統一戦<7>



「春香‼ イク‼ そのまま後方から援護してくれ‼ 紅葉の体力消耗が激しいから、葵姉はカバーを!」


雪江との戦いは、青春の的確な指示のおかげで、互角以上に渡り合えていた。


雪江の風による縦横無尽な攻撃を風音やゼロが捌き、紅葉と各務、葵が前線で攻撃を仕掛ける。残りは全員後方支援に徹し、小さいながらも着実に、雪江にダメージを与えていた。


青春は自分の“才能”によって、味方や敵の体調や、どういう行動を取るのかが分かる。その情報を元に大人数を指揮する術を、この一週間でみっちりアルトから教わったのだ。

今はまだ粗削りでも、今後その能力を活かせば、統率力で彼の右に出る者はいないだろう。


「っ‼ キレるで‼ みんな下がれ‼」

「しゃらくさいわぁ‼」


鉄扇から現れた巨大な竜巻が、風音を襲った。

ミキサーのような竜巻をなんとか刀で防ぐも、その勢いで壁に叩きつけられる。


「風音‼」


青春の指示で通常よりも早く動けたというのに、風音はぐったりと倒れ込んでいる。

まさに力技だ。


「まずい、均衡が崩れる‼」


そう思った時には、既に手遅れだった。

後方支援に徹していた仲間達が次々と風で吹き飛ばされ、それに慌てた紅葉と各務も、隙を突かれて、鉄扇に弾き飛ばされる。


「まだまだ青いぞ」


青春の目の前に、雪江が肉薄した。

直接叩き込まれた鉄扇に、青春の身体がくの字に曲がり、地面に倒れた。


「ふふ。お前は最後に残してやったぞ」


そこに立っているのは、葵だけだった。

葵の身体はほぼ無傷。対して雪江は息があがっていて、ダメージも軽くない。

とはいえ、元々の実力に差があり過ぎる。

葵にとってこの状況は、絶体絶命のピンチだった。




◆◆◆



「そんなものか、小娘?」


赤い肌をした竜人は、呑気に葉巻を口にくわえた。

その向かいで、鶫と柊は膝をついている。


「やっばいねぇ。この赤いの、マスタークラスだ」


鶫は笑っているが、少し顔が引きつっている。


「組長クラスも何人かいます。思っていた以上に苦しい状況ですよ、これは」


柊も、戦闘意欲こそ衰えさせていないが、既に疲労困ぱいといった様子だ。


「……ねぇ、ちょい質問。なんで誰もいない学校なんて狙うの? 人間界を襲うなら、他にいくらでも候補はあると思うんだけど」


鶫は言いながら、後ろ手で気を集め、体力回復を図る。


「そんな回りくどいことをしなくとも、それくらいの時間はくれてやるさ」


竜人は、一瞬で鶫の企みを看破した。


「ほえ~。気前が良いことで。あ、じゃあ樟葉ちゃんも回復させちゃっていい?」


鶫は返答を聞かずに、堂々と樟葉と自分を回復させ始めた。


「か、神原組長。いいんですか? こんな……」

「いいって。どうせ向こうも他に狙いがあるんだろうし」


鶫はあっけらかんと言ってみせた。

けれど確かに、向こうは襲って来る気配がなかった。

竜人は葉巻を吸いながら、校舎の方をじっと見つめている。


「ついでと言っちゃなんだけど、さっきの私の質問に答えてくれない? 時間稼ぎではあるけど、気になってるのはホントだし。どうせ暇でしょ?」


まるで友人と話すような態度に、この人は本当に恐れ知らずだなと、柊は感心した。


「この学園にある勇者に関するデータが欲しくてな」


それに応え、平然と目的を話し出す竜人にも、柊は驚いた。


「現在活躍しているマスタークラスは、ほとんどが勇山学園卒業者だ。奴らの“才能”や戦闘スタイルは学生時代のデータから推測できる。出自や家族構成が分かれば脅しにも使えるしな。本気で人間界を狙うなら、恰好の標的というわけだ」

「なるほどね~。勝つためにはなりふり構っていられないってわけだ。こうして喋ってる間に、こっそりと部下を校舎に向かわせたのも、勝つためってわけ?」


鶫に言い当てられても、竜人は涼しい顔をしている。


「オレが命令したわけじゃない。それにお前達も、回復の時間は必要だろ。ほらあれだ。ウィンウィンってやつだ」

「それ、ウィンウィンって言うかなぁ。けっこう損してる気がするけど」

「知らねえな。オレはヤクザだぜ?」


鶫は笑った。


「いいね、その目的にまっすぐなところ。けどまあ、それでもやっぱり不公平で申し訳ないけどね。こっちにとって良いこと尽くめでさ」


「ギャアア‼」


校舎の方から、叫び声が聞こえてきた。

しかし竜人は、一切表情を変えずに葉巻を吸っていた。


魔族がこっそりと入り込もうとした西出口。

そこには、鋭い糸で魔族達を切り刻む、勅使河原の姿があった。


「有象無象が。神聖なる校舎にずかずかと入ってきやがって」


さらに東出口の方からも悲鳴が上がる。

稲葉の薙刀による一振りで、魔族達が吹き飛ばされていたのだ。


「粛清‼」


校舎に侵入しようとしていた魔族達は、彼らの強さに尻込みしていた。

稲葉は薙刀を構えながら叫んだ。


「こっちは任せてください! 柊組長と鶫先輩は、目の前の敵を‼」


その言葉に、鶫は肩をすくめてみせた。


「ま、お互い様だからいいよね」

「だな。やられる方がアホなんだ」

「ありゃま。ずいぶんと冷たいことで」

「何度も言うが、オレは指示してねぇ。勝手に判断して勝手に死んだ。そこまでケツを持つ気はねえさ」


鶫と柊は、ゆっくりと立ち上がった。

気によって回復したことで、ずいぶんと動けるようになった。


「ところでさ。どうしてこっちを攻撃してこないのか、ちゃんとした理由を教えてよ」

「おっかねぇ鬼が、こっちをにらんでいるからな」


竜人がそう言うと、靴音を鳴らしながら、椎名彩芽がゆっくりと校舎から歩いて来た。

その闘気に柊は驚きを隠せず、鶫はヒュゥ♪ と口笛を吹いた。


「鶫。囮役ありがと。電子手帳のワン切りだけで察してくれる辺り、さすがだわ」

「向こうが全然乗ってくれませんでしたけどね」

「ただの物見遊山というわけではないようだから、仕方ないわ」


椎名は二人の前に出て、竜人と向かい合った。


「申し訳ないけれど、ここの教師を名乗っている以上、あなた達の好きにさせるわけにはいかないわ」

「そうかい。なら、無理やりそうさせてもらおうかな」


二人の間に、空気が破裂するかと思うような緊張が走った。

鶫も柊も、鳥肌が抑えられないほどに充満した殺気の中で、しかし、どちらもまったく動かなかった。


「レディーファーストだ。いつでもどうぞ」

「あいにくと、生徒を死なせたくはないの」

「そりゃ奇遇だな。オレもだよ」


椎名は眉をひそめた。

彼らは命を賭して人間界に攻めて来たはずだ。

その程度の心積もりもなくこの場所に来るほど、この竜人が愚かだとは、椎名には思えなかった。


一体どれほどの時間が経過しただろうか。

体感では、まるで何時間もここにいるような感覚だが、椎名も竜人も、未だに微動だにしていなかった。


その時、まるで音を上げるように鶫がため息をついた。


「私、こういうの好きじゃないな~。互いに手を出す気がないなら、一生このままじゃん」


そう言うと、鶫は背を向けてすたすたと歩き始めた。


「あまり離れないで。あなたがいなくなると拮抗が崩れる」

「いくら自由奔放で通ってる私でも、さすがにこんな状況で消えたりしませんって」


鶫は、校舎にもたれかかって気絶しているアルトの前に立った。


「どうやら新人君は、こうなることを予期してたみたいだからね。謝る気はさらさらないけど、回復くらいはしてやってもいいかなって思ってさ。たぶん、向こうでも必要になってる頃だろうし」


鶫が竜人に振り向いた。

竜人は、何も言わずに肩をすくめてみせた。

それを了承と受け取ると、鶫はアルトの身体に手のひらを掲げた。


「さあて。ボロボロの救世主さんが、この状況でどう動くのか。見物(みもの)だね」


しばらく手のひらから仄かに光る輝きを身体に当てていると、ゆっくりと、アルトは目を開いた。


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