統一戦<2>



C組の三人は、つい先程見つけた選手の一人、一ノ瀬紅葉を追跡していた。

勅使河原の分析がぴたりと当たり、一人で隠れていた紅葉をいとも簡単に見つけ出したのだ。


紅葉は全力で逃走し、彼女達は追いかける。

足には自信があった紅葉だが、さすがに振り切るまではできない。


紅葉が廊下の角を曲がり、そのまま一気に走り抜けようとした時だった。

くんと鼻を鳴らすと、すぐさま後ろへ跳躍する。

光の反射で、廊下に張り巡らされた無数の糸が、きらりと光った。


「ほぉ。よく察知したな」


ゆっくりと、前から勅使河原が現れた。

いつの間にやら、二手に別れていたのだ。

勅使河原は、機械仕掛けのグローブをはめていた。その指先から伸びる糸は、まるで生物のように、なめらかに宙を泳いでいる。


「追い詰めましたよ」


後ろから、柊の非情な声が聞こえてくる。

近くには逃げ込める部屋も窓もない。

まさに万事休すの状況に、紅葉は歯噛みした。


しかし、だからといってごたついていれば、それこそ相手の思うつぼだ。

紅葉は大きく息を吸い、勅使河原に三節棍を向けた。


「ま、この状況じゃそうせざるを得ないわな」


勅使河原は鼻を鳴らし、紅葉をにらみつけた。


「しかし馬鹿が。てめえのデータは入手済みだ。てめえが俺に勝てる確率は7%。それでも挑もうってんなら、容赦はしねぇ‼」


勅使河原の操る糸が、巧みな動きで彼女の三節棍を奪い取った。


「はっ! これでてめえの勝率は……0%だ‼」


好機と見て、勅使河原が一気に飛び込む。

この絶体絶命のピンチにあって、紅葉は逃げもせず、その場でグルーミングしていた。


「とうとう試合をあきらめたか! 腑抜け野郎が‼」


勅使河原の操る糸が、四方八方から紅葉を襲う。

一度こうなれば、武器無しでは確実に避けられない。

紅葉はぺろりと自分の爪を舐め、ギラリと襲い掛かる糸をにらんだ。


柊は、はっとした。


「勅使河原君、気をつけてください! 彼女が武器として登録したのは──‼」

「ニャアッ‼」


鋭利な糸を、紅葉は爪で弾き返した。

それでも尚、四方から飛んでくる糸を、まるで軟体動物のような柔軟さで器用に回避し、勅使河原の前に立った。


「ちっ! 回避を──」

「もう遅いっ‼」


紅葉の強烈なストレートが、勅使河原の横腹に突き刺さった。


「ぐっ!」


勅使河原の身体は吹き飛び、廊下を転がった。


ビーーーーー‼


突然、校舎中に電子音が鳴り響いた。


『勅使河原スグル選手は脱落となります。ただちに専用の控室まで移動してください。脱落した時点で、相手チームへの攻撃は反則となります』


勅使河原は起き上がりながら、やれやれと首を振った。


「やられたな。データを過信した俺のミスか」


すぐさま、稲葉が紅葉へと肉迫した。


「タダでは帰さない‼」


稲葉のキレのある薙刀が、紅葉を襲う。


「ウガアァ‼」


しかしその猛攻を、紅葉は一気に押し返した。

型も何もない滅茶苦茶な攻撃に、稲葉は攻撃に転ずることができず、押され始める。


「くっ! なんてやり辛い……!」


とうとう、稲葉は柊のいる場所まで、後退させられてしまった。


「まるで野生の肉食動物。それがあなたの真価というわけですか」

「フシャアア‼」


柊の冷静な言葉に、紅葉は威嚇で返す。

フッと、柊は小さく笑った。


「ならば、私がお相手しましょう」


柊が一歩踏み出すと、紅葉はびくりと身体を震わせ、すぐに後ろへ飛びのいた。


「さすがは野生児。相手の力量を見抜く勘は、かなりのもののようですね」


紅葉は柊をにらみ、「ウウゥ」とうなっていたが、すぐさま背を向け、四足歩行で駆けだした。


「一切躊躇のない逃走。素晴らしい判断力です。しかし……」


柊は、ゆっくりと弓を取り出した。


「この私と戦場で出会い、逃げられるとは思わないことです」


ほのかに光る弦に手をかけ、矢を引き絞る。

全神経を集中させた柊の鋭い気は、その場の空気を震えさせるほどだった。

既に紅葉は角を曲がり、弓の射線上にはいない。だがそれでも、必ず当たるとこの場を見ていた誰もが確信していた。

故に、その仕掛けは作動した。


ボン、と爆発音がしたかと思うと、床が一気にヒビ割れ、バラバラに砕け散った。


「柊組長!」

「甘いですね。こんなもので、私の集中力は途切れません」


バランスを崩し、身体が落下しているにもかかわらず、彼女は一切集中力を途切れさせず、矢を放った。


「『Der Freischütz』」


その矢が放たれた瞬間、突然空間に、奇妙な円が現れた。矢は吸い込まれるようにその円の中に入り、消えてなくなった。


「フギャッ‼」


そんな声が、遠くから聞こえてくる。


「私の“才能”は、空間と空間を繋ぐ異次元を生み出す能力。たとえどこに逃げようと、私の矢は必中です」


ビーーーーー


先程と同じ、電子音が辺りに響いた。


『一ノ瀬紅葉選手は脱落となります。ただちに専用の控室まで移動してください。脱落した時点で、相手チームへの攻撃は反則となります』


柊が受け身も取れずに階下へ激突する瞬間、稲葉が彼女の身体を抱きかかえた。


「組長! 無事ですか⁉」

「ええ、ありがとうございます。きっとあなたがフォローしてくれると思い、少々無茶をしました」


稲葉は、ほっと息をついた。


「組長! 稲葉! 無事か⁉」


穴が空いた廊下の上から、勅使河原が叫んだ。


「こちらは大丈夫です。あなたこそ、怪我の具合はよろしいんですか?」

「衝撃は後ろへ逃がしましたから、見た目ほどダメージはありません。それより、申し訳ありません。完全に油断していました」


勅使河原が、自分を責めるような苦悶の表情を浮かべる。

柊は、首を振って微笑んだ。


「いいえ。リーダーである私が、彼らを舐めていたことが原因です。あなたが気に病むことではありません。先に休んでいてください。必ず吉報をお届けしますから」


勅使河原は手助けしたい気持ちを押さえつけてうなずき、その場から立ち去った。


「さて、これからどうしましょうか」

「組長。一つ分かったことが」


稲葉は、自分の肘を見せた。

ほんの少しだが、擦りむいた痕がある。


「組長を助ける時に、わざと擦ったんです。あの爆弾は、明らかに遠隔操作されたものでした。E組が未だ失格にならないところを見るに、これを起動させたのは風音さんか、椎名アルトだと思われます」

「一ノ瀬紅葉さんは、恐らくわざとあの場所に誘い込んだのでしょうね。こちらに先回りさせて、一人になった方を奇襲する。……つくづく失敗でした。戦力を分断するなら、私が単独行動すべきだったのに」

「敵を捕捉する能力は勅使河原君の方が長けていますから、あの段階では最善の方法でした。仕方ありません。それより、二人のどちらかがここを目視していたという事実の方が重要です。もしもばれていたら、一気に敗北濃厚。逃げの一手としては、かなりリスキーです。それに柊組長は、その“才能”の性質上、周囲の探知能力に非常に長けている。そんな組長に探知されず、絶好のタイミングで爆弾を爆発させるなんて芸当、奴らにできるのでしょうか」


柊と稲葉は、じっとお互いを見つめ合った。

二人はすぐに辺りを確認し、しばらくして、それは見つかった。

埃の中に隠れた、豆粒ほどの大きさのカメラが、廊下の角に置いてあったのだ。


「監視カメラですか。これだけ小さなものになると、さすがに気付きませんね」

「河渕衣久は凄腕のメカニックです。恐らく彼女が作成したものだと。この分だと、音も拾われていると思います」


柊は、小さな監視カメラを摘まみ、じっと見つめていた。


「どうしますか? 一つ一つ潰していくのは、かなり時間が掛かると思いますが」

「……放っておきましょう。この程度、ハンデにもなりません」


柊は窓枠に監視カメラを置き、それをにらみつけた。


「けれど、見ていなさい。勝つのは我々、C組です」


監視カメラに宣戦布告し、柊達はその場をあとにした。




◇◇◇



「あちゃー。紅葉、やられちゃったよ」


イクは額を抱えて、椅子にもたれかかった。


「ダミーの監視カメラにも引っかからなかったな」


豆粒状のカメラはフェイクだった。

壁や、普段から置いてあるオブジェの中に仕込んであるものもフェイクだ。

本物は、天井に貼られた、透明な極薄のシールだった。イクが発明した、絶対に盗撮がばれない監視装置だ。

カメラに気付かせ、それをつぶさに探すことで精神的疲労を狙う作戦だったが、どうやら引っかかってくれなかったようだ。


オレはすぐにインカムのスイッチを入れた。


「紅葉、聞こえるか? 怪我は?」

『だ、だいじょうぶ……。自分で歩ける。ごめんね、アルト……』

「何言ってやがる。勅使河原を倒すという目的を達したんだ。お前は堂々としていろ」


インカムを切り、オレは息をついた。


「やはり、組長を務める奴はレベルが違うな」

「うん……。やっぱりアルトじゃないと、どうにもなんないんじゃない?」

「そうでもないさ」


オレは、涼しい顔で歩く柊を、モニター越しに見つめた。


「そんな余裕の表情ができるのも、今だけだぜ」


オレは秘策を発動させるべく、電子手帳を操作しながら、にやりと笑った。


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