転入試験<1>



オレは姉さんから、組長に関する簡単な説明を受けていた。


組長とは、A~Eまであるクラスの生徒兼担任教師という特殊な役職である。

最低限の基礎教養の時間以外は、全て組長が授業を受け持つ。その時、どんな授業をするのかは組長の自由だが、原則として生徒の“才能”をより引き出せるような指導をすることが義務付けられている。


組長には他に、教師同様、生徒へ『経験値』と呼ばれるポイントを与える権限がある。

生徒達は、その経験値に応じて毎月お小遣いがもらえるという仕組みだ。経験値以外での金銭の授受は禁止されていて、当然外部からの仕送りも認められていない。

つまり生徒にとって、経験値の取得は死活問題なのだ。


「組長のお給料も、生徒と同様、経験値によって大きく変動します。ただし組長の場合は、受け持ったクラスの生徒達のポイント総量によっても上下しますので、ご注意ください。組長が自身のクラスの生徒にポイントを与えた場合、ポイント総量は逆に減少しますので、使いどころを間違いませんように」


やる気を上げるためにはたくさんポイントを上げればいいが、やりすぎると自分の首を絞めることになる。

いかにしてポイントを与えず言うことを聞かせるかが、組長の腕の見せ所というわけだ。


「ちなみに、経験値が稼げず生活不可能と判断された者は、即刻強制退学となります。組長とて例外ではありませんので、ご留意ください」


オレの目的は葵をこの学園に入れないことなので、それさえ達成できればさっさと退学しても良いのだが、そんなことをすればじじいがどんな手に出るか分からない。

つまりオレは、意地でも一年間、組長を務めなければならないというわけだ。


「これが若の電子手帳です。身分証明や通行許可証の機能もあるので、肌身離さず持っていてください」


その形状は、手帳というより、ほとんどスマホだった。

電源を入れてタップすると、オレの指紋と虹彩を認識して起動する。

学校のマップ、生徒達のプロフィール、都市内部の店の営業時間から授業のカリキュラムまで、全てこれ一つで確認できる。


「通話もメールもし放題。ただし同じ電子手帳を持つ、勇山学園内部の人間との間でしか使えません。外部との連絡は一切遮断するのが勇山学園の習わしですので、連絡手段はこれのみと考えてください」


調べると、ネットでアプリをダウンロードすることもできるようだ。

ただし外部と連絡がとれるようなものは、あらかじめアクセスできないようになっている。

連絡を制限されるのは痛いが、それ以外では特に困ることもないだろう。


「それで姉さん。オレが受け持つクラスってのはどんな奴らだ」


電子手帳をしまいながら、オレは聞いた。


「落ちこぼれのE組。学園内ではそう呼ばれております」


なんとも分かりやすく、不名誉な名称だ。


「一言で言ってしまえば問題児ですね。元々、そのクラスの組長は若ではなく、他の者が担っておりました。しかし生徒達が組長の命令を聞かないことが相次ぎ、先週、とうとういざこざが起こり、前任の組長が辞退されたのです。なので急遽代わりの組長が必要になり、学園長が若の名前をお出しになったというわけです」


まあ、そんなことだろうと思った。

じじいが持ってくる案件というのは、いつもこういうややこしいものなのだ。


「組長以外ならどうなんだ?」

「私も教師として彼らを教えていますが、良い子たちですよ。けれど、組長にはどうも良い印象を持っていないようです」


相手が勇者といえど、同世代ともなれば、どうしても舐めてかかる連中は出てくる。

組長制度は生徒の向上心を上げるためではあるが、組長に抜擢された新米勇者の度量や統率力を上げる訓練の場でもある。

いくら勇者でも、年齢が若い分、そういったいざこざはよくあることだ。


オレが勇山学園に通った一年の間でも、3回は組長が交代していた。まあ、その3回とも、オレが辞めさせたようなものなのだが。

勇者であるというだけで偉そうにふんぞり返っているので、ちょっと悪戯してやっただけなのだが。忍耐力の足りない奴が多くて困る。


「若が陰湿なのです。端から見ていて、何度彼らに同情したことか」


すんなりとオレの心を読んで、姉さんが言った。


「今度はオレがいじめられる番か。不安だなー」

「私は別の意味で不安です。指導する者として、退学者を出すようなことは止めてくださいよ」


信用ないな。

だがまあ、オレが何かする度に一緒になって謝ってくれていた姉さんだ。

オレの手癖の悪さは、誰よりも理解しているのだろう。


「そんな心配ばかりしてると老けるぞ。もう良い歳なんだから」


オレはふと思い出し、自分のスマホを取り出した。


「そういえば、こっちの貨幣は『ゴールド』だったよな。忘れないうちに両替しておくか」


スマホを操作していると、ひょいとそれを没収された。


「おい、なにするんだよ」

「先程も言いましたが、外部との連絡を取るのは禁じられております。銀行口座へのアクセスも当然禁止です」


オレはしばらく硬直した。


「……いや。だからその前に──」

「先程の学園長との会話により、若は勇山学園の組長となりました。当然、その制約は学長室を出た直後から行使されることとなります」


姉さんがにこりと笑った。

その黒い邪気が見え隠れする笑顔を見て、オレは初めて、自分が地雷を踏んだことを理解した。


「それから、勇山学園は全寮制ですので、若もそちらで過ごしていただくことになります。生徒同様、学園都市からの外出は禁じられておりますので、ご注意ください。とりあえず、来月のお給料が出るまでの間はこちらで凌いでください」


そう言って、姉さんは1万ゴールドの金貨を一枚、オレに渡した。

現在の為替レートは、1ゴールドおよそ1円である。


「ふっざけんな! たかだか1万ゴールドで、一か月も暮らせるか‼」

「寝床はタダなのですから、全額食費に回せば十分暮らしていけます。ああそれと、私は勇山学園の保険医兼数学教師なので、組長よりも権限は上です。若といえども、特別扱いはできませんから……」


姉さんは、オレの顔を片手で掴んだ。


「口の利き方にはせいぜい気を付けて、新たな学園生活を楽しんでね。アルト君♪」

「……重々承知いたしました」


頭蓋骨が割られるかと思うほどのアイアンクローをお見舞いされながら、オレは神妙にそう言った。




◇◇◇



勇山学園から少し離れた場所にある、巨大なドーム状のスタジアム。

そこが勇山学園の試験会場だった。

その中で一人立つ青春賢治(あおはる けんじ)は、大きくあくびをした。


「はぁ。なんでわざわざ休日に試験官なんてせなあかんねん」


青春は勇山学園E組のクラス統括だ。

普段は組長の補佐的役割を担う委員だが、全ての学業生活を生徒のみで成立させることをモットーとしている勇山学園では、編入試験の試験官として呼ばれることがある。


「あ~あ。適当にぱぱっと不合格の通知出して、さっさと帰ろかな……」

「良い心掛けだな……」


青春は、ぎょっとした様子で振り向いた。

オレは中腰のまま、空になった腹を擦っている。


「うわびっくりした! 誰やねんアンタ! 関係者以外立ち入り禁止やぞ!」

「そうか……。じゃあ警備員呼んでくるついでに、パン買ってきてくれ……」

「よし分かった。……ってなるかボケ! なんでついでで不法侵入者にパシられなあかんねん! 自分で行けや‼」


オレは小さく唸った。

本場のノリツッコミを見せられても、反応する気が起きないくらいに腹が減っていた。


「金がないんだよ……」

「それは見れば分かるけどな」


オレの頬はげっそりと痩せこけ、服もボロボロだった。

寮に行くもまだ正式な手続きができていないと追い出され、結局一万ゴールドだけを手に、何日も学園都市内をさまよい歩いていたのだ。


「なぁ。ここでオレに恩を売っとけば、アレだぞ。あの、なんか……なんか得する……といいな……」

「願望やないか! そこは嘘でもそれらしいこと言えや!」

「元気だな、お前……」

「お前のせいや‼ 好き好んでツッコんでるんちゃうぞ!」


青春は大きくため息をついた。


「……てか、お前アレやろ。俺が関西人やから、なにボケてもツッコんでくれると思っとるやろ」

「そういう節があるのは否めない」


実際、青春のツッコミのキレは素人の域を完全に超えていて、聞いていて気持ちよかった。


「あのなぁ。別に関西人やからって、みんながみんな面白いわけちゃうぞ。そういう偏見が関西人を生き辛くしてるんや。金におおらかで繊細で、漫才が嫌いな関西人だっておんねんぞ?」

「漫才とか聞いてる奴の気が知れねぇ」

「お前死ねや」


フリまで完璧だった。


青春は大きくため息をつき、自分の鞄をがさがさと漁ると、弁当箱を取り出してオレに突き出した。


「昼に食うつもりやったんやけど、少しやるわ」


オレはそれを奪い取ると、一気に口に流し込んだ。


「おい少し言うたやろ! なに全部食っとんねん‼」

「ぷはぁ。うまかったぁ。いや、悪いな。この借りは必ず返す!」


オレは大きく手を合わせ、青春に頭を下げた。


「……会って数分でこんなこと言うのもなんやけど、一生返ってこうへん気がするわ」

「ハッハッハ!」

「笑うなや! 否定しろや、せめて!」

「しっかしお前、良い奴だな。普通、こんな浮浪者に飯なんてやらないぞ」


オレは青春の肩を組んだ。

彼は嫌そうにしながらも、引き離すようなことはしない。


「……ま、そんな悪い奴じゃなさそうやしな。それに、別に俺は良い奴ちゃうぞ。アンタを助けなアカン理由があんねん」

「理由?」


オレは首をかしげた。


「……アンタ、さも興味津々みたいな顔してるけど、別にどうでもいいと思ってるやろ」

「お、よく分かったな。顔に出にくいタイプのはずだが」

「そうやろうな。俺は別にアンタの顔を見たわけちゃう。アンタの心を読んだんや」


オレはじっと青春を見つめた。

それを見て、彼は小さく苦笑する。


「ちょっと空気変わったな。知られたくないことでもあんのか? それにしちゃ堂々としてるけど」

「不完全なんだろ? それくらいは会話してたら分かる」

「ハハッ。アンタすげえな。そうそうその通り。俺の“才能”は、まあ言ったらエンパシーってやつや。共感能力が異常に高くて、相手がどういう感情を抱いてんのかが分かる。心を読めるわけちゃうから、具体的なことはなんも分からんけどな」

「……で?」


今度は、青春が首をかしげる番だった。


「で、とは?」

「その“才能”はなんて呼ぶんだ? “才能”の名称は勇者にしかつけられないが、能力の内容を表わす言葉を登録しなきゃならないだろ。なんて書いたんだよ」


青春はしばらく黙った。


「…………空気を読む能力」

「ぶははははは‼」

「笑い過ぎじゃボケェ! 俺だって嫌やったんやけど、オカンが勝手にそれで登録したんや!」


顔を赤くして怒る青春に、アルトは笑いながら謝った。


「いやぁ、悪い悪い。別にお前の“才能”を笑ったわけじゃねえよ。能力の名前には本人の指向性が表れる。苦労しそうな能力名が、なんともお前らしいと思ってな」

「俺の何を知ってるっちゅうねん」


青春はそっぽを向いて、ぶつぶつと文句を言っている。

オレはそれを見て苦笑した。


「さっき、お前は自分のために弁当をくれてやったと言っただろ」

「そうや。アンタの空腹に、俺は嫌でも共感すんねん。俺の行動は、全部俺のためにやってることや」

「だったらさっさとオレを追い出せばいいだろ」


青春は何も言わなかった。


「優しさってのはな。共感がもたらす行動のことを言うんだよ。利己のない利他行動なんてこの世には存在しない。それでも他人のために動けるのが良い奴だ」

「……アンタが優しさについて知ってるとは思えへんけどな」

「知ってるぞ。何故ならオレは良い奴だからな」


堂々と胸を張るアルトを、青春は呆れた目で見つめた。


「……アンタ、よくそんなこと堂々と言えるな」

「なんだ? 謙虚な奴は良い奴じゃないって言いたいのか?」


そう言うと、青春は言葉に詰まったように口をすぼめた。


「優しさを謙遜する奴は良い奴じゃない。自分を知らずにおどおどしてるだけの馬鹿野郎だ。自分を良い奴だと言った人間に偏見を持つ奴は空気の読める奴じゃない。そいつのことを何も知らずに判断するクソ野郎だ。クソを引き寄せる馬鹿になりたいなら、そのまま変わらないことをオススメするよ」


そんなこと考えたこともなかったのか、今までテンプレートな人間にしか出会ったことがなかったのか。目からうろこが落ちたような目で、青春は、じっとオレのことを見つめていた。

しかし、急に我に返ったように、そっぽを向いた。


「……な、なんやねん。急に教師ぶったこと言って」

「“ぶった”じゃなくて、教師だからな」

「は?」

「今度、お前のクラスで組長になる。しらぬ……」


そこでオレは、自分が伝説の勇者の直系であることを隠さなければいけないことを思い出した。


「……ごほん。椎名アルトだ。椎名彩芽先生の甥だよ。よろしくな」


そう言って、オレは手を差し出す。

その手を、青春はじっと見下ろしていた。


「……お前、組長やったんか」

「そうだが?」


それを聞いて、青春の目つきが途端に鋭くなった。


「……友達になれると思ったんやけどな」


ぼそりとつぶやいた言葉に、オレは眉をひそめた。

青春は、つっけんどんに背を向ける。


「さっさと帰れや。試験官なら俺一人でやるから」


オレが組長と聞いてからのこの変わり身。

おそらく、前組長と何かあったのだろう。

青春がこれほど態度を変えるくらいなのだから、他の生徒はもっと極端だと考えた方が良い。

まったく、面倒な置き土産を残していってくれたものだと、オレは嘆息した。

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