統一戦<3>




柊と稲葉は校舎の廊下を歩いていた。


「これからどうしましょうか。勅使河原君の分析が使えないとなると、それこそしらみつぶしに探すしかありません」


柊は考え事をしているのか、どこか上の空だった。


「……少し表に出ましょうか」

「え? あ、はい」


さっさとグラウンドの方へ向かう柊に、稲葉は慌ててついて行った。

柊は、統一戦の範囲内ぎりぎりのところまで校舎から離れると、おもむろに弓を構えた。


「稲葉。援護を頼みます」

「組長? どうする気ですか?」

「そろそろ本気を出します。気配探知で一人ずつ仕留めていく」

「え⁉ で、ですが、相手はあと九人もいます。さすがに組長の負担が大きすぎますし、それが相手の狙いだと、組長自身も言っていたじゃないですか!」

「私は気の探知で、相手を特定することができます。これを使えば勝利は確実でしたが、あなた方の鍛錬になるかと思い、今まで黙っていました。申し訳ありません」


稲葉は唖然としていた。

柊の弓の技術と“才能”、そしてこの気の探知があれば、ほとんど無敵ではないか。


「勅使河原君と約束した以上、負けるわけにはいかない。さっさと仕留めさせてもらいます」


柊は目を瞑り、気を探知することに集中し始めた。

稲葉が息をするのもはばかれるほどの集中力だ。


「……どういうこと?」


しばらくしてから、ぼそりと柊がつぶやいた。

彼女は目を開け、弓を降ろす。


「反応が7つしかない」

「……気配を消しているってことですか?」

「椎名アルトはまだしも、学園の生徒が、私の探知に引っかからないほどの精度で気配を消せるはずがありません」


どういうことかと、柊が思案している時だった。

突然、放送のチャイムが鳴ったかと思うと、校内アナウンスが流れ始めた。


『決闘が受理されました。これから読みあげる者は、準備に取り掛かってください』


それは、正式な決闘の手続きを経た時に聞こえるアナウンスだった。

電子手帳を重ねての決闘は突発的なもので、それ故にルールも単純なものにせざるを得ず、制約も多い。しかしあらかじめ申請しておいた決闘なら、休日の校舎利用といった無茶も許される。


「統一戦の日に決闘なんて。非常識にも程がありますね」


柊が思わずぼやいた。


『決闘相手は椎名アルト。そして、神原鶫です』


「……え?」


二人の疑問の声が重なった、その時だった。


「アーッハッハッハ‼」


突然、屋上から笑い声が聞こえてきた。

見ると、フェンスを越えた出っ張りの上に、B組の組長である、神原鶫が仁王立ちしていた。


「鶫ちゃん、参・上‼ とうっ!」


鶫は躊躇なく屋上から飛び降りた。

平然とした顔で地面に着地し、ゆっくりとこちらに歩いて来る。


「おっす♪ 樟葉ちゃん、深月ちゃん」

「……何故あなたがここにいるんです? 神原組長」


柊は鋭い視線を送った。


「いや~。ごめんごめん。邪魔するのも悪いとは思ったんだけどねぇ。今日じゃないと決闘は受けないって新人君が言うもんだからさぁ。ほら、新人君ってプライドとか皆無じゃん? ここで受けないと、この先一生戦えないだろうな~って思ったら、ついね」


稲葉はこの事態をどう捉えていいのか分からず、柊と鶫を見比べていた。

柊は、小さくため息をついた。


「戦闘好きの神原組長らしいですが、できれば邪魔しないでもらいたかったです」

「ごめんごめん♪ ついでといっちゃなんだけど、さっきの疑問に私が答えてあげるよ。気を探知しようとしても見つからないのは、新人君が魔法を使ってるせいじゃないかな」

「魔法? あんな古代の遺物を、未だに使う人間がいるのですか」

「ね? 新人君って面白いでしょ?」


にこにこ笑いながら、鶫は興奮した様子で言った。

稲葉が、あごに手をやって考えた。


「つまり鶫先輩は、椎名アルトが気を隠す魔法を使っていると言いたいんですか?」

「うん。統一戦って、確か一週間くらい猶予あったよね? その間に、いくつかそういうアイテムを作っておいたんじゃないかなぁ」

「私の“才能”も対策済みというわけですか」


忌々し気に、柊はつぶやいた。


「しかし魔法についてはともかく、椎名アルトがわざわざこの日に私的な決闘をする理由が分かりません」

「ああ、それね。まあすぐに分かるよ」


鶫がそう言うと、続きのアナウンスが聞こえてきた。


『対戦内容を説明します。制限時間内に、定められたアイテムを先に入手した方の勝利となります。そのアイテムを、十秒以上継続して手で掴むことができた場合、入手と認められます。そのアイテムは『フェイルノート』。C組組長が愛用する弓です』

「なっ⁉」


鶫はにんまりと笑った。


「とまあ、そういうことなのよねぇ。私としても、一回くらい樟葉ちゃんと本気でやり合ってみたかったし、ちょうどいいかと思って」


パキリと、鶫は指の骨を鳴らしてみせた。


「ま、待ってください! 鶫先輩ともあろう方が、こんな良いように使われて、それでいいんですか⁉」

「もちろん、新人君にはキツ~イお灸を据えるつもりだよ。新人君と戦いたかったのも、私的にはリベンジみたいなところがあるし。でもそれもこれも、決闘を受けてくれないと始まらないからさ」


柊は必死に考えていた。

相手は気を押さえることができる。おそらく、すぐ近くにいるだろう。

この状況で十秒武器を奪われるのはかなり危険だ。とはいえ鶫と戦えば、万が一勝てたとしても、かなり体力を消耗することになるだろう。

そうなれば、どのみち詰みだ。

ここは、どうにかして鶫を説得する以外にないだろう。

そう思い、口を開こうとした時、先に鶫が言った。


「まあ樟葉ちゃん達からすれば悪いことばかりだろうけど、私からしたらかなりうまい話しだしね」

「うまい?」

「いくら気を隠せるとはいえ、グラウンドなら近づいてくる人間がいればすぐに分かる。つまり不意打ちが非常にしにくい状況ってわけ。こうなると、新人君に勝ち目はない。新人君が慌てて出て来たら、私は勝利のために樟葉ちゃんの味方をするしね。つまりこの勝負、100%私が勝てるってわけよ」

「……それはつまり、私には確実に勝てると、そう仰っているのですか?」


鶫は人差し指をあごにかけ、上を向いた。


「ん~……まあそうだね」


ぴくりと、柊の眉が動いた。

それを見て、鶫は挑発的な笑みを浮かべた。


「あれ? 怒った? 年配には常に敬意を払ってきた樟葉ちゃんも、コケにされるのは許せないって感じ?」


柊は息をつき、手にしていた弓柄を二つに折った。

それらを小さく振ると、先端から刃が飛び出し、二本の刀となる。


「いいでしょう。そこまで言うのなら、あなたの挑発に乗って差し上げます」


ここで戦うのは、統一戦の勝敗を考えるなら悪手だ。

しかし柊は、C組の組長である前に、一人の勇者だった。


「ひ、柊組長! 今はそんなことをしてる場合じゃ……‼」

「稲葉。申し訳ありませんが、しばらくあなた一人で耐えきってください。必ず勝利してみせますから」


その様子を見て、鶫はにんまりと笑った。


「いいねいいねぇ~。たぎるよ、その感じ。それじゃあ、私の無礼なお誘いに応えてくれたお礼に……」


鶫は大きく息を吸い、伸ばした両手で拳を作った。


「はあっ‼」


一気に脇を締めたと同時に、衝撃波が周囲に広がった。

その瞬間、校舎の窓ガラスが一斉に砕け散った。


「これで、校舎内の監視カメラは全て破壊した。心置きなく戦えるでしょ?」


二刀の剣を構えて、柊は頬を緩めた。


「感謝します」


その言葉が契機だった。

鶫と柊は、一斉にぶつかった。


「ああもう! なんでこんなことに……!」


目の前で凄まじい戦闘が繰り広げられている中、稲葉は思わずぼやいた。

その時、稲葉は自分に向かって来る気配に気付いた。


風音だ。

それに、千早と春香もいる。

三人で、一気に稲葉を叩くつもりなのだ。


稲葉は歯噛みし、鶫に叫んだ。


「鶫先輩‼」

「ほえ?」


柊の猛攻を手で防ぎながら、鶫はきょとんとした。


「あなたも勇者なら、約束してください! 柊組長に勝っても負けても、勝負がついたなら私達に味方することを! それが決闘を邪魔したあなたの名誉を、唯一回復させる方法です!」

「ん~……、さすがにそれはなぁ」


鶫は困った表情をしながら、柊の二刀の攻撃を掻(か)い潜り、彼女の顔に蹴りをいれる。

が、間一髪のところで、柊はそれを回避した。


「ではあなたが勝利した場合のみ、武器を奪取した十秒間だけで構いません!」

「乗った‼ じゃあそれで許してね♪」


ずいぶんと妥協してしまったが、今は悔やんでいる場合ではない。

稲葉は薙刀を構え、風音達、三人と相対した。




◇◇◇



「うおおおっ! オイラの娘たちがああ‼」


校舎内に仕掛けたイクお手製のカメラが壊れ、イクは泣き崩れていた。


「まずいな。まさかあんな芸当ができるとは。あいつ、あの年でマスタークラスに片足突っ込んでやがる」


カメラだけでなくインカムも破壊されたことで、連携が取りづらくなった。

今後のことを考えると、かなりピンチだ。


「それで……アルトはこれからどうするの?」


鼻をすすりながら、イクが聞いてきた。

カメラやインカムがあれば、色々とやりようはあったが、このままでは鶫が言っていたように、決闘は負け確定だ。


「……こうなったら仕方ねえな。プランCだ」

「え? あれ、本気でやる気なの?」


オレはうなずいた。

本来なら絶対にやりたくないが、勝利の為なら仕方ない。


オレはイクに連絡係を務めるよう指示すると、部屋から出て行った。

今後、自分に降りかかる苦難に、大きなため息をつきながら。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る