転入試験<2>



その時、スタジアムの入り口から、葵が入って来た。

どこか緊張した様子で、きょろきょろと辺りを見回している。


ふいに、彼女と目が合った。

オレに気付き、葵は一瞬だけ足を止める。


「よぉ」


オレは軽い口調で言ってみせた。


「……なんでアルトがここにいるの?」

「ここの組長に抜擢されたんでな。仕事だよ」


葵はアルトをにらんだ。


「どうせ、私がここの試験を受けるって、学園長から聞いたんでしょ。私の邪魔をしに来たの?」

「想像力豊かな奴だなぁ。オレは公私混同するつもりはねえよ。それよりいいのか? お前を査定する試験はもう始まってるんだ。試験管に対する態度も、当然配点に含まれるぜ」


葵が、むっとして言い返そうとするのを、青春が遮った。


「って言ってるけど、試験管の仕事は統括の俺の仕事やから、気にせんでええで」

「あ、ありがとうございます」


葵は丁寧に頭を下げると、オレを再び一にらみし、ぷいとそっぽを向いた。


「おい。余計なこと言うなよ」


アルトがこっそりと青春に耳打ちした。


「なんで俺が組長のアンタの言うこと聞かなあかんねん。それよか、知り合いなんやったらこの空気どうにかしてくれ。さっきから胃が痛くて仕方ないねん」


さすがは空気を読む能力の持ち主。

母親が勝手に能力名を申請したのも、分かる気がする。


「だったらちゃちゃっと不合格にして終わらせろ。お前も愚痴ってただろうが」

「アホか。愚痴は愚痴や。試験受ける人にとっては一生を左右する問題やねんぞ。ちゃんと採点したらなかわいそうやんけ」


くそ。律儀な奴だな。


「ちっ。仕方ねぇ。オレの言う通りにすれば経験値10ポイントだ。これでいいだろ」

「早速公私混同しとるやんけ。この人組長にしたん誰やねん。絶対権力与えたらアカン人やん」


オレの提案をことごとく無視し、青春は葵ににこりと微笑んだ。


「はじめまして。俺、青春賢治って言います。あなたは……水城葵さん、で、合ってますよね」

「はい。水城葵です。よろしくお願いします」


ぺこりとお辞儀した。

オレにはあんな非常識な態度で迫って来たというのに、他人には礼儀正しいようだ。


「あ、別に敬語なんてええですよ。水城さん、18歳でしょ。俺、17」

「でも試験官ですし。先に入学している先輩ですし」

「いやいやでも、年上の人に敬語使われるのって、なんつーか恐縮するっていうか……」


敬語を使うか使わないかで、お互いに譲り合いが続いた。

この茶番を、オレはいつまで見ていればよいんだろうか。


「ん~……分かった! じゃあお互い敬語はなしにしよ! 合格したらクラスメートになるんやしな。その代わり、葵姉って呼ばさせてもらうわ」

「ええ⁉ 私、姉さんって言われるような貫禄ないよ⁉」


まだ譲り合いを続けそうだったので、オレは大きく咳払いした。


「時間も惜しい。さっさとやるぞ」


葵はそれを聞いて口を尖らせた。


「なんでアルトに指図されないといけないの?」

「なんで? いちいち説明しないと分からないか?」


オレは、ずいと葵に顔を近づけた。


「オレが、組長だからだ。お前の入学を許可するもしないも、オレ次第──」


突然、葵が顔を近づけてきた。

口と口が接触する直前、あわやというところでオレは顔を引き、代わりにデコピンを額にお見舞いした。


「はうっ!」

「てめぇ! なに男児の唇をかすめ取ろうとしてんだ!」

「だ、だって……。アルトが急に顔を近づけるから……」

「怒ってたんじゃないのかよ!」

「条件反射だもん。仕方ないじゃない」


オレは舌打ちし、親指で青春を指さした。


「ほら見ろ。青春が顔真っ赤にしてるだろ。こいつは生涯青春(せいしゅん)真っただ中で、耐性ないんだから、気を遣ってやらないとダメだろ」

「苗字でイジるの止めろや! 小学生の時、散々やられたの思い出すやろ!」


青春は咳払いした。


「え、ええと……そんで、お二人はどういう関係?」

「別になんでもねえよ。一方的に付きまとわれて迷惑してるだけだ」


葵が見るからに不機嫌になった。

不機嫌にさせるために言っているのだから、当然だ。


「言っとくが、試験に手心を加えるような真似は絶対しないからな。覚悟しておけよ」

「アルトこそ。私の実力を見て泡を吹かないようにね」


オレ達はお互いに、にらみ合った。


「あ~。こういう空気嫌やわ~。皆が勧めるからなったけど、統括なんてやらんかったらよかった」


ぶつぶつと文句を言いながらも、青春は会場の隅へ移動し、そこにあったコンソールのキーボードを叩き始めた。

すると突然、先程までドームの中にいたはずのオレ達は、いつの間にやら木々に囲まれたジャングルの、巨大な洞窟の前に立っていた。


「なんだこりゃ」


太陽のまぶしい日差しも、蒸し暑い気温も、地面を踏みしめる土の感触も、まるで本物同然だ。


「勇山学園が誇る、編入試験用のバーチャル空間や。次元震災で発生するダンジョンの調査、攻略も勇者の立派な仕事やからな。さながら、疑似ダンジョン攻略といったところや」


次元震災とは、文字通り、次元に亀裂が入る自然災害だ。

別次元へと続く亀裂に人間が入り込むと、ダンジョンと呼ばれる空間に飛ばされることになる。

ダンジョンのどこかにある現実世界へと続く亀裂を見つけない限り、そこから脱出することはできない。

しかしダンジョンは地形も複雑で、未知の危険生物が生息していたりもする非常に危険な場所だ。

故に、亀裂を内外から塞ぐ作業や、ダンジョンに落ちてしまった人間の救助などは、全て勇者に任されている。

ダンジョンが発生する場所は予測ができず、その場所が人口密集地帯であることも少なくないため、現在の勇者の仕事の中では、最重要任務だといわれている。


「葵姉には、これからこの洞窟に入ってもらう。んで、一番奥にある宝を手に入れることができたら、とりあえずの実技試験は合格や」

「とりあえずというのは?」

「一応、葵姉は転入って形になるからな。特別試験として、同クラス全員に在籍を認められんと、正式な転入はできへんことになってる」


じっと、葵がオレを見つめた。

オレは肩をすくめてみせる。


「残念だったな。転入は無理だってよ」

「ちなみに、組長はその中に入ってへんから安心してな」

「だから、余計なこと言うなって」


葵は早速、ダンジョン攻略に向けて準備運動を始めた。


「そや。葵姉は得意な武器とかある? データーベースには全ての武器の情報が登録されてるから、普段使ってる武器があるなら出しとくで。もちろんバーチャルやけどな」

「ありがとう。……じゃあ、刀で」

「オッケー。武器の登録番号とか覚えてる? それ言ってくれたら、一番最新の点検時に登録したものと寸分違わんものが出せるけど。ちょっとした武器の癖とかも再現できるから、いつも使ってるもんがあるなら教えてや」


葵が、じっとオレを見つめた。

正確には、オレの腰に差している刀だ。

何を考えているのか、手に取るように分かる。


「……葵は無手だ。武器は必要ない」

「え? でも刀って……」

「葵! それでいいよな? 慣れないもの使って不合格になりたいなら構わないけどよ」


葵は少し考えていたが、渋々といった様子でうなずいた。


「……マジか。試験で使ったことない武器使おうとしたん?」

「ま、無手でもなんでも関係ねえからな。あいつは武術を習ってないんだ」


葵自身からは何も聞いていないが、彼女の動きを見ていれば、それくらいのことはすぐに分かった。


「ふむふむ……って、え⁉ これ、勇専に入るための試験やで⁉ 確かに規定はないけど、武術を習ってるのは最低条件やろ」

「ツテも何もなかっただろうしな。そもそも習うだけの金もないし。それに何より、あいつには極めたい剣術があるんだ。それ以外は死んでも手を出さないだろうぜ」


そしてその剣術は、オレとじじい以外は誰も教えられない。

それがどれだけ絶望的なことか、葵はよく分かっているはずだ。

それなのに、まだ彼女は諦めていない。……いや、だからこそ、“才能”もない癖に勇者になろうとしているのか。


「それじゃあ行って来る」


準備運動が終わり、葵はオレと青春にそう言った。


「了解。制限時間は2時間やから、一応気をつけといてな。といっても、武器以外は持ち込んだらアカンし、ダンジョンの長さも分からんから、気をつけようがないんやけど」


次元震災によっては、亀裂が勝手に自動修復する場合がある。

そんな時にダンジョンへ迷い込んだ人間を救助することを想定しているのだろう。

焦りによって正常な判断を損なわないことが、ダンジョン攻略の要になる。


「うん。青春君、色々とありがとう。……それと、アルト」


葵は、オレの方へ向き直った。

先程までの、いじけた様子はなかった。


「さっきも言ったけど、ちゃんと見てて。私がどれだけ本気なのか」


まっすぐな瞳でそれだけを言い残し、葵は洞窟の中に入って行った。

オレはその後ろ姿を、じっと見つめていた。


「……なぁ。なんで意地悪言うねん。かわいそうやと思うんやったら、もうちょっと優しくしたればええやん」


そういえば、こいつはエンパス能力を持っているんだった。

面倒くさいやつだな。


「悪かったなぁ、おせっかいで」

「そう思うなら黙っておけよ」

「でも、二人を見てるともやもやすんねん。どっちもお互い大事に思ってるくせに、変にすれ違ってる感じが」


オレは青春の方を見ず、口を開いた。


「いいんだよ。すれ違ってて。……そっちの方が、あいつは幸せなんだ」


ちょうど、オレがそう言い終えた時、洞窟の暗闇に隠れ、葵の姿は見えなくなった。


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