統一戦<1>
オレ達はそれから、決戦に向けた準備に取り掛かった。
作戦を練り、戦闘能力の底上げを図り、できる限りのことをして、万全の体制を整えた。
そしてとうとう、統一戦の日がやってきた。
統一戦は大規模戦闘になるということで、休日に行われることになった。
誰もいない学校のグラウンドに、オレとE組の生徒全員が集まっている。奥には、C組の組長柊と、以前風紀委員としてアルトを取り締まろうとした稲葉、そして腕にキーボードを取り付けたメガネの男、勅使河原が並んでいる。
その間に、審判である姉さんが立っていた。
「それではルールを説明します。この統一戦は、組長を含む代表者三名による決闘です。一人につき一つだけ登録できる武器を、相手チームの人間に接触させれば、その選手は脱落となります。素手で挑む場合は四肢を武器とみなし、肘および膝から指先までが、それに該当することになります。範囲は学校の敷地内。先に三名全員を脱落させたチームの勝利です。同じクラスの人間による相手選手への攻撃がある場合、失格となりますのでご注意ください。それでは、代表選手は前に出て、この端末に自身のIDと武器を打ち込んでください」
その言葉に従って、オレと風音、そして紅葉は前に出た。
「おっしゃあ! がんばってくれや三人とも!」
「そうそう! こんな奴らけちょんけちょんだぁ!」
オレ達について来て、青春やイクが、ばしばしと肩を叩いてくる。
そんなE組の面々を、柊は冷たい目で見つめていた。
「ずいぶんと騒がしいわね」
稲葉が鬱陶しそうな顔でつぶやきながら、端末のキーボードを叩く。
「当たり前や! こっちは退学が掛かってるんやからな。俺らは応援しかできへんけど、それなら全力で応援するだけや! この三人やったら、絶対俺らが勝つ!」
勅使河原が、中指で、くいとメガネをあげた。
「吠えてろ。てめえらが勝てる確率は、せいぜい12%だ」
12%。
その確率は、なかなか妥当だとオレ自身思っていた。
柊はもちろん、稲葉も勅使河原も、並みの勇者では相手にならないほどの実力者だ。
まともに戦えば、勝つ可能性はかなり低い。
まともに戦えば、だが。
C組が全員登録を終えると、今度はオレと風音と紅葉が、端末に必要事項を打ち込んでいく。
柊が、その様子を見つめながら口を開いた。
「先に言っておきますが、私達は全力であなた方を潰しに参ります。確かに同情の余地はありますが、この程度の危機を脱することができないようなら、勇者になったところでいずれ不幸になるだけでしょう。叶わない夢なら、早々に諦めた方がいい。これが私なりの、せめてもの情けというものです」
「フフフ。強がっているようだが、春香達と違って応援してくれる人がいないから、本当は心細いんじゃないか?」
「そうやなぁ~。いくらなんでも、三人だけはちと寂しそうやぁ」
柊は、そんな二人の挑発を一蹴するように、鼻で笑った。
「どうやら何も分かっていないようですね。C組の生徒がいないのは、私達が勝利を確信しているからですよ。私の生徒に、貴重な時間を使わせるのが忍びなかったのです」
両者は互いに挑発を返しながらにらみあっている。
ふいに、端末に記入されたものを確認している姉さんと、目が合った。
彼女は、あきれたようにオレを見てため息をつき、視線をそらす。
しかし、何も言おうとはしない。
ここまでは想定通り。
オレは一歩前に出て、おもむろに手を差し出した。
「力量に差があろうとなんだろうと、お互い対等な決闘相手だ。握手くらいはしてくれてもいいだろ?」
「……いいでしょう」
柊は、オレと握手した。
「お互い、良い戦いをしよう」
「ええ」
手を離した柊は、どこか朗らかな表情をしていた。
戦闘のマナーがしっかりしていることに、生真面目な彼女は好感を持っているようだった。
「んじゃ、稲葉も」
そう言ってオレが手を出すと、彼女はびくりとした。
「ん? どうした?」
オレは稲葉に微笑みかけた。
彼女は挙動不審な様子で、視線をさまよわせている。
「……ええと。なんていうか、その……」
「……稲葉。拒否するのは礼を失する行為です。ほんの少しで構いませんから、我慢してください」
柊は聞こえないように耳打ちしていたが、あいにくとオレは地獄耳だ。しっかりと聞こえていた。
これで情報の裏がとれた。
稲葉は、男性に触れない。
稲葉は素早く手を出すと、握手というよりはタッチするような速さで手を引っ込め、服でごしごしと手を擦っていた。
その必死な様子に精神的ダメージを多少負ったが、それ以上のものは得られた。
勅使河原とも形式的な握手を済ませ、準備は万全だ。
「制限時間は3時間です。それまでに決着がつかなかった場合、人数が多い方が勝利となります。同数の場合はサドンデスとなり、先に選手が脱落した方の負けとなります」
すっと、姉さんが手を出した。
この手が挙げられた時、統一戦が始まる。
オレ達の人生が掛かった大勝負だ。絶対に負けられない。
生徒達もそれをきちんと分かっているのだろう。緊張以上に、気迫が身体から溢れ出ていた。
「それでは……はじめ‼」
姉さんの手が一気に挙げられると同時に、姉さんが叫んだ。
スタートの合図とともに、C組の三人が一気に飛び込んでくる。
「先手必勝‼」
が、彼女達はすぐに驚愕し、防御態勢に入った。
オレと風音、紅葉の三人を置いて、他のE組の面々が、攻撃を仕掛けたのだ。
C組の三人は、寸でのところで回避行動に成功するが、その隙をついて、オレ達は校舎の方へ逃げることができた。
「審判! 選手以外の人間の妨害です! E組の反則負けでしょう⁉」
「妨害行動は攻撃のみとルールに明記されてあります。あなた方が攻撃を回避した時点で、妨害には該当されません」
「なっ⁉」
彼らは勇者を目指す生粋の武人だ。
突然の攻撃には、どうしても防御や回避を優先してしまう。
優秀であるが故の癖を利用し、逃亡の隙を与えてもらったのだ。
オレはインカムを使って生徒と連絡を取った。
「最初の山場は超えた! 全員持ち場へ散れ‼」
さて。ここからが策の見せどころだ。
校舎へ入ったオレは、ゆっくりと舌なめずりをした。
◆◆◆
「くそ! 見失った‼」
校内へと先行していた稲葉が辺りを見回し、悪態をついた。
結局、奇襲の動揺もあって、誰一人捕らえることができなかったのだ。
まったく思い通りにいかない展開に、稲葉はいらついていた。
「落ち着け稲葉。それより、あまり離れるんじゃねぇ。さっきの奇襲を見るに、校舎にも何か仕掛けてあると考えるべきだ」
「勅使河原君の言う通りです。敵の全貌が分かるまでは、共に行動するようにしましょう」
稲葉は渋々うなずき、自分を落ち着かせるために深呼吸した。
「さて、これからどうしましょうか。数で負けている以上、かなり不利ですが」
「E組の奴らを見つけ次第打ち倒していきましょう。一人ずつ潰していけば、数の有利はいずれなくなります」
稲葉らしい勇猛な意見だが、すぐに柊が首を振った。
「あの潔い撤退の仕方を見るに、そう簡単にやられてはくれないでしょう。それに全員を叩くとなると、さすがに疲れが出てきます。おそらくですが、向こうも長期戦は望むところなのではないでしょうか」
「俺も組長の意見に賛成だ。俺達に勝つ目があるとすれば、選手三人への集中攻撃だ。どうにかそのパターンに持ち込めば、地力はこっちが上だからな」
「ですが、椎名アルトの実力は未知数です。鶴喰風音の腕は相当なものですし、実力が拮抗している可能性もあるのでは?」
「だったら最初の奇襲はあり得ませんよ。奴らにとって、短期でのまともなぶつかり合いは悪手だった。だからこそ、そうさせない手を打ってきたんです」
稲葉は得心がいったようにうなずいた。
「なるほど。向こうの見立てでも、こちらの方が実力は上だと判断しているからこその作戦だったわけね。それなら、まともに戦ったらこちらが勝つのは間違いなさそうだわ」
勅使河原は素早くキーボードを叩いた。
「それに、椎名アルトの実力は、以前見た決闘の様子から、ある程度把握している。奴はおそらく、そう長くは戦えない」
「長く戦えない? それってどういうこと?」
「さあな。怪我か病気か。とにかく俺の計算では、その確率が86%と出ている」
柊は顎に手をやって考えた。
「では、椎名アルトは満足に戦えないと仮定して作戦をたてましょう。実際に相対した時は、その可能性を排除して全力で戦うように」
「了解です。当面はどうします?」
「待機していても仕方ありませんからね。三人で固まり、しらみつぶしに探していきましょう。勅使河原君、指揮を頼みます」
「任せてください」
三人は慎重に、けれど物怖じした様子もなく、校舎を探索し始めた。
◇◇◇
C組の面々が動く様子を、オレはモニター越しに監視していた。
「ふむ。オレの怪我についてはバレたか。ま、想定通りだな」
「しっかし、アルトもよくやるねー。学校中にカメラと盗聴器を仕掛けるなんてさ」
暗い部屋の中で、イクがパソコンのキーボードを叩きながら言った。
この狭い部屋の中には、大量のモニターがある。そのほとんどが、学校内に仕掛けた隠しカメラの映像だった。
「決闘場所がここじゃなかったらどうするつもりだったのさ」
「統一戦に使用され得る場所は、せいぜい2つ3つだ。候補がそう多くないなら、全ての施設に仕掛けを施せばいい。簡単だろ?」
「うわー……。めんどくさいことするなぁ」
「とりあえず、オレは体力温存も兼ねて、ここで高みの見物だ。しばらくは二人の健闘ぶりを見させてもらうか」
そう言いながら、オレはちらと自分の電子手帳を見た。
オレの想定通りに事が運んだとしても、この統一戦でオレ自身はほとんど戦えない。
せめて、柊以外の二人は彼らだけで倒せないと、勝ちの目はゼロだろう。
「頼むぜ」
イクに気付かれないよう、オレはぼそりとつぶやいた。
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