黄金パン争奪戦



あの鬼ごっこ以来、生徒の態度はあからさまに変わった。

よほど授業が面白かったのか。それともアメが効いたのか。

隙を見ては追い出そうとしていた動きもなくなり、比較的穏やかな毎日を送れるようになった。

あいかわらず各務は反抗期真っただ中だが、他の連中は、用があれば声をかけてくる程度には関係ができつつあった。


オレの授業はシンプルだ。

指導する時はポイントを与え、指導しない時は自由にダラダラ過ごす。

やる時はキチンとやるし、やらない時は全力でやらない。それがオレのモットーだ。


授業がない時は、出欠だけ取ってさっさと職務放棄したいのだが、授業中の外出は施設利用以外では認められていない。

今では教卓の前に自分専用の椅子を作り、今日も悠々自適にスマホゲームに興じている。


「ねぇねぇアルトー」


例の一件以来、紅葉もオレに懐いたようで、よく声をかけてくるようになった。


「なんだ? オレのことを組長様と呼ぶなら聞いてやらんでもない」

「アハハハハ‼」

「笑うところじゃないんだが」


オレは未だに、誰からも組長と呼ばれたことがなかった。

葵や青春でさえ、オレのことを呼び捨てにしやがる。

こいつらがオレを組長と呼んで慕う日は、一生こないのかもしれない。


「あのねあのね。今日も自由時間なら、ドアの前で待機させてもらってもいいかなって思って」

「あん? なんでだよ」

「あ、そうや! 今日は黄金パンの日やんか!」


突然、青春が立ち上がりながら叫んだ。


「なんだそりゃ?」

「ククク。新人のアルトは知らないのも当然かもね。黄金パンとは、オイラ達生徒にとっては、あこがれの食べ物なのさ!」

「時々こっちに来て屋台出してくれるおじさんが作ってんねんけどな。『最高のパンを作る能力』をふんだんに使ってて、『死ぬまでに食べたいパン』として世界一位を記録した伝説のパンやねん」

「へぇ、そりゃすごい」


オレは小指で耳をほじりながら、適当に聞いていた。

紅葉が、そんなオレの身体を揺すってくる。


「ちゃんと聞いてよー。いつもロビーで売ってるんだけどね。ロビーに一番近いのがA組で、アタシたちは一番遠いの。しかも限定で10個しか売ってないし。だからアタシ達、まだ一度も食べたことなくて……」

「これを逃せば、次の機会まで、再び悠久の時を過ごさなくちゃならないというわけだ。組織に狙われ、明日には死んでいてもおかしくないオレとしては、早めに食しておきたいところなのさ」


パン一つでよくそんなに熱心になれるな。

心底どうでもいい話だ。


「駄目だ駄目だ。そんな浮ついた理由では認められん」

「浮ついた授業しかしてねえくせに、何言ってやがる」


オレが再びスマホゲームに興じ始めた時、葵がぼそりと言った。


「あ。これ調べてみたけど、かなり高額で買い取られてるね」


ぴたりと、オレの指が止まった。

すぐさまゲームを終了し、学園専用のフリマアプリを起動した。

このアプリは優れもので、出品したい物の相場を査定してくれるサービスがある。

オレはそれを使って、黄金パンの値段を調べてみた。


『黄金パン 下限購入額11万3000ゴールド』


「……よし。狩るか、黄金パン!」


オレはやる気になった。


「さすが葵姉。アルトを動かすことにかけては宇宙一やな」

「ブイ」


自慢げにピースしている葵は腹立たしいが、今は寛大な心で許してやろう。

なにせ11万だからな。


「ウチも食べれるならうれしいけどなぁ。いくらドアの前で待機してても、それくらいやったら大して変わらんのとちゃう? そもそもの距離に違いがあり過ぎるしなぁ」

「は、春香も今それを言おうとしていたところなのだ! ホントだぞ!」

「慌ててるところが嘘っぽいですね……」


皆、真剣な表情で作戦を考えている。

その様子を見て、オレは大きくため息をついた。


「まったく。お前ら勇者見習いのくせして頭が固すぎるぞ」

「え?」

「場所はロビーだろ? だったら、この教室が一番近いじゃねえか」


全員が目をぱちくりさせる中、オレはにやりと笑ってみせた。




◆◆◆



私はこの道30年のパン職人だ。

世界的に有名なこの黄金パンを開発するのに10年も時間を要した。

そんな私が、未だに一学園の生徒にパンを売るのは、感謝からだった。


私は若い頃、勇者を目指していた。

憧れの勇山学園に入るべく、必死で身体を鍛え、武道を習った。

そして勇山学園の試験前日。私は自分を奮い立たせようと、この学園を見学に来た。

しかしその時、運悪く強盗と鉢合わせし、情けないことに、人質に取られてしまったのだ。


勇者になるはずの自分が、助けられる側に回っていることに、私は羞恥と憤慨に溺れていた。

しかしそれ以上に湧き上がる恐怖に、何もできないでいた。

その時、私を救ってくれたのが、この学園の生徒だった。


どこからともなく天から現れ、路傍の石のように強盗を踏みつけるその豪胆さに、私は見惚れていた。

悠然と手を差し出してくれるその人を見て、私は初めて、人生の挫折を知った。

直感的に思ってしまったのだ。私がこの先、どれほどの努力をしても、この人になれないと。


それからの私は、無謀な夢に挑戦することなく、ひたすらにパンの修行を続けた。

私は主人公ではない。けれど、私を助けてくれたあの人のような主人公を、支えることはできる。

そんな思いがあったからこそ、血のにじむような努力を続けられ、黄金パンに辿り着いたのだ。


私は窓から差し込む太陽に目を細めながら、あの頃に想いを馳せていた。

ふいに落ちる影で、急に視界がクリアになる。

そう。

あの時も、確かこんな風に──




◇◇◇



「おーい。大丈夫か?」


オレは倒れているおっさんの頬をぺちぺちと叩いた。


「ダメだこりゃ。完全にのびてやがる」

「ダメだこりゃ……ちゃうわボケ! なにしとんねん! 教室の真下がロビーやからって窓叩き割って侵入して、挙句一般人の顔面踏みつけるってどういうことやねん!」

「仕方ねえだろ。競争率が高いと知っていながら、無防備に窓の側で突っ立っているこいつが悪い」

「こんな特殊部隊みたいな侵入、想定できるか!」


オレ達は、教室からロープを伝い、窓を蹴り割ってロビーに侵入したのだ。

これならチャイムと同時に教室を出ても、他クラスを圧倒することができる。


「だだ、だいじょうぶなんですかね。備品を壊したりして、怒られたりしないんですか?」

「ばれなきゃいいんだよ」


オレは風音の心配を一蹴した。


この学園には監視カメラの類は一つもない。

痴漢や盗人がいたなら自力で捕まえろというのが勇山学園の教えだ。


「この人、ホンマに組長なんかな」

「まあまあいいじゃん、青春。おかげで黄金パンをE組が独り占めだよ?」


イクが下品な笑い声をあげながら、屋台に並んだ黄金パンを一望している。

黄金色に輝くそのパンは、確かに一味も二味も違いそうだ。


「んじゃ、早速全部買い占めるか」

「その前に、この人どうするの? このままカエルみたいな恰好で倒れてるの、かわいそうだし」


言いながら、葵はつんつんとおっさんをつついている。

千早が、何かを思いついたようで、おっさんを動かし始めた。


「こうして立て掛けとくのはどうかなぁ? ほら、こうすると起きてるみたいやぁ。『はい、今日は特別サービス! 十個全部で、合計50円ですよー』。五十円やって! やったね!!」

「それすると犯罪になるからやめような?」


青春が、優しく千早を諭した。


「春香すごいことに気付いたぞ。おじさんが気絶してたらパンが買えない」

「金はどっか適当に置いとけばいいだろ。ちゃんと金さえ払えば問題ねえさ」


各々が黄金パンを物色している時だった。

突然紅葉が、くんくんと、鼻を鳴らし始めた。


「……なんか、危険な臭いがする」

「なんだそりゃ?」


怪訝に思うオレや葵とは裏腹に、他の生徒達は慌てて黄金パンをひったくり、お金を取り出し始めた。


「アルト達もはよせい! 紅葉の勘は100発100中なんや!」


その時だった。

突然、隕石でも落下したかのような轟音が辺りに響いた。

風が舞い、バラバラになった何かの破片がこちらにまで飛んでくる。

見ると、上階へと続く螺旋階段を突き破り、地面に拳を突き刺す一人の女性がいた。


「ずいぶんと気が密集してるなぁと思ったら」


ゆっくりと、その女、B組組長の神原鶫(かんばら つぐみ)が立ち上がった。


「E組のみなさんじゃないの。私の獲物を持って、はてさて一体どうするつもりかな?」

「つ、鶫先輩⁉」


クラスの連中は、まさしく阿鼻叫喚といった様子で、パニックに陥っていた。


「終わった……。よりにもよって、一番最悪な人が来てしまった……」


オレが怪訝に思っていると、こっそりと青春が耳打ちした。


「鶫先輩はスタイル良くて明るくて、学園のアイドルやねんけど、生粋の武闘家で、こういうことでは容赦ない人やねん」


なるほど。

確かに、普通に立っているように見えるが、闘気に満ち満ちている。


「私、そのパン大好物なんだ。君達には悪いけど、没収させてもらうよ」

「まま、待ってください! 俺ら、もう買ったあとですから! いくら組長でも、没収するやなんて、そんな権限ないはずですよ⁉」

「関係ないなー。ここは勇山学園。欲しけりゃ力づく。奪われたくなけりゃ、それも力づくってね」


鶫は両手の指を絡め、ぽきぽきと骨を鳴らしている。


「わ、分かった! じゃ、一つあげますわ! つーわけでアルト。残念やけど、また今度な。アンタ、一番乗り気やなかったし」

「ふざけんな! オレの策があったからゲットできたんだろうが! こういう時こそ空気読んでお前が譲れ!」

「嫌じゃボケェ! 俺だってめっちゃ楽しみにしとったんや! だいたい、空気なんて読むなって教えたんはアンタやろ!」


オレと青春は取っ組み合いの口喧嘩を始めた。

オレが鶫の死角になり、青春がクラスの連中に逃げるよう指示を出す。


鶫が気を取られているうちにと、イクはこっそりと垂れさがるロープの方へ近づいていく。

が、そんなイクの目の前を、小石がとんでもない速さで通り抜けた。

鶫は、イクの方を一切見ずに、にこにこ笑いながら小石を手の中で転がしている。


「うーん、喧嘩はよくないねぇ。よし分かった! 私、差別とか嫌いだからさ。こういうのは平等に、全員から奪っちゃうことにしよう♪」


そう言って、獲物を狩る前の肉食動物のように、鶫は妖艶に舌なめずりをした。


「……見てみいアルト! アンタがジェスチャーで喧嘩するよう指示したせいで、事態が悪化したやんけ!」

「オレのせいにしてんじゃねぇ! けっこうノリノリで突っかかってきてたくせに!」


本当に口喧嘩に発展するオレ達を見て、鶫はくすくすと笑った。


「見たところ、新人君が何か知恵を授けたみたいだね。それじゃあ私も、組長として君達に、一つ教訓を教えてあげよっかな。……圧倒的な力の前には、小細工なんて無意味だってことをね!」


鶫がその場で構えを取った。


「コオオォォ……」


奇妙なオーラが、鶫の身体から立ち上る。

オレはそれを見て思い出した。


神原家に代々伝わる、直系遺伝の“才能”『五行経絡(ごぎょうけいらく)』。

気功を強化し具現化するその力は、あまりに多彩であることで有名だ。

自らを強化することもできれば、他人に気を与えて傷を回復させることもできる。その技の全てを把握しているのは、神原家の人間以外にはいないと言われている。

その応用力は、数多ある“才能”の中でもトップクラスだ。


「鶫ちゃん……」


鶫が拳を構えた。

その拳に気が凝縮し、まるで太陽のように輝き始める。


「バスター‼」


一気に突き出された拳に乗って、それは解き放たれた。

レーザー砲のような光の直線が、まっすぐにこちらへ向かって来る。

およそ生身の人間が出す技じゃない。


「滅茶苦茶過ぎるだろ!」


オレはすぐに刀を抜き、逃げ遅れた生徒達を守ろうと歩み出ようとした。

が、それは彼らの前に出た葵を見て、すぐに止めた。


「みんな! 私の後ろに‼」


葵はしゃがみ込むと、まるで砂場に手を突っ込むように、コンクリートの床にずぼりと手を入れた。


「転入試験で身につけた必殺技!」


葵が両手に力をいれると、一気に周りの床にヒビが入っていく。

そのヒビが一つの円を形作った時、葵は、一気にそれをひっくり返した。


「秘儀・地面返し‼」


抉り取った地面が、宙に浮き、レーザー砲に直撃した。

巨大な岩となった地面が一瞬の内に砕け散る。

しかしその衝撃で、レーザーは拡散され、目標を見失って消えた。


「ヒュゥ♪ 手加減したとはいえ、なかなかやるねー」


まったくだ。

剣術なんて教えなくても、普通に戦えるんじゃないか?


「今のうちだ! てめえら、さっさと教室に戻るぞ‼ いくら組長でも、教室侵犯は禁止されてる!」


各務の号令で、全員が慌ててロープを登っていく。


「ま、そうはさせないんだけどね」


鶫が、一気に距離を詰めようと迫った。


ガキィン!


オレが投げた刀は、ちょうど鶫の目の前の地面に突き刺さっていた。


「そう慌てるなよ」


鶫は、冷たい目でオレを見つめる。


「正気? 自分の武器を投げるなんて」

「丸腰のオレをサクッと倒して威張り散らしたいならどーぞ。家名に傷はつくかもしれないが、勝ちは勝ちだ」

「含んだ言い方するねぇ。要するに、正式な決闘を申し込むってこと?」


オレはふっと笑い、電子手帳を床に投げ捨てた。

それを見て、鶫はにやりと笑う。


「ア、アルト……」


心配そうにしている葵を、オレは手で追い払った。

鶫は、目の前にある刀を地面から抜き、オレに投げ渡した。


「私さ。こう見えて、けっこうな戦闘狂なんだよ? やるからには全力でやらせてもらうけど、後悔しないでね」

「オレにも組長としてのプライドがあるんでね。そう好きなことばかりされるわけにはいかないんだ」


鶫が、自分の電子手帳を投げた。

オレは神経を一気に集中させた。

電子手帳が落ちていく様子が、スローモーションで見える。

鶫の電子手帳が、ゆっくりとオレのものと重なった。


その瞬間、地面が爆ぜるような勢いで、鶫が飛び込んできた。

オレは刀で地面を叩きつけた。

その衝撃で、砂煙が辺りを包み込む。


「目くらましが効く相手なんて、アマチュアレベルまでだよ!」

「目くらまし? 違うな。ただの時間稼ぎさ」


鶫がハッとした時、既に勝負はついていた。

砂煙が晴れた時、オレは既に教室に帰るためのロープを手にしていた。

笑顔の絶えなかった鶫が、初めて鋭い目でにらんでくる。


「……どういうこと? 言っておくけど、決闘の放棄はいかなる理由があろうと許されないよ」

「それくらい知ってるさ。だがこれは決闘じゃない。戦うも自由、逃げるも自由ってわけだ」


そこで初めて、鶫は電子手帳に目をやった。

オレが投げ捨てたそれを拾い、電源を入れる。

しかし、それはいつまで経っても点灯しなかった。


「こういうこともあろうかと、ダミーを用意してたのさ。残念だったな。圧倒的な力は、知略の前では無意味だ」


オレはそう言って、こめかみを指で弾いてみせた。

鶫は電子手帳を見つめたまま、ずっと立ち尽くしている。

一体どんな罵詈雑言を浴びせられるのかと身構えていたが、聞こえてきたのは想像もしていない声だった。


「……ぷっ」


突然、鶫が吹き出したのだ。


「あっはっはっは‼ 幾度となく決闘を受けてきたけど、こんなことされたの初めてだよ!」


腹を抱えながら、鶫は涙目になるほど笑っていた。

何がそんなに面白いのか。人のツボというのは分からないものだ。


「あーおもしろ。でもおかげで、ますます新人君と戦いたくなったよ」


彼女は涙を拭い、オレの方を見て、にっと笑った。


「今回は負けておいてあげる。いずれ、今日のことを後悔させてあげるから、そのつもりでね。言っとくけど私、けっこう根に持つタイプだから」


鶫はおどけて、ちろりと舌を出してみせた。


「……そんな機会が一生こないことを祈ってるよ」


オレはさっさとロープを登り、教室に戻ってきた。

しかし、早々に切り札を使わされてしまったのはかなり痛い。

魔法のこともばれているし、仮に戦うとなったら、相当やり辛い相手になるだろう。


「おーい。組長様のご帰還だぞ」


オレが窓枠から顔を出すも、誰もオレの方を見ていなかった。

教室では、何故か皆、一か所に集まって騒いでいた。

何事かと覗いてみると、その中心にいるのは葵だった。


「さすが葵姉や! おかげで助かったわ‼」

「ホントホント! よくあの人間兵器に立ち向かえるなぁ。オイラ、ちょっとちびっちゃったもん」

「春香もあれくらいやろうと思えばできるが、まあ今回はほめておいてやろう」


今まで、これほど人に注目されたことがなかったのだろう。

葵は嬉しさやら恥ずかしさやらで顔を赤くし、忙しなく首を動かしていた。


「じゃ、そろそろええんちゃうか?」


青春がそう言うと、全員がうなずいた。

すると、皆が一斉に電子手帳を操作し始める。


「え、なにが?」


葵が首を傾げていると、突然葵の電子手帳のバイブレーションが起動した。

何事かと取り出してみると、その画面には大きな文字が浮かび上がっていた。


『全クラスメートに転入が認められました。それにより、水城葵さんは、正式にE組のクラスに在籍することになります』


葵は、思わず皆の方へ顔を向けた。


「こ、これって!」

「ま、あの身体張った動きがなけりゃ、今頃全員おだぶつだったしな」

「これからよろしくお願いしますね。葵さん」

「よかったねぇ、葵ちゃん」


そんな声を聞き、葵は思わず目尻に涙を溜めた。


「わわっ! 葵さん、どこか調子悪いの⁉」

「ち、違うよ紅葉ちゃん。……私、今までずっと一人だったから。こんな風に、みんなに祝福されたことって、初めてで……」


鼻をすする葵を、皆は温かい目で見つめていた。

青春は、湿っぽい空気を吹き飛ばすように、パンと手を叩いた。


「んじゃ、改めて! E組にようこそ、葵姉。歓迎するで!」


わっと、クラスが湧き上がった。


「みんな……。本当にありがとう! 私、みんなと出会えてよかった‼」


葵の嬉しそうな笑顔を見て、オレは思わず頬が緩んでいた。

葵が勇者を目指すことを容認こそしたが、オレは今でも賛成はしていない。だが今は、そんなことは忘れて、祝福しようと心から思えた。


「みんな。私、勇者見習いとしてもまだまだだけど、精一杯がんばるよ! だからこれからも──」

『あー、テステス。授業中に突然すまんの』


葵の挨拶は、突然始まった放送により中断された。

この声と、人をイラつかせる能天気な喋り方。

勇山学園の長であり、オレの祖父である不知火源蔵だ。


『報告は早い方が良いと思ってな。独断で放送させてもらっている。実は今日、教師陣との度重なる会議の結果、ある決断を下すことになった』


じじいがもったいつけて話すことで、良い話があったためしがない。

そしてこいつは、いつも最高に嫌らしいタイミングで水を差すことで有名だった。


『このような教師陣の介入はできるだけせんようにと努めていたが、ここは勇者を育成する神聖な学び舎じゃ。よって、勇者になる気のない者を置いておく場所はない。多くの人間の証言の元、そう判断されたE組の生徒諸君』


びくりと、全員の肩が震えた。


『諸君らは、前組長の職務を授業妨害によって妨げ、挙句辞職にまで追い込んだ。そして現組長にも同じように妨害を繰り返し、それにより他クラスの授業進行まで妨げることになった。これらの蛮行は、ほとほと許してはおけぬ。よってE組の生徒全員に、退学処分を下すことが決定した』


そのあまりに理不尽で、あまりに唐突な宣告に、誰もが動けないでいた。

そんな中、今まさにクラスに転入できた喜びを語ろうとしていた葵は──


「……えぇ~⁉」


素っ頓狂な叫び声をあげていた。


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