統一戦<5>




柊はくるりと背を向けた。

鶫との戦闘中でありながら、それだけの余裕が彼女にはあった。

ゆっくりと距離を取り、改めて鶫と向かい合う。


「これで私の勝利は確定です」


鶫はその場から動けなかった。

ドーム状に配置された、いくつもの異空間から、何本もの矢が縦横無尽に襲い掛かってくるのだ。

異空間から現れた矢は、鶫へと放たれ、それが回避されると奥にある異空間に入り込み、別の場所から発射される。

そんな矢の永久機関によって、見えない牢獄が完成していたのだ。

無理にでも突破しようとすると、すぐさま四方から飛ぶ矢の直撃を食らってしまう。

ジリ貧だと分かっていても、回避に専念するしかなかった。


「さっさと矢を破壊したいけど、素手で防ぐには一つ一つの威力が高過ぎるしねぇ」


余裕の口ぶりだが、額から流れる汗が、強がりであることを物語っている。

柊は、ゆっくりと遠くから弓を構えた。


「この一撃で……仕留めます」


ただでさえギリギリで回避できているところに、もう一本の矢が加われば、直撃は必定だ。

まさに絶体絶命のピンチ。だが、そんな中であっても尚、鶫は笑っていた。


「いやー、さすがだね。その歳で組長の座に登りつめただけはある。一度ハマれば、抜け出すのは不可能に近い」

「負けを認めてくださいますか?」


鶫は不敵に笑った。


「いんや。勝つのは私。何故なら私は、ここから抜け出さずに樟葉ちゃんを倒せる、必殺の技を持ってるからね」


鶫は矢を回避しながら、深く長く、息を吸い込んだ。


「負け惜しみを。それでは、私の技の前に沈みなさい」


柊の目がカッと見開き、一気に矢を放った。

凄まじい速さで、矢は鶫めがけて飛んでいく。

鶫は、それを敢えて避けなかった。


「秘儀・桃源郷旋風脚‼」


鶫が足を高く振り上げると同時に、刃状の衝撃波が飛び出した。

それは、極限まで振り絞られた矢をすり抜け、まっすぐ柊へと迫ってくる。


「物質を透過したっ⁉ 捨て身の攻撃というわけですか。しかしこの程度、避けるのは造作も──」


柊は鶫の方を見て、その言葉が途中で止まった。

高く振り上げられた長く伸びる足。花びらのようにふわりと広がるスカート。

その中身が、柊の目に飛び込んできたのだ。


「なななぁっ⁉」


途端に顔が真っ赤になり、回避が遅れた。

それはほんの一コンマの動揺だったが、組長同士の戦いでのそれは、あまりに長すぎる隙だった。

柊の身体を衝撃波が透過し、その衝撃で一気に吹き飛んだ。


それと同時に、柊が放った矢が、鶫の肩に直撃する。


「いったぁ~‼」


思わず鶫が倒れ込む。

そんな彼女めがけて、一気に矢が降り注ぐ。

……が、それは彼女の皮膚をかすめ、全て地面に突き刺さった。


鶫が横を向くと、遠くで柊が気絶しているのが分かる。

鶫は、ほっと息をついた。


「あっぶなぁ~。割と捨て身だったけど、うまくいったね。よっと!」


鶫は反動をつけて跳ね起き、直撃した肩に手をかざした。

手のひらが光りだし、しばらくそれを当ててから、ぐるぐると肩を動かし始める。


「……うん。まあまだ動けるかな」


鶫は柊に近づいた。


「……ううん」


彼女は、目を瞑ったまま唸っていた。


「桃源郷旋風脚は、相手の心を別世界に連れて行き、その間に身体を仕留める超必殺技よ。フフ。パンツ程度で動揺するなんて、まだまだ甘いね」


鶫は側に落ちていた彼女の武器を手に持った。

しばらくそのままじっとしていると、校内アナウンスが流れる。


『十秒が経過しました。椎名アルトと神原鶫の決闘は、神原鶫の勝利となります』


「いえぃ♪ 勝利!」


猟師が仕留めた獣を持ち上げるように、鶫は弓を掲げた。


「……で? 君は何を企んでるのかな? 鼻血を押さえながら隠れている青春君」


近くの茂みが、がさりと揺れた。

少ししてから、その中から、気まずそうに青春が出てきた。

しっかりと、鼻にはティッシュが詰め込まれている。


「あ、あはは。ばれてましたか、やっぱ」


鶫は冷たい目で笑っている。

青春は、ごくりと息を飲んだ。


「いや、あの。これはなんていうか、不可抗力っていうか」


青春が、弁解しようと彼女に近づいていく。

鶫の側には、未だ倒れて動かない柊の姿があった。


「ん? ああ、別にパンツ見られたことはどうとも思ってないよ」


あははと、いつもの朗らかな顔で笑いながら、鶫は手を振った。

それにつられて、青春も笑い返す。


「ただ、なんかコソドロの臭いがしたからさ」


ぴたりと、青春の笑いが止まった。

彼女は、じっと青春を見つめている。

その澄んだ瞳は、まるで心の底まで見透かしているようだった。


「コ、コソドロって……別になんも盗んでませんよ?」

「そうだね。“今は”ね」


鶫は、持っていた弓を柊の側に置いた。


「私さ。こう見えてけっこう怒りっぽいっていうか、やられるとムカつくことって多いのよね。たとえば、自分の手柄を横取りされるとか、さ」

「横取りって……。何のことやか俺にはさっぱり」


青春の弁解を、もはや鶫は聞いていないようだった。


「ま、深月ちゃんには十秒間味方しろって言われてるし、十秒だけにしてあげる」


鶫はにこりと笑った。


「E組の選手を一人再起不能にしたら、条件は同じになるわけだしね♪」


青春は脱兎の如く逃げ出した。


「なんでばれてんねん! やっぱあの人バケ──」


青春が全力疾走するその真横に、鶫が平然とした顔でついていた。


「こんな可憐な乙女を化け物呼ばわり? 許せないねっ!」


鶫の拳が、躊躇なく青春に迫った。

思わず目を瞑るが、なかなか衝撃は襲って来ない。

おそるおそる目を開けると、そこには鶫の拳を、刀で防ぐアルトがいた。


「アルト‼」


まるで天への祈りが通じた信者のように、青春は顔をほころばせた。


「お前はさっさと皆を集めろ。時間的に頃合いだ」

「わ、分かった! すまん‼」


青春はさっさと逃げて行った。

鶫に、それを追う気配はない。

彼女はアルトと対峙し、不敵に笑ってる。


「今頃ご到着? ちょっと遅すぎるんじゃないかなぁ」

「早すぎるくらいだ」


鶫はちらと青春を一瞥した。


「さっき言ってたのなに? ちょっと気になるんだけど」

「どうせすぐに分かるさ。それより、自分の望みについて考えたらどうだ?」


それを聞いて、鶫は嬉しそうにうなずいた。


「そうだね。じゃあ決闘のご褒美は……『新人君と思い切りバトる!』ってのはどう?」

「いいぜ」


アルトの即答に、やったぁ! と、欲しかったプレゼントをもらった女子高生のように飛び跳ねた。


「んじゃ、早速やろ!」


喜々として鶫は構える。

が、アルトは棒立ちのままだった。


「? 何やってるの? 早く──」

「オレはこのままでいい。好きなように殴れよ」


鶫は何を言われたのか分からず、しばらく固まった。


「……は?」


鶫の周りから、凄まじい殺気と威圧感が放たれた。

ビシリと校舎にヒビが入り、アルトの額から、どっと汗が流れ落ちる。


「どういうこと?」

「どうもこうも、そのままの意味だ。今お前と決闘して、体力を削るわけにはいかないんだ」


お前の体力もな、とぼそりとつぶやく。

だが、鶫の耳に、そんな言葉は入ってこなかった。


「この状況でも戦わないってこと? 一方的にボコられるだけで?」

「ああ」

「あっそ」


鶫はそっけなくそう言い、ギラリと目を光らせた。


「じゃあ死ね」


思い切り拳を振りかぶり、それをアルトの腹に叩き込んだ。


ドオオン‼


凄まじい音と共に、アルトの身体は校舎にぶつかり、その表面を大きく陥没させた。


「これ以上やると本気で殺しそうだから、止めといてあげる」


鶫の捨てセリフは、アルトの耳には届いていなかった。

上半身を校舎に預け、完全に気を失っている。


「何事ですか?」


先程の轟音を聞いて目を覚ましたのか、柊が身体を押さえながらやって来た。


「別に。久しぶりにカチンときたから、ちょっとマジになっちゃった」


いつも笑顔の絶えない鶫が真顔になっている。

同じ組長である柊も、思わず臆してしまうほどで、さすがにこれ以上の追及はできなかった。


ふと見ると、アルトがぐったりと倒れ込んでいる。

なんとなく事情を察した柊は、少しばかり逡巡するも、自分の矢を軽く引き、それを気絶しているアルトの胸に当てた。


『椎名アルト選手は脱落となります。ただちに専用の控室まで移動してください。脱落した時点で、相手チームへの攻撃は反則となります』


戦闘の途中で、稲葉が脱落するアナウンスが聞こえた。

つまりE組とC組の戦いは、実質一対一になったということだ。


その時、柊と鶫は、同時にその異変に気付いた。


「……次元震災?」

「たぶん違います。これは……」


柊の言葉を遮るように、グラウンドの何もない空間に、いくつもの亀裂が入った。

その中から現れる異形の数々に、鶫は目を細める。


「ウヒョオ! ここがあの有名な勇山学園かよ」


コウモリのような羽根を羽ばたかせながら、ガーゴイルが歓声をあげた。


「忌々しい勇者共の育成場所か。こりゃ、丹念に潰しておかねえとな」


三メートルはある巨大な鬼が、べろりと長い舌を垂らす。


「おっと? なにやらうまそうなメスが二匹」


サイクロプスが、目の上に手のひらを掲げながら言った。


「ヒュゥ♪ どっちも良い女じゃねえか。ありゃオレのだ」

「何言ってやがる。こういうのは早いもの勝ちだぜ」


下卑た目で二人を見つめる魔族の面々に、柊は嫌悪感を露わにした。


「あれが魔物ですか。なんとも下劣な輩ですね」

「魔物退治は初めて? なら、下がってていいよ。傷もあるだろうし」

「まさか。こんな絶好の機会、逃すわけにはいきません。不当な魔物を成敗するために、私は勇者になったのですから」


その声が聞こえていた魔族達は、挑発するように口笛を鳴らした。

やる気満々な態度に、むしろ魔族達は興奮しているようだ。


「一応聞いておくけど、これって領地侵犯だよね。人間と戦争する覚悟ができてるってわけ?」


鶫の問いに、一人の魔族が前に出た。

赤い皮膚をした竜人だ。顔や皮膚はドラゴンだが、その体形は人間と同じだった。

高級そうなコートを羽織り、中折れ帽を被ったその姿は、まさにマフィアのボスといった様子だ。


「無論だ。図に乗った人間共から、光の当たる土地を奪い返しにやって来たのさ」

「ふーん。ま、どうでもいいけど」


軽くステップを踏みながら、鶫はにやりと笑った。


「戦うってんならやるよ。ちょうど消化不良だったところだしね」

「ガキだろうが容赦しねぇ。お前ら、やっちまえ」


ボスの一声で、魔族達は一斉に攻め込んできた。

二人は構え、臆することなくそれを迎え撃った。



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