統一戦<11>



雪江を倒し、既に祝杯ムードの皆の元へと、オレは歩いた。

だが、今までの疲労が祟ったのか、途中でがくりと膝が崩れる。

しかし、そんなオレの身体を各務が支え、オレの腕を自分の肩に組んでみせた。


「ったく。組長の癖にだらしねぇ」


照れ隠しなのか、各務はそう言って舌打ちしてみせた。

その様子を見て、オレは思わず苦笑する。


「男のツンデレは似合わねえぞ」

「……このまま放り出してやろうか?」


各務とそんなやり取りをしていた時だった。

突然、殺気を感じて、オレはハッとした。


「青春っ‼」

「ん? なんや……って、ぐわっ‼」


背中から飛来した矢に当たり、青春は倒れ込んだ。


ビーーーーー


突然、周囲に電子音が鳴り響いた。


『青春賢治選手は脱落となります。ただちに専用の控室まで移動してください。脱落した時点で、相手チームへの攻撃は反則となります』


しんと辺りが静まり返り、全員が振り向いた。

そこには、弓を構えた柊の姿があった。


「油断し過ぎですよ。まだ統一戦は終わっていません」


全員が愕然としていた。

先程までの歓声が嘘のように、冷たい空気が流れている。


「鶫先輩と青春君のやりとり。意識は朦朧としていましたが、ちゃんと聞いていましたよ。風音さんではなく、青春君が選手だということも」


突然、校内アナウンスが流れた。


『現在を持ちまして、統一戦が終了いたしました。生存している選手は、柊樟葉選手一名。よって勝者はC組となります』


「……え? これって……アタシたち、退学ってこと……?」

「気の毒とは思いますが、これも勝負です。勇者を目指す者として、この結果は受け入れてください」


柊の無慈悲な言葉に、紅葉はぽろぽろと涙を流し始めた。

それを見て、春香や風音も、鼻を啜り始める。


オレは、地面に拳を叩きつけた。


「くそぉ‼ 肝心なところで、オレはなんてミスを……‼ 全部……全部オレのせいだ‼」


柊からの視線を感じる。

それが同情によるものだということは、なんとなく分かった。


「……確かに、私達はあなた方に勝利しました。しかしこの勝利は、運も味方してくれた結果だと思います。それほどまでに、あなた方が用意した作戦は見事でした。……ですから、あなた方への誹謗中傷は、正式に謝罪します。申し訳ありませんでした。あなた方は、決して落ちこぼれなどではありません」


そう言って、柊はオレ達に向けて頭を下げた。


「どうなるかは分かりませんが、私からも学園長に直談判してみます。才能あるあなた方が退学など、私自身も認められませんからね」

「……いいのか?」


オレは小さくつぶやいた。


「良いも何も、好きでやることですから、お気になさらず。できるだけ粘るつもりですが、成果は期待しないでくださいよ?」


そう言って、柊は微笑んでみせた。

オレも、釣られて笑った。


「……お前は運だと言ったが、そんなことないさ。ちゃんとしたお前達の実力だ。完敗だよ。またいつか、戦える日が来るといいけどな」


オレは彼女に手を差し出した。


「必ず来ますよ。その時は、完膚なきまでに叩き潰してあげますから、覚悟してください」


彼女は、ゆっくりとオレの手を握った。




ビーーーーー




突然、電子音が鳴り響いた。


「へ?」

『柊樟葉選手は脱落となります。ただちに専用の控室まで移動してください。脱落した時点で、相手チームへの攻撃は反則となります』


唖然としている柊を置いて、校内アナウンスが流れ始める。


『現在を持ちまして、統一戦が終了いたしました。生存している選手は、不知火アルト選手一名。よって勝者はE組となります』


オレはすっくと立ち上がり、固まっている柊の肩に、ぽんと手を置いた。


「と、いうわけだ。残念だったな」


オレの勝ち誇った笑みを見て、ようやく柊は、かなしばりが解けたように口を開けた。


「はあああ⁉ どど、どういうことですか⁉ なんで私が脱落⁉ いやそもそも、何で放送が二回も──」

「ナイスだったぞ、イク。お前がいなければ、今回の作戦は成立しなかった」


イクは、えへへと笑いながら、手にあるスイッチを押した。


『現在を持ちまして、統一戦が終了いたしました。生存している選手は、柊樟葉選手一名。よって勝者はC組となります』


そんな校内アナウンスが流れ、柊は口をぱくぱくと開け閉めした。


「つまりだ。オレ達は最初から、お前を油断させるために青春を囮にしたってことさ」

「……そ、それにしたっておかしいです! 私は確かにあなたを脱落させました! 登録したこの矢であなたの胸を──」


そこで初めて、柊は、オレと握手した時に何かを握らされていたことに気付いた。


「……服の切れ端?」


自分の手のひらにあるものを見て、柊はつぶやいた。

その言葉で、彼女は一つの仮説に思い至り、オレの方を呆然と見つめた。

オレは自分の服を摘まみながら、口を開いた。


「ようやく答えに至ったか? オレが武器に登録したのは刀じゃない。この服だ」


柊は、確かにオレを射抜いた。

しかしそれは、武器として登録された服越しにだ。

つまり柊の攻撃は、武器によって弾かれたという判定になり、接触には至らない。

あとは、イクの作った音声ソフトで、タイミング良くオレの脱落をアナウンスするだけだ。


「柊」


わなわなと震える柊に向け、オレは自分のこめかみを、ぴんと指で弾いてみせた。


「オレに勝つには、少々オツムが足りなかったな」

「~~~っ‼」


声にならない声をあげる柊に対し、E組は再び歓声をあげた。

全員が、オレへと駆け寄り、思い切り抱きついてきた。


「勝った! 今度こそ本当に勝った‼」

「これでオイラ達の退学はなしってことだよな⁉ な⁉」


遠慮のないタックルに激痛を覚えるが、こいつらは意にも介していない。


「春香、ホントに負けちゃったかと思ったぁ‼」


涙目になりながら、春香が叫んだ。


「私もです! 作戦をたててるなら、最初にそう言ってくださいよ~!」

「顔に出そうな奴らには秘密にしておいたからな。万が一にもばれるわけにはいかなかったんだ」


何も聞かされていなかった奴らが怒るのは当然だが、それが最大の煙幕となったのは事実だろう。

あの時流した涙を嘘と断じることのできる人間は、そう多くない。


怒りに震えていた柊も、全力で喜ぶE組の面々を見て、いつの間にやら頬を緩ませていた。


「……正直、あまり素直に祝福できませんが、おめでとうございますと言っておきます。これも全て、あなた方が努力した結果です」

「ちがうよ」


柊の言葉を、紅葉は否定した。


「アタシたちががんばれたのは、アルトのおかげだよ。アルトが、アタシたちを見捨てないでいてくれたから。落ちこぼれだって言われて、才能もぜんぜんないアタシたちを、アルトだけが認めてくれたから」


紅葉はゆっくりとオレの方へ振り向き、満面の笑みを浮かべた。


「だから……ありがとう、組長」


オレは目を見開いた。

こいつらから、そんな風に呼んでもらう日なんて来ないと思っていた。

別にそれでもよかったし、そんなことどうでもいいとすら思っていた。


でも、彼らに組長と呼ばれ。こちらに微笑みかける彼らを見て。

自分でも、こいつらに何かを残せてやれたんだと思うと、無性に込み上げてくるものを感じた。


「組長か。……悪くないな」


オレはぼそりと、そんなことをつぶやいた。

それが照れ隠しであることは、今さら言うまでもない。


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