⑪ FPSのバーサーカー
画面内には無残にも肉片になったデーモン達の死体が散乱していた。赤く光る月がそれを演出している。
ステージ2クリア。その文字が画面に大きく映し出されていた。
「美月、お前……」
この死体の山は美月が築きあげたものだ。吹っ切った、いや、覚醒した彼女が、正気を疑うプレイで成したのだ。俺が震えるほどのプレイを、目の前の少女が。
―まさに、FPSのバーサーカー。
彼女の才能が開花するその瞬間に、俺は立ち会ったのだ。
そしてそれは、彼女の過去の克服の旅路でもあった。
「美月」
俺がその肩に触れると、HMDを脱ぎ捨て、胸に飛び込んできた。彼女が椅子から落ちないように受け止め抱きしめる。
「ふえええん」
彼女は震えながら泣いた。
床に落ちたHMDがカランと鳴った。
それは彼女の中で崩れていく何かのようだった。
あたりはすっかり夕暮れだった。早いところでは夕飯の時間だろう。彼女の家と俺の家が近いことが救いだ。あんまり遅くまで預かっていると、なんて言われるかわからない。
まぁ、化粧が落ちてる時点で、言いわけ側としては極めて不利なんだけれど。
「じゃあ、行くね」
彼女の目元には泣いた痕があった。それでも今の彼女の笑顔は眩しい。すっきりしたその表情が夏の湿気を吹き飛ばしてくれる。
「おう。気をつけてな」
「うん。ねぇ太センセ」
南風が彼女の洗いざらしの髪を揺らしていく。それを押さえる彼女は、なんだか子供じゃないみたいだ。
「これからも、名前で呼んでね。美月って。そうじゃないといじけるから」
「あ」
彼女は走り出した。遠くで手を振る彼女が交差点の角へ消えてゆく。
俺はいつの間にか彼女を名前で呼んでいたことに気がついた。むず痒くなって思わず頭を掻いた。
翌日。もうじき夏休みだということで、浮ついている生徒が多い中、いつもどおりの面々が部室にいた。
美月のプレイは変わった。殆ど驚かなくなり、その積極性に磨きがかかった。隠れている相手に臆せず突っ込み、その近距離戦闘において無類の強さを発揮していた。彼女のその突然の変貌に、部活の皆は驚いていた。
美月は今日、二限目に登校した。生徒はもちろんのこと、教師陣もずいぶん驚いた様子だったと、本人が自慢げに言う。
それからしばらくして。
「美月!」
昼休みの中庭で彼女を見つけて呼び止める。遠方で手を振る彼女の横には友達がいた。俺はそれに手を振り返して、その場をあとにした。用事なら部活のときでいい。今は、ようやく手に入った彼女の日常を大切にしてやりたかった。
あの日、俺の家で起きたことは二人だけの秘密だ。
見上げれば、入道雲がもくもくと積もっていた。
―夏が来る。
※以降は書籍をお買い上げのうえ、お楽しみくださいませ。
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