落ちこぼれのE組<3>



決闘は、血気盛んな生徒の多い勇山学園にとって、一種のお祭りだった。

勇山学園の授業は、基本的に出席自由だ。出席していれば経験値がプラスされるので、時間効率を考えて授業を受ける者は多いが、欠席しても咎められることはない。


そんなわけで、大々的に行われることになった決闘に、学園に登校していたほとんどの生徒が見学に来ていた。


校庭の真ん中で、オレと風音は向かい合っていた。

オレ達の間に立つイクが、今回の決闘の審判を務める。


「んじゃ、広報のオイラが仕切らせてもらうぞー。勝負は一対一の一本勝負。制限時間は五分で、フィールドは学園全域って感じでいい?」

「ああ」

「それで構いません」


風音は自分の刀を抜き、オレに向けて構えた。

勇山学園都市では、勇者以外でも、防刃コーティングという見えない膜をつけていれば、武器の所持を認められている。

自身の愛刀を武器に、自分の実力を最大限発揮できるというわけだ。


「はいはい! どっちが勝つか賭けてねー! 今んとこ、オッズは新人3倍、風音ちゃん1,5倍だよー!」

「……おい。なんか賭けしてるみたいだけど、ゴールドの授受は禁止じゃなかったのか」

「あれは決闘システムを利用してるからいいんだよ。決闘によるゴールドの奪取は認められているからね」

「なるほどね。校則違反じゃないなら別にいいか」


オレは刀を鞘ごと抜き、それを地面に捨てた。


「ハンデだ」


ぴくりと、風音の眉が動いた。

騒がしかった外野も、オレの行動に静まり返っている。


「……ごめんなさい。これはどういうことですか?」

「どうって、当たり前だろ? なにせオレ様は組長で、お前はただの生徒だ。これくらいのハンデがなけりゃ、勝負にならない」


風音の手が、わなわなと震えている。

いくら気弱でも、彼女も武人の端くれだ。これだけ舐められれば、心中穏やかではないだろう。


「この野郎! なんてこと言いやがる‼ 風音ちゃんに謝れ‼」

「そうだそうだ‼」


外野も、良い具合に盛り上がって来た。

オレは悪役にでもなった気分で、豪快に笑った。


「謝れだぁ? 決闘システムを知らなかったオレを、最初に嵌めようとしたのはこいつだぜ。なんでオレが謝る必要があるんだ。それに、オレは事実を言ったまでだ。落ちこぼれのE組の、隅でブルブル震えてるだけの小鹿相手に、本気を出したらかわいそうだろ?」


外野から盛大なブーイングが飛んでくる。


「オレ、鶴喰さんに入れる! これはもう金の問題じゃねえ。プライドの問題だ!」

「あ、私も! 風音さーん! こんな奴倒してやれー‼」


外野の声に押されるように、風音はぎゅっと手に力をいれた。


「……ごめんなさい。いくら私でも、ちょっとむかつきます!」


風音がオレをにらみつけながら、剣を構える。

その様子を見て、オレはにやりと笑った。


「それじゃあいくよ。勝負……開始‼」


イクが手を振り上げたと同時に、オレは大きく後退し、近くにいた葵を掴んだ。


「……へ?」


素っ頓狂な声をあげる葵の背中を蹴り、風音へと飛ばす。


「ちょ、ちょっとアルト⁉」


しかし風音は、顔色一つ変えず、その場から動かなかった。


「鶴喰家が代々受け継いできた破邪一刀流は、民を守り、悪を斬るために技を極めてきた流派です。その結果体得した剣技は、先祖である鶴喰一刀斎の“才能”を最大限に引き出すためのものと言われています。その能力を引き継いだ、直系遺伝の“才能”を前に、このような小細工は通用しません!」


風音はカッと目を見開き、無防備な葵を、躊躇なく剣で両断した。


葵が思わず苦悶の表情を漏らす。が、すぐに目をぱちくりさせた。


「あれ? 痛くない」

「私の剣は斬るべきものを見極め、悪のみを斬り伏せます。そして私の“才能”は、『卑劣なる悪を斬れ伏す能力』。民を盾にしようと、尻尾を撒いて逃げようと、私の斬撃は、どこまでも敵を追いかけ、その者を両断する」


葵の背後で、盛大に血が飛び散った。


「私の勝ちです」


風音が、キンと刀を鞘に収める。

葵が、青ざめた顔で振り向いた。


「……アルト。それ、なに持ってるの?」

「ケチャップだが?」


風音は、ハッとした。

その時、地面を跳弾する石が迫り、思わず手でそれをガードする。

それは風音にとって、何のダメージにもならないものだった。しかし、それで試合は決した。


「終了~~‼ この勝負、アルトの勝ちぃ‼」


イクが、てててと走り、アルトの手を掴んで、背伸びをしながら高らかに掲げた。


「ど、どういうことですか⁉ 確かに私は斬ったはずなのに……」

「勘違いだろ。事実、お前の斬撃は、オレに届く直前で消えた。ここにいる全員が証人だぜ?」


嘘だった。

オレは事前に、校庭に細工をしていたのだ。

怪我で“才能”を失ってから、その代わりに使えるものはないかと探していた時に習得した『魔法』で、昨夜のうちに透明な壁を作っておいたのだ。

解呪の性質を組み込んだ壁に当たれば、超常の力を持つ技は全て打ち消される。

デメリットなしで扱える“才能”がはびこる現代。魔法は、その燃費の悪さから廃れてしまっているが、事前に仕込むなどして、使いどころを考えてやれば、十分実戦でも使える。


「おい! てめえ、どんな細工しやがった‼」


何か異変を感じ取ったのか、各務が群衆を掻き分けて来て叫んだ。

オレはそれを敢えて無視した。


「風音。さっきは、わざととはいえ悪かったな。ヒール役を買って出た方が、集まりが良いと踏んだんだ」

「わざとだと⁉ じゃあてめえ、もしかして……」

「ああその通り。決闘システムのことは、最初から知っていた。オレはここの卒業生だからな。お前みたいな奴が吹っ掛けてくるのを釣るために、無知を装ってたんだよ」


各務が唖然としている。


「当然、こういう場所で賭け事が行われるのが、この学園の通例だということも知っている。つか、決闘システムを利用した賭けを最初に考案したのはオレだしな」

「ええ⁉ でもさっき、賭けについてオイラに聞いてたじゃん!」

「そりゃ、知ってたらつじつまが合わないだろ。情弱のヒールってのが、今回のオレの役どころなんだからな」


全員がきょとんとしていた。

こういう馬鹿丸出しな顔をしている奴らに悠々と説明してやる時間が、策がうまくいったときの一番の楽しさだ。


「決闘システムを知らないと吹聴し、いかにも学園の情報に疎いように見せかけ、武人とは思えない挑発で直系遺伝を持つ風音に勝負を吹っ掛ける。しかもオレは、自分の武器を捨てるという余裕ぶりだ。ここまでやれば、利害を無視してでも、応援という形で風音に賭ける奴が続出する。その結果、オレに対するオッズは爆上がりってわけだ」


オレは自分の電子手帳を取り出した。

葵に命令して、オレは全財産を自分に賭けた。

彼女に渡していた電子手帳は、先程の騒動で回収済みだ。


「オッズはざっと20倍か。ふむ、もう少しいくと思ったんだがな。だがまあこれで、それなりに懐も潤ったし、よしとするか。いやぁ、こんなにうまくいくと、なんだか生徒を騙しているみたいで悪い気がするなぁ。ハッハッハ」


オレは各務に向けて頬を緩め、自分のこめかみを指で軽く弾いた。


「オレを嵌めるには、少々オツムが足りなかったな」


各務はオレをにらみつけると、不機嫌な様子で舌打ちし、さっさと校舎へ戻って行った。

今回はまんまと引っかかってくれたが、もう少し注意力と自制心を鍛えれば、それなりにサマになりそうだ。

思いがけないところで生徒の可能性が見えてくるというのも、勇山学園ならではだな。


「あの……」


ふいに、おずおずした様子で、風音が話しかけてきた。


「ありがとうございました。とても勉強になりました」


そう言って、風音は頭を下げた。


「お、素直じゃねえか。戦う前はあんなに怒っていたのが嘘のようだ」

「あ、あれは……! ええと、その……ごめんなさい」

「謝るなって。あれは全面的にオレが悪い」


生徒達は、全員プライドを持って勇山学園に入学している。

いくら勇者だからといって、そのプライドを捻じ曲げるようなことを言われたら、怒るのは当然だ。


「組ちょ……あ、ええと……」

「アルトでいいぜ。オレを組長だと認めるような発言は、他の奴らがうるさいんだろ?」

「ごめんなさい。ええと……、アルトさんは、悪くないです。どういう理由であれ、勝負の最中で剣をしまったのは、剣士としてあるまじき行為でした」

「そうだな」

「はぅ。即答ですか……」


風音はがくりと落ち込んだ。

自分で言う分には耐えられても、他人に言われるとショックが大きいのだろう。


「もっと言えば、オレが親父さんを知っていると言った時から、何かあると警戒すべきだったな。特に、“才能”の直系遺伝は珍しい。お前が思っている以上に、皆お前に注目している。初対面でも、自分の“才能”は知られていると考えて行動すべきだ。真面目なのは結構だが、もう少し頭を使え」

「はい。精進します!」


風音は再びぺこりと頭を下げた。

どんな分野でもそうだが、素直な奴は伸びるスピードが速い。

素質は十分だし、これからが楽しみだ。


「んで、アルトは何を要求すんの?」


イクが、後頭部で両手を組みながら聞いてきた。

そういえば、勝者は敗者に何でも命令できるんだったな。


「覚悟はできてます! どうぞ、なんでもお申しつけください‼」


ぐっと、両手で拳を作り、脇を締めてみせる。

ただでさえ豊満な胸が、はちきれそうになっているのを、オレはじっと見つめていた。


「……お──」

「粛清‼」


突然、あらぬ方向から飛んできた薙刀が、オレの顔面に直撃した。


「いってぇ‼ なにしやがる‼」


そこには、薙刀を持つ一人の女性がいた。

髪先の跳ねたミディアムヘアをなびかせ、鷹のように鋭い目でオレを睨みつける。


「私はC組の稲葉深月(いなば みつき)。風紀委員として、あなたのセクハラ発言を取り締まるわ」

「お金関連は良いのか聞こうとしただけだろ‼」

「嘘ね! いやらしい目で胸を見てたでしょ!」


稲葉は薙刀の矛先をオレに向けた。


「そりゃ見るだろ! あんなにでかかったら!」


思わずそう叫んでしまい、ハッとして風音の方を見た。

彼女は、顔を真っ赤にして、無言で後ろを向いた。


「ちょ、ちょっと待て。さっきのは言わされたというか──」

「問答無用!」


それからしばらく、オレは稲葉の理不尽な攻撃を受けるハメになった。



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