転入試験<3>


葵が洞窟の中に入ってしばらくしてから、オレは口を開いた。


「中の様子は見れないのか?」


もちろんそれは青春に言ったのだが、彼は聞こえていないかのように、熱心にキーボードを叩いている。

オレはこっそりと後ろから近づき、ふっと耳に息を吹き込んだ。


「どわあああ! 何すんねん気持ち悪い‼」


青春はたまらず飛びのいた。


「オレは無視されるのが嫌いだ」

「知るか! 葵姉の前では普通にしてやったんやから、これからは思う存分無視させてもらう」


オレは思わず吹き出した。

そんなに嫌いなら、気を遣うこともないだろうに。


「お前さぁ。そういう悪ぶったこと向いてねえよ。悪いこと言わねえから、慣れてないことするなって」

「……けど」

「はいはい分かったって。クラスの連中がいるときは馴れ馴れしくするなってことだろ? オレは空気を読まないが、読めないわけじゃない。安心しろ」

「いや、別にそういうわけちゃうけど……。やっぱ組長は……」


青春は、ぶつぶつと消え入りそうな声でつぶやいている。

オレはイラッとした。


「めんどくせえ奴だな! さっさと中の様子を見せろって!」

「わわ、分かった分かった! 勝手に押すなや! すぐやるからちょっと待て!」


慌ててキーボードを叩くと、オレ達の周りの景色が、洞窟内部のものに変わった。


「リアルタイムの洞窟内部の映像や。これはただのホログラムやから、ものに触ったりはできへんで」


少し離れたところで、葵が歩いていた。

彼女自身はこちらには気付いていないようだ。

身体が少し震えていて、普段よりも目を凝らしながら、注意深く進んでいる。


「気温はかなり低そうだな。明かりを使えないというのも、なかなかネックになりそうだ」

「一つだけ武器を所持できるってのは、言い換えれば一個アイテムを持って行けるってことやからな。無手の人間が唯一有利な部分なんやけど、葵姉は何も持ってきてへんみたいやったし、キツイかもしれへんな。……っと、そろそろ第一ステージや」


葵は、奥に扉があるのを見つけて、立ち止まった。

その扉の前には、それぞれ三つの関門が待ち構えていた。


小さな足場が点在している大きな穴。

定期的に針が飛び出す地面。

丸太が飛び出してくる壁。

それらを突破することで、ようやく扉に辿り着くことができる。


「ふむ。オーソドックスだな」

「これだけやったらな」


突然、葵のすぐ近くにモニターが出現した。


『扉を開く呪文 えにあおはらきおけむにあせ』


その文字は数秒で消え、代わりに『制限時間は30秒です』という文字が表れた。


葵は即座に走り出した。


「不規則な13文字のひらがなを覚えたまま、バラエティに富んだエリアを突破しなきゃいけないってわけか。めんどくせえな」

「最初の関門は、ただ足場を通って行けばクリアできる感じやけど、あの足場は人が乗ると回転する仕組みになってんねん。ちゃんとしたバランス感覚がないと穴に落ちてまうし、初見じゃどうしたってギョッとする。記憶した文字が吹っ飛ぶこともけっこう多いそこそこの難関やで」


駆け出したまま、葵はその関門の前まできた。

が、依然として足を緩める気配はない。


「その勢いで行く気か? さすがにそれやとバランス崩して落ちるで」

「いや。これは……」


葵は穴の手前で、ぐっと身体をかがめたと思うと、一気に跳躍した。

最初の足場を超え、二つ目の足場も超え、三つ目も素通りして、そのまま向こう岸へ着地する。


青春が、無言でオレの方を見た。


「“才能”じゃねえよ。武術を習えなかった分、身体を鍛えてたってことだろ」


しかし、それにしたって相当な脚力だ。

昔の葵を知っているオレだからこそ、その努力の量がよく分かる。


「ちゃんと見てて……、か」


言うだけのことはしてきた、ということだろう。


すぐに葵は第二関門に到着した。

不規則に地面から飛び出る針が待ち構えている。


「だ、第二関門はそう簡単にいかんで! 特定のリズムで飛び出す針のタイミングをちゃんと覚えてからやないと渡れへん長さや。そのリズムに気を取られてると、さっき覚えた呪文を忘れてしまうという──」


葵は壁に飛び移ると、重力を無視するように壁を走り、一気に第二関門を突破した。


「第三関門は──」


葵は飛び出してくる丸太に乗り移りながら軽々とそこを超え、扉の前に立った。


「えにあおはらきおけむにあせ」


呪文を唱えると、一人でに扉が開く。

余裕の表情で、葵は扉を潜った。


「……もう合格でええ?」

「よくねえよ。試験はちゃんとやらないといけないって言ったのはお前だぞ」

「いやいやでも、これやったら次のモンスターエリアなんか楽勝やで。そこ突破できたらクリアやし、こんなん100%合格やん」

「確かになぁ」


言いながら、オレは青春の目を盗んでコンソールの前に立った。

初めて青春に会った時、こいつは後ろにいるオレに気付かなかった。つまり、奴のエンパシー能力は、青春が認識している相手にしか使えないということだ。


「しっかし、葵姉すごいなぁ。武術も“才能”も見せずに試験クリアか。E組にはもったいない逸材かもしれへんな」


青春が葵に夢中な隙に、オレはキーボードを叩いた。


(転入試験のレベルをマックスに……と)


これなら、現役の勇者でもクリアするのは難しい。

青春はすぐに気付くだろうが、その時は適当にごまかせばいいだけだ。


キーボードを何度か叩き、オレは眉をひそめた。

いくらボタンを押しても、何も作動しないのだ。


「って、おい! アンタなにしてんねん! 勝手に触るなや‼」

「妙だ」


青春が、怪訝な表情でコンソールを覗き込んだ。

まるでフリーズしているように、機械はうんともすんとも言わない。


「ホンマやな。故障か? にしては、バーチャル空間はちゃんと出てるけど」


故障……。

それだけなら別にいい。だが、もしそうじゃなかったら……?

葵が転入試験を受けると知った誰かが、意図的に仕組んだものなら……。


オレは走った。

バーチャル空間の壁を突き抜け、本物の洞窟へと駆ける。

が、すぐに青春に腕を掴まれた。


「ちょ、ちょっと待て! 何する気やねん! 転入試験はいかなる理由があろうと、部外者は手を出したらアカンねんぞ!」

「そんなもん関係あるか! 葵が危ないんだ!」

「はあ? 何言ってんねん。さっきのはちょっと機械の調子が悪いだけや。過保護にも程があるぞ」


オレは舌打ちした。

面倒くさいが、説明しない方が話をややこしくさせそうだ。

それにこいつなら、真実を話しても悪いことにはならないだろう。


「あいつは理由があって、勇者に命を狙われている」

「は?」

「伝統やしきたりのためなら、平気で人を殺せるような連中に恨みを買ってるんだよ。だからオレは、あいつに勇者を目指して欲しくなかったんだ。奴らにあいつを襲う動機を与えるようなものだからな」


青春は、深刻な表情で何かを考えているようだった。


「オレが嘘をついてないことは分かるだろ。お前が試験の責任者であることは理解している。だが頼む。ここで行かないと、オレは一生後悔することになる」


オレの想いが伝わったのか、青春は渋々ながらうなずいた。


「けど、それやったら俺も行かせてもらう。中に入ったら俺の言うこと聞いてもらうからな。少しでも私情で試験を妨害したら、即刻学園長に報告する。ええな?」

「それでいい」


同意は得られた。

オレと青春は、共に洞窟へと駆けて行った。




◇◇◇



中はホログラムで見ていたものと同じだった。

気温も空気も、特に変わったところはない。


「ほらな。ただの故障やって」

「故障ならそれでいい。だがそうじゃなかったら、急がないと間に合わない可能性がある」


青春はやれやれと首を振った。

オレも、青春と同じ立場ならそうしていただろう。

しかし、オレには分かった。

この転入試験は、何者かが細工している。


ふと何かの気配を感じ取り、オレは青春に制止をかけた。


「青春。この試験は妨害しにきた連中を追い出す機能でもついてるのか?」

「いや、そんなものないはず──」


青春は、思わず息を飲んだ。

奥から、大量の巨大ゴーレムが姿を現わしたのだ。

オレは思わず笑みを浮かべた。


「悪い予感が当たったな」

「な、なんやこれ⁉ こんなんプログラミングした覚えないぞ!」

「どいてろ‼」


オレは一瞬で敵の懐に入り、抜刀した。

その瞬間、何体もいたゴーレムの身体が、バラバラに分解される。


「すっげ……」


思わず、青春がつぶやいた。


オレは洞窟の奥を見て舌打ちする。

葵が入った時は一方通行だったはずなのに、いくつもの別れ道ができていたのだ。

さらにそれぞれの道から、先程倒したのと同じゴーレムが、次々と湧いて出てきている。


「お、おい! これどうすんねん!」

「しらみつぶしに探していく……と言いたいところだけどな」


オレは近くにいたゴーレムへと踏み込み、再びその身体を両断した。

ズキリと、身体に痛みが走る。


(偶然じゃないな。オレの身体のことを知ってやがる)


怪我のせいで長く戦えないことを知って、敢えて長期戦に持ち込むつもりだろう。


「青春!」


槍でゴーレムを突き倒していた青春に、オレは剣を構えたまま叫んだ。


「お前の“才能”で、葵の居場所を探知しろ‼」

「はあ⁉ ちょっと待てや! そんなんできへんって‼」

「お前の“才能”は空気を読む能力だろ! 本来なら、姿が見えない人間の感情も分かるはずだ!」

「無茶苦茶言うなや! あれはオカンが勝手に──」

「言っただろ! 能力を表す言葉はお前の指向性だ。意識的にせよ無意識的にせよ、お前はその言葉と一緒に、ずっとその能力を使ってきたんだ。“才能”は、お前が望んだように進化するんだよ」

「……んなこと言われても。今まで自分の“才能”を疎ましく思うことはあっても、伸ばしたいなんて思ったことないし……」


オレは舌打ちした。

本当なら罵倒して、さっさとやれと言いたいところだ。

しかし、急かしたところで意味はない。


思えば、自分より明らかに格下な人間と行動を共にすることは、今までなかった。

そんな奴がいれば、さっさと捨て置いて、勝手に行動するのがオレのやり方だった。


だが、今はそんなことできない。

“才能”に身を任せ、全速力でしらみつぶしに探すという方法を使えない、今のオレには。


(……くそ! “才能”なんざ必要ないって、じじいに啖呵切っといてこれかよ!)


熱くなった気持ちを静めるために、オレは大きく深呼吸した。


……オレにとって、一番大切なものはなんだ。

そんなもの、分かりきっている。

だったら、プライドも見栄もかなぐり捨てて、それを守る。

それが、今のオレがやるべきことだ。


オレは意を決して叫んだ。


「青春、よく聞け! オレは“才能”が使えない!」

「……え?」

「誰よりも恵まれたものを持っていたのに、それを捨てちまった。オレもお前と同じだよ。自分の“才能”を、好きだと思ったことなんて一度もない。失くして初めて、自分がどれだけその“才能”に支えられていたかが分かるんだ」


“才能”なんて必要ない。

オレはずっとそう思って生きてきた。

周りの人間から与えられてきたものも、全て下らないと思っていた。

オレにとって、一番大切だったのは、施設で暮らしていた何気ない毎日だったから。


だが、オレが“才能”を失ったことで、今まで生きて来た世界が一変した。

オレにへりくだっていた奴らが、こぞってオレを無視するようになった。


依存したつもりなんてない。驕っていたつもりもない。

だがそれでも、幼かったオレには、やはりショックだった。

オレはただの“才能”の入れ物だったんだということを、痛感したから。

“才能”がなければ、誰もオレを見てくれないことが分かったから。


「でもな。オレはこれで終わるつもりはねぇ。“才能”なんかなくても、必ずオレを認めさせてやる。そのためにオレはここに来たんだ」


青春は、オレの言葉に聞き入っていた。


「“才能”を好きになる必要なんかない。だがな。自分の可能性まで否定するな。“才能”に使われるような人間になるな。お前はお前だ! “才能”に振り回されてきたってんなら、今度はお前の都合で、自分の“才能”を振り回せ!」


これはある種の賭けだった。

じじいが言っていたように、“才能”のないオレを青春は見下すかもしれない。


だがそれでも、オレは素直な自分の気持ちをさらけ出すという判断をした。

勇山学園という誰もが羨む場所にいながら、落ちこぼれと言われ、自分の“才能”を卑下するこの男を、どこかで自分と重ねていたのだ。


青春は迷っていた。

しかし、その迷いを振り切るように、がしがしと頭を掻いた。


「……できんかっても文句言うなよ‼」


青春はそう叫ぶと、早速目を瞑って精神統一を始めた。

その様子を見て、オレは思わず笑みを浮かべる。


「それでいいんだよ」


ゴーレムの拳が、無防備な青春に襲い掛かる。

が、それが青春に届く前に、オレはその腕を斬り落とした。


「オレの教え子に手を出して、タダで帰れると思うなよ」


それからしばらく、大量のゴーレムから青春を守る戦いに切り替わった。

その間、何度も判断ミスだったんじゃないかと自分に問いかけ、その度に邪念を振り払った。

ありもしない“才能”に頼るより、ここに確かにある“才能”に、オレは頼ると決めたのだ。


ふとその時、ゴーレムの様子がおかしいことに気付いた。

先程まで果敢に攻めていた手を止め、牽制するだけに留めている。

その身体が、少しずつ光り始めていることに気付き、オレはその意図を察した。

自爆だ。


「……見えた‼ こっちの道や‼」


オレは即座に青春を抱きかかえ、彼が指差した道へ飛び込んだ。

その瞬間、周りを囲んでいたゴーレム達が光に包まれ、轟音と共に爆発した。




瓦礫に埋もれていたオレ達は、なんとかそこから這い出ることに成功した。

後ろを見ると、先程の爆発で道が塞がれている。


「ふぅ。ギリギリセーフやったな。……って、おい! 大丈夫か⁉」


うずくまるオレの肩を、青春は揺すった。

怪我はない。が、少し長く戦闘し過ぎた。

古傷が痛み、利き腕は痺れて痙攣し始めている。


「……大丈夫だ。それより、早く行くぞ」


オレは青春の手を引き離し、すぐに立ち上がった。

心配そうな青春をしり目に、オレ達は先を急いだ。



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