退学の危機



「というわけで、一週間後にC組と統一戦をやることになった」


オレはいつも通り、平然とした様子でE組の連中に先程のことを告げた。

怪我をして入って来た時は皆動揺していたが、今は真剣に話を聞いている。


「言っておくが、相手の同情は期待するなよ。勇者を目指す者として、この程度の蹴落とし合いは当然だ。相手は全力で叩きに来るだろう。だからそれまでに、やれるだけのことをやらないといけないんだが……」


オレはクラスの連中を見回した。


「この腑抜けた空気はなんだ?」


そう聞いても尚、彼らからはやる気というものを感じなかった。

流れに身を任せて、退学になるならなるでいい。そんな自暴自棄な態度だ。


「全部分かってんだよ。どうせ、てめえが計ったんだろ」


突然、各務がそんなことを言ってきた。


「あ?」

「学園長に告げ口したんだろ。だったら全てつじつまが合うじゃねえか」

「ちょ、ちょい待てや! アルトはそんなことせえへんって」

「そうだよ! アタシ、よくわかんないけど、アルトはそんなことしないよ!」

「青春も紅葉も、うるせえんだよ! こんな奴に簡単に篭絡されやがって‼ 分かってんのか⁉ こいつは組長で、学園の手先なんだよ!」


それを聞いて、各務に反論を覚えていたであろう者達も、皆が下を向いた。


「……仮にそうだとしたら、なんだってんだ?」

「やってらんねえんだよ。てめえらに良いように利用されるくらいなら、こんなところ、さっさと辞めちまった方がマシだ」


皆はばつが悪そうにしているが、各務の言葉に賛同しているようだった。

オレは今、はっきりと分かった。

組長が嫌い。学校制度に反発したい。

そういう想いも確かにあるだろう。だがそれ以上に、こいつらは怖いのだ。

本気でぶつかって、自分達に才能がないことを知るのが。


誰に言われずとも、この学園で生活していて、嫌でも理解したのだ。

自分達は、本当はこの学園にいる資格がないんじゃないかと。


オレは思わず苦笑した。

じじいがオレをE組の組長に任命したのもよく分かる。

まるで自分を見ているようだ。


「言い訳にオレを利用したいなら勝手にやってろよ」

「あぁ⁉」

「オレは戦う。頼れるものがなくなろうと、いくら他人にけなされようと、オレにはプライドがある。お前らはどうなんだ? 自分に才能があるかどうかなんて関係ねぇ。誰に何を言われようが、譲れないものはないのか?」


その言葉に、わずかに心を動かした者が何人かいたようだった。

しかしそれを、一つの声がかき消した。


「そんなもの、ないに決まっておろう?」


突然、ドアの方からそんな声が聞こえてきた。

そこにいたのは、着物姿をした妖艶な美少女だった。

手に持った鉄扇で、優雅に自分を煽っている。


それを見て、突然各務が、その少女に殴りかかった。

少女は臆した風もなく鉄扇を一振りすると、突然現れた突風が、各務を吹き飛ばした。


「各務‼」


窓に叩きつけられる瞬間、その身体を風音が抱きかかえる。


「お怪我はありませんか⁉」

「くそ、情けねぇ……」


風音が間に合わなければ、各務はあのまま窓を突き破って、地面に落下していた。

3階にあるこの教室からまともに落ちていたら、大怪我は免れなかった。

オレは改めて女を見つめた。


「……道明寺雪江。なんでお前がここにいる」

「釣れない言い方はよせ。許嫁を相手に、照れておるのか?」


そう言って、雪江はくっくと笑う。


道明寺雪江は、神から力を与えられた黒魔術使いの末裔だ。

同じ直系遺伝の持ち主として、ガキの頃、じじいに引き合わされた。

道明寺家の財力に以前から目をつけていたじじいは、さらなる優秀な血統を作るという名目で、オレの知らない間に彼女を許嫁にする約束をしていたのだ。

それもあって、こいつにはオレの秘密は全て知られてしまっている。当然、葵のことも。


「許嫁……?」


呆然とつぶやく葵を、雪江は憎々し気に、にらんだ。


雪江は、直系の一族しか勇者として認めないという、生粋の純血派だ。

自分の血筋や“才能”を何よりも誇りに思っている。

そんな彼女が、自分の家柄よりも崇拝していたのが、オレの“才能”だった。

1000年に一度の直系遺伝。伝説の勇者の生まれ変わり。魔族を滅ぼせる、人類最後の希望。

そんな呼び名を持つオレと許嫁になれたことを、何よりも喜んでいた。

だからこそ、彼女の葵に対する憎悪はすさまじい。

しかし雪江は、そんな憎悪をいったん置いて、クラスの連中を見回した。


「わらわがここにいるのは他でもない。落ちこぼれの元生徒共がどうしておるのかと思ってな」


全員の顔が強張った。

見ると、何人かの生徒は、各務同様、今にも殴りかからんという勢いだった。


「……お前が前任の組長だったのか。今ようやく、こいつらの組長嫌いの理由が腑に落ちたよ」


残忍で容赦のない性格の雪江だ。

元々、才能がないとされて集められたE組の面々に、どのようなことをしていたのかは、容易に想像がつく。


「ふっ。こやつらから聞いたのか? どうせ自分たちの都合の良いように脚色して話を乗せたのじゃろう。わらわは組長の仕事を忠実にこなしたに過ぎん」

「嘘つくなよ! あんなの……ただのいじめだ!」


イクが振り絞るような声で言った。

雪江が退学に追い込んだという生徒のことを話しているのだろう。


「弱者がこの学園にいること自体が間違いなのじゃ。お前達の身体にも散々教えてきたつもりだが、もう忘れたか?」


全員が黙り込んだ。


ふとその時、姉さんから電子手帳にメールがきた。

その内容を見て、オレは目を見開いた。


「雪江。一つ聞く」

「なんじゃ? 愛の告白なら二人きりの時にして欲しいのぅ」


雪江が茶化してくるが、オレは応じなかった。

オレは彼女をにらみながら、口を開いた。


「お前か?」


雪江はオレを見て、小さく笑みを浮かべた。

姉さんからの情報。そして雪江のこの態度。それらが、全てを物語っていた。

転入試験で魔物を解き放ち、葵を襲った犯人。

それはこの女、道明寺雪江だ。


「で? オレらの様子を見れて満足かよ。尻尾を巻いて役目を放り出したてめえが、よくこの学園にツラを出せたな」

「うぬらは大変な勘違いをしておるようだから言っておいてやる。わらわが組長の座を退いたのは、学園長にそう頼まれたからじゃ。本来なら拒否するところじゃが、後継者がアルトと聞いてのぅ。仕方なく折れてやることにしたのじゃ。そうでなければ、見せしめとしてあと一人二人、血祭りにあげてやっていたというのに。のぅ、紅葉?」


じろりとにらまれ、紅葉はびくりと震えた。


「うぬは本当に物覚えの悪い馬鹿だったな。さっさと学園から去れと言ったのに、まだ図々しくも居ついておるのか?」

「……だ、だって……パパが、才能あるって……がんばれって……」

「武器も満足に使えないうぬに才能とな? 片腹痛いにも程がある。そうじゃ。良いことを思いついた。今ここで、その未練を断ち切ってやろう。教え子への、せめてもの慈悲じゃ」


そう言って、雪江は鉄扇を構えた。

身体の震えが止まらない紅葉を庇うように、青春が前に出た。


「青春君……」

「フッ。なんじゃ? 一番聞き分けのよかったお前が、まさかわらわに歯向かうのか?」


青春は、にこりと笑った。


「まさか! ただ、こんなところで道明寺さんの手を煩わせるのも申し訳のうて。アイツには俺が言っておきますんで。ホンマすんません。聞き分けのないアホばっかで苦労しますわ」


青春がごまをする様子に、クラスの連中は目をそらした。

その中に、ただの一人も、青春を非難するような目をした者はいなかった。


「道明寺さんの言う通りですわ! 俺らホンマ才能もないのに調子に乗って。道明寺さんに教えてもろて、ようやく身の程を知れましたわ! ありがとうございます‼」


そう言って、青春は頭を下げた。


「フフフ! そうかそうか。やはりお前は話が分かるのぅ。うぬらも感謝するがよい! こいつがいなければ、うぬらは今頃、退学したあの腰抜けと同じ末路を辿っていたろうからなぁ!」


下げた青春の頭を、雪江は鉄扇で軽く叩いた。


「……いやー、ホンマすんません」


青春は握りこぶしを作っていた。

血が出るのではと思うほどに、そのこぶしは、固く握られていた。

文句を言いたくても言うだけの才能がなく、守りたいもののために、必死で自分を律している。


「そうじゃな。あいさつ代わりに一人くらいは潰しておこうかとも思ったが、お前がそこまで言うのなら、考えを改めてやろう。……この場で、代表として土下座するのならな」


青春は目を見開いた。

しかし、すぐに歯を食いしばり、ゆっくりと床に膝をついた。


「青春、てめえ! そんなことするんじゃねぇ‼ オレが──」

「お前らは黙っとけや‼」


青春は地面に両手をついた。

しかし、なかなか頭が下がらない。


「どうした? うぬも身の程を知らない愚か者なのか? 力の差も分からずこの学園にやって来よって。いい加減悟ったらどうじゃ。うぬらには、夢を叶える力も、才能もないとな」


オレはじじいに言われた言葉を思い出した。


『お前は初めてここに来たとき、ワシに言ったな。自分の夢は、ワシの首をすげかえることだと。まだ分からないのならはっきりと言ってやろう。お前には夢を叶える才能も、力もない』


その通りだ。

オレにも、こいつらにも、才能や力なんて何もない。

だから奪われる。理不尽にプライドを傷つけられる。

それが世の理で、それが社会だ。

だから……


「そんなに頭を下げるのが難しいなら、オレが手伝ってやるよ」


オレは刀を抜いた。


「おおそうか。そなたの手を煩わせるほどのものではないが──」


オレはそれを、雪江に振り下ろした。

雪江は咄嗟に鉄扇で防御するが、突然の不意打ちに為す術もなく、そのまま床にたたきつけられた。


「がはっ! ア、アルト……一体何を……‼」

「なかなか良い土下座するじゃねえか」


その様子を青春たちはぽかんとして見つめていた。


「分かっておるのか⁉ わらわにこんなことをして、タダでは済まさんぞ‼」


雪江は鬼のような形相で、葵を指さした。


「そなたがどうしてもと言うから、わらわは今までこ奴に手を出してこなかった! そなたがその気なら、わらわも好きにやらせてもらうぞ! いいのか⁉」

「先に約束を反故にしたのはお前だろ。それに葵をどうにかするってんなら、オレがその前にお前を斬る」

「……何故じゃ。こやつはそなたの大事なものを全て奪った! なのに何故、わらわよりこやつの心配をするのじゃ! わらわはそなたの“才能”がなくなったことなど気にしておらん! 道明寺家も、勇者の生まれ変わりと言われたそなたの子を授かれるならと、容認しておる! そなたは一体どこに不満があるのじゃ!」

「そうやって誰かに飼われる人生に、何の意味があるってんだ? オレの人生はオレが決める。誰かの指図なんて、死んでもごめんだね」


雪江は歯噛みしていた。

殺意を込めた目で葵をにらみ、手に持つ鉄扇を振り上げる。


「お前がいるからああ‼」


ぴたりと、鉄扇が止まった。

雪江の身体が、にわかに震え出す。


「どうした? そんなに震えて。まるでさっきまでのこいつらみたいだぜ?」


オレの身体は限界だ。

雪江が本気を出せば、止めることはできない。

だが、彼女は動けない。

もしも殺意を込めて技を放てば、遠くからこちらを監視している姉さんが、瞬時に雪江を仕留めるだろう。


雪江は憤怒の表情で、鉄扇をしまった。


「一週間後の統一戦」


突然、雪江からそんな言葉が出てきた。


「そこでそなたに地獄を見せてやる。しかし安心するのじゃ。わらわは決してそなたを見捨てはせん。どれほどボロボロになろうと、必ずわらわのものにしてみせる」


それだけ言って、雪江は教室から出て行った。


統一戦の話は、先程オレとじじいが話したばかりだ。

じじいは雪江に組長を辞退させた。

そして雪江がここに来たのも、おそらくじじいの差し金だろう。


何を企んでいるのかは分からない。

だが、それがろくでもないことだということだけは、よく分かった。




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