② ゲームティーチャーの思惑
マウスのクリック音とキーボードを叩く音が延々と鳴り響いている。
部屋の中央には長方形の長机が二つ組み合わされ島にされ、そこに四台のPCモニターが背中合わせに並んでいる。
そこへ座っている青春真っ盛りの高校生達だが、阿修羅も真っ青な顔つきでそのモニターを睨みつけ、一心不乱にマウスを振り回している。
私立田園調布白鷲高校のゲーム部の光景である。
先の音以外には、
「だっ! くやし!」
と、ときたま日本語かどうかも怪しい声が聞こえるだけだ。
彼女達が取り組んでいるのは、FPS『SoC』の個人デスマッチだ。持たせているのは最弱のハンドガンだけ。狭い市街地のマップで四人は延々とその引き金を引き続けている。
「っんもぉぉおおっ!」
アドレナリンが全開になった人間というのは、ときに言葉を忘れるらしい。
「はい終了―!」
ヘッドホン越しでも聞こえるよう大きく手を叩く。開始してちょうど一時間というところだった。
「あーっ! 疲れたーっ!」
「っぷはぁっ」
「っふー!」
「っつぁ」
合図を期にそれぞれがヘッドホンを脱ぎ捨てた。青春の汗が眩しい。小一時間殺し合いをしていたにもかかわらず爽やかとは、これも青春の特権だろうか。
「よーし、とりあえず水分補給だ。皆で自販機に行ってくるんだ。はい、これ」
そう言って悠珠に五〇〇円玉を渡す。いいの? という顔で上目遣いしてくる悠珠にウィンクで返した。ぱぁっと明るくなる笑顔に保護欲をかきたてられる。
ちなみに、それは部費だ。
「ありがとうございます。じゃあ、皆さん行きましょう」
部員が立ち去った後、戦績画面を表示させた。一番キルしているのが琢磨、続いて美月。一番デスしているのが悠珠で、二番手がこれまた美月だ。
それらのデータを素早くまとめ、各々のPCへ送信しておく。
「さて、今送った戦績を見てほしい」
部員が戻ってきた後、そのデータの説明に入る。
グラフにはキル数とその際の距離が棒グラフで示され、ページをめくると、今後はデス数とその際の距離が示してあった。その他には使用弾薬数、命中率、ヘッドショット率が書かれている。
ヘッドショットとは最も高いダメージを与えられる頭に弾を命中させることであり、的が小さい分難度が高い。ゲームを始めて三日ということもあり、今回は全員〇だ。
「凄い……。とても詳細に出ていますね」
感心しているのは悠珠だ。
「今は操作に慣れることが最優先だから、そんなに気にしなくてもいいが、まぁ、一時間のプレイでこれだけの情報が取れる、ということは覚えておいてほしい。これを見ると、井出は遠距離から狙っていて、櫻井は積極的に接近しているのがわかる。最も弾を消費しているのが櫻井だから……ある意味で一番積極的に参加しているのが櫻井とも言えるな」
この手のゲームでは性格というか、性向が色濃く出る。もちろんそれだけではないのだが。
「こんな感じで戦績は日々取っていく。ただ闇雲にやっても上手くならない。タイミングを見てこのデータを元に指摘していくから、そのつもりで」
「いやぁ、これ結構、性格が出るもんなんですね」
髪をかき上げながら言ったのは琢磨だ。ナチュラルにイケメンだ。ちくしょーめ。
「おお、よく気がついたな井出」
「灯里なんてコソコソと動いてましたからね。後ろから狙われているとも知らずに」
「……うっさい、いちいち構わんで」
赤面し唇を尖らせているのは灯里だ。その声は相変わらずエロい。俺には「もっとかまって」に聞こえるから不思議だ。
「……でもこれ、本当体力使うよね。あっつい……」
そう言ってブラウスを掴んでパタパタしているのは美月だ。相変わらず第二ボタンが開け放たれ、ぶっちゃけ谷間が見えてしまっている。教師の俺としてはそれを凝視するわけにはいかない。気づかないフリをしてやるのも、大人として大切なのさ。たとえその奥に、みずみずしくきめ細やかな何かがあるとしても、だ。
しかし、なぜだか無性にあんまんが食べたくなったのだが、皆、その理由を教えてくれ。
「そうですね。飲んでから気がついたのですが、喉が渇いていたんだなぁって感じました」
「僕もだよ。炭酸が喉にしみるよね。なんだか懐かしいよ」
それもそのはず。FPSは格闘ゲームと並んで「最も体力を使う」ゲームジャンルの一つだ。
オリンピックでの公式競技としての採用が発表される前から、これら競技性の高いゲームは大会などで「eスポーツ」と呼ばれていた。神経を研ぎ澄まして指先を扱うそれは、肉体を武器とするスポーツに匹敵するカロリー消費量とも言われているのだ。
「競技ゲームっていうのは、本当に体力が必要なんだ。長い試合になると数時間に及ぶこともあるから、その間集中力を保ち続けるには体力が重要だ。ま、そのうち体力作りも始めるけど、今は慣れが優先だな」
「体力作り? 太センセ、筋トレとかやるの?」
見るからに驚いているのは美月だ。
「おーやるぞ」
長時間に渡る試合中に集中力を切らさないためには、肉体的にも強くなければならない。一流のプレイヤーはゲームに向かって練習する以外にも、他のスポーツ選手らと同様に体作りのトレーニングに励んでいる。実際、台頭するプロゲーマーの多くは痩せている。
「うっそ、じゃあランニングとか?」
「必要に応じてだな」
「げー」
と舌を出したあと机に突っ伏したせいで、ブラウスが背中に密着して、透けている。
今日は黄色だぞ諸君。ちなみに俺は黒派だ。
「美月ちゃん、本当に暑がりなんだね」
「うえー、灯里センパイは暑くないんですか?」
「え? うーん、わたしは普通、かなぁ?」
隣の灯里はといえば、白のベストをしっかり着込んでいるから、対照的に寒がりなのかもしれない。ジャストサイズのそれが肉付きの少ないラインを強調していて、それがいい。
「ところで先生」
そう言って手を挙げているのは悠珠だ。だぼっとしたサイズのカーディガンから白くて小さな手が真っすぐに天井に伸びている。
「この後は何をやるんでしょうか」
真面目な悠珠らしい。さすが優等生だ、切り替えが早い。時間を無駄にしないという感性はとても重要だ。
一方で社会に出ると、この無駄とも思えるやり取りが円滑な意思疎通のために何よりも大事というときがある。全く社会は世知辛いのである。
「ああ、それだがな、実はもうやることは決まっている」
そう言って俺は引き出しからあるものを取り出した。
我ながら、この作戦はなかなか素晴らしい。寝る前にエロゲーをやりながら一○分も考えたんだから、自信満々だ。わざわざこうして自宅から持ち出した甲斐があるというものだ。
「今日はな、お絵描きをしてもらう」
そのパッケージの笑顔と俺の笑顔を見比べた生徒達は、絶句していた。
取り出したそれには『高校妻と始める異世界新婚生活』と書かれていた。
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