統一戦<10>
風のシールドに守られた雪江と対峙する葵に、オレは耳打ちした。
葵は小さくうなずき、そのまま突撃する。
雪江が、シールドの中から鉄扇を振り下ろした。
風の猛攻を掻い潜り、葵はシールドに刀を振り下ろした。しかし、風の圧力によって押し戻され、雪江に刃が届くことはない。
「ハハハハ! 効かぬわ雑魚が‼」
雪江が鉄扇を横薙ぎに振るい、刃状の風が葵を襲う。
防御しきれなかったそれが、葵の肌を容赦なく傷つけていく。
距離さえ詰めていれば、鉄扇を振らせることを防ぐことができた。
しかし球状のシールドのせいで、彼女の攻撃を阻むこともできなくなった。
遠距離はダメ。近距離もダメ。
こうなると、もはや為す術はない。
「これで終わりじゃ‼」
雪江が鉄扇をくるくると回したかと思うと、舞を踊るようにそれを振り上げた。
今までよりもひと際大きな竜巻が、天へと昇る。
その先端が龍の顔に変貌し、葵へと飛来した。
大口を開ける龍に飲み込まれれば、細切れになるのは必然だ。
しかし葵は怯えなかった。震えなかった。
ゆっくりと、オレの刀を地面から水平に構える。
「まともにぶつかる気か⁉ 好都合じゃ! このまま塵芥(ちりあくた)と化すが良い‼」
巨大な龍に、葵は飲み込まれた。
その様子を見て、雪江はにんまりと笑う自分の口を、鉄扇で隠した。
「これにて終局じゃ」
「さて、そいつはどうかな」
オレの言葉に、雪江は眉をひそめる。
未だ龍の姿を保持した竜巻は、その大きさ故に、中心部分に空洞ができている。
そしてその空洞は、まっすぐに雪江へと続いている。
だからこそ、雪江はすぐにその姿を確認できた。
空洞の中をまっすぐに駆け抜ける、ボロボロになった葵の姿を。
「ほんの少しでもびびって回避すればたちまち切り刻まれるだろう。だが、馬鹿みたいに臆せず突っ込めば、勝機はある」
完全に雪江の隙を突いた。
葵は、自身の全体重を乗せて、思い切り刀を振り下ろした。
「はあああああ‼」
雪江が、慌てて鉄扇で顔を覆う。
しかしその刃は、鉄扇に届く前に、風のシールドによって阻まれる。
「くっ‼」
肩で息をしていた雪江は、葵の苦悶の表情を見て、思わず笑った。
「は、ははは! 驚かしおって‼ 所詮、うぬはその程度の人間なのじゃ‼」
ズン、と、風のシールドが地面に沈んだ。
「……な、なんじゃ?」
葵の体重を乗せた一撃が、シールドをほんのわずか押しやることに成功したのだ。
シールドが地面にめり込むように移動したことで、球体の中は、鉄扇を振るスペースがなくなっていた。
「と、とはいえ、わらわの技を破らぬ限り、うぬに勝機はない」
その時、オレは気付いた。
風のシールドが、葵の攻撃に反応して、その力を一か所に集中し始めていることに。
それは同時に、他の部分が脆くなっているという証だった。
「まだ、一人分よ」
「あ? 何を言っておる?」
葵は、刀から片方の手を離した。
「言ったでしょ。私はアルトの片腕になるって。この刀はアルトの刀。でも……」
葵は、腰に差していた鞘を掴んだ。
「まだ、私の一撃が残ってる‼」
鞘を腰から引き抜くと、それを横薙ぎに、シールドに叩きつけた。
「なっ⁉」
絶対防御により阻まれているが、シールドは刀の方へ集中しており、脆くなっていた。
ほんのわずかだが、鞘がシールドにめり込んでいる。
しかし、それを突破するには、まだ力が足りなかった。
「くっ!」
「ハッ! 驚かせよって‼ さっさと散れ‼」
ガン
あらぬ方向からそんな音がして、雪江は思わず振り向いた。
そこには、青春がいた。
「二人で足らへんねやったら、十人分や」
風音の刀が、紅葉の拳が、E組の生徒全員の攻撃が、雪江のシールドに集中する。
攻撃を防ぐために分散された力は、葵の攻撃を防ぐ力を大きく減らした。
「おおおおおおお‼」
鞘を防いでいた風のシールドに、ヒビが入った。
それは一気に全体へ広がり、バラバラに砕け散る。
「っ! しゃらくさいわぁ‼」
雪江の鉄扇が葵へ迫る。
葵は構わず、一歩踏み込んだ。
鉄扇の攻撃が、その捨て身の気迫を読み切れず、わずかに横に逸れる。
がら空きになった彼女の横腹を、葵は思い切り、鞘で殴りつけた。
「が、はっ‼」
雪江の口が大きく開き、目を見開く。
「馬、鹿な……わらわが……劣等……遺伝子、ごときに……」
大きくくの字に折れ曲がった雪江の身体は、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。
しばらくの間、何が起きたのか分からず、全員が呆然としていた。
白目を向いて倒れている雪江をまじまじと見て、それから互いの顔を見合わせる。
「よっしゃーーーー‼」
突然、歓声が沸き上がった。
勝利の喜びは一瞬の内に全員へと広がり、思い思いに叫び始める。
互いの健闘を称え、喜びあっている生徒を見て、オレは木にもたれかかりながら、思わず苦笑した。
「これがあなたの選択ってわけ?」
木の裏側にいたアリヤが、ぼそりと言った。
「悪いな。無駄骨を折らせちまった」
「ホントにね。上からどれだけどやされるか」
アリヤは憂鬱そうにため息をついている。
しかし、どこかうれしそうに見えるのは、気のせいではないだろう。
「ありがとな。色々と心配してくれて」
「え?」
アリヤは動揺したように、ごほんと咳払いした。
「な、なんかアンタらしくないわね。そんなこと言うキャラだっけ?」
「そうだな。けど、なんとなく言いたい雰囲気だったんだよ」
オレはじゃれ合ってる生徒達を見ながら、そう言った。
「……それで、あの子はアンタの片腕になれるの?」
「今のところ、マイナス面しか見えないな」
「じゃあ駄目じゃない」
「いいんだよ、それで。賭けてみたくなったんだ。こいつの将来にな」
「ホントにアンタらしくないわね。……まあでも、良いんじゃない? やり方が変わっただけで、アンタの夢は、きっと終わったわけじゃない」
「ああ。本当に叶えたい夢は、生きている限り、きっと終わらない。それをあいつらに教えられたよ」
その時、遠くで勝利の余韻に浸っていた青春が、こちらに気付いて叫んだ。
「おいアルト! アンタもこっち来いって! みんなで祝勝会や‼」
後ろを見ると、既にアリヤはいなかった。
あいかわらず、忙しない奴だと思いながら、オレはゆっくりと皆の方へ歩いて行った。
◆◆◆
竜人率いる魔族達と、椎名、鶫、柊の三人は、最初の小競り合い以降、一度も刃を交えることなく、ただただ対峙していた。
「んでね。この前も死神みたいな恰好した魔族の退治要請があったの。頻繁に領土侵犯しているからって」
鶫はあぐらをかき、魔族達と世間話をしていた。
「あー……。あの連中はこっちでも手を焼いてるからなぁ」
「馬鹿なんだよ。根は悪い奴らじゃないんだけどな。どこがどっちの領土なのか、たぶん理解してないんじゃねえか」
「なんかそんな感じだったねぇ。だからこっちは人間界ですよって丁寧に教えてあげたら、お礼言って帰ってったよ。皮肉かな? とか思ってたんだけど」
「いや~。たぶんガチじゃね? 変に素直な奴らだから」
魔族達と談笑する鶫の様子を見て、竜人は小さくため息をついた。
「この短期間でウチの気難しい奴らと仲良くなるとはな。勇者は変わり者が多いと聞いていたが、想像以上だ」
「あの子はとりわけ自由な子だから。ああ見えて、学園ではけっこうしっかりしているのよ」
竜人と椎名の会話も、どことなく親し気な様子だ。
戦場とは思えない雰囲気に、柊は一人で困惑していた。
その時、全員の気配が一点に集中した。
はるか上空に、一台のヘリが飛んでいたのだ。
マスコミのヘリだということは、遠目からでもすぐに確認できた。
「ようやく来たか」
竜人が軽く手を挙げると、雑談をしていたガーゴイルが、大きく息を吸い込み始めた。
限界まで空気を貯め込むと、それを一気に吐き出し、口から丸太のような針を飛ばした。
それはまっすぐにヘリへと向かっていく。
「柊」
椎名は慌てた様子もなくそう言った。
すぐさま柊が弓を構え、矢を放つ。
ガーゴイルの針は、ヘリの目前で矢に射抜かれ、雲散霧消した。
マスコミのヘリは、大慌てで退避していく。
その様子を、椎名はじっと見つめていた。
「……これが狙い? 勇者のデータには、鼻から興味なかったのね」
「オレが、のうのうとやって来た小娘一人を、平気で信じるような馬鹿に見えるか?」
竜人は葉巻をうまそうに吸った。
「お前らは、少々魔族を甘く見過ぎだ。冷戦も1000年続けば飽きてくるのはよーく理解できるがな。しかし今も尚、魔界ではお前らを殺したくてうずうずしている勢力がいくつもある。ここいらで、発破をかけておくに越したことはねぇ」
「あら。ずいぶんと人間想いなのね」
「雇い主の命令に忠実なだけさ」
椎名は眉をひそめた。
アルトの情報によれば、彼らは生粋の魔族至上主義者だったはずだ。
もしも仮に、それが偽りだったとするなら、そんな風評を広げる理由はなんだろうか。
魔界の住人が人間に反旗を翻そうと思った時、その戦力増加に人間を恨む勢力を加えようとするのは想像に難くない。
その時、もしも味方にした魔族が、本当は人間に味方をしていたとすれば。彼らのテロ行為を、事前に押さえることができる。
どこかの誰かが、そういう事態を考慮して、おとり捜査ができる人材を確保していたということか。
竜人は、魔族達に撤退命令を下した。
大勢いた魔族達が、空間にできた亀裂へと次々に入って行く。
「鶫ちゃん。今度こっちに来ることがあれば寄れよ。色々案内してやるぜ」
「あんがと~。その時はよろしくね」
帰っていく魔族に手を振っている鶫に、竜人が話しかけた。
「お前さん、筋は良いが、もう少し自分を律することを覚えな。いずれ自分の“才能”に呑まれるぜ」
「上から目線で言ってくれちゃって。まあせいぜい精進しますよ」
鶫はそう言って肩をすくめた。
竜人は、今度は柊を見つめる。
「お前も、生真面目なのは良いが、もう少し肩の力を抜け。いざという時に力を出せなければ意味がねぇ」
「……何か納得いきませんが、今後の課題にしておきます」
最後の一人になった竜人は、コートを翻して背を向けた。
「銀髪の嬢ちゃん。あのじいさんに言っておけ。孫の面倒を見たいなら、こんな回りくどい真似せずにてめえでやりなってな」
椎名が目を丸くしている間に、竜人は亀裂の中へ入って行った。
魔族が全員いなくなると、亀裂はひとりでに閉まった。
椎名はその場に立ちながら、アルトのことを思い出していた。
自分がまだ高校生の頃。母の訃報を知りながらもアルトの世話を優先していた自分に、子供だったアルトはこう言った。
「お前、全然役にたたねえな。世話は他の奴にやらせるから、さっさと目の前から消えろ。迷惑だ」
今まで、ずっと自分にばかり甘えていたアルトの言葉に、初めは少し驚いたが、すぐに彼の意図を察することができた。
自分の言葉に傷つきはしなかったかと、怒ったフリをしながらも、ちらちらとこちらの顔色を窺うアルトの様子を思い出し、椎名は思わず笑った。
本当は優しいくせに、照れ屋で、真正面から人に親切ができない不器用な弟のことを、椎名は誰よりも理解していた。
そして同じくらい、人間界の英雄として厳格な態度を崩せない学園長のことも、理解していた。
「まったく。本当に、似た者同士なんだから」
椎名はため息をつき、小さくそうつぶやいた。
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