鬼ごっこ



オレはその日から、しばらくずっと、授業中は自由時間にしてクラスの連中を遊ばせることにした。

ここは勇山学園であり、勇者を目指す者が集う場所だ。

何もしなくていいと言われても、自分なりにできることを見つけて向上していくのが当然の姿勢だ。

だというのに、彼らには一向にその気配がなかった。


「ねぇアルト。今日こそ剣を教えてよ」


ダラダラとクラスメートと話したり、スマホを弄ったり、ゲームをしたり。

あれだけC組の組長に好き放題言われても、彼らの行動は変わらなかった。

自堕落に生きるなとは言わない。だが彼らのそれは、あまりに退廃的だ。


「どうしていつも無視するの? ねぇってば~」


鶫(つぐみ)が言っていたように、彼らは本当に、勇者になることをあきらめてしまっているのだろうか。

……別に、それ自体はどうでもいい。一つの選択だ。

だが、わざわざ自分が後悔しそうな方向へ進もうとしている彼らに、オレは苛立ちを覚えていた。


「……ってことは、今は何をしても気付かれないってことかな……?」


この妙な胸のざわつきはなんだ?

赤の他人が不幸になろうと、オレにとってはどうでもいいことだ。

だが彼らの行動は、どうしても見ていられなかった。

何かをあきらめ、流れに身を任せて何も考えずに生きる彼らは、まるで自分そのものだったから。


オレは唇をかすめ取ろうとする葵の目にチョップをかまし、教卓の前に立った。


「お前ら聞け!」


目を押さえながら身もだえている葵を無視して、オレは言った。

今まで教卓に座って電子手帳を弄っているだけだったオレが、突然声をあげたことに、全員が驚いているようだった。


「ちゃんと授業を受けたら1ポイントだ」


呆然とこちらを見ていた彼らが、大慌てで自分の席に座った。

彼らは授業に出席することで得られる経験値目当てで登校している。当然、追加報酬に目がくらまないわけがない。


オレは大きく息を吸い、言った。


「鬼ごっこをやるぞ」




◇◇◇



オレ達は巨大な体育館に来ていた。

勇者を養成するこの学園では、教室と同じくらい、この場所もよく利用する。そんな高い需要に応えるため、ここには様々な武器や、スポーツ器具などが多数そろえてある。

オレは早速、奥にあるコンソールに触れ、葵の転入試験でも使ったバーチャル空間を起動させた。


今回のフィールドは森林だ。

地面は伸びた草や木の根で入り組んでいて、周りにはいくつもの大木が広がっているため死角も多い。


「ルールは簡単だ。あらかじめ鉢巻をつけた奴らは、それを取られないように逃げ回り、制限時間まで生き残っていたら勝ち。オニ役の奴らは、全員の鉢巻を取れば勝ちだ。反則はなし。何をやってもいいし、武器もありだ。青春、葵、それに馬鹿コンビの片割れの紅葉。お前らはオレが相手してやる」

「え? ア、アタシも?」


紅葉が目をぱちくりさせながら、自分を指さしている。

頭から飛び出たアホ毛が、戸惑いがちに揺れていた。


「ぷぷっ。おい紅葉。馬鹿呼ばわりされていたな。常日頃から春香のように凛々しく生きていないからそうなるんだぞ。ところで、もう一人の馬鹿は誰なんだ?」


きょろきょろと辺りを見回す春香を、クラスの連中は生暖かい目で見守っていた。


「他の奴らは……そうだな。風音と、あと犬飼」

「は、はい!」


風音は返事をした。

犬飼は黙って後ろを向いている。

オレは仕方なく呼び名を変えた。


「……ゼロ」

「フッ。強化人間として改造を施された、ナンバーズの中でも幻といわれた初号機のこのオレに、何か用か?」

「誰も聞いてない長ったらしい説明ありがとな。お前ら二人はチームだ。さっさと鉢巻を巻け。残り四人は全員オニ」

「えぇ⁉」


風音が抗議の声をあげた。

ゼロは当然だなと言わんばかりに鼻を鳴らし、木の幹に寄りかかっている。


「……おい。そりゃつまり、オレ達は四人でようやくこの二人と対等って意味かよ」


予想通り、各務が突っかかってきた。


「他に受け取れる事実があるなら、逆に驚きだな」

「……面白ぇ。おいてめえら、絶対勝つぞ」

「うむ! 春香を馬鹿にする奴は誰であろうと許さん!」


勝気な各務と馬鹿な春香は見事に乗ってくれた。

しかし気分屋のイクと千早は、いつも通りだった。


「別にどうでもいいけど、まあオイラ達もぼちぼちやるよ」

「うん。ウチら、そもそも戦闘向けじゃないしなぁ。足を引っ張らない程度にがんばるわ」


オレは思い出したように口を開いた。


「ちなみに、勝利チームにはプラス2ポイントだ」

「うおおおお! オイラに任せろおおお!」

「ウチ、欲しいものあるねんなぁ」


分かりやすい奴らだ。

オレは風音とゼロを手招きした。


「ア、 アルトさん! 無理ですよぅ。いくら私が強くても、一人で四人相手はできません!」


どうやらこいつは、無自覚に毒舌を吐く癖があるらしい。

人数に入れてもらえなかったゼロは、心臓を押さえながらニヒルに笑っている。


「そこはゼロに頼れ。クラスの連中は分かってないみたいだが、こいつ、けっこう強いぞ。痛いけど」

「フッ。アリを相手に全力を出す馬鹿はいない。まあそういうことだ。オレは組織との戦いのために、常に体力を温存しないといけない身だしな」

「あと、風音は刀没収な」


オレはひょいと彼女から刀を取り上げた。


「えぇ~⁉ ダメですってば! 私、これがないと不安で、眠る時も一緒じゃないと安眠できないんです!」

「お前は自分の“才能”と剣技に頼り過ぎだ。お前が今やるべきなのは、自分の間合いを広めること。相手がどこにいても何をしていても、肌で感じることのできる範囲を広げるんだ。障害物に隠れている敵。こっそりと近づいて来る敵。葉の擦れる音や呼吸、人肌を感じ取る訓練だ。これができなけりゃ、お前の“才能”も剣技も、宝の持ち腐れだ」

「うぅ~……」


不満げに、風音は唸っている。


「ゼロ。お前は……言っても聞かねえよな。風音をサポートしろ。それがお前の役目だ」

「簡単に言ってくれるな。だがそういう無茶な頼みを軽くこなしちまうのがこのオレだ」


オレは適当に彼らをいなし、相手をすると公言した三人の方へ向かった。


「じゃ、見ててね葵さん」


見ると、紅葉が何かを披露するようだった。

太ももに隠し持っていた三節棍を取り出し、ぐるぐると器用に回し始める。


「ほっ。ちょやっ! てぇい‼」


三節棍と共に舞う彼女の姿は、なかなかサマになっていた。


「とまあ、こんな感じ。パパが先生でね。子供のころから、ずっと教わってたんだ」

「へぇ! すごくかっこよかったよ!」


ぱちぱちと葵が拍手するので、紅葉は照れるように頭をかいた。


「えへへへ。ありがとう」


飛び出たアホ毛が、うれしそうにぴょんぴょん跳ねている。

どうやらあのアホ毛は、彼女の感情メーターになっているようだ。


「あのね。パパはね。ずっと牧場で働いてて、アタシも小さい時から手伝ってたんだけどね。アタシのためにって、いつも三節棍の使い方教えてくれてたの。勇者になって世の中の人のために活躍する夢も、パパがそうしなさいって言ってくれたんだよ。“才能”の名前もね。パパがいっしょうけんめい考えてつけてくれたの」

「そうなんだ。素敵なお父さんだね」


葵はにこにこ笑いながら紅葉の頭を撫でてあげた。

彼女は気持ちよさそうに目をとろんとさせ、葵にぴたりとくっついた。


「アタシ、葵さん好きー」

「……なにこのかわいい生物」

「エサあげて躾けたら、芸も覚えるで」


およそ戦闘の空気ではなくなってきていたので、オレは咳払いをして、彼女達を現実に帰還させた。


「待たせたな。お前らはこのオレが直々に相手してやろう。オレから鉢巻を取れれば、お前らの勝ちだ」

「はいはーい質問!」


元気よく紅葉が手を挙げた。


「なんだ? 紅葉」

「青春君と葵さんは仲良さそうだからわかるけど、なんでアタシなの?」

「別に親しい奴だから呼んだわけじゃないぞ。見込みがあると思ったから、教えてやる気になっただけだ」


全員がきょとんとしている。

どうやら心当たりがないらしい。


「まず青春。お前、C組の組長に貶された時、むかついてただろ」

「え⁉ あ、まあ、ええと……」


戸惑いがちに、青春は頬をかいている。


「葵がいなければ、お前が突っかかってたんじゃないか? その衝動は、自分をあきらめていない証拠だ」

「そ、そんな大層なもんちゃうって。ただまあ、葵姉とかアルトとか見てて、俺もちゃんとしなあかんなと思ったというか……」

「理由なんざなんでもいいんだよ。要はやる気になったかどうかだ。何かを始めるのに遅すぎるなんてことはない。葵を呼んだ理由だが……、まあ、ここで呼ばなかったらうるさいだろうから呼んだ」

「そんな理由⁉」

「そして紅葉。お前、授業中、みんなと遊びながら、ずっとそわそわしてただろ。本当はこんなことしてていいのかってな」

「え⁉ ちち、ちがうよ。アタシいっぱい遊びたいもん。だから……」


慌てて首を振る紅葉を見て、オレは苦笑した。


「このクラスは空気を読む良い子ちゃんが多いな。まあいいさ。そんなもんクソ食らえだってことを、これから時間をかけてゆっくりと教えてやる」


オレはコンソールを弄ってテニスボールをいくつか出現させ、懐に入れた。


「青春。今向こうのチームはどうなってる?」

「え? ええとな……」


青春が横を向いた瞬間、オレは持っていたボールを青春の顔面に投げつけた。


「ぶへっ! ……なにすんねや! めっちゃ痛かったぞ‼」

「目視してどうすんだよ。“才能”を使え。見ようとしたり、ちゃんと答えられなかったら、またボール投げるからな。それから紅葉。お前、その武器をちょっと見せてみろ」

「いいよ! はい!」


紅葉は素直に三節棍を渡した。

オレはそれを受け取ると、ぽいと遠くへ投げ捨てた。


「あー‼ なにするの!」

「あれはいらない」

「いらなくないよ! パパからもらった大切なものだし、あれがないと戦えないもん!」

「そうなのか?」

「そうだよ!」


温厚そうな紅葉が、珍しく憤然としている。

オレはにやりと笑った。


「じゃ、取り返してみろよ」

「え?」

「お前の武器はオレの後ろにある。オレを自力でどかしてみせろ」


オレは自分の刀を鞘ごと取り出すと、それを葵に向けて放り投げた。


「うわっと!」


慌てて、葵がそれをキャッチする。


「とりあえず、今はそれを使え! お前の剣さばきを見てやる」


葵は嬉しそうにうなずくと、あぶなっかしい動きで刀を抜いた。

紅葉が、じっと遠くにある三節棍を見つめている。


「……奪えたら、使っていいの?」

「いいぜ。お前にゃ無理だがな」


その言葉が契機だった。

一気に踏み込み、紅葉がオレの顔に向けて拳を突き出した。


「っと! まだ鉢巻してねえっての」


オレは後退しながら鉢巻を巻き、青春に叫んだ。


「お前が指揮を取れ! やり方は任せる!」


紅葉はその隙をつくように、足払いをかけてきた。

オレが軽くジャンプしてそれを避けると、紅葉は身体を回転させて、そのまま回し蹴りをお見舞いする。

オレはそれを手でガードした。


「おいおい。なんだよその小手先の技は。馬鹿が頭なんか使ってんじゃねえ。もっと本能に身を任せろ」

「むうぅ~‼」


紅葉は子供のように頬を膨らませている。

オレが紅葉から武器を奪ったのは、彼女が武器を扱うことに集中し過ぎて、自分の“才能”を疎かにしていると感じたからだった。

一ノ瀬紅葉の才能、“野生の感覚を研ぎ澄ます能力”は、彼女を縛るものがある限り、その真価を発揮しない。

誰かに気を遣ったり、あるいは武器を持つこと自体も、彼女を縛るものとなり得るのだ。


「葵姉! 三方向から攻めるで‼」

「うん‼」


紅葉の左右から二人が飛び出してくる。

青春が槍による鋭い突きを繰り出した。

オレはそれを見切って最低限の動きで回避すると、突き出された槍をぐいと引っ張った。


「うおっ⁉」


引っ張られた青春の胸に、オレの蹴りが直撃した。

青春は吹き飛ばされ、後ろにいた葵を巻き込んで遠くにあった大木に身体を打ちつける。


「みんな!」

「人の心配してる場合か?」


紅葉はハッとして、慌てて手でガードする。

オレは敢えてそのガードに、拳を叩き込んだ。

彼女の身体は宙を浮き、派手に転倒する。


「パワータイプでもないのにまともに受けようとするな」

「うぅ……。痛いよぉ……」


手を振りながら、紅葉は立ち上がる。

ちらちらと、彼女は武器の方に視線を送っている。

オレはため息をついた。


「まったく集中してないな」

「集中してるもん! でも武器がないと……」

「そんなに気が散るなら、いっそぶっ壊してやろうか?」

「……え?」

「そしたらもう少し動きもマシに──」


途端、紅葉が襲い掛かって来た。

オレが咄嗟にガードすると、彼女の爪がオレの腕を切り裂いた。

血が飛び散るが、傷は浅い。


「ウガァ‼」


紅葉は追い打ちをかけるように飛び込んできた。

先程とは違い、型も何もない滅茶苦茶な動きだ。

しかし不思議と隙がなく、動きも読み辛い。

木を使って縦横無尽に飛び回り、距離が空いたら、地面を這うようにして草の中に隠れ、凄まじいスピードで翻弄する。

まさに野生そのものだ。


「ちょ、ちょい紅葉! アカン、完全に我を失ってる。葵姉、紅葉をサポートするで」

「うん!」


二人が紅葉の動きに合わせてきた。

紅葉一人でも厄介だというのに、これで俄然やり辛くなった。

ふと、紅葉が木の幹を利用してバネのように飛び出した。彼女の鋭い蹴りが、防御したオレの腕に直撃する。

オレは急いで後退して衝撃を和らげるも、その威力で、びりびりと腕がしびれている。


「さっきのはなかなかよかったぞ! お前は他人の目なんて気にせず、好きにやりゃいいんだよ! 型なんて気にするな! お前が好きなように、本能の赴くままに身体を動かせ! それがお前の“才能”だ!」


紅葉はオレの言葉を聞いているのかいないのか、夢中でオレに攻撃を仕掛けて来る。

良い集中力だ。


「青春! 風音はどういう状況だ‼」

「三人に囲まれてる! ゼッ君を一人が相手してる内に叩くつもりみたいや!」


青春も、ちゃんと周りを見れるようになってきた。


「ちょ、ちょあー‼」


紅葉の間隙をついて、葵が大振りの剣を振り上げる。

オレは彼女の顔を掴み、そのまま地面に叩きつけた。


「ふべっ!」

「お前も二人の動きを気にし過ぎだ。多少あぶなっかしい動きでも、紅葉は勝手に避けるし、青春はフォローする。好きに動け」

「好きに……」


葵は、がしりとオレの腕を掴んだ。


「じゃあ遠慮なく‼」


一気に振り回し、オレの身体を思い切り投げ飛ばす。

飛ばされながらも、すげえ怪力だと感心する。


「チェストオオォ‼」


葵はそのまま、刀をオレに投げつけた。

オレは思わず笑った。

剣士が刀を投げつけてくるなんて、聞いたこともない。

だが、恐らくこの柔軟な発想こそが、葵の唯一の武器なのだろう。


ふと気付くと、吹き飛ばされるオレのすぐ真横に、紅葉がいた。

オレは迫る剣を紅葉の方へ蹴り上げた。

彼女は空中でぐるんと回転し、それを避ける。

その回避行動で、オレへの攻撃が一瞬遅れた。

オレはかかと落としで、彼女を地面に叩きつけた。


加減はしたが、砂煙が舞うほどの威力。

しかし紅葉は、何事もなかったかのように立ち上がった。


「おお。タフさもそこそこだな」

「ガウウゥ!」


歯を剥き出しにして、紅葉は地面に降りたオレを威嚇してくる。

葵や青春も遅れて追いつき、オレを取り囲むように立っている。


オレはにやりと笑った。

こいつらがスロースターターだったおかげで、利き腕が痺れてきた。

この後遺症と戦いながら、今のこいつらをさばくのは、なかなか骨が折れる。

さてどうしようかと考えていた時、突然青春が槍を収めた。


「ふぅ~。ちょっと疲れたな。休憩せえへん?」


葵はきょとんとしていたが、すぐに事情を察して、急いでうなずいた。

未だ唸り声をあげている紅葉の目の前に、青春は懐から取り出したチーズを掲げた。


「ほれ、紅葉。おやつの時間や」

「チーズだああ‼」


途端にいつもの紅葉に戻り、アホ毛をぶんぶん振り回しながら目を輝かせる。

青春があらぬ方向へそれを投げると、彼女はまるで犬のように飛び上がり、ぱくんと口でキャッチして、おいしそうに食べ始めた。


「いいなぁ。私もやってみたい」

「ほんならやってみる? 何かあった時のために、チーズはいくつか常備してんねん」


葵が紅葉を餌付けしている間に、オレは青春に声をかけた。


「青春」

「なんや? お礼やったら──」


オレはボールを投げつけた。


「ぐへぇ! なにすんねん!」

「余計なことするな」


それだけ言って、オレは後ろを向いた。

くそ。生徒に同情されるなんて、情けない。

オレは思わず、自分の右腕を力強く握りしめた。

この腕を忌々しく思うことは多々あったが、今以上にそう感じたことはなかった。

組長としてこの場にいながら、生徒を満足に指導できない自分に、どうしようもなく腹が立っていた。


「……悪い、アルト。そんなつもりじゃなかってんけど……」


オレはちらと青春を見た。

罰が悪そうな顔で、青春は俯いている。

オレはため息をついて、彼の額を軽く小突いた。


「言っただろ。お前は周りを気にし過ぎなんだよ。神様じゃねえんだから、全部思い通りになんてできるわけねえだろ。お前はお前の判断と行動に誇りを持て。……さっきの戦いも、まあまあサマになってたぞ」


オレは、葵から餌付けされている紅葉の方へ歩いた。

彼女はオレに気付き、不思議そうな顔で見つめる。


「武器。結局使わなかったな」

「え? あ……」


そこで初めて、紅葉は自分のすぐ近くに武器が落ちていることに気付いた。

そんなものが目に入らないくらい、彼女は戦いに熱中していたのだろう。


「楽しかったろ。好きに動くのは」

「うん!」


彼女は元気にそう言ってから、何かに気付いたように、慌てて首を振った。


「ち、ちがうちがう。パパが言ってたもん。戦う時は武器とか頭を使って、きちんとしないとダメだって」

「おい」


オレは彼女にずいと顔を近づけた。


「さっきも言ったが、お前の“才能”は何者にも縛られない“才能”だ。それは他の誰でもない、名付けた親父さんが望んだ“才能”でもあるんだぞ」

「パパが……」

「ま、これ以上はオレも何も言わない。人生を左右するような選択を強制するほど、オレはお節介でも驕ってもいないんでね。あとはお前が決めろ」


オレは彼女に三節棍を渡した。

彼女は、それを見てずっと考え込んでいる。


他人に強制された決断なんて、必ずどこかでボロが出る。

だが自分なりに悩んで考えて、その結果導き出した決断は、たとえ間違っていても、その人間の成長につながると、オレは信じていた。


「ね、ね。アルト。私は?」


待ちわびたような顔で、葵は自分を指さしている。


「お前は剣の才能がない」

「えぇ⁉ 二人には良い感じのこと言ってたじゃん! 私にもそういうのちょうだいよ!」

「事実なんだからしょうがないだろ」

「そんなぁ。私も褒められたかったのに……」


がくりと、葵は項垂れた。


「じゃあ辞めるか? 才能がないからあきらめるか?」


オレがそう言うと、葵は強く首を振った。


「じゃ、別にいいじゃねえか。才能がないとは言ったが、教えてやらないとは言ってねえ」

「え? ホント⁉ 絶対だよ! 絶対‼」


葵は能天気に、飛び跳ねながら喜んでいた。

彼女は分かっているのだろうか。

自分が目指すものが、どれほど無謀で、どれほど血に塗れたものになるかを。


不知火家に伝わる剣術は、いたずらに他人に見せることを禁じられている。

伝説の勇者の末裔は、魔物を滅ぼすための最後の砦だ。故にその剣技は、誰にも研究されることがないよう徹底されている。

それを見せる時は、相手を殺すか、自分が死ぬ時だけ。

その鉄の掟を破るとなれば、文字通り命を賭けなければならなくなる。


無論、オレはそんなことはごめんだし、今の葵にそんな重苦しいものを背負う覚悟があるとも思えない。

しばらくは基礎的なことを教えて、お茶を濁すつもりだ。

だがもしそれに気付いた時、葵はどんな判断を下すのか。そしてオレ自身は……


そこまで考えて、オレは思考を振り払うように首を振った。

今そんなことをぐちぐちと考えていても仕方がない。


「向こうも決着がついたようだな」


勝ち鬨(どき)の声を聞きながら、オレは言った。


結局、風音とゼロのチームは敗北したようだ。

二人は落ち込んだ様子でオレのところへやって来た。


「ま、当然だな」

「えぇ⁉ じゃあ最初から3対3にしてくださいよぉ」


実力でいえば、風音チームの方が勝機はあっただろう。

だが、各務の統率力を考えれば、実力なんていくらでもひっくり返る。


「戒めだ。皆まで言わずとも、自分自身でよく分かってるだろ。いくら能力があっても、鍛えなければ宝の持ち腐れだ」


風音はしょんぼりとうなだれ、ゼロはふんと鼻を鳴らしている。


「フフン。春香を甘く見るからそうなるのだ。この勝利も、春香の力があってこそだしな!」


偉そうに仁王立ちしている春香の頬を、各務が引っ張った。


「何を馬鹿なこと言ってやがる。お前が暴走しなけりゃ、もっと楽に勝てたんだよ。ちったぁ反省しろ」

「痛い痛い! ごめんなさい! 春香が悪かったから許してぇ!」

「まあいいじゃん、各務。結果良ければ全て良しってね」


イクが満足そうに言うと、千早もうなずいた。


「ウチも、勝てたから別にええかな。勝てなかったら…………なんでもない」

「な、なんなのだ⁉ 勝てなかったらどうなってたのだ⁉」


勝利の余韻に浸るように、勝った四人は、わいわいと騒いでいたが、やがて期待するような目でオレを見つめ始めた。

オレはため息をついた。


「仕方ねぇ。約束は約束だからな。各務、春香、イク、千早の四人と、あと青春、葵、紅葉。この7人は2ポイント追加だ」

「「イエーイ‼」」


喜ぶ四人と違い、葵達は驚いていた。


「え⁉ でもアタシたち、鉢巻とってないよ?」

「合格点だってことだよ。うだうだ言うなら没収するが?」

「わー! な、なんも言うてへんよな? 紅葉」


青春は、慌てて紅葉の口を塞いだ。

紅葉も、こくこくとうなずいている。


「やったー! 初めての経験値ゲット!」


葵達も、遅れて四人と合流し、喜びの舞いを踊っている。


「うぅ……。次は絶対負けません」

「フッ。もう少し本気になるのが早ければ、オレが勝っていたんだがな。まあ今は、偽りの勝利に浸っているがいい」


負けた二人も、今から闘気に満ちている。


「よーし。じゃあ次もこういう試合があった時のために、今から色々と考えとこうか」


早速、今後のための戦略を練り始める者もいた。


(またやらせる気かよ。2ポイントって、かなりでかいんだぞ)


組長が自分のクラスの生徒にポイントを与えると、その分、自分の経験値が差し引かれることになる。つまりそれは、自主的な給料の減額を意味していた。


だが、皆のいきいきした顔を見ていると、文句を挟む気にはなれなかった。

教室でだらけていた時の顔とは、雲泥の差だ。


(……ま、たまにはこういう役回りもアリかな)


彼らを見ながら、柄にもなく、オレはそんなことを思ったのだった。



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