E組解体の危機



「さっきの放送はどういうことだ⁉」


オレは、学長室で呑気に茶を啜っているじじいに怒鳴り込んだ。

あの放送を聞いてから、クラスの連中に自習を命じ、すぐにこの場所に駆けつけたのだ。

隅で待機している姉さんは、オレの様子を、ひやひやしながら見守っている。


「どう、とは? 言葉通りの意味じゃが」

「組長制度は組長を鍛えるためのものでもある。多少の妨害は承知した上で作られた制度だろ! 組長の妨害を理由に退学なんて不当にも程がある!」

「それにしたって限度があるという話じゃ」

「じゃあ他クラスの授業進行を妨げたってのはなんだ! C組とのいざこざのことだとしたら、あいつらは関係ない! それにこの件、誰か一人でも告発してるんだろうな! そうでないなら、完全にじじいの独断だ! だったら──」

「だったら、なんだ?」


じじいの周りを纏う空気が、一変した。


「ワシの独断では事を動かせんと? お前、ワシを舐めとるのか。ワシはここ勇山学園の学園長であり、勇山学園都市を作った張本人。数多もの魔族を屠り、その脅威から人類を守って来た、伝説の勇者の跡を継ぎし英雄だ。そんな人間を前に、ガキが一丁前に意見するのか?」

「……お前、最初からこれが狙いか?」

「若! これ以上はなりません‼」


オレは姉さんの言葉を無視し、話を続けた。


「世間的に見れば、E組の生徒全員を退学させた責任はオレにある。勇山学園といえど、一クラス全員退学なんて前代未聞だ。そんな明確な汚点をつけさせ、オレに表の道を歩けなくさせようってことか」

「……フッ。さらに加えて、“才能”のない者を一人、不正によって転入させたという話もつけば、勇者の資格もはく奪だろうな」


オレは目を見開いた。


「てめぇ……! 最初からそれ目的で葵を転入させたのか‼」

「困るんじゃよ。“才能”もない人間に勇者で居続けてもらうのはな。とはいえ、勇者資格のはく奪ともなれば、さすがのワシも力業(ちからわざ)ではどうにもできん。そういうわけで、第三者も納得できる、お前に勇者の資格がないという根拠が必要だったのじゃ」

「……オレのことはどうでもいい。けどな」


オレは拳を握りしめた。

葵は、オレの見ていないところで必死に努力していた。

武術を教えてくれる者がいないからと腐らず、丹念に身体を鍛え、死に物狂いで転入試験に合格した。

初めて仲間を見つけ、自分の夢に近づけたことに、あんなに喜んでいた。

それを……この男は、たった一声で吹き飛ばしやがった。


「あいつに夢を見させて、それを何でもないような顔でかすめ取っていくてめえを、オレは許しちゃおけねぇ‼」


オレは刀を抜いた。


「若! 駄目です‼」


俊足の刃がじじいを襲う。

しかし、既にそこに、じじいはいなかった。


「ぬるいのぉ。ぬる過ぎてあくびが出てくるわ」


じじいの身軽な身体が、オレの刀身の上に乗っていた。


「全盛期のワシをも凌駕するといわれた剣技が、今ではこのザマか」


じじいの蹴りが、オレの顎を蹴り上げた。

本来なら脳震盪を起こして戦闘終了だ。

だが、ぎりぎりのところで手を挟み込むことに成功した。


「ぬ?」

「もうろくしてんじゃねえぞ、じじい‼」


オレは一気に猛攻に出た。

全ての神経を集中させ、短期決戦に持ち込む算段だ。

じじいは壁に掛けられていた刀を器用に蹴り上げて掴むと、それを使ってオレの剣技を防いだ。

しかし年老いた非力な身体が影響しているのか、終始防戦一方で、オレの攻撃に為す術もない。


そこまで追い詰めて尚、オレは確信していた。

このまま戦えば、オレが確実に負けることを。


(くそっ! なんとか突破口を……‼)


その時、オレの利き腕に、突然電流が走った。

それが怪我の影響であることはすぐに分かった。

全力を出すと、こうも早くガタがくるのか……!


「弱い」


じじいの容赦ない一閃が、オレを襲った。


「若っ‼」


ぎりぎりのところで、オレはなんとかそれを回避した。

肩から血が噴き出るも、オレはその腕で刺突を繰り出す。


が、怪我で鈍った攻撃を難なくよけられ、オレの身体にじじいの蹴りが直撃した。

一気に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる寸でのところで、姉さんに抱き止められた。


「げほっ! ……姉さん」

「学園長! もうお止めください! 真剣で実の孫を斬り殺そうとするなんて……正気じゃありません!」


じじいは鋭い目を絶やさず、じっとこちらをにらみつけていたが、やがて刀を収めた。


「言われずとも、これ以上やる気も失せたわ。こ奴と戦えば戦うほど、失ったものの大きさを思い知って気落ちしてしまう」


じじいは改めて、オレに向かい合った。

オレは姉さんに支えられる形で、地面に片膝をついている。

たった数分の戦いで、立ち上がる力もでないほどに疲弊していた。


「認めよう。確かにお前は強い。“才能”がなく、短期間しか戦えない身体であって尚、事前準備とその知略があれば、マスタークラスでさえ対等に戦えるだろう。だが……それだけだ。所詮それはごまかしに過ぎん。短い間とはいえ、この学園で生活して分かっただろう。自分がどれほど無力な存在か」


オレは思い出した。

転入試験で葵を守れなかったこと。

小細工を使わなければ、風音に勝てなかったこと。

生徒の指導中に、自分自身が先にガタがきてしまったこと。

女々しくも、鶫との戦いから逃げたこと。


策だ知略だとごまかしていたが、本当は自分自身が一番よく分かっていた。

そんなものを使わざるを得ないほど、オレは弱いのだということを。


「特別に教えてやろう。この学園におけるE組というのは、ただの噛ませ犬だ。本来勇者になる資格のない者を集め、当て馬にしておったのだ。つまりお前のことがなくとも、E組は、元々全員どこかの段階で退学させる手筈だったのよ」


じじいは、忌々しそうに鼻を鳴らした。


「そんな出来損ないの分際で、小賢しくもワシの手を煩わせ、わざわざ後任の組長としてお前を呼ぶハメになった。“才能”もないくせにキャンキャン吠えおって。奴らもお前と同じじゃ。分もわきまえず、己が未来も満足に見れず、ただ漠然とした夢とチンケなプライドで自分を保っている。ワシはな。そういう輩が大嫌いなのじゃ」


じじいは、敢えてオレの目戦に合わせるように膝を折り、にこりと笑った。


「お前は初めてここに来たとき、ワシに言ったな。自分の夢は、ワシの首をすげかえることだと。まだ分からないのならはっきりと言ってやろう。お前には夢を叶える才能も、力もない」


オレは歯噛みした。

好き勝手言うこのじじいを、殴り飛ばしたかった。

だが、そんなことができる才能は、今のオレにはなかった。


「……とはいえ、このままさっさと切り捨てるのも夢見が悪い。よって、一度だけチャンスをやろう。一週間後、E組とC組で正式な統一戦を行ってもらう。勇山学園で時々行われる、クラス対抗の決闘じゃ。無論、組長も戦うことが許可されている。その戦いで、万が一E組が勝利することができれば、奴らにも素質があると認め、退学はなしにしてやろう」


まるで、絶対に勝てないとでも言いたげな態度だ。

オレは支えようとする姉さんを手で制し、よろよろと立ち上がった。


「……その余裕。あとで後悔させてやる」

「フッ。まあ、せいぜい楽しみにしておこう」


よろける身体を姉さんに支えられ、オレは学長室をあとにした。

即時退学を免れ、チャンスまで与えられた。

結果だけ見れば、オレの抗議は大勝利だ。

なのに、オレの心は、敗北感でいっぱいだった。




◇◇◇



「いてて! もっと優しくしてくれよ」


医務室で、オレは姉さんから治療を受けていた。

姉さんの“才能”によって生み出された光る糸は、縫合されたあとは肉体の一部となる。

傷の治りは格段に早くなるし、抜糸の必要もないという優れものだ。


「知りません。あれほど自重しろと合図を送ったのに、無視する若が悪いのです」


綺麗に縫合していく指の動きは、思わず見惚れるほどだったが、昔に見た動きに比べれば、ほんの少しばかり雑なように感じた。


「……怒ってるのか?」

「大激怒です。怪我をしていてよかったですね」


怪我がなければ、一体何をされていたのか。

昔味わった折檻の数々を思い出し、オレはごくりと喉を鳴らした。


「……若。今からでも遅くありません。学園長に頭を下げて、今回の件はなかったことにしてもらいましょう」

「何を言い出すかと思えば。要は統一戦で勝てばいいんだろ? 新米勇者とその生徒相手なんて、楽勝じゃねえか」

「そうですね。昔のあなたなら」


オレは黙った。


「昔のあなたなら、私もこんなことは言いません。どんなに不可能だと思えることでもやり遂げる力と、意思があった。口では反対していても、あなたが失敗するなんて、一度だって考えたことはなかった」


姉さんは、優しい瞳でオレを見つめた。

そこには確かに、同情の色が垣間見えた。


「若。あなたはもう、昔とは違うんです」


何故だろう。

じじいから言われた言葉の方が、よほどキツいものだった。

だがオレは、ずっとオレを見てきてくれた姉さんにそう言われたことが、何よりもショックだった。


「確かに、そうかもな」


オレは敢えて、それを肯定した。


「でもだからこそ、ここで逃げるわけにはいかないんだ。“才能”なんていう下らないもので他人を評価するあいつらに、オレはどうしても言いたいことがある。そのためなら……命だって賭けられるさ」


オレの言葉を真剣に聞いていた姉さんは、大きくため息をついた。


「いつも小狡く立ち回る若がそんなこと言うなんて、似合いませんよ」


オレは苦笑した。


「本当にな」


もしかしたら、姉さんは気付いていたのかもしれない。

オレが、決して後には引けない決断をしようとしていることを。


だけど、姉さんはいつも通り、オレと接してくれた。

追及したりせず、諭したりせず、いつものように、笑顔で温かく迎えてくれた。


それがどれほど尊いことか、今のオレには、痛いほどよく分かった。


「ありがとな、姉さん」


そんな彼女に、オレはこんな言葉しか告げられなかった。

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