③ ノベルゲームの正しい楽しみ方

 人は理解できない現象に直面すると、言葉を失うらしい。


「さ、ではさっそく準備をしよう」


 俺はそう言って美月のPCへディスクを挿入する。

 最近のダウンロードインストールも簡単便利でいいが、やはり今一つ味気ない。光ディスクからのインストール作業がまたゲームへの期待感を煽っていいんだよな。何よりパッケージがあるのがいい。


「ちょっと待って?」


 マウスを握ろうとした俺の手を取り、いや、腕を掴んだのは美月だ。


「何、してんの?」


 睨みつけているのは俺の左手で、その先には『高校妻と始める異世界新婚生活』のパッケージがある。


「何って、インストールだが?」


「じゃなくて、何、入れようとしてるの?」


「見てのとおり、練習用ソフトだが?」


 振り払って作業を続けようとするのだが、掴まれた俺の腕はピクリとも動かない。

 こいつ、こんな力をどこに隠し持っていた!?


「練習用ソフトだが? じゃないわよ!!! どー見てもそれ、いかがわしいヤツじゃない! そんなフケツなもの、あたしのに入れないでよ!」


 最後のセリフの方が余程いかがわしいと思うのは、俺が薄汚れた大人だからだろうか。


「ほう、櫻井はいかがわしいゲームとやらをプレイしたことがあるのか」


「なっ……」


 美月の顔がゆでダコのように赤くなった。


「それは驚いたな。俺にはどんな内容か全く想像できないなぁ、なぁ岩切」


 灯里は返事をせずうつ向いている。彼女の頭部からは謎の湯気が立ち昇り、そのメガネは視界ゼロの真っ白だ。―こいつ、知ってやがるな。

 そんな灯里の様子からその内容を悟ったのか、琢磨は爽やかな笑顔ながらもしっかりとヒイている。


「先生」


 一方で、全く動じていないのもいた。腕を垂直に伸ばす、悠珠である。


「それはいかがわしいゲームなのでしょうか?」


 俺は最高の笑顔で答える。


「全くいかがわしくないゾ」


「悠珠嘘よ! 信じちゃダメ!」


「では、書かれている高校妻、とは一体、何なのですか? 高校生であって、妻でもある、ということでしょうか」


「さすが神崎、飲み込みが早い。優等生は違うな」


「なんであたしが今ディスられる流れなの!? 正しく飲み込んでるのはあたしだと思うんだけど!?」


「ではそのゲームは、高校生兼妻と異世界で新婚生活を始める、という内容なんですね」


「そうだ神崎。タイトルでそこまで内容が読み取れるとは、素晴らしい読解力だ。先生は嬉しいぞ」


「だからちょっと待って!? あたしが間違ってるって言うの!?」


 美月は混乱のあまり、俺の腕をぶんぶんと揺さぶり、しがみついてしまっている。


「法律上女子は満一六歳で結婚が認められているので、おかしな点はありませんわ。異世界、というものの定義がいまいち私にはわからないのですけれど。それより美月さん」


 悠珠は淡々と説明したあと、眉一つ動かさずに言った。


「胸を男性に押し付けるその行為の方が、余程いかがわしいのでは?」


「っひゃー!?」


 指摘された美月は今まで聞いたこともないハイトーンで飛び上がった。俺の腕へ提供されていた幸せはここで打ち切りだ。今更恥ずかしそうに第二ボタンを留めている。

 しかし無表情の悠珠には謎の迫力がある。カーディガンに均されたその貧乳に、コンプレックスでもあるのだろうか。


「斉藤先生、さすがにちょっと。櫻井さんも不安になっているし、説明してほしいですね」


 爽やかに指摘するのは、琢磨だ。静観を決めながらしっかりと後輩をフォローするあたりがデキる男の証である。


「た、たっくんダメだよっ……。説明させるなんてそんな……酷だよ……」


 灯里はそのか細い声をさらに細めてほとんど吐息だ。説明させるのが酷な程のエロスは含まれていなかったように感じたが、メガネ少女には刺激が強すぎるらしい。


「そうだな、すまん井出。俺はいつも事前の説明を忘れてしまう。悪い癖だな」


 気がつけばパッケージは悠珠の手に渡っていた。見開いた目の先には一番の巨乳キャラがいる。ちょっと怖い。

 そして美月は着席すると同時に再び第二ボタンを開け放った。俺はこの子に正しい制服の着用を指導できる気がしない。


「まず、競技ゲーム甲子園で勝ち続けるにあたって、何が必要かということを俺なりに考えてみた」


「それでどうしてこんなの出てくんのよ!?」


 またもや美月が立ち上がる。忙しい奴だ。机に腕を立てているため、胸元がいい感じになっている。向かいにいる悠珠の瞳が深淵を覗いた瞬間のようになっているのは、気のせいだろう。


「まぁ待て櫻井。話は最後まで聞いてくれ。現在、大会で使用するゲームは発表されていないが、おおよそほとんどのゲームをプレイするにあたって、身につけているのとそうでないのとでは大幅に差がつく要素があると俺は考える。それは二つのスキルだ。一つは完璧なマウスコントロール、そしてもう一つは速読能力だ」


 俺はそう言って美月の肩に手を置き、離席を促す。一瞬ビクッとなるも席を譲ってくれた。俺は説明を続けながらそのPCで動画サイトを開いた。生徒達はそれを背後から覗き込んで一緒に見ている。


「まず一つめのマウスコントロールだが、多くのゲームはマウスとキーボードでプレイできる。もちろんFPSもだ。逆にプレイできないのは格闘ゲームくらいだと思う。つまりマウス操作の修練はとても大切で、なおかつ効率が良いんだ。そして、速読能力が重要なその理由だが」


 そう言って動画を出す。過去に行われたゲーム大会の様子だった。


「それはオンラインゲームがリアルタイムであることに関係している。対戦である以上、時間を有効に利用した方が有利だし、無駄にはできない。その中で思考時間をより長く確保するために重要な要素。それは画面に表示された内容を瞬時に把握する能力……」


「速読能力……」


「そうだ、神崎。ことチーム戦ともなると、この限られた画面内から実に多くの情報を得て、かつ素早く処理しなくてはならない。この能力はいきなり高まったりしない代わりに、大なり小なり、どんなゲームでも役立つというメリットがある。見ろ、この選手と相手、アイテムの取捨選択の速度が段違いだ。そして、ほら、このようにスタートに差が出る」


 このとき行われていたのはFPSだ。スタート直後、ランダムにポップしたアイテムの中から好きなものを選択して装備し、マップ中央にある戦場に駆けつけるというバトル形式を採っている。アイテムは一○○種類以上あり、そのうちポップするのはランダムに八種だ。最適な武器を選択した方が強いが、その作業に時間をかけすぎると敵に有利なポジションに陣取られ、戦型としては不利になってしまう。


「ゲーム甲子園は過去の実績がないから、どの学校がどれくらい強いのか、全く見当がつかない。ひどい話、ゲームに明け暮れているような生徒が多い学校、つまり学力ランクが低い学校の方が強い、ということすらあり得る。ゲーム経験の少ないお前達が勝ち抜くには、これから先、無駄がないトレーニングを積み重ね、その教養と知識で相手を出し抜くしかない。普通にプレイ時間を延ばしても、経験値の差で負けるのは目に見えている」


「なるほど、たしかにこのReiという選手、アイテムの取得がめちゃめちゃ早い……ほとんどアイテム名を確認せずに拾ってるように見える……」


 琢磨に続いたのは灯里だ。


「わたしなんて最初の三文字くらいしか読めんやった……」


「全てのアイテムを記憶すればその分読み取りは早くなる。が、ボードゲームやカードゲームになってくるとその種類は千を超えてくるものもある。それを覚える労力は計り知れない。以上から、競技ゲームの詳細が発表されるまでは、多様なゲームに触れつつも、主にマウスコントロールと速読、この二点を重点的に強化する。―そしてそのために必要なのが、これだ!」


 俺は美月のPCに表示された『高校妻と始める異世界新婚生活』のインストールボタンを押した。


「だからってなんでそれ!? 結局納得いかないんだけど!?」


「まぁ待て、俺がいつこのゲームを普通にプレイしろ、と言った? いくら俺でも、女子高校生を妻とするようなゲームを生徒達に無理強いするなんて、そんな悪意があるわけないじゃないか」


「あったじゃん! さっきまで満々に!」


 モニターはわずかに反射して薄っすらと鏡のようになっており、そこには美月の胸元が実にいい景色として映し出されていた。画面輝度を落とそうかどうか迷ったくらいだ。


「まぁまぁ美月さん、先生の説明は最後まで聞きましょう」


 そんな俺の視線に気がついたのか、悠珠は美月の第二ボタンをそっと留めてあげている。なんて温かい光景だろう。ただそれは悠珠の舌打ちが直前に聞こえなければ、の話なのだが。


「そうだ、だから俺は言ったろう?」


 画面には多種多様な美少女達が映し出されている。ほとんどの需要をクリアできる選択肢だと言ってもいい。


「お絵描きをしてもらう、ってな」


 PCから鳴り響いたのは、タイトルコールだった。


「高校妻と始める異世界新婚生活! おかえりなさい、あたしの先生♡」

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