④ ノベルゲームの正しくない楽しみ方



 その黄色い声は起動する度に教室にこだました。生徒全員のPCにインストールしたので合計四回聞こえたわけだが、それでテンションが上がるのは俺だけだったようだ。美月はかなりわかりやすくヒイている。

 だが俺はそんな空気に負けてやる気はない。正義は勝つのだ。


「さて、さっそくだが説明する。よく聞いてくれ」


『高校妻と始める異世界新婚生活』は、「デッサン」をフィーチャーした美少女攻略系ノベルゲームだ。

 あらすじは、美術の教師である主人公が、生徒にデッサンのモデルを依頼したことをきっかけに関係を深めていく、というもの。物語は会話劇が中心の「ノベルモード」と、ミニゲーム「デッサンモード」を切り替えながら進んでいく。画期的なのはそのデッサンモードだ。


 デッサンモードが開始されると攻略対象の女の子の美しい立ち絵が表示されるのだが、これには紙に見立てた半透明の白いフィルターがかかっていて、その透ける輪郭をなぞることで鉛筆風のラインが引かれ、最終的に一枚の絵が完成する、というシステムになっている。うまい絵を真似るときに透かしてなぞる、アレに近い。

 完成したものは自動判定によってクオリティ値「♡」が与えられ、一定の基準をクリアしていると相手も喜び次のステップに進める。反対に値が低いとブサイクに描かれたと勘違いして傷つき、関係はうまくいかなくなってしまう。

 順調に攻略していくと、最初は制服だった立ち絵が、夏服、体操服、水着……とその際どさを増していき、最終的には諸君らが想像するとおりになる。異世界新婚生活というのはいわばクリア後のおまけモードで、教師と生徒というしがらみのない向こう側で、未来永劫爆発し続けてくれる。

 またやりこみ要素として、難易度をハードに変更するとデッサンモードにタイムリミットが加わり、その長さは女の子の性格や状況によって異なるというこだわりっぷりだ。せっかちな子に水着を着せるとわずか三分でデッサンモードが終了してしまうという鬼畜難易度が掲示板を沸かせた。残念ながら俺でもクリアできなかった代物である。

 つまり効率的に彼女達を脱がす、ではなく攻略していくためには、いかにマウスで丁寧な線を素早く引けるかが重要なのだ。

 今回はタイムリミットのないノーマルでプレイだ。


「……つまり、正確なマウスコントロールを感覚で理解してもらうために、このデッサンモードを使っていこう、というわけだ。抵抗はあると思うが、まぁやればわかる。文句はやってから受け付けるから、櫻井、そのつもりで」


 美月はたいそう不満そうだ。だが自身のツッコミが円滑な部活動を阻害しているという認識はあるようで、渋々といった様子で唇を尖らせている。相変わらずグロスが塗られてプルプルしている。一方の俺はかっさかさだ。


「それじゃあマウスをクリックして開始してくれ」


 ポップな効果音と「今日はどんなわたしを描いてくれるの?♡」というSEが一斉に鳴り響いた。


「あ、かわいい」


「ああー、かわいいー!」


 画面には七人の女の子が描かれている。有名絵師複数名を起用したその立ち絵は女性から見てもかわいいらしく、この時点ではエロ要素を全く感じない。何を隠そう、このゲームは女性ユーザーレビューでも高評価を獲得しているのだ!


「その中から好みの女の子を選ぶんだ」


 この選ぶ作業がなかなか楽しい。キャラクターを選ぶとその女の子の簡単なステータスが確認できる。学年、身長、胸の大きさなどの外見に関わる要素はもちろんのこと、性格や代表的なセリフまでも示されており、ひと目でそのキャラクターを把握できるようになっている。

 選択したキャラクター以外とは進展しないようになっている点も親切で、好みじゃない女の子のルートに入ってしまい、攻略を余儀なくされる苦痛を味わうことがないのだ。

 さらにセーブファイルは複数保存可能で、新たに別の女の子を攻略することもできるし、攻略済みのデータならいつでもデッサンを楽しめる、というわけだ。


「わぁ……この子かわいい……あたしこれ!」


 美月が選んだのは妹系の女の子だ。ロリルックスでせっかちツンデレ生意気かつ実はドMという、色々と美味しい設定が盛りだくさんで、しかし最もけしからんキャラクターだ。ハードモードが鬼畜難易度になる点も見逃せない。


「うーん、難しいなぁ……無難そうなこの子かな」


 琢磨が選んだのはスポーツ部のマネージャー系女子だ。明るく積極的で器量も良いが、デッサンに失敗すると傷ついてしまい、関係の修復が難しい。これを無難そうと言ってしまうあたりに、琢磨のイケメンとしての素質を感じる。


「この子綺麗やなー……」


 と、灯里が吸い込まれるように選んだのはお姉さん系キャラだった。モデル体型のクールビューティーで生徒会長をこなすなど聡明だが、実はドSというダークな一面があり、進行すると「私を描きなさい」とネクタイを締め上げてくるなど、主従関係が完全に逆転してしまう。まさにドMに幸福をもたらすキャラだ。


「………」


 悠珠はノータイムかつ無言で癒し系巨乳キャラを選択した。なんとなくその展開は読めた。


「さて、ここからが重要だ」


 デッサンモードに入るまでは通常のプレイで概ね三○分。現代文教師の速読術を用いて一○分程度といった読み物だ。セリフは全てフルボイスだが早送りに対応しており、合間に差し込まれる選択肢は間違えても進行に影響はない。

 ただそのやり取りの中で、相手の「スキ」なものがキーワードとして登場する。それを問う問題に正解すると二回目以降のデッサンモードでの立ち絵が変化、そこにその「スキ」なものが現れているので、併せてデッサンすると更に高得点、という隠し要素がある。


「今回は二○分以内にデッサンモードに入ってもらう」


 しゅっ、という風切り音と共に真っすぐに手を伸ばしたのは悠珠だ。いつも以上に気合いが入っているように感じるのは俺だけだろうか。真顔なのも怖い。


「それは読み飛ばしていけばいい、ということでしょうか」


「あ、そっか、そうすれば二○分もいらないね」


 反応したのは琢磨だ。

 そんな単純な作業をこの俺がさせると思っているのか。馬鹿めっ!


「甘いな。デッサンモードに入った時点でその子の「スキ」なもの、所属している部活などを俺が質問する。中には会話文にしか含まれていないものもあるが、俺は攻略サイトを見ながら聞くからな。これに答えられない場合、本日このゲームを持ち帰って再度挑戦してもらうことになるから、覚悟しとけ」


「ええ! ちょっとそれ本気?」


 驚いたのは美月だ。しかし先程からの落ち着きのない様子を見ると、実際は早くプレイしたくてしょうがないのだろう。


「そんな、家族の前でプレイさせるなんて……先生、ひどい」


 灯里よ、頼むから自室でだまってこっそりプレイしてくれ。


「コホン。なので適当に読み飛ばすわけにはいかない。会話文の他にも女の子の表情もヒントになる。気を抜くな。自分の可能な限りの速さで読み、最速で選択肢をクリックしろ。そして表示された内容は全て頭の中に叩き込むんだ。いいか、これは速読の練習だ。わかったら返事!」


「はいっ!」


 弾けるように返事をした四人は素早くスピーカーの電源を切り、ヘッドホンを被った。これがゲーム部の戦闘体勢だ。

 しっかりと教育された高校生達は素直だった。一瞬で集中モードに切り替わっている。この順応性の高さが若さだなと思う。大人になると気持ちの切り替えには結構苦労するんだよな。

 感心して、実感する。ようやく部活らしくなってきたな、と。

 ……プレイするのはエロゲーだけど。


「深呼吸して……いくぞ、三、二、一、スタート!」


 再び教室にはマウスのクリック音だけがこだまするのだった。

 そして俺は衝撃的なデッサンを目にすることになるのである。

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