⑨ 才能のつぼみ


 若いって素晴らしい。

 美月はものの数分でその複雑な操作をものにしてみせた。

 画面内に登場するデーモン達は美月の射撃により次々と撃ち倒されていく。まだ序盤とはいえ、このゲームを初めてやる子がここまで円滑なプレイができるとは予想していなかった。若い子は吸収が早いとはよく言ったもので、俺がこのゲームをやり始めた当初は、難易度が一番低くても先に進めない程だったのに。

 目の前にはぶかぶかのポロシャツだけを被ったピチピチの女子高生がいる。美人と言って差し支えないかわいらしい容姿に、生意気な目元。そいつが画面に向かってガンコントローラーを振り回し、デーモン達に弾丸をばらまく姿はちょっと異様な光景だ。だがこれはこれでいい。


「だいぶ慣れてきたよセンセ」


 美月は手を緩めることなく口だけ動かして言う。

 今のところ最弱のデーモンがそこそこ距離を保ったところにわらわら湧く、という程度なので、美月のプレイや行動に乱れはなかった。ゴア表現や気持ちの悪い生物自体にはトラウマ反応は発生しない様子だった。どちらかといえば今の時点では楽しそうだ。


「いいじゃないか。俺が始めたときより遥かにうまいぞ」


「ほんと? やった、あたし才能あるんだ。ふふん」


「油断するなよ、次から一気に難しくなるから」


 研究所のポッドから蘇った主人公は、異常を察知したデーモン達の急襲を受ける。しかし彼らデーモンは研究員を兼ねているのでその戦闘力は低く、まさに烏合の衆といったところ。施設研究員だけでは騒ぎを沈静化できないと知るや、連中もいよいよ本格的な戦闘部隊を送り込んでくるのだ。

 このタイミングで初期装備の拳銃に代わって散弾銃が手に入る。その入手方法もドアゲートに倒れ込んだ死体からはぎ取るというグロな演出付きなのがまたポイントだ。


「お、なんか拾ったよ」


「散弾銃だな。これで接近戦もできるな」


「やったー! んじゃラクショーだね」


 ただこのゲームの散弾銃は弾の拡散が他のゲームと比べて広く作られており、より接近しないと威力を発揮できないように調整されている。五メートルも離れると一撃で殺せない可能性が出てくるので、現実的に武器としてどうなんだとは思うのだが、閉所戦闘が多い本作にとってこのバランス調整は成功しているといえる。これによって他の武器との使い分けがかなり楽しいのだ。

 ちなみに美月は散弾銃が好きなようで、突進する性向と合わせて勝率が上がる傾向があった。『SoC』での射撃訓練の際も、散弾銃のときはより楽しそうだった。


「え、なに」


 サイレンが鳴り響く。画面は赤いライトエフェクトで満たされている。先に説明したとおり、本格的な戦闘部隊が送り込まれる前兆だ。

 直後、目の前のハッチが吹き飛んでくる。奥から登場したのはマッチョなデーモン。ボディービルダーのような外見だが、そのサイズは人間の二倍程もあり、加えてかなりのダッシュ力を持っている。ゾンビライクな見た目だった研究員デーモンに比べて明らかに人に近いデザインを意識しているそれは、ひと目で「強敵」だとわかるようになっている。


「なんか来た!」


 開口一番散弾銃をお見舞いするが、ヤツは怯まない。そのまま肩を突き出しながら猛スピードでタックルしてくる。


「うわっ、きゃっ」


 画面いっぱいにデーモンが表示され、突き飛ばされる瞬間。


 ―美月の動きが一瞬止まった。


「殴られてるぞ櫻井!」


「え、うん、ちょっと待って避ける!」


 二発程殴られ、美月の操るプレイヤーのHPバーが赤く光っている。次に殴られれば死んでしまう。離れ際に散弾銃を二発程お見舞いしていくが、二発目にしてわずかにのけぞった程度で、再びエルボーでタックルを仕掛けてくる。

 このタックルは真横に避けないと回避が成立しない。回避に成功するとヤツは勢いを殺せずに通り過ぎるので、真横に避けつつその脇腹に散弾銃を撃ち込む、という動作が必要になってくる。猛スピードで突進してくるヤツを視界に収めながら反撃を行うには、それなりの勇気と、冷静な精神状態が求められる。

 しかし美月にそれはできなかった。

 画面いっぱいに表示されたヤツの巨体が振りかぶられる。そのまま横に移動していればギリギリ回避は可能だ。しかし美月は首をすくめて固まってしまい、そのままヤツに殴られる。

 画面にはゲームオーバーの文字と、リトライボタンが表示されていた。


「惜しいな櫻井、あと数発だったぞ」


 美月の額には汗が滲んでいた。エアコンがガンガンに効いてむしろ寒いくらいの室内、にもかかわらず。


「よし、もう一回やってみよう」


「え、うん」


 本ゲームの美点であるオートセーブ機能によって、ヤツが登場する直前に戻る。再戦はすぐに行える。

 しかし結果は変わらなかった。

 既に再戦四回目。敵の行動パターンもわかって立ち回りは向上しているが、やはりあのタックルを綺麗に回避できない。距離が開いてしまって散弾銃は威力を発揮できず、致命傷を与えられないまま一番長いときで二分程度追いかけっこをしているような状態だった。生き残る時間が延びても致命傷を与えられないのでヤツを倒せず、そのうちヤツのタックルを食らって敗れていた。

 その頃には美月の汗は隠しきれないものとなっていた。明らかに肩で息をしており、吹き出した汗が滴り、胸の谷間に吸い込まれていく。手渡したタオルで額を拭ってはいるが、その汗が引く様子はない。今や楽しそうなんてことは全くなく、辛そうだったのだ。


「櫻井、大丈夫か?」


「うん、大丈夫、……うん」


 俺は冷蔵庫からスポーツ飲料をコップに注いで手渡す。ありがとうと言って受け取る美月はそれを一気飲みした。ふぅー、と呼吸を整え、その手を使って扇いでいるものの、焼け石に水。


「いいか櫻井。よく聞け」


「うん」


「あいつは人間じゃない。モンスターだ。ゲーム内でしか襲ってこないし、お前の方が強い。あいつの脇腹に五発決めてやればあいつは倒せるぞ」


「五発……」


「そう。櫻井はヤツを倒せる武器を持ってる。ちゃんと当てれば倒せる」


「うん……」


 そしてここで俺は眉唾ものの情報を伝える。


「それに、あいつは女らしいぞ」


「えっ?」


 美月が驚き振り向く。先程までの消沈した雰囲気が一瞬で明るくなる。

 今から話す内容は男性教師から女子高生に話すにはかなりアレな話題なのだが、この際しようがない。


「よく見ろ、あいつの股間にはキン○マがついてない」


 その瞬間、美月の顔が赤らんだ。

 これは発売当初ネットを賑わせた検証スレで話題になった話だ。研究員タイプのデーモンは衣服を着用しており、その股間部分に確かな質量感があるのだが、対してこのマッチョタイプのデーモンは明らかに素っ裸であり、股間の部分がやたらとスッキリしているのだ。強固に隆起した胸筋は貧乳に見えなくもないし、登場した際の声に若干ツヤがあることもその根拠らしい。

 プレイヤーはマッチョな女性ビルダーにタックルで組み伏せられるんだ!

 というなんともくだらない話題なのだが。


「センセ……いきなり何言うの……もう……」


 美月はガンコントローラーでその口元を隠している。相当に恥ずかしいことだったらしい。恥ずかしさで言えば今のその格好や抱きついたときの方が余程だと思うのだが、やっぱり女子高生の恥じらいが僕にはわかりません。


「いやいや大事なところだよ。あっちは素っ裸の女で、こっちは散弾銃で武装したガッチガチのバーサーカーだぜ? 負けるわけなくね?」


 俺は自身の恥ずかしさを封印しつつ、おどけてそう言った。間違ってもこれはセクハラじゃないんだからなっ。


「もう。……センセの、ばか」


 ガンコントローラーで優しく俺を小突く。美月は笑顔になっていた。


「んじゃもう一回やってみっか」


「わかった」


「股間よく見とけよ」


「……ばか」


 モニターに向かう美月の表情に先程までの苦しさはなかった。

 そして彼女のプレイはここから変わるのだ。

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