統一戦<8>



「アハハハ! ほらほら! 早く逃げないと腕が飛ぶぞ⁉」


それはもはや、一方的な蹂躙だった。

雪江は、逃げる葵を、風の刃でじわじわと追い詰めていたぶっていた。


「あぐっ!」


足に鈍器のような風が当たり、葵は倒れた。

そんな彼女に、いくつもの鋭い竜巻が迫る。

思わず顔を手で覆って縮込まる。


竜巻は、彼女のすぐそばの地面にぶつかった。

わざと当てなかったのだと、葵にはすぐに分かった。

地面が穿たれた跡を見て、もしも当たっていたらと想像し、思わずぞっとする。


「アッハッハ! なんと情けない姿じゃ。それで勇者になりたいなどと、よく言えたものよなぁ」

「くっ!」


どれだけ馬鹿にされても、悔しい思いをしても、今の彼女には、立ち上がり、刀を構えることしかできなかった。


「ふん。ついこの前、型を教わりましたと言わんばかりの腑抜けた構え方じゃ。そんな腕でわらわに勝てるはずなかろうが‼」


巨大な竜巻が、葵めがけて飛んでくる。

思わず刀で防御するも、その威力で宙に浮き、校舎の壁に叩きつけらる。


「あぐっ‼」


思わず膝をつくが、まだ動ける。

それが雪江の手加減によるものだと気付けないほど、葵は疲労困ぱいし、必死に刀を握っていた。


「……その刀。アルトと同じものか。……なるほどなるほど。劣等遺伝子の考えそうなことじゃ」


葵は、キッと雪江をにらみつけた。

雪江はそれを、涼しい顔で受け流している。


「うぬがアルトの代わりなど、なれるはずがなかろう。たとえ誰であろうと、アルトの代わりは務まらぬ。それほどアルトの“才能”と剣の腕は、至高のものだったのじゃ」


雪江は当時を思い出すように、空を見上げた。


「誰よりも強く、どんな状況であろうと音を上げず、やると言ったことは必ず実現してきた。アルトは人間界の宝じゃ。その力で魔族を滅し、その名を歴史に残す存在になるはずだった。……それをお前が奪ったのじゃ‼」


怒りに身を任せた刃の風が、葵に向かう。

しかしそれは、突然現れた人間によって、真っ二つに切断された。




◇◇◇



鶫の“才能”で回復したオレは、すぐさま葵達の元へと駆け付けた。

なんとか雪江の凶刃から葵を守ることができたが、もはやオレの身体は限界だった。


「アルト‼」


叫ぶ葵に、オレは軽く手をあげてみせた。

たったそれだけで、バランスを崩して倒れそうになる。


「アルト。かわいそうに。こんな奴らのせいで、ずいぶんと苦しい思いをしておるようじゃな。そなたもわらわと共に来るのじゃ。じきに、この世界は現実を受け入れる。人間と魔族の宿命に決着をつけるべくな。その時、わらわとそなたがこの世界を救うのじゃ」


雪江が何を言っているのか分からず、葵は眉をひそめていた。


「それがお前の目的か。直系遺伝が継承される確率は、親の“才能”によって強く左右されるからな」

「フフフ。そういうことじゃ。不知火家と道明寺家の血を継ぎ、さらに最も伝説の勇者の“才能”に近い存在。これぞ真に勇者と呼ばれるべき者じゃ」


悦に入る雪江に対し、オレは鼻で笑ってみせた。


「結ばれてもいない人間との子供を夢想し、そいつが手柄をたてられるために戦場まで作っちまおうってか? ずいぶんと子煩悩だな」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 子供を英雄にするために、魔族に人間を売るってこと⁉ いくらなんでも──」

「そうさせたのはうぬじゃ‼」


雪江が鬼のような形相で一喝した。


「アルトさえいれば、こんなことを企まずとも済んだ! アルトを殺したうぬが、知った風な口を聞くな‼」

「アルトは死んでない! 今もこうして生きてる‼」


雪江はもはや、葵の言葉など聞いていなかった。

論理も文脈もなく、葵を口汚く罵っている。


「葵。これ以上言っても無駄だ。どれだけ荒唐無稽でも、どれだけおぞましくとも、それがこいつの思想なのさ。勇者という象徴に囚われて、本質を見失う。こういう奴は、勇者には少なくないんだ」


オレの言葉に、ようやく雪江は冷静になれたらしい。

いつものように、彼女は優雅に微笑んでみせた。


「おぞましいという感想は心外じゃが、アルトの言う通り、わらわと同じことを望む者は多い。うぬらは知らんようだから教えてやるが、今回の件は、学園長も了承済みのことじゃ」


葵は驚愕して目を見開いた。

オレは、表情を変えずに雪江を見つめている。


「我々が望むのは、魔族を打ち滅ぼすこと。人間と魔族との全面戦争じゃ。その火種を作るためなら、多少自分の顔に泥を塗ろうと構わない。そう学園長は仰られた。素晴らしい自己犠牲。高潔な精神じゃ。真の英雄とは、ああいうお人を言うのであろうな」


それを聞き、オレは思わず、くっくと笑ってしまった。


「……何がおかしい」

「自己犠牲? 高潔な精神? 馬鹿言ってんじゃねえ。あのじじいは、そんな“真っ当な神経”なんて持っちゃいないさ」


証拠だと言って、オレは自分の電子手帳を雪江に投げて渡した。

それはニュースサイトの、リアルタイム配信の動画だった。

その動画で、じじいは報道局の人間からインタビューを受けていた。


『魔族による人間界への侵攻は、非常に珍しい事態だと思われます。今回の犯行は、魔族にとって、一体どういった狙いがあったんでしょうか?』

『勇山学園で管理されている勇者のデータを狙っておったのじゃ。しかし安心して欲しい。そのデータは既に別の場所へ移してある。“素直な協力者”のおかげで、存在しないデータを囮に、人間界を侵略しようとする魔族を捕らえる機会が与えられた。ここに改めて、礼を言いたいと思う』


雪江は目を見開き、わなわなと口を震わせていた。


「……な、なんじゃこれは?」

「ちなみに、これと同時期に道明寺雪江の指名手配が発表されたぞ。恐らく、じじいの本命はこれだな。道明寺家は経済界とのコネクションも多く、発言権が強い。じじいからすれば面倒な勢力だ。その求心力を落とすことで、完全に自分の手中に収めようって腹だろ。オレとお前の結婚は無理筋と考え、別の手を打ってきたってことか。一度決めたら意地でも通そうとするからな。あの頑固じじいは」


雪江はアルトの言葉が聞こえているのかいないのか、力なく首を振っていた。


「あ、ありえないのじゃ……。こんなこと……」

「名高い血筋だからと、勝手に仲間意識を持ってしまったお前の甘さだ。潔く受け入れろ」


雪江は呆然と地面を見つめたまま、動かなくなってしまった。

葵が、刀を構えたまま、ちらちらとオレに目配せする。

気を抜くなと伝えると、彼女は雪江に集中した。


じじいは襲撃を知っていた。

だが、ここにいるのはオレが用意できた人員のみで、他には警備の一人もいない。

それは、ここにいるE組の連中がどうなろうと知ったことではないという、じじいの意思の表れだ。

どこまで事態を読んでいるのか分からないが、不穏分子とまとめて、邪魔なE組も排除するつもりなのだろう。


バサリと、突然、鉄扇を開く音が聞こえた。

見ると、雪江が優雅に鉄扇で自分を煽っていた。


「こうなっては仕方がない。さっさと逃げるとしよう。無論、うぬらを殺してからな」

「……やっぱそうなるよな。お前の性格からして」


先程までの落胆が嘘のように、雪江は笑みを浮かべていた。


「道明寺家は、こういう時のために魔族とのコネクションも裏で築いてきたのじゃ。今回の計画も、それを使って実現した。仮に指名手配されようと、魔界に行けばどうとでも凌げるわ」


あの一瞬で、雪江は完全に立ち直っていた。

この精神的な強さこそが、道明寺雪江の最も恐ろしいところだ


「その思い切りの良さを、もっと別のところで生かして欲しかったぜ」

「フフ。今頃わらわを褒めてももう遅いわ」


雪江は、ゆっくりと鉄扇を振り上げた。


「さぁ参れ。しばらくは遊べんからな。ここで思い切り暴れさせてもらおうぞ」


やる気に満ち満ちた雪江の態度に、オレは笑みを浮かべながらも、冷や汗をかいていた。


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