統一戦<6>
勇山学園の校舎裏にある第二グラウンド。
そこに、道明寺雪江はいた。
彼女の隣には、サメのような顔をした男がいて、その背後には、大勢のオークが並んでいる。
「しかし、本当にいいので? 人間界に対する反逆行為では?」
「構わん。これくらいせんと、今の平和ボケした人間共は気付きもせんからな。この平和が偽りの平和であるということに」
そんなもんですかねぇ、とサメ男はつぶやいた。
「ま、あっしらは勇者のデータが手に入れば、それでいいんですがね」
「丹念に殺していくのじゃぞ? 魔族に襲撃された程度で死ぬ勇者など、初めからものの数ではないのじゃ。勇者を名乗るのは、本物の英雄の血を継ぐ者だけでよい」
鉄扇で自分を仰いでいた雪江が、パチンと、それを閉じた。
「さて。わらわはその前に、少し掃除をしなければならぬ。どうやら向こうもその気のようじゃしな」
「何のこと──」
ふっと、二人の身体を影が覆う。
上を向くと、巨大な岩が二人の上から迫っていた。
雪江は動じる様子もなく、鉄扇を上に振り上げた。
ズン、と岩が地面に落下する。
真ん中から綺麗に線が入ったかと思うと、岩は両断され、左右に倒れた。
その中心に立つ雪江達は、微動だにしていない。
「聞いたよ、さっきの!」
体育館の上から、葵は雪江をにらみつけた。
「正直、私はあなたに悪い感情を抱けなかった。あなたが私に怒るということは、それだけアルトを大切に思ってくれてるってことだから。……でも、さっきの話を聞いて考え方を変える! 主義主張は勝手だけど、それで人を危険に晒すなんて許せない‼」
「……劣等遺伝子が。わらわを上から見下すでない!」
振り下ろされた鉄扇から、一刃の風が舞う。
それは一切の躊躇なく葵へと迫るが、直撃する瞬間、真っ二つに割れてかき消えた。
カチンと、刀を鞘に収める音がして、葵の後ろから風音が姿を現した。
「道明寺さん。同じ直系の血筋として、あなたの恥ずべき行為を斬らせていただきます」
「……鶴喰風音。大人しくしておけば、うぬは助けてやろうと思っておったというのに。残念じゃ」
再び雪江が風を起こそうとした時、ふいに殺気を感じた。
横から放たれた銃弾を鉄扇で防ぎ、じろりとにらむ。
「春香、見参! お前の非道は、最初から全て春香が見抜いていた!」
二丁の自動拳銃を構えた春香が、体育倉庫の上から叫んだ。
その隣には、しっかりと身体を隠している千早と、怯えた様子のイクがいる。
ひくひくと、雪江の瞼が、怒りで痙攣し始めた。
「俺達もいるで‼」
茂みの中から青春と紅葉が現れた。
反対方向からは各務とゼロが。
校舎を守る形で、E組の生徒が集結し、雪江と対峙していた。
「てめえには、色々とお礼しなきゃならねえからな。それだけの名目もできた。覚悟しろよ」
「そうだぞー! オイラ以外のみんながお前をやっつけてやる!」
「ねぇねぇところでさー。アタシって脱落しちゃったんだけど、控室にいなくていいのかな?」
「緊急事態やし、別に外に出ることが反則ってわけちゃうからな。ええんちゃう?」
呑気に話をしている二人に、雪江は我慢の限界だった。
「……舐めおって。うぬら劣等遺伝子は、怯えて縮こまっておればよいのじゃ‼」
葵は地面に飛び降り、雪江の前へと歩いた。
「私達は、もう逃げないって決めたの。たとえ何かをあきらめることがあっても、自分の才能が夢に届かないことがあっても、ちゃんと前を向いて進む! そのためにここにいるの」
全員が、すうと大きく息を吸った。
「「「私達全員が相手だ‼」」」」
嬲(なぶ)り殺すつもりだった彼らの反逆に、雪江は血が出るかと思うほどの勢いで、歯噛みしていた。
が、まるで何かが吹っ切れたように、突然笑い始めた。
「フ、フフフ。それで? 見たところ、既に負傷している者もおるようだが。全員が揃ったところで、組長の座にいたわらわを倒せると思っておるのか? 片腹痛いわ‼」
雪江が鉄扇を振り下ろそうとすると、突然サメ男がそれを止めた。
「まあまあ。ここはあっしも手伝わせてくだせぇ」
男はゆっくりと歩み出て、コキコキと肩を鳴らす。
「こちとら、ずっと隠居生活で身体がなまっちまってたもんでね。ここらで、人間の生き血を啜っておきたいんでさぁ」
戦う決心をつけたE組の生徒達だったが、初めて見る異形の者の殺意に、全員が怯んでいた。
「さあて。まずは誰を──」
突然、その身体に軽トラックが激突した。
サメ男はフロントにへばりつき、そのまま校舎の壁にぶつかった。
サメ男は、壁にめり込んだまま白目を向いている。
その軽トラは、ゆっくりとバックし、こちらへとユーターンして停車した。
凄まじい速さで壁にぶつかったというのに、その車は傷一つついていない。
「て、てめえ! 若頭に何しやがる‼」
一人のオークが慌てて軽トラに近づき、思い切り蹴り上げた。
その瞬間、突然窓から伸びた腕が、オークの首を掴んだ。
「俺の愛車に手を出すってことは、死んでもいいってことだな?」
「あ、が……がぁ……!」
オークは宙に浮きながら、しばらく身もだえていたが、だらりと腕を垂らした。
「お、お前……運び屋か⁉ なんでこんなところにいやがる‼」
オークの一人が思わず叫んだ。
「なんでって、運ぶために決まってるだろ? それが俺の仕事だ」
「運ぶって何を……」
「領土侵犯している、馬鹿なヤクザものをさ」
迸(ほとばし)る威圧感に、ごくりと、オーク達が息を飲む。
軽トラから腕だけを覗かせたその男に、大勢いるオーク達全員が飲まれていた。
この状況をどう見たら良いのか分からず、E組の面々がおろおろしていると、ふいに男が声をあげた。
「おい。葵とかいう、そこの若いの」
「え、私?」
葵は思わず自分を指さした。
男は、暗闇が支配する車の中から、何かを投げて寄こした。
葵が慌てて受け取ったのは、一本の刀だった。
「アルトからの依頼でね。あいつと同じ刀だそうだ。確かに運んだからな」
「アルトが……」
葵は、思わず刀を見つめた。
アルトの無骨な鞘と違って、そこには小さな花の模様が描かれている。
その小さな心配りが葵の胸に染み渡り、思わず、ぎゅっと鞘を握りしめた。
「おいお前達! こんな車一台に何を怯えておる! 戦え‼ それでも裏社会の住人か!」
雪江の一喝に、怯えた様子だったオーク達に、ふつふつと闘争心が沸き起こった。
「……ふざけんじゃねえぞ、運び屋。いくらお前でも、ここまでコケにされちゃ黙ってられねえ! 戦闘のプロでもないお前が、この人数に勝てると思ってるのか⁉」
「勝てる勝てないじゃねえさ。仕事だからやる。それだけだ」
「やってみろ‼」
魔族達が、一斉に軽トラへ向かった。
軽トラはそれを見て、全速力で発進した。
まっすぐ走る車に、何人もの魔族がぶつかり、跳ね上がったかと思うと、そこに現れた異空間の断絶に飲み込まれて消えていく。
「荷台に乗り込め‼」
何人かのオークが荷台に乗ることに成功した。
が、すぐさま急激なドリフトによって荷台から振り下ろされる。
巨大な斧や槍で車体を攻撃するも、傷一つつかないそれに、次第に戦闘から蹂躙へと様相を変化させていく。
「助けっ! 助けえ‼」
ぐしゃりと身体が轢かれ、最後の一人が姿を消した。
何十人もいたオークが、一瞬の内にいなくなった。
「すご……」
思わず誰かがつぶやいた言葉に、その場にいる全員が賛同した。
ふと、学園の奥で、空間に亀裂が入るのが見えた。
そこから、新たな魔族達が姿を現わす。
「若いの! 俺は魔族共を魔界に運ぶのが仕事だが、そこの女をどうにかするのはお前らの仕事だ。一度受けた仕事はきっちりこなせよ」
親指をたて、軽トラは魔族達の方へ突っ込んで行った。
「なんだったんだ、あれ……」
「やばい人っていうのは、なんとなく分かるなぁ~」
未だ興奮冷めやらぬ状況にあるE組の面々だったが、青春が皆をいさめた。
「まあまあみんな。今はともかく……」
全員の視線が、雪江に注がれる。
「今までの借りを、万倍にして返してやろうや!」
全員が、雪江を囲んで武器を構えた。
「……結局、下等種族はどこまでいっても下等種族か」
一対九という絶望的な状況にあって尚、雪江は頬を歪めてみせた。
「愚かな。ならばわらわが、直々にその身に刻んでやろう。この世には、意思だけではどうにもならぬものがあるということをな!」
鉄扇を構える雪江に、彼らは全員でぶつかった。
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