⑧ 仮想デートはVRの中で


「じゃーん!」


 俺は無駄に効果音を発してしまったことに若干赤面しながら、そいつを美月の眼前に突き出した。


「えっと……なにこれ?」


「ふふふ。聞いて驚け。これはVRゴーグルだ!」


 黒光りするそいつを自慢げに見せびらかす。未来的なデザインにワクワクしないわけがないぜ!


「ゔいあーる? え? うん、すごーい?」


 部屋には子供みたいにテンションの高い大人と、大人の対応をする女子高生がいた。

 HMD。これは仮想現実への一歩を具現化した画期的な装置だ。見た目はサイバーなイメージのゴーグルにヘッドセットが付いたようなデザインをしているが、最新の技術が満載なのだ。

 ゴーグルの内側には二枚の有機ELパネルが搭載されていて、3D映画のように奥行き感ある映像を映し出すことができる。搭載されたジャイロセンサーが装着者の向きを認識し、その動きにリンクした映像によって「まるでその世界の中にいるような錯覚」を得ることができるのだ。

 この技術は様々な分野に応用できる。例えば世界遺産に直接行かなくてもその中を探索したような気分が味わえるし、ゲームのような超現実の世界に行くこともできる。何を隠そう、俺はこの技術を活用したエロゲーが出るのを待ちわびているのだ!


「でもセンセ。それを使ってどうするの?」


 美月をPCデスクに座らせた俺は、まぁまぁと言いながらそのHMDを被せた。

 ちなみにこの角度からだと胸の谷間が色々アレだ。本当、アレだ。


「真っ暗」


「まぁ待て、今からコンテンツを映すから。ちょっとこれ持って」


 右手に専用ガンコントローラーを握らせ、ゲームを起動する。手先が見えていない美月はコントローラーを握るときに間違えて俺の手をにぎっとする。そして俺は少しドキっとする。


「なにこれ、銃?」


「おお察しが良いな。今映像が映るからな」


「あ、なんか出た」


 別で出力しているPCモニターにもそのタイトルが映し出された。

 タイトル名は『Illusion5VR』。


「なんかヘビメタみたいなBGMが聞こえる……」


 俺はヘッドセットを頭に装着して美月に話しかける。このマイクを通した音声は美月の装着しているヘッドセットに送信され、クリアな音声で聞き取れるというわけだ。


「今回やってもらうのはFPSの超名作、『Illusion5』だ。今回はVR仕様だから臨場感が違うぞ。さっそくやってみてくれ」


「え、でもどうやって。あ、画面が映った……あー、へー、こうやって銃を前に出せば狙いが取れるんだ」


『Illusion5VR』では左手のリモコンで移動、右手のガンコントローラで射撃と照準を操作する。HMD装着者が向いた方向へ画面が動き、銃を向けた方向に照準が表示される仕様となっている。例えばまっすぐ走りながら上半身だけを横にひねって銃を撃つ、なんてアクション映画っぽい動きがそのまま再現可能になっているのだ。


「櫻井、予め言っておくが、このゲームは人によって好き嫌いが分かれる。きつい、と思ったらすぐに言うんだぞ」


「うん、わかった。でもやばい、面白そう!」


 そうこうしている間に、ステージ1が開始された。プレイヤーは死の淵から蘇った狂戦士だ。棺桶のようなポッドを開けて出るとそこは研究施設だった、というシーンからのスタートなのだが……。


「げ、なにあれ。こっち来るの? え? ちょ! きゃ―!!!」


 開幕早々、気色の悪いデーモンに襲撃を受けるのだ。


「撃て!」


 その声に反応して美月は素早くガンコントローラーを構え、トリガーを引く。画面いっぱいに映し出されたデーモンの顔面が爆散していく。


「きっしょ!」


 このゲームの最大の売りはそのリアルなグロテスク表現、通称ゴア表現と呼ばれるものだ。プレイヤーはこの憎きデーモン達に正義の鉄槌を食らわせ、文字どおり肉片になるまでボッコボコにしてやるのである。その爽快感に魅せられるプレイヤーが世界中にいる。


「いいか、このゲームには不意打ちが多い。ついでにエネミーはかなりきしょい。突然襲われることもある。このゲームをプレイすることで、苦手な部分を切り分けしていく。俺は櫻井をよく見てるから、頑張ってプレイしてみてくれ」


 怖いという感情にはいくつかの種類がある。そしてそれは驚きという感情によってブーストされたりもする。今回のゲームプレイには、美月が具体的にどんなシーンでトラウマ反応を起こすのかチェックする狙いがあるのだ。


「あたしのこと見てるの?」


「おお見てるぞ。頑張れよ? 油断するとまじすぐ死ぬからな」


「わかった。じゃあ頑張る。……ちゃんと見ててね。あたしを」


「おう? 見てるぞ?」


 ゲームのカウントダウンがスタートする。プレイヤーのいた研究所隔離場所のドアが開き、その先には大量のデーモンが待っていた。


「じゃあスタート!」


「はい!」


 そして美月はデーモンに突っ込んでいった。

 思い返せばこの日であった。

 彼女のある才能がその産声を上げたのは。

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