落ちこぼれのE組<2>



「んじゃ、今日は自由時間な」


オレは教卓に座り、電子手帳を操作し始めた。

その様子を、クラスの連中は、ぽかんとした様子で見つめていた。


「なにぼーっとしてんだよ。教室の中にいるなら好きなことしていいんだぞ」

「……いや。わざわざ勝負までして、そんなんでええの?」

「元々、授業とか面倒くせえし。さっきも言ったが、オレにも世間体があるんでな。表面上は大人しくしておいてもらわないと困るんだよ」


それを聞いて、紅葉がぷっと吹き出した。


「なんだかおもしろい人だね。前の組長とはぜんぜんちがって──」


じろりと各務ににらまれ、紅葉は涙目になりながら両手で口を塞いだ。


クラスの連中は、オレの言葉が信じられないのか、戸惑っているようだった。

最初はおそるおそるといった感じだったが、本当にオレが何も言わないと分かると、彼らは好き勝手にクラスメートと喋り始めた。


オレは気だるげに電子手帳を弄るフリをしながら、生徒達のプロフィールを眺めていた。

授業が面倒くさいというのは本心だが、本当にさぼっているわけではない。

とりあえず最初は見に回って、生徒同士の関係や、それぞれのキャラクターを掴みたかったのだ。


(最初に注目すべきは……やっぱ各務恭弥だな)


耳にピアスを開け、服もだらしなくはだけている、不良の典型例のような奴だ。

クラス内の発言力も高そうだし、何より組長を誰よりも嫌っている。

オレが平穏な学園生活を送るためには、すぐにでもどうにかしなければならない相手だ。


各務は現在、青春と二人で話をしている。

面倒臭そうな顔をしているが、まんざらでもなさそうだ。


(青春は早速ケアに走ったか。この辺りは、さすが統括といったところだな。……発言力は低そうだが)


青春賢治(あおはる けんじ)は、今さら考察することもないだろう。

組長を補佐する統括委員を受け持っていて、組長不在の時はクラスをまとめる役目がある。

葵を覗けば、唯一オレに心を開いてくれている生徒だ。

緊急事態だったとはいえ、青春には色々と深い事情を知られてしまっている。

どうせ知られてしまったのなら、せいぜいこれからもこき使ってやろう。


「な、なんや? 一瞬、妙な寒気が……」


自分の身体を擦っている青春を無視して、今度は河渕衣久(こうぶち いく)に視線を移す。

あいかわらず女子と見まがうような恰好だが、電子手帳にも性別は男と書いてある。

男故なのか、妙に無防備で、豪快に動くたびに揺れるスカートが気になってしまう。

心理的に追いつめられると、トレードマークの溶接面で顔を隠す癖があるらしい。


イクは現在、ゼロを相手にエロ談義をしていた。


「やっぱりオイラ的には、エロの至高はチラリズムにあると思うんだ。想像力がリアルを超越するというかさ」

「まさにその通りだな。矮小な現実世界に耽溺するよりも、ずっと刺激的だ」


キザったらしい受け答えをしているのは、犬飼零次(いぬかい れいじ)。

どうやら自分の名前に零という漢字が入っていることを発見し、中二病に目覚めたようだ。

ご両親はさぞや残念に思っているだろう。


E組の男性陣はこれで全員。

残りは女子だ。


「ねぇねぇ春香~。さっき遊んでたテニスボール、どこにあるか知らない? アレ、最後の一個なの」


アホ毛をしょんぼりと垂らしながら、紅葉が春香の机にあごを乗せている。


「フッ。紅葉。そういう小さなことにこだわっているからお前はダメなんだ。春香は常に前を向いている」

「春香も一緒に遊んだくせにずるいよー! 一緒に探してよー!」


ガタガタと、紅葉は春香の机を大きく揺らした。


「ひゃわあ! なにするのよぅ、バカ紅葉‼」


まるで小学生のような理由で、二人は喧嘩を始めた。

他の皆はよくある光景なのか、そちらを見ようともしない。


一ノ瀬紅葉(いちのせ もみじ)と、大楠春香(おおくす はるか)は、お馬鹿コンビとして周知されているらしい。

まあ、この二人は特に調べなくてもいいか。


「葵さん、18歳なんかぁ。ウチを含めて、このクラスはみんな17なんよ。勇山予備校に一年通ってから来る人が多いから。組長以外は、他のクラスもだいたいそうかなぁ」


例の問題に平然と答えようとした大人物、飯縄千早(いいづな ちはや)が、葵に話しかけていた。


「そうなんだ。……あ! 敬語とか全然いいからね⁉ 同じクラスメートだし」

「うん。じゃあ葵ちゃんって呼ばせてもらおうかな。ウチのことも、千早でええよ」


そう言って、千早は微笑みながら手を差し出した。

葵は感極まった様子で、その手を両手で握り返した。


「う、うん! よろしく千早ちゃん!」


あのガチガチに固まった葵と、こんなにすぐに仲良くなるくらいだから、社交性は割と高い方なのだろう。

あの間延びした喋り方が緊張感をほぐすのか、葵も話しやすそうだ。


「その代わり、ウチの名前を呼ぶ度に100ゴールドね」

「お金取るの⁉」

「嘘やけど」

「嘘なの⁉」


色々な意味で、つかみどころのない人間だ。


オレはE組最後の生徒へ視線を映した。

その彼女は、隅で一人、こそこそと自分の席に座っている。

オレの力量をいち早く察知した、巨乳の女だ。

オレはその苗字を見て、道理で強いわけだと納得した。


鶴喰風音(つるばみ かぜね)。剣聖、鶴喰カムイの一人娘。

彼女はオレと同じ、直系と呼ばれる家系の人間だ。

鶴喰家の先祖は、伝説の勇者と共に神から力を授かった剣士。

不知火とは、魔物との激闘で背中を預け合った仲というわけだ。


先程から、ちらちらとこちらをうかがっているが、さすがにオレの正体を知っているということはないだろう。

カムイのオヤジとは顔見知りだが、あの人は律儀過ぎて切腹でもしそうな人だった。

溺愛する娘といえども、人類の存続にも関係するといわれるような秘密を、簡単に打ち明けたりはしないはずだ。


様子を見た感じ、どうやらオレと話したがっているようだ。

同じく一人でぽつねんとしているオレに、妙なシンパシーを覚えているらしい。

葵以上に重傷だな。


面倒くさいことこの上ないが、クラスの中で親しい人間は、一人でも多くいる方がいい。

オレは教卓から降り、風音の方へ近づいた。


「鶴喰風音、だよな」

「は、はい! ごめんなさい!」


何故謝る……。

風音はびくびくした様子で、下を向いていた。


「あ~……別に脅かしてるわけじゃない。お前の親父さんには、以前ちょっと世話になったからな。挨拶くらいはしないとと思っただけだ」

「あ、父とお知り合いなんですか。道理でお強いと……」


納得したように、風音はうなずく。


「豪胆なあの人の娘だからどんなタイプかと思っていたが、お淑やかそうで安心したよ」

「お、お淑やかだなんて、そそそ、そんな!」


ぶんぶんと首を振っていたかと思うと、こそこそと机の下で何かを弄っている。


「なにやってるんだ?」

「ごめんなさい‼ ええとその……、でで、電子手帳が、壊れてしまってですね。今日のカリキュラムが……見れなくて……その……」

「そんなことか。ならオレのを見せてやるよ」


そう言って、オレは風音の机に自分の電子手帳を置いた。

すると突然、風音は自分が持っていた電子手帳を、オレのものに重ねた。

途端、甲高い電子音が辺りに響いた。


『電子手帳の接触を確認。決闘を受理しました』


「あ?」


電子手帳から流れた機械音声に眉をひそめていると、突然クラスから大歓声があがった。

風音は慌てて立ち上がり、深々と頭を下げた。


「ごご、ごめんなさい! みんなから指示されて、仕方なく……騙してしまいました‼」


風音の電子手帳には、チャットのやりとりをした跡があった。

各務が、にやにや笑いながら口を開く。


「配属されたばかりで知らねえか? この学園では、生徒間でのいざこざを自主的に解決するために、決闘システムを用意してあるんだよ」

「まあ、簡単に言うとな。決闘相手同士でルールを決めて勝負して、負けたら勝った人の言うこと聞かなアカンっていう、そういうやつや。互いの電子手帳を重ねることで受理されるんやけど、拒否不可能で、今回みたいに騙されたり奪われたりしても、それも実力の内ってことで容認されるんや」

「決闘システムを利用しないクイズを出してきた時から、そうじゃないかと踏んでいたが。ククク。これでようやく、てめえの間抜け面が拝めそうだぜ」


青春が、こっそりとオレに耳打ちしてきた。


「決闘の方法は両者の合意で決まるから、そこで自分の有利なルールへ持って行くんや。風音ちゃんはああ見えてかなり強いから、いくらアルトでも──」

「何を冷めたこと言ってるんだよ、青春」


オレは大仰に手を広げてみせた。


「これがお前らなりの歓迎なんだろ? 受けてやるよ。風音、お前が一番得意な勝負でいいぜ」


各務がそれを聞いて、頬を緩めた。


「そ、それでは……ごめんなさい。一対一の真剣勝負をお願いします。相手に一太刀でもいれた方が勝ち、ということで」

「いいぜ。だが、ここじゃちょっと狭いな。どうせなら、校庭で盛大にやろうぜ」


オレは早々に教室を出て行った。


「ぷぷぷっ。アイツ、風音の強さをなめてるね」


ドアはほんの数ミリだけ開けてある。

イクがこそこそと話しているのを、オレはちゃんと聞き取っていた。


「ああ。落ちこぼれのE組と揶揄されちゃいるが、風音の強さは現段階でも並みの勇者を超えている。舐めてかかったら速攻で終了だろうぜ」


オレは思わず苦笑した。

舐めているのはそっちだ。

愚かな生徒達に、オレの実力をきちんと分からせてやろう。

オレは葵にメールを打ち、さっさと校庭へ向かった。

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