① FPSというジャンル


「鬼、ごっこ?」


「そうだ」


 美月が、何を言ってるんだ、という表情で首をかしげている。


「先生」


 悠珠はピーンと伸ばして手を挙げている。あまりにも速くて、しゅばっという効果音が聞こえてきそうなくらいだ。


「このゲームはFPSというジャンルだと、先生はおっしゃっておりました。それは、銃で撃ち倒すゲームとも」


「さすが神埼だ。それはそのとおりなのだが、これはそのための練習なんだよ」

 琢磨がなるほど、という顔をしている。悠珠は続く俺の説明をメモに取ろうと、ペンを取り出した。


「今、諸君らの武器はナイフにしてある。左クリックで攻撃できるが、これで相手を倒してもらう。密着しないと当てられず、移動速度は全員が同じだから、必然的に追いかけっこになる。死んでもすぐに生き返るぞ」


 俺は部屋に備え付けてあったホワイトボードに、要点を書きなぐっていく。


「最初に追いかける側は井出・神崎チーム、逃げるのは櫻井・岩切チームだ。三○分後、その役割を交代する。加点方法は、キル・デスで判断する。キルは相手を倒すこと、デスは逆に死亡することだ。攻めのときのキルが二点、デスがマイナス一点。逃げのときのキルがプラス一点、デスがマイナス二点だ。つまり反撃も戦術としてありだが、本来の役割どおり動いた方が点数は良い、ということだ。ここまでで質問は?」


 生徒達はお互いの顔を見合わせている。特に質問はない、といったところだろう。さすがに名門校だけあって、生徒の飲み込みは早い。

 そして、ここからが俺流だ。


「最終的に点数が多かった方を勝ちとして、負けた方は一週間、部室の掃除だ」


 思いがけない罰ゲームに、生徒達も動揺を隠せない。


「えええ! ちょ、ちょっと待ってよ! それいきなり重くない?」


「重くない、さて開始するぞ、よーい―」


「わーちょっと待って、センセ、ちょっわ」


「スタート!!!」


 号令と同時にキーボードを叩く音が教室に響き渡る。

 マップは程よく狭い市街地に設定してある。薄暗い雰囲気がなかなかいい。

 FPSをプレイしたことがある人なら想像できるだろうが、キャラクターの移動速度が同じである以上、熟練者同士でこれを行うと延々と勝負がつかない、という事態が発生する。

 しかし彼女達は今始めたばかり。操作もおぼつかない中、ナイフを持つキャラクターに接近されると……


「きゃあ、ちょっと、待ってタンマタンマ来ないキャー!!」


 と、なる。描写がリアルなだけにその迫力は相当なものだ。

 ちなみに今のは琢磨が美月をやったところだ。美月のキャラクターは首と胴体が分かれてしまっている。普段は自分の姿が映らないのに、やられたときはクローズアップされるという仕様だ。その姿に美月は唖然としていた。

 琢磨は早くも操作のコツを掴んだようで、次は灯里を追っている。しかし灯里も筋は悪くないようで、多少なりともゲームをやっていたというのが窺えるプレイをしていた。

 一方、悠珠は明後日の方向を見ながらその場でぐるぐる回ってしまっている。


「な、なんか気持ち悪くなってきました……」


 3D酔い。FPS初心者あるあるの症状である。


「神崎、そういうときはこうやって……画面を水平にするんだ」


 その手の上からマウスを動かし、水平に戻してやる。

 手があったかぁ~い。


「あ、普通の画面になりましたね」


「さっきまでは天井を見ちゃってたんだな。基本、マウスは真横に動かすといいぞ」


 そうこうしている間にキルの音がする。


「あ! たっくんひどい! 待ち伏せしよったやろ!」


 たっくん!?

 と美月と悠珠が振り向いた。俺はもう驚かない。

 視線に気づき、灯里はその理由に思い至ると赤面しながら座った。最後の咳払いがわざとらしい。


「だって追いつけないからさー。ここに回り込んでおけば灯里は来るだろうと思って」


「つ、次は絶対倒してやる……」


「いいけど、まだ逃げる番だよ?」


「き、来たら殺す!」


 やはりこの灯里という少女、地味な見た目に反して良いキャラをしている。来たら殺す、がなぜかエロいのもポイントだ。いくらでも殺されていい気がしてくる。


「なんか、いいね、悠珠」


 二人のやり取りを見て微笑ましかったのか、美月が笑顔で話しかけている。


「……そうですね。私も早く、あんな風に楽しめるようにうまくなりたいです」


「あたしも……ほんと、頑張ろうね」


「スキありです」


 ぶしゅっ。


「ああああああああ!! 悠珠あんたーぁぁ!!」


「甘いですね。ほら、いいんですか、このままでは掃除当番ですよ」


 この追いかけっこは、FPS独特の操作を短期間に習得するために俺が考案した練習法だ。自分で言うのもなんだが、かなりキツイ。その分、効果はてきめんだ。

 最初は楽しげな雰囲気だったが、攻守を交代させたあたりから徐々に口数が減っていき、終わる頃には皆の顔つきが修羅のようになっていた。特に美月の顔は酷かった。

 しかし意外なことに、勝ったのは美月・灯里チームだ。


「一応言っておくが、勝ったチームは負けたチームの手伝いをしちゃだめだぞ。厳しいと思うかもしれないが、競技の一環だからな。負けた方はしっかりとやること。いいか?」


 生徒達は素直に納得してくれた。勝つのが申し訳ない、などと言いだしたらそれこそ骨だ。勝負の世界に同情は禁物だ。

 本格的な部活動の初日だったこと、部員の3D酔いが酷かったことなどから、早めに切り上げることにした。美月と灯里には帰ってもらい、琢磨と悠珠には「どうしたら快適な部室になるか考えて掃除してみて」と伝えておいた。

 ともあれ、こうして白鷲高校ゲーム部の初日の活動は終了した。



 美月はその震える肩を抱きながら家路に就き、駆け込むようにしてシャワーを浴びた。排水口に吸い込まれていく自身を伝った水が、ひどく汚れたもののように感じた。全身を洗い流しても、震えはすぐには止まらなかった。


「センセ……助けてよ……」


 その声は泡と一緒に排水口へ飲み込まれていった。

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