⑩ 才能開花


 画面には再び赤いライトエフェクトと、その奥から登場するマッチョなデーモンが映し出されている。


「ほら櫻井よく見ろ!」


「もううるさいよ! 恥ずかしいなぁ……あ、本当だ」


「ねね、ほら、ついてなくね?」


「わかったよもう!」


 美月は顔を真っ赤にしながら画面にガンコントローラーを向けた。美月は姿勢をより正して胸を張り、先程より軽快な操作でマッチョデーモンのタックルを躱していく。姿勢を正したことで腹筋が使えるようになり、操作性が向上したのだ。


「お、今の回避いいな」


「ありがと!」


 美月は回避行動を練習するように、回避に専念してタックルを躱し続けている。その間、一度もトリガーが引かれていない。


「ねぇセンセ」


「どうした」


「やっぱりその……ついてないね」


 そういって舌を出す。回避に専念していたことでマッチョデーモンのタックルを目で追えるようになったのだろう。回避の際にしっかりとその部分を視界に収めていたあたり、やっぱり美月は素直な子だった。


「だろー? やっぱりあいつ女なんだよ」


「あんなマッチョな女の人いる?」


「毎日千回くらい腹筋すればそうなるんじゃね」


「適当すぎ」


 そんなくだらないことで笑いながら回避を数回。彼女の方にもかなり余裕が出てきて、最初は回避と同時に体も揺れてしまっていたが、今ではそのロスも少ない。気がつけば汗も引いてきている。


「櫻井、そろそろあいつを楽にして差し上げろ」


「……リョーカイ!」


 美月はそう言うと前方にダッシュしていった。タックルで突っ込まれるのをただ回避していた今までとは打って変わって、自分から距離を詰めていったのだ。ヤツはタックルでそれに合わせてきたが、美月は右に流れるようにそれを躱すと、その脇腹に散弾銃をお見舞いした。

 眼前で炸裂した散弾銃は眩しい程のヒットエフェクトと、ヤツの肉片が混ざった血しぶきを撒き散らす。さすがにクリーンヒットは応えたのか、いつもよりのけぞりモーションが長い。

 ここで予想だにしないことが起こる。

 本来、のけぞりモーション中は、プレイヤーの体勢立て直し時間に使う。のけぞりと言ってもその時間は短く、不用意に接近すれば再びタックルを浴びてしまうからだ。体勢を整え、次のタックルに備える。多くのプレイヤーの選択がそうであるし、攻略のセオリーだった。

 だが、美月は違った。

 コンマ何秒も迷うことなく、距離を詰めたのだ。


「なに!?」


 眼前にマッチョデーモンの脇腹がある。しかしヤツも体勢を立て直しており、振り向きざまにより強烈なエルボーを突き出してくる!


「あぶない!」


 しかしヤツのエルボーは外れた。


 ―美月はそれをしゃがんで躱したのだ。


 画面はヤツの股間を中央に捉えている。美月はそこに向かってトリガーを引いた。

 ガオォン!

 先程よりも激しいヒットエフェクトが画面を覆い尽くす。マッチョデーモンはそのまま派手に後方に吹き飛んでいく。

 俺はその吹き飛びモーションに再び驚いた。それは後半のステージで拾えるロケットランチャーを命中させないと拝めないものだと思っていたからだ。

 しかし美月はなおも接敵をやめない。

 吹っ飛んでいったデーモンへそのままノータイムでダッシュを仕掛け、ジャンプした。仰向けになったヤツがどんどん近づいてくる。そしてヤツが起き上がろうとしたその脳天に、空中から散弾銃をお見舞いした。ほぼゼロ距離で脳天に叩き込まれた散弾銃のクリーンヒットによって、マッチョデーモンの脳天は文字どおり爆発四散した。


「っしゃー!!」


 ガンコントローラーを担ぎ上げながらガッツポーズする美月がそこにはいた。とびっきりの笑顔の少女だ。


「やったよセンセ!」


 画面にはステージクリアの文字が浮かび上がり、ステージ2のローディングバーが表示されていた。


「やっぱり女だったね、センセ」


 純真無垢なその笑顔が俺に向けられる。

 俺は正直、唖然としていた。

 こんな動き、見たことがない。こんな攻略方法、見たことがない。

 ヤツは序盤のボス的存在だ。並のプロプレイヤーでさえHPの消耗を懸念して距離を取り、ヤツのタックルに冷静に対処するに留まっていた。

 しかし美月は自ら飛び込んでいった。ヤツの近接攻撃をしゃがんで躱してそのまま反撃を行う。なんという大胆さだ。


 ―しかしこれはチャンスだ。


 彼女の急変を好機と捉え、次なるアドバイスを行うことにした。


「美月。俺は今日、お前に伝えたいと思っていたことがあったんだが、今伝えるのが一番いい気がする。聞いてくれるか」


「うん、なになに?」


「お前は今、相手を女として、こちらが男だから勝てた、と思っているかもしれないが、本当はそうではないんだ」


「?」


 美月は首をかしげている。


「数ある競技の中で、女が男と同じ土俵で実力を競い合い、そして勝てる競技。それがゲームなんだ」


 現存するスポーツは、厳格に男子と女子が区別されている。体を使う競技では身体能力の差が優劣に決定的な差を生み、結果的に女性は男性に対して不利になってしまうため、ルールでの区別化が行われているのだ。

 しかしゲームは違う。操作デバイスの多様さによって身体的優劣の差をほぼ取り払うことができる。そのルールの先には男も女も関係ない。この環境では、女性が男性を遠慮なく実力で打ち倒すことが可能なのだ。


「相手がモンスターであれプレイヤーであれ、それが男だろうが女だろうが関係ない。現実のお前が女であったとしても、美月、お前が実力を磨けば容赦なく相手をボコボコにできる。女のお前が、男の相手を、誰にも咎められずにボコボコのメッタメタにしてやって許されるんだ。しかもそれが現実的に可能なんだ。女だから、男に勝てないなんて、そんなことは絶対にない」


 画面にはステージ2が表示されている。脱出用ハッチを開放したその先に、大量のデーモン達が待ち受けている。このハッチを飛び降りれば壮絶な殺し合いが待っているのが目に見えていた。


「画面の向こう側のプレイヤーはお前を苦しめる男なのかもしれない。エロい目で見たりいじめてきたりするような男なのかもしれない。だがな、ここではそんなこと関係ない。お前の方が強ければそいつは倒されていくだけだ。お前に嫌な思いをさせてくる奴らはみな、お前に撃ち倒されていくんだ。何もできずにな」


 美月は手元のガンコントローラーをHMD越しに見ている。


「悔しくないか。そんな連中にびびらされて。そいつらをぎゃふんと言わせたくないか。簡単だぞ。そいつらより早く動いて脳天に弾丸をお見舞いしてやればいいだけだ。画面を見ろ。そんなクソヤローどもがわんさかいるぞ。お前は何を持ってる?」


「散弾銃……」


「そうだ。この世界では実力が全てだ。男も女も関係ない。奴らに教えてやれ。本当の恐怖というヤツを。手も足も出ないというその恐怖を、その体に直接刻み込んでやれ」


 俺は焚きつけるように言った。

 彼女の恐怖を原動力に変換し、発散させる。

 女でも男に勝てるという経験を疑似体験させ、自信をつけさせる。

 男から向けられた負の感情を撥ね除けられるだけの強さを、彼女の内側から引き出したい。

 それは洗脳に近いのかもしれない。

 だが俺は知ってほしかったのだ。

 男なぞ大したことはないと。

 そんなことで自分の人生に影を落とすことが、どれほどにもったいないことかを。


「ほら。獲物はいっぱいいるぞ」


 その言葉に、美月は返事をしなかった。

 しかし吸い込まれるようにそのデーモンの群れに向かって走り出していった。


「ふふ。ふふふふ」


 彼女は迷いなく真っすぐに突っ込んでいった。みるみる距離を詰め、飛び上がると、先頭にいるそいつの脳天に、散弾銃をお見舞いした。


「ふふ。あはははは!」


 美月の中で何かが弾けた。

 彼女の中のそれが産声を上げたのだ。

 FPSのバーサーカーと呼ばれるに至った、その才能が。

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