第一章 ゲームティーチャー斉藤太《さいとうふとし》 爆誕の小話
① 俺がゲーム部の顧問になったわけ
夕刻。突然校長室に呼び出された俺、現代文教師「
入室してから、既に数分が過ぎた。呼び出した張本人の校長はソファチェアごと背中を向けて無言を貫いており、何やら只ならぬ雰囲気である。
―ああ、俺、何かやったかな。
日頃の行いを振り返るが、思い当たることが多すぎて、逆に見当がつかない。
―やっぱり二日酔いで学校に来るのは、教師としてまずかったよなぁ。遠慮なくゲップとかかましてたし。
「斉藤君」
校長は彼方に話しかけてから、ゆっくりと振り向き、その立派なデスクに両肘で頬杖をついた。差し込む夕日が校長の顔に絶妙な陰影をつけている。メガネなんてほとんどサングラス状態だ。
「君をここに呼んだのは他でもない」
まるでどこかのアニメのボスのような語り口調だ。よく見れば、顔も声もそっくりじゃないか。それにしても、偉い人の登場というのは、どうしてこうも濃厚なのだろうか。もっと普通に登場してほしい。あまりの口当たりにゲップが出そうだ。
「昨今のゲーム事情について、君はどう思う?」
このまた抽象的な切り出し方が、「いかにも」な感じだ。答えようにも、的が広すぎる。きっと娘にも「最近どうだ」とか聞いてしまうタイプなのだろう。
「と、おっしゃいますと……」
ほとんど反射的に頭を掻き、笑顔を作った。社会人必殺の「すっとぼけ」作戦である。こんなときは下手に答えないのが正解だ。
「ふむ」
校長は陰影のしっかり利いたメガネを人差し指で直し、重苦しい眼光を向けてくる。
「先の国会の発表、すなわち競技ゲーム甲子園の開催決定に伴い、全国的にゲーム講師の採用が進んでいるが、その点で言えば我が校、
「はぁ……」
「ついては早急にゲーム部を正式な部活動として立ち上げ、その強化に取り組まなければならないわけだが、うむ……」
―ゲーム部。
昨年より全国的に創部が相次いでいる、今一番ホットな部活だ。
先日の国会で発表された「国力増強プログラム」の中には、未来を担う人材の育成という項目があった。中でも話題になったのが、世界に通用するeスポーツ人材の輩出だ。
eスポーツとはコンピューターゲームで行う競技のことで、多額の賞金を巡ってプロゲーマー達が鎬を削っており、そのアツい闘いに世界中の観客が熱狂しているのだ。
そんなeスポーツがオリンピック公式競技に採用されたのを受けてのことだろう。驚きをもって迎えられたのはその予算の巨大さで、優秀な選手を輩出した教育機関には多額の奨励金が約束されており、また積極的に取り組む高等学校への援助も含まれていた。件の競技ゲーム甲子園がそんな高校の生徒達の活躍の舞台として創られたことは明白だった。
これを受けて、日本全国の高校という高校がゲーム部を立ち上げ、ゲーマーを顧問として雇い入れたり、ゲーム推薦入学が登場したりと、空前のゲームブームとなっているのだ。
―なんで俺が高校生のときになかったんだよ。あれば絶対に入ったのに。ゲームをやって人から褒められるとか、まるで天国じゃないか。
「しかしだな。私はどうも納得がいかん」
校長は眼光の鋭さを二割増しにした。
「世間を見てどうだ。流れに乗じて採用されるゲーム講師とやらは、学歴はおろか経歴もない。そればかりか、人の陰に隠れて生きてきたような、社会的弱者ばかりではないか。人が勤しむべきときに為すべきを為さず、ゲームに逃げてきたような人間が、まるで水を得た魚のように世間を席巻している様を見ると、吐き気がする。だいたいなんなんだ、あの身なりは」
身も蓋もないことを言うな、この人は。
まぁでも、校長ほど真面目な人なら、そう思うものなのだろう。
何を隠そう、大のゲーム好きのこの俺は、そんな世間の目が嫌で、先生になったのだから。
死に物狂いで勉強して手にした「名門高校の国語教師」の肩書きを隠れ蓑に、毎晩ビール片手にエロゲーに悶絶する「クソロリコン野郎」を自認するこの俺様だ。そのレフトフィンガーの扱いで、そこいらの奴に負ける気がしない。
「あはは、たしかにそうですよねー」
しかし、笑って返すしかない。
今でこそゲーマーは、日本の未来を担う者として脚光を浴びてはいるが、校長の世代の目には、そんな現状の方が異常に映るだろう。社会の目の厳しさはよくわかる。かくいう俺も、それに屈して社会人としての体裁を大切にして生きてきた、ある意味で弱者だ。
好きなものは好きで何が悪いんだ。それを掲げて生きていけるなんて、かっこいいじゃねぇか、チクショーめ。
―なんてことは、さすがに言えない。
「斉藤君。私はこれでも、校長という職務に責任感を持って当たっている。どこの馬の骨かわからん若造に、本校の純真な生徒達の行く末を任せる気になど、到底なれない。……そこでだ」
校長はそう言って背もたれに寄り掛かると、大げさに足を組んだ。
「聞けば、君は学生時代、ゲームの大会に出場していたそうじゃないか」
どこで調べたんだ、そんなもの。当然、履歴書にそんなことは書いていない。
「本校はその伝統ゆえ、人材の採用についても慎重でな。教養を重視するあまり、ゲームという文化に慣れ親しんだ教職員が他にいないのだよ。もちろん、そういった職員を新たに雇用するつもりもない。君なら、本校の教職員としての品性をもって職務に就ける、まさにうってつけの人材ではないかと思うのだよ。どうかね?」
そのメガネが一瞬光った、ような気がした。
「いやあ、そんな重大な役目、俺、じゃなくて、私のそれは趣味のようなものですしー、ははは」
部活動の顧問だと!?
冗談じゃない! 貴重なゲームライフが削られてしまうではないか。ゲームは一人でやりたいタイプなんだ、俺は。
―本校の未来など、知ったことか。
「やはり私には荷が重―」
俺がそう切り出したタイミングだった。
「ん、よく聞こえなかったが、どうなんだね」
低音が利いたその問いかけが、俺の辞退のセリフをかき消していく。
そうか。これが「社会人あるある」の圧迫面接というヤツか。俺には拒否権など端から用意されていなかったのだ。
―だが。だがしかし、だ。
俺はそんな社会に屈したりはしない。ここは男を見せるのだ!
「あ、いえ、はい、光栄です。是非、やらせてください!」
ああ、言ってしまった。
「素晴らしい。さすがは私が見込んだ男だ。君のような教師が本校にいることを、誇りに思うよ」
一度口にしたことは取り消せない。
PCのようにCtrl+Zでいつでも直前に戻れる、なんてことはないのだ。
白鷲高校現代文教師、斉藤太、二五歳、独身。
名だたる名家の坊っちゃん・お嬢様達を飢えた野獣のようなゲーマーに調教する、鬼畜教師が誕生した瞬間だった。
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