第三章 eスポーツ大会を見にいこう!
① もちろんそれはJKと一緒に!
六月最初の日曜日。場所は池袋駅、時刻は間もなく一四時。私服姿の俺は三◯分程前から、この要塞とも言える建物の前で立ち尽くしていた。降り注ぐ陽光が容赦なく頭皮を焼き、半袖ポロシャツの内側は今すぐ脱ぎ去りたい程に蒸し風呂状態だった。下着は絞れるレベルでビショビショだ。
なぜ俺がこんな苦行を強いられているのかというと、白鷲高校ゲーム部の部員達と待ち合わせしているからだった。教員という立場上、生徒をこんな
幸いにも白鷲高校は名門だけあって、その生徒達の社会的教育は行き届いている。部活にしろ授業にしろ、集合時間をないがしろにして平気、という子は日頃から見受けられない。この苦行も残り数分の予定だ。でないと俺は倒れる。
「おまたせしました、先生」
振り向くと、私服姿の神崎悠珠の姿があった。
「おお、おはよう神崎。早いな」
えんじ色のブラウスに薄手の白カーディガン、淡色のサマーデニムパンツとカジュアルな装いだが、その頭に乗せた白い帽子がお嬢様感を漂わせる上品な仕上がりだ。素直にかわいい。
しかし返事はすぐにはない。悠珠の見つめる先には俺のタオルハンカチと額があった。
「……すみません先生。もう少し早く来ればよかった」
言われて気がついたのだが、悠珠はこの暑さの中、汗一つかいていなかった。電車の中はよほど冷房が効いていたのだろうか。滝汗の俺とは大違いだ。
「いや、待ち合わせ時刻より一五分も早いんだから気にするな。それより一人か?」
「はい。先輩方は駅の中で待ち合わせているみたいです。多分、もうすぐ来るのではないかと」
なるほど、それは賢明な判断だ。と、いうことは。
「そうか。神崎は一緒じゃなくてよかったのか?」
「私は方面が違いましたので……」
悠珠は俺の横に並んで空を眺めている。早めに様子を見にきてくれたのだろう。先生は炎天下の中、私達を待っているのではないか、と。
「すまないな、気を遣わせて」
「いえ、そんな。先生、暑くないですか?」
「大丈夫だ、もう慣れた」
もちろん強がりだった。本当は今すぐ冷房の風にあたりたい。が、教師である俺が生徒を前にそんな弱気ではいかんのだ。と、誰から言われたわけでもなく勝手に自分を戒めている。
「センセー!」
改札口の方から聞き覚えのある声がする。その声の主は櫻井美月だ。手を目一杯振り、こちらに駆け出してくる。
「待った?」
そう言う美月は変わらぬ生意気な目で上目遣いだ。休日ということで軽く化粧をしているせいか余計に印象的で、大人びて見える。
「てか太センセ、汗すごっ。やばくない?」
「そういうお前は涼しそうだな、櫻井」
暑がりな美月の格好は涼しげだ。首周りがざっくり開いたベージュのサマーニットからブルーのキャミソールが大胆にのぞいている。シナモンのチノパンをロールアップして足元のサマーサンダルはヒール付き。すごくおしゃれだ。
「かわいい? でしょ?」
だがおじさんは思うのだ。年相応、という言葉があるわけで、美月のそれは少しお姉さん過ぎないかと。そして次の瞬間、こう思うのだ。かわいいからいいか、と。そう言えば数年前、「かわいいは正義」とテレビで耳にしたことがある気がする。
「………」
「なんで無言!?」
美月は風船のように膨れた。その後ろから続いて来たのは井出琢磨と岩切灯里だ。
「おはようございます、斉藤先生」
「おはよう先生。まぶしー」
灯里の言葉に反射的に頭を押さえる。そこにはちゃんと髪の毛があった。もちろん彼女は太陽のことを言ったのだった。大丈夫、俺はまだ二五歳だ。きっとだいじょうぶ。
と、その灯里の格好を見て、俺の中の何かのセンサーが反応した。
「岩切、お前、メガネはどうした」
「え? ああ……、休みだし、今日はコンタクト……」
そこにいるのは俺の知っている地味メガネのガリ勉女子ではなく、清楚なインテリ女子だった。髪をポニーテールにまとめ、日頃の編み癖がついた髪がふわっとなびいている。その細い顎のライン、首、そしてなによりうなじが最高にキレイだ。その細身に張り付くエスニックなマキシ丈ワンピにふわっとした襟付きニットセーターがまた上品でいい。
「お前、なんか今日別人みたいだぞ」
思わず喉が鳴った。そのスタイルの良さはなんとなく把握はしていたが、ここまで変わるとは。彼女の場合は制服が似合っていないのか? と思えるほどギャップが激しいのだ。そういえば数年前、「きれいなお姉さんは好きですか?」とテレビで耳にしたことがある気がする。当たり前だ。
「え、ちょ、やだ、見ないでそんな」
「そう! 今日の灯里センパイチョ~かわいい! いつもコンタクトにしたらいいのにぃ~」
美月に服の裾を引っ張られながら赤面している灯里は「目が乾くから」とかなんとか言いわけしていた。立ち振る舞いは至って普段の灯里であった。だがそれがいい。
しかしこうしてみると、男子が女子高生の私服姿にときめくのも頷ける。制服姿に見慣れてしまうと私服姿は眩しく映るものなのだ。青春の日々にとって、ときにそれは真夏の太陽より鮮烈であろう。俺の青春に少し分けてあげたいくらいだ。
「女子の私服、いいですよね」
そんな俺の心象を読み取ってか、耳打ちしてきたのは琢磨だ。琢磨は俺よりも身長が高く、一七○台後半はあろうかというところだった。黄緑のタンクトップに長袖シャツをラフに羽織って、ダメージジーンズを腰まで落とし、足元にはサンダルと、その着こなしは上品とはかけ離れているが、何故か品よくキマって見える。汗についても俺のそれとは違って、髪を掻き上げればどこからともなく爽やかな風が吹く、そんな気がする。クソ、これがイケメン補正か。俺のそばに立つんじゃねぇ。
「よし、みんな揃ったな。ではさっそく行こう。俺は暑くて死にそうだ」
ビルとビルの間を抜け、線路沿いの道を歩く。目的の場所はすぐそこだ。早く冷房に当たりたい。
「やー! 楽しみ!」
「先生、やっぱり暑かったんですね。大丈夫ですか?」
「ほら灯里、行こっか。人が多いからはぐれるよ」
「もー子供扱いせんでよ!」
いつもより幾分賑やかな生徒を引き連れ、その入り口に吸い込まれていく。
そう、今日はここ、池袋にあるゲームの聖地、eスポーツアリーナ「LFS」に来たのだ!
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