落ちこぼれのE組<4>




「あなたは公衆の面前で女子に向けてセクハラ発言をした。よって罰金刑により、10万ゴールドを払ってもらうわ」

「はあ⁉ ふざけんな‼ 不当だ不当! オレはビタ一文払う気はねぇ‼」


風紀室に連れて来られたオレは、稲葉深月(いなば みつき)とにらみ合っていた。


「不当ですって⁉ あなたの不適切な言葉を多くの生徒が聞いてるのよ!」

「てめえが言わせたんだろうが! だいたい、お前が持ち出してるセクハラ発言より前に、お前は粛清行為に走ってたじゃねえか。あれは明らかに越権行動だ。それだって多くの生徒が目撃してるんだぜ」

「詭弁ね」

「詭弁だぁ⁉ 厳然たる事実じゃねえか! お前に、こうしてオレを取り締まる資格があるのかねぇ⁉」

「あなたがした行為に変わりはない」


オレは思わず舌打ちした。

これでは埒が明かない。

オレは最終兵器として、後ろでおろおろしていた風音の手を掴み、前に突き出した。


「はひぃ! 犯さないでぇ‼」

「これ以上誤解を生む発言するな‼」


稲葉が眼光鋭くオレをにらんでいる。


「ごめんなさい。でもみんなが言えっていうから……」


見ると、ドアをこっそりと開け、E組の面々が中を覗いていた。

あいつら……、完全に楽しんでやがる。


「あいつらの言うことは無視しろ。それより、さっき言ったように……」


オレがジェスチャーすると、風音は、ハッとして何度もうなずいた。


「え、ええと……アルトさんは悪くないですー。私がちょっと過剰だったというかー。だからもう許してあげてくださいー」

「……なんでカタコトなの?」

「そう宣言したら経験値をくれるそうです!」


天真爛漫な笑顔を携えて、風音は言った。


「買収じゃない! こんなの認められないわ!」


風音は、はわわと慌てふためいている。

……こいつ、もしかして確信犯なんじゃないか?


「あなたには組長の資格がない! 即刻退学するべきだわ‼」

「お前だってそうだろうが! 人のこと言えるか!」


どこまでいっても、話は平行線だった。


その時、突然がらりとドアが開いた。

慌てて道を開けるE組の面々をしり目、二人の男女が入って来る。


ショートヘアの見るからに真面目そうな優等生然とした女子と、その後ろに付き従う、スクエアメガネをかけた目つきの悪い男子。

オレは一目で分かった。

この女は、自分と同じ、組長だ。


「稲葉。まだ終わってないんですか? 早く来てくれないと授業が始められません」

「柊組長。申し訳ありません。こいつがどうしても言うことを聞かなくて」

「だからオレは悪くねえって言ってるだろ!」


オレが思わず机を叩くと、メガネの男が鼻を鳴らした。


「醜いな」

「あぁ?」


男はくいと中指でメガネをあげ、自分の腕に装着した小さなキーボードを叩いた。


「この場でお前が議論をして勝つ確率は27%だ。こんな単純な計算もできずにわめき散らすな」

「キャラ付けのためか知らねえが、カタカタカタカタ、うるせえもん腕につけて持ち歩いてんじゃねえよ、高校デビュー野郎」


バタンとドアを閉め、男は帰って行った。


「ちょっと! 勅使河原君になんてこと言うんですか! 彼はガラスのハートなんですよ⁉ もっと優しく接してあげてください‼」

「あっちが喧嘩吹っ掛けてきたんだろ⁉」


ピロンと音がして、オレの電子手帳にメールが届いた。


『そんな酷いこと言わなくてもいいじゃん……(ノ_・。)   by勅使河原』


……オレはこの学園で、葵以外にアドレスを教えていない。

どうやらただのパソコンオタクというわけではないらしい。

オレは綺麗に勅使河原のメールを削除すると、電子手帳をしまった。


「で? 稲葉を連れて帰りたいみたいだが、どうするんだよ組長さん。アンタは年下にもへりくだる高貴なお方かもしれないが、オレは一切譲る気はねえぞ」

「……柊樟葉(ひいらぎ くずは)です。私は生徒達と同じ年齢ですから、年下にへりくだっているわけではありません」

「へぇ。同年代の生徒を飛び越えて組長になったのか。そりゃすごい。自慢乙って感じだな」


柊の目つきが鋭くなった。


「……あなた、嫌いです」

「奇遇だな。オレもだ。その堅っ苦しい喋り方を聞いてると、嫌でもガキの頃のトラウマを思い出す」


じじいに武術の基礎を叩き込まれた山奥の道場では、こういう輩がごまんといた。

オレの“才能”にへりくだりながらも、オレ自身は見下している、子供には刺激的過ぎる仮面をつけた奴らだ。


柊は、じっとオレをにらみつけていたが、やがて諦めたように、小さくため息をついた。


「稲葉。彼のことは不問にして、とにかくあなたは授業に出なさい」

「ですが組長……!」

「いいのです。落ちこぼれのE組にかまけて、優秀なあなたまで彼らと同じ場所に落ちることはありません」


ぴくりと、オレは眉を動かした。


「赴任したばかりでしょうから知らないかもしれませんが、この学園は序列によって組分けを行います。勇者になる素質を秘めた者から順に、A組からE組に振り分けられるのです」

「じじいらしい、陰湿な方法だな」


明確な弱者を作り出すことで、反面教師にする方針なのだろう。

だが、多感な高校生、それも血気盛んな勇者見習いを集めた場所でそんなことをすれば、摩擦が起きるのは当然だ。


「つまり、E組とC組では背負っている期待が違うということです。どれほど優秀な学園でも、一定数はその名にふさわしくない者が出てきてしまう。嘆かわしい限りですね」

「く、組長。さすがに言い過ぎでは……」


稲葉がドアの向こうを気にしながら言った。


「私は本当のことを言っているだけですよ。ただでさえ低い立場にいながら、授業をボイコットし、組長を辞めさせ、挙句こんなところで油を売っている。落ちこぼれと言われても仕方がないのでは?」

「……だそうだが、そこんところどうなんだ?」


オレはドアを開けた。

そこには、罰の悪そうな顔で立ち尽くすE組の面々がいた。

それぞれ思うところがあるようだが、それを口に出すまではいかないようだった。


情けない。

オレがため息交じりに口を開こうとした時だった。


「取り消して!」


その中で、ただ一人、葵だけが柊に詰め寄った。


「私はまだ、みんなのことよく知らないけど。でもみんな、きっと色々なことを乗り越えてこの場所に来てるの。組長だかなんだか知らないけど、あなたに上から目線で否定される筋合いはない!」


柊は、涼しい顔で葵を見つめていた。


「……どうやら、腑抜けばかりというわけでもないらしいですね」


柊は背中から、折りたたまれた機械仕掛けの弓を取り出した。


「構いませんよ。そこまで言うのなら、決闘で白黒つけましょうか」


ガチャンと音がして、二つに折れていた弓柄が一つになると、その先端から、ほのかに光る弦がひとりでに現れる。

その様子を見て、葵は少したじろいだが、すぐに柊を力強くにらみつけた。


「分かった。決──」


オレは葵の口を手で塞ぎ、ぐいとこちらに引き寄せた。

オレが目で柊に訴えかけると、彼女は素直に武器をしまった。


「ちょっとアルト! なにするのよ!」


オレの手を振りほどき、葵が怒鳴った。


「アホか。お前が戦ったところで瞬殺されるだけだ」


そんなやり取りを見て、唐突に柊が吹き出した。


「アルト? それがあなたの名前ですか? 生徒に呼び捨てにされるとは、親しまれているのですね」


その笑い方には、明らかに侮蔑の意味がこもっていた。

おおかた、他人から敬語を使ってもらわないと尊厳が保てないと勘違いしている、残念な輩なのだろう。


「オレは生徒の意思を尊重するために対等な立場で接してるんだよ。その方が親しみが湧くだろ?」

「親しみなんてないけど」

「うん」

「同じく」


オレは真面目な顔をして、親指でこいつらを指さした。


「……な? 素直だろ?」

「馬鹿にされているだけでは?」


オレは敢えて反論しなかった。


「フフ。どうやらE組は生徒だけでなく、組長も落ちこぼれのようですね。親しみと侮蔑の区別もつかないような社会常識のない男に指導されているとは。その点だけは、E組に同情します」


その言葉に、葵は反論した。


「アルトは落ちこぼれじゃないよ! 確かにこの前、久しぶりに会った時に、いきなり胸を揉みしだかれたりしたけど」


ざわりと、にわかにさざめきたった。


「あと、ベランダに駿河問いにされて放置されたりしたけど、ちゃんと社会常識はあるよ!」

「ありがとう葵。お前の気持ちは受け取ったから金輪際黙れ」


挑発的な柊が、一体どんなことを言ってくるのかと身構えていたが、いつまで経っても罵倒の声は聞こえてこなかった。

ふと見ると、柊は、湯気が出るかと思うほど、顔を真っ赤にしていた。


「ままま、まったくなんて不埒な! そそ、そんなことをしししてるからおおお落ちこぼれに──」


まるで壊れた機械のように言葉を紡ぐ柊を呆然と見つめていると、ずいと薙刀がオレの顔に突きつけられた。

稲葉が、オレを射殺さんばかりににらみつけてくる。


「柊組長は純情な人なの。これ以上、彼女を汚すというのなら、この場で粛清を──」

「だからオレは何も言ってねえって‼」


顔を真っ赤にしたまま、柊はオレを指さした。


「稲葉! やはり私が間違っていました! この男は今ここで粛清されるべきです‼」

「分かったわ、組長! 二人掛かりでとっちめてやりましょう!」

「ちょっと待てぃ! なんでそうなるんだよ‼」


葵が、ずいと前へ出た。


「アルトをいじめるなら私が許さない!」

「言っとくけどお前が元凶だからな⁉」


場が混乱し、どうにも収拾がつかなくなってきた時だった。


「はーい。みんな落ち着いてー」


パンパンと手を叩きながら、部屋に入って来る女子がいた。

すらりと伸びた足。シミ一つないきめ細やかな肌。

ローポニーテールの黒髪をした美少女は、オレと柊達の間に割って入った。


「ずいぶんと騒がしかったけど、一体どったの?」

「神原(かんばら)組長! 申し訳ありません。少々冷静さを欠いていました」


彼女を見て、二人はすぐさま矛を収めた。

先程までのピリピリした空気は、彼女のにこにこした笑顔で、一瞬にして和んでしまった。


「もう、ダメじゃん。樟葉ちゃんは組長なんだから、こういう時は皆を落ち着かせる立場に回らないと」

「弁解のしようもありません……」

「んじゃ、もう帰った帰った。あとは私がやっとくからさ」


柊は頭を下げると、稲葉と共に、オレにガンをつけてから帰って行った。

こりゃ、完全に根に持たれたな。


黒髪の美女は彼女達を見送ってから、くるりとこちらに振り向き、笑みを浮かべた。


「さて。ご挨拶が遅れたね。私は神原鶫(かんばら つぐみ)。B組の組長だよ。親しみを込めて、鶫ちゃんって呼んでね♪」


ぱちりとウインクしながら、鶫は手を差し出した。


神原鶫。噂は聞いている。

神から力を授かった憲法家を先祖に持つ、直系遺伝の逸材だ。

神原道場は世界的にも有名で、武闘家の登竜門ともいわれているが、彼女は高校生にして門下生を持つほどの腕だとか。


「椎名アルトだ。自分でちゃん付けするってのはどうなんだ?」


オレは、差し出された彼女の手を、じっと見つめた。


「悪いが、オレはタダで情報をくれてやるほどお人好しじゃない」

「ありゃ、ばれたか」


彼女は特に残念がる様子もなく、手を戻した。

彼女ほどの達人ともなれば、握手一つで色々なことが分析できるだろう。


「いやーごめんごめん。さっきの決闘を見させてもらってさ。新しく組長になった新人君の実力を、きちんと知りたくなっちゃって」


すっと、彼女はオレの耳元に口を近づけた。


「なにせ、正式な試合で魔法を使うような人なんて、早々いないからね」


彼女はすぐに離れ、こちらを見ながらにこにこと笑っている。

どうやら、ただのお気楽女ではないらしい。


「それよりごめんねー、E組のみんな。樟葉ちゃんはさ。言葉は厳しいけど、あの子なりに、君達のこと心配してるんだよ。第三者の目から見るとさ。なんだかみんな、この学園を辞めてもいいやって思ってるみたいに見えるからさ」


それを聞いて、全員が押し黙った。


組長を辞めさせるというのは、自由を尊重する勇山学園でも、かなりの問題行動だ。

オレが生徒だった時も、その辺りはかなり慎重に動いていたが、こいつらにそんな器用な真似ができるとも思えない。

きっと学園内でのE組の立場は、今、相当小さくなっていることだろう。


彼らがどこか気落ちした様子で帰って行ったあと、オレは鶫に聞いた。


「なぁ。一体オレの前任の組長は何をやったんだ?」

「うーん……。それ、私が言ってもいいのかなぁ。……まいっか。ええとね。端的に言うと、E組の生徒を一人辞めさせたんだよ」

「辞めさせた? そんな権限ないだろ」

「うん。でもここは勇山学園だからね。強い者が弱い者をいびるのは、簡単にできるから」


確かに、決闘システムを使えば追い出すことなんて簡単にできるだろう。

だが、仮にも組長が、生徒に対してすることじゃない。


「私も止めたんだけどねー。同じ組長といえど、自由をモットーにする勇山学園では、教育方針にまで口出しできないから。まあそんなこともあって、樟葉ちゃんは自分なりに責任を感じていて、時々ああやって発破をかけてるんだよ。彼女、真面目だからねー」


他人事のように言っているが、きっと鶫自身もそうなのだろう。

本来なら、別クラスのいざこざに組長が顔を出す必要はない。

それでも鶫は、わざわざ今回の騒動を取り持ったのだ。

そこに、何の感情もないとは思えなかった。


「ま、そんなわけで、彼らの組長嫌いはなかなかのものだから、覚悟しといた方がいいよ」


それだけ言うと、鶫は近くにあった窓枠に飛び乗った。


「じゃあね新人君! 今度会う時は、私とも戦ってよ!」


そう言って、鶫は窓から飛び降りていなくなった。

確か、ここは4階だったはずだ。


「元気な奴だな」


オレは思わずつぶやいた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る