E組解体の危機<3>



雪江が帰って行くと、途端にクラスに歓声が沸き起こった。


「ざまあみろってんだ! いつも偉そうにしてた報いだ!」

「ホントは春香が叩きのめしてやってよかったんだけどな! 仕方ないからお前に譲ってやったぞ」

「ぶるぶる震えてたくせに、よく言いやがる」

「ち、ちがうもん! 武者震いだもん!」


クラスの連中が、わいわいと騒ぎ出す。

オレが小さく息をつくと、突然右腕の激痛に襲われ、思わず膝をついた。


「アルト‼」


慌てて、葵がオレに手を貸した。


「だいじょうぶ⁉ 彩芽先生呼んでこようか⁉」

「いや、そういうのじゃないから大丈夫だ」

「……怪我をなさっているんですね?」


風音の言葉に、全員の声がぴたりと止んだ。


「聞いたことがあります。人間の神経を傷つけるほどの大怪我をすると、ごくたまに“才能”がなくなってしまうことがあると。アルトさんは……もしかして利き腕を……」


風音は最後まで言えず、俯いて黙り込んだ。


「そうだ。オレは短期間しか利き腕が使えない。ここにいる葵を助けた時の怪我が原因でな。さっき聞いた通り、“才能”もその時なくしちまった」


オレはゆっくりと立ち上がり、教卓の前まで歩いた。


「本音で話そうぜ。オレも、お前らには全部話した。今度はお前らの番だ」

「……だから言ってんじゃねえか。てめえらに都合の良いように動くのはごめんだってな」


各務の言葉に、青春は俯いている。


「青春。本当にそうか?」

「……俺らは泰造が辞めさせられた時、誓ったんや。たとえ退学することになっても、この学園に反抗しようって」

「おい青春!」


……やっぱりな。そんなことだろうと思った。


「アタシたちね。みんな、とめようとしたんだ。いじめだって文句言ったり、アタシたちなりに、いろいろやってみた。でもけっきょく、こわくなって、最後はだまっちゃったんだ。そのせいで、泰造君は辞めさせられて……」

「だから、今度は自分達も辞めてやろうって? それが退学した仲間のためだから」

「そんなんやない。……俺らは逃げたんや。絶対勝てへんから、見て見ぬフリして仲間を売ったんや。……だからしゃあないやろ。それくらいせえへんと、アイツに示しがつかへん」


オレもこいつらと同じだった。

葵を置いて逃げ出して、その贖罪に耐えられず、結局中途半端な形で戻ってきた。自分の罪悪感に付き合わせて、葵を自分の決めた道に進ませようとした。


「お前ら、何を勘違いしてるんだ?」


だから、オレは躊躇なく言うことができた。

それは間違っていると。


「この学園を辞めたことが、そいつにとって悪いことだなんて、誰が決めた」

「……え? だってここを卒業できれば、勇者になれるし、将来安定……」

「ばーか。将来安定な道なんて存在しねえよ。勇者だって、いつ資格返上になるか分からねえしな。だいたい、世の中は勇者の良いところばかり見過ぎなんだよ。はっきり言って、めんどくさいことこの上ないぞ? 変な派閥が溢れているし、話を聞かない個性豊かな連中と仕事しなきゃならねえし、先輩に頭下げないとろくに仕事も回ってこないし」


勇者に対する愚痴なら、延々と出て来る。

そんなオレの様子に、クラスの連中はぽかんとしていた。


「……それに、お前ら自身が言ってたじゃねえか。才能のない弱者をいたぶるなんて間違っているってな。だったらこの学園を退学したそいつは、そういう間違ったことを強要する場所に、さっさと見切りをつけたってことだろ。良いことに決まってるじゃねえか」

「そりゃ……そうかもしれないけど。でもそうなったら勇者にはなれないし、勇者になれなかったら……」

「なれなかったらどうなんだ? 別に死にはしないさ。……でもな。そうやって自分をあきらめて、流されるように生きていたら、心は死ぬぞ」


魔界での生活はそれなりに楽しかった。仲間もできた。

しかしそれでも、ずっと心にしこりを残したままだった。それを放っておいても、生きていけた。

だが放っておけば放っておくほど、まるで自分の一部が溶けてなくなるような恐怖感が、オレを襲うようになった。

きっとそれが溶けてしまった時、オレは腑抜けになるんだろうと、なんとなく思った。


「心が死んでも、それに気付かないよう蓋をすれば、生きてはいけるかもな。そういう抜け殻の人生が欲しいならそれもいい。ここで戦わず、流れに身を任せていればいいさ。でもそれが嫌なら、勇気を出さなきゃいけない時もある。他人の勝手なものさしで自分を計らせるな。お前らの才能は、チンケな“才能”なんかじゃねえ。心の底から願う何かだ」


オレは教卓を力強く叩いた。


「お前らのやりたいことはなんだ⁉」


全員が、お互いの顔を見合わせた。

誰も何も言えずにいる中、紅葉が急に立ち上がった。


「アタシ……」


戸惑いがちだった紅葉は、意を決してオレを見つめた。


「アタシ、パパの牧場を継ぎたい。勇者になってたくさんの人を助けるより、家族とか、アタシを育ててくれた大地に恩返しがしたい!」


オレはにやりと笑った。


「良い夢だ」


オレがそう言ってやると、彼女は顔をほころばせた。


「オ、オイラは世界一の発明家になりたい! それで、世界中を旅して、たくさんの美女を連れて歩くんだ!」

「男のロマンだな。ナイスな夢だぞ」

「私はアルトのお嫁さんになりたい!」

「その夢は叶わない。あきらめろ」

「この流れで⁉」


皆が、好き勝手に自分の夢を語り始めた。

その中で、青春は一人、うつむいていた。


「青春。お前はどうしたいんだ?」

「俺は……。俺は、みんなと一緒にいたい」


その言葉に、クラスの喧騒はぴたりと止まった。


「いずれ別れなあかんことくらい分かってる。けど、その時が来るまでは、……俺、みんなと一緒にいたいんや。泰造が退学したんは統括の俺の責任や。皆の罪悪感を必要以上に煽ったのも、たぶん俺や……。でも、それでもやっぱり、俺、みんなと一緒にいたいんや!」


青春は各務に向けて頭を下げた。


「すまん各務! 俺らみんなで決めたことやのに、統括の俺がこんなこと言って! ……けど、けどそれが俺の本音なんや。俺が今、一番やりたいことなんや!」


必死にそう訴える青春を見て、各務は舌打ちした。


「ふざけんじゃねえぞ」


各務は、青春の胸倉を掴んだ。

紅葉が、慌てて割って入ろうとする。


「お、落ち着こうよ! ね? 喧嘩はよくないよ」

「誰も喧嘩しようなんて思ってねえ!」


紅葉を一喝し、各務は青春をにらみつけた。


「青春。てめえがそんなこと言って、オレ達の誰か一人でも、てめえを責めるなんて本気で思ってんのかよ」

「……え?」

「確かにてめえが統括だ。クラスの総意を決めるのもてめえだし、実際てめえが主体になって、オレ達は指針を決めた。だがこれは、オレ達全員で決めたことだろうが!」


各務に身体を揺すられながら、青春は呆然としていた。


「オレが怒ってるのはな。てめえが今まで、オレ達に遠慮して本音を喋らなかったことだ。オレ達は確かに負け続けたし、逃げ続けた。端から見りゃ、落ちこぼれもいいとこだ。だが、傷のなめ合いだなんだと言われても、それでもオレ達は……、ずっと仲間だった。何があろうと、それだけは変わらない。そうだろ」

「……ああ。そうやな」


各務は青春から手を離した。

青春は、黙って胸元を正した。

教卓の後ろに立ち、全員の顔を見回す。


「みんな! とりあえず、難しいことはいっぺん無視や! 一週間後の統一戦。誰もが俺らが負ける思てる。けど、俺らにだってプライドがある! たとえ負け組でもなんだろうと、馬鹿にされたまま終わってたまるか! 全員で、俺らE組の意地を見せたろうやないか‼」


青春の演説に、全員が雄たけびをあげて手を挙げた。


あとはもう、オレが何も言わなくても大丈夫だろう。


「アルト」


興奮するクラスの中で、こっそりと葵が、オレに話しかけてきた。


「……私のこと、いつも邪見にしてたのって、あの人がいたから?」


珍しく、葵は遠慮がちにそう言った。


「ああそうだ。許嫁がいるってのに、知らずに言い寄ってくるんだからな。鬱陶しくて仕方なかったぜ」

「……アルト。私のこと馬鹿にしてる? いくらなんでも、そんなの嘘だってすぐに分かる。もしも私と恋仲にでもなったら、あの人が黙ってない。だからでしょ?」

「……どちらにせよ、もう黙ってはいないだろうな」


雪江のあの言い方。

確実に、統一戦の時に何か仕掛けてくる。そしてそれはおそらく……


「あいつはたぶん、お前を殺しにくる」


葵は驚かなかった。

怖がりもしなかった。

堂々と、前を向いていた。


「お前が勇者になるための、最初の関門だ。それを突破できたら、オレの剣を本格的に教えてやる。基礎技術じゃない、不知火家に伝わる、伝説の勇者が会得してきた剣術をな」


葵は、何も言わずに、力強くうなずいた。

どうなるかは分からない。しかしこの関門を突破できるのなら、きっとこの先もやっていける。

オレは彼女の瞳を見て、そう確信していた。




◇◇◇



夜になり、オレは学生寮にある自分の部屋に帰って来た。

今日は色々なことがあってクタクタだ。

統一戦を迎えるにあたっての策も考えなければならないが、とにかく明日だ。


オレはさっさとベッドに飛び込もうとして、ぴたりと動きを止めた。

変わったところは何もない。気配も、まるで感じない。

しかし培ってきた長年の勘が、オレに警戒信号を出していた。


空気の流れを肌で感じ、オレはその変化を一瞬で感じ取った。

剣を抜き、すぐさまその場所へ刃を向ける。

何もなかったはずのその場所から、突然声が聞こえてきた。


「勘は鈍ってないみたいね」


突然風景が歪んだかと思うと、そこに一人の女性が姿を現わした。


「そっちこそな。アリヤ」


ふふんとアリヤは笑った。

彼女は、魔界では結構な有名人だった。

全身機械仕掛けの異様な身体を持ち、光学迷彩によってどこにでも侵入することができる。

ロンリードールという異名を持つ生粋の魔族嫌いで、名前も知らない謎の組織の手足として、裏社会で暴れまわっている。

生身なのは顔から胸の辺りまでの、全身サイボーグ人間でありながら、未だ“才能”を身につけている稀有な存在だ。

“才能”のない人間や、“才能”をなくしてしまった人間が、力を欲してサイボーグ化する事例は珍しくないが、未だ“才能”を持ちながらのそれは、あまり例がない。

しかも彼女の義手義足は、表には出回っていない最新技術によって作り出されたものだ。どんなバックがいるのか、オレも怖くて聞いていない。


「まさかあのものぐさアルトが、ホントに教師なんてやってるとはねぇ」


部屋をきょろきょろと見回しながら、アリヤは言った。


「物見遊山に呼んだんじゃねえぞ。頼んだものはどうなった?」

「ああ、それね。アンタの読み通りよ。紅龍会ってヤクザが、一週間後、この学園を襲撃する計画をたてているわ」

「確か、この近辺の魔界一帯を仕切ってる奴らだよな」

「ええ。純度100%の魔族によって構成されている差別主義者の集まりよ。人間っていう種族が大嫌いらしいわ」

「魔族の大半がそうだろ」


人間に比べると、魔族はどうしても日陰の場所で過ごさなくてはならない。

そのことに、鬱憤を貯め込んでいる魔族は大勢いた。


「でも、人間界に殴り込みをかけようって馬鹿はそういない。アンタからの情報がなければ見逃すところだったけど、割とビッグな協力者を得たようね」

「道明寺雪江、だろ?」

「そうそう。驚いたわー。純血派の人間と人間嫌いの魔族が手を組むなんて、前代未聞よ」


姉さんからの情報を元にアリヤに探らせていたが、どうやらビンゴだったようだ。


「はいこれ。奴らの突入ルート」


そう言って、アリヤは一枚の紙を差し出した。

学園のマップの上に、どのように攻め込むかが詳細に書かれている。


「そんなものまで手に入ったのか」

「フフン。プロを舐めないでもらいたいわね」


紙を受け取ると、アリヤは鼻を高くした。


「さすがはロンリードール」

「ちょっと! その呼び方止めてって言ってるでしょ⁉ こっちは勝手に恥ずかしい名前つけられて迷惑してるの!」

「なんだよ。そんなに友達がいないことを気にしてるのか?」


ジャキンと、腕から生え出たレーザーブレードが、オレの首にあてがわれた。

オレは素直に両手を挙げた。


「冗談だって冗談。相変わらずジョークの通じない奴だな」

「アンタは相変わらず人を怒らせるのが上手みたいね」


アリヤは鼻を鳴らし、ブレードをしまった。


「で、本題の方は?」


オレが聞くと、彼女はばつの悪そうな顔をした。


「ねぇ。ホントにやるつもり?」

「何言ってやがる。お前だって以前勧めてきたじゃねえか」

「あれは冗談よ。ホントにやるとは思ってなかったから……」


勝気で、思ったことははっきりと言うタイプの彼女にしては、珍しく歯切れが悪かった。


「いいから教えろ。どうやったらお前と同じ義手を手に入れられる?」

「……これは契約の証。力を得ることはできるけど、生涯を組織のために使わなきゃいけなくなる」

「組織とは?」

「言えないわ。今はまだ部外者だから」


その名前も目的も言えない組織か。

きな臭いにも程がある。


「前にも言ったと思うけど、私は魔族を憎んでいる。魔族を殺すために、私は犬に成り下がったの。そうまでしても叶えたい望みがあるから。……利き腕が使えないアンタの気持ちは、他の人より分かるつもりよ。それでも、やっぱり私はオススメしない。アンタが誰かに飼われるような人生を送って、幸せになれると思えない」

「お前にしちゃ、ずいぶんと素直にデレてくれるな」

「茶化さないで。本気で心配してるのよ」


彼女とは、魔界で小遣い稼ぎをしている時に、ちょこちょこと鉢合わせるような仲だった。

時には協力するし、時には対立する時もある。利害の一致でしか共に行動しない関係だ。

だからオレは、彼女がそういう風に言ってくれることが、意外だったし、うれしかった。


「すぐにでも装着するとしたら、どうやるんだ?」


オレは自分の感情を隠してそう言った。

アリヤはその言葉を聞いて、小さくため息をついた。


「一瞬でできるわ。その右腕をぶった斬って、義手を刺し込む。それだけ」

「え、斬るの?」


オレは及び腰になった。


「そりゃそうよ。簡単でしょ?」


腕を両断するのを簡単とは、なかなか言ってくれる。


「言っとくけど、めちゃめちゃ痛いわよ。義手が勝手に神経と連結してくれるんだけど、容赦ないから」

「そのことに、組織の方々はなんて言ってるんだ?」

「審査の結果、合格だって。あとはあなた次第」


アリヤは考え事をするようにしばらく黙り、やがて口を開いた。


「……それ、紅龍会の動きと関係あるんでしょ? 別にアンタが止める必要はないんじゃないの? 他の人に頼むとか──」

「前に約束したことを忘れたのか? お互いの事情は、本人が話すまでは深追いしない」

「……そうだった」


アリヤは組織の犬だ。

自分の力を、組織以外のために使うことは許されない。

本当は、オレのことを助けたいと思ってくれているのだろう。

鮮血の中で生きてきた冷酷な殺人マシン。そう噂されていても、彼女がそこらにいる女の子と何も変わらないことを、オレは知っていた。


「……当日は、私がアンタについてるわ。だから、もしも必要になった時は合図して。コンマゼロ秒で付け替えてあげるから」


自分の人生を捧げる選択は、本当にそれ以外方法がないと分かった時にすればいい。

それは彼女が自分の立場で示せる、最大限の優しさだった。


「……悪いな」


照れ隠しもあったのだろうか、アリヤは後ろを向き、小さく手を挙げた。


「構わないわよ。追加料金は、アンタの口座から勝手に引き落とさせてもらってるから」

「おい。聞いてねえぞ」

「じゃね♪」


ぱちりとウインクし、アリヤは風景と同化して消えた。

あいかわらず抜け目ない奴だと、オレは独り言ちた。

まだ生身である、自分の右腕を触りながら。

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