こんなことで警察を呼んでいいのかもわからない。少し待てば諦めて帰るかもしれない。

 ドアは相変わらずドンドン叩かれ、ドアフォンが連打される。


「あんた、夜中にうるさいよ! 」

「うるさい! でてこないこの女に言え! 」

「迷惑だから、叫ばないで! 」

「うるさい! 」

「鈴木さん、どうにかしてちょうだい! 廊下で騒がれると迷惑なのよ! 」

「ほら、隣りの奴も言ってるだろ! 開けるんだ! 」


 隣りの住人がクレームをつけたらしいが、部屋の中で話してと言っているらしい。

 十分くらいやりとりしていたが、隣りの住人は怒ってドアを締め、男は懲りずに汐里の部屋のドアを叩き続けた。


 今度こそ、覗き穴から見てみようと穴を覗くと、そこには赤い顔をした元見合い相手の牧田が仁王立ちしていた。

 知り合いだったことが、より怖かった。間違いではなく、汐里に会いに来たということだからだ。


「汐里さん、君のことが忘れられない。出て来て、僕の話しを聞かないといけない! あんな若僧なんかより、僕のほうが君を幸せにできるんだ。君は目を覚まさなければいけないんだ」

「……あ、あの、近所迷惑です。騒がないでください」

「汐里さん、開けて。」

「帰ってください」

「開けて! 見せたいものもあるんだ! 」


 ドアがドンドン叩かれる。


「止めてください。警察呼びますよ」


 汐里は、チェーンまでしっかりかける。

 その音が聞こえたのか、牧田はなお激しくドアを叩いた。

 汐里が警察に電話をかけようとしたとき、外で別の声がした。


「あんた、しつこいね。しおりんは俺の彼女だって言ったでしょうに」


 耀の声だ。


「嘘だ! 僕は調べたんだ。興信所を使っておまえのことをな! 汐里さんの目は覚めるだろうよ!


 耀君?

 興信所って?


 汐里はチェーンを外し、ドアを開けた。


「汐里さん、こいつは女がいっぱいいるんだ。君だけじゃない! ほら! 」


 耀の写真を沢山汐里に突きつけた。

 数人の女の子達と仲良く歩いている耀の写真……大学での耀そのものだが。

 腕をくんでいるものや、一瞬キスしているのか? と見えるほど近くに寄っている写真など、見ようによっては……というのもあるにはあった。


「えっと、通常の耀君だよね? 大学ではこんな感じだし……」


 わざわざ興信所を使ってこんな写真、お金の無駄遣いだ。

 後ろ姿だが、汐里の写真まで入っていた。


「こんな女にだらしない男がいいのか? 」


 耀は、汐里と牧田の間に入った。


「だらしなくないよ。みんな友達だしね。それにほら、うちに入るこの写真、これしおりんだよ」

「あ、ほんとだ」


 牧田は、えっ? と写真を食い入るように見る。

 耀は、片手で汐里の肩を抱き寄せ、もう片方の手で顎に手をかけると、優しく触れるくらいのキスをした。


「俺としおりんは仲良しなの。邪魔しないでくれる? 」


 汐里は、一瞬何がおきたのかわからなかった。


 飲み過ぎちゃった?


 耀は、牧田に見せつけるように、汐里の唇にもう一度キスをする。今度は少し長く、耀の唇が汐里の唇をついばむように動き、汐里を抱き寄せる腕に力が入る。

 牧田は、写真を握り潰すと、床に叩きつけて走って階段を下りていった。


「あーあ、写りがいいやつもあったのに」


 耀は写真を拾うと、丁寧に広げてポケットにしまった。

 照れた様子もなく、ごく自然な様子の耀に、汐里は何がどうしたのかわからず、ただ唖然として立ち尽くしていた。


「しおりん、大丈夫? 怖かったね」


 耀は、汐里が恐怖の為に硬直していると思ったのか、優しい口調で言いながら、汐里の頭を撫でた。


「え……、あ……、ううん。きてくれてありがとう。ごめんね、パーティーの途中だったんでしょ?

「お開きにしてきた。ね、ラインの約束は有効? 」

「約束? 」

「ほら、今度お祝いしてくれるってやつ」


 汐里は、頭が働かずにただうなずいた。


「じゃ、今から飲もう! 俺、買ってくるから。しおりん、部屋に入ってて。すぐ戻ってくるけど、ちゃんと鍵閉めてね」


 耀は、コンビニまでお酒を買いに行った。

 汐里は唇を押さえて、さっきの感触を思い出す。


 キス……したよね?

 でも、あれは牧田さんを諦めさせるためにしただけで、他意はないんだ!

 そうよ、耀君の態度も変わらないし、なんの意味もないことなんだわ。


 汐里は、心臓がバクバクするのを飲酒のせいにした。

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