① もちろんそれはJKと一緒に!
ときは数日前に遡る。部活動での一幕である。
「だー! もうやだ! 飽きたー!」
突然叫んだかと思えば、椅子が傾くまでもたれ掛かっているのは美月だ。ストレスが溜まっているのか、器用にもその体勢のまま頭を掻きむしっている。
「どうした櫻井。もう音を上げたのか?」
「あたしの気が短いみたいな言い方しないでよ! あたしが悪いみたいじゃない」
どうやら彼女は俺に対して相当な不満があるらしい。
「だいたいなに、この練習は! なんの意味があるの?」
彼女はモニターを指差しながら言った。俺が課したトレーニングの意味が気になって、集中できないということらしい。美月は一つが気になると他のことが目に入らなくなるタイプのようだ。現に、ブラウスがスカートから完全に出てしまい、チャーミングなおへそが丸見えになっていることは微塵も気にならないらしい。俺はそっちの方がものすごぉく気になる。
「先生。僕からもいいですか」
そんな美月と俺のやり取りをイケメンらしく「ははは」と爽やかに流していた琢磨だったが、やはりこの話題は気になるようだ。
「実際、この練習にはどんな意味があるんですか? かれこれ、三〇分はやってると思うんですけど」
琢磨が指差したモニターにも、美月と同じ内容のものが映し出されていた。
「あーもうつまんない! 理由がわかんないからもっとつまらない!」
美月は既に限界のようだった。他の三人の表情も、勘弁してくれといった様子だ。高校生は思っていることがすぐ顔に出るからわかりやすい。
「じゃあ、言ったらちゃんと最後までやるか?」
「それは別問題!」
はぁ。俺はわかりやすくため息をついた。
いいかい、社会に出たら、理由がわからない嫌な仕事でもやらなくちゃいけないときがあるんだぞ。
まぁそれこそ、社会に出れば嫌というほどそれを学ぶことになるわけだが。そして、社会に出てからの方が学ぶことが多い。
「だから何度も言ってるだろう。これはエイム練習なんだって」
灰色一色に染まったモニターに、白や黒の円が現れては消え、現れては消えを繰り返している。生徒達はこの円を延々とクリックし続けるという単調な作業を、かれこれ三○分以上続けていた。
「わかってるよ。わかってるけど……」
「そうだね。さすがにこれほど単調だと、苦痛かも」
琢磨が美月に続いた。テニスを通じて基礎練習などに慣れ親しんでいる彼にとっても、かなりの苦行のようだった。
「もっと楽しいのやりたい!」
「とはいえ、なぁ」
エイム練習とはエイム力、簡単に言えば、マウスコントロールの精度を高める練習だ。その中でもこれは、その速度を高めるのに特化したメニューだ。
FPSはeスポーツの花形だ。他ジャンルに比べランダム要素が極めて少なく、実力がもろに出る。
そんなFPSは究極的には、いかに早く相手の頭を射抜くかが重要だ。照準を目標に合わせる技術、すなわちエイム力の向上は、eスポーツに本気で取り組もうと思ったら避けては通れない道だ。そのためにはこうして単調なトレーニングを積むのが一番良い。退屈と言われればそれまでである。
「まぁ、確かに、これじゃ実感湧かないかもな」
しかし一番まずいのは、生徒達がゲームへの関心を失ってしまうことである。勝つために必要な練習と言われても、まずは楽しくなければそれ以上の上達は見込めない。
俺はブラウザで、ある情報を調べ、立ち上がった。
「見にいってみるか、eスポーツの試合ってヤツを」
「すごぉい!」
「LFS 池袋 esports Arena」。それは日本屈指のeスポーツセンターである。薄暗い店内にはゲームに特化したハイスペックPCがずらっと並んでいて、その数、一〇〇台。最高峰のゲーム体験ができる、まさにeスポーツ理想郷だ。ここには腕に自信のある者やプロが集い、日夜白熱したバトルを繰り広げている。
そして本日は、通常営業と併せてイベント試合が予定されている、まさにもってこいの日。
店内は人でごった返していた。見るからにゲームが好きそうな人達から、仕事ができそうな大人、そしてモデルのようなルックスのいい女性まで、様々なタイプの人達が一堂に会していた。中央の巨大モニターには、今最も話題のサバイバルゲーム『RS』のプレイ画面が映し出されている。群がる人の多さからいって、誰かプロが来ているのだろう。
「いろんな人がいますね」
琢磨は人種の幅広さに驚いているようだった。
「ゲームセンターも凄い人でしたが、またこれは雰囲気が違いますね」
身長が低い悠珠は油断すると埋もれてしまいそうだった。はしゃぐ美月の裾を掴み、はぐれまいと必死な様子だ。
「それだけプレイ人口が多いってことだ。ここはゲームはゲームでも、eスポーツ専門の施設なんだよ。競技向けゲームを、競技に最適な環境で提供しているってわけさ。だがその他に気がつくことはないか?」
「大人の人が多いです」
「そのとおりだ。eスポーツのプレイヤー層はゲームセンターを卒業した層が中心なんだ。だから大人の割合がすごく高い。それほど、長く楽しめるコンテンツだし、年齢を選ばないとも言えるんだ」
俺達は一通り、施設内の雰囲気を楽しんだ。様々なゲームに、より高いレベルで没頭できるようにと工夫が凝らされた空間は、近未来的な体験を提供してくれる。
目論見どおり、FPSの試合の雰囲気は十分に堪能できた。マウスをまるで日本刀がごとく振り回すプレイヤーや、あっと驚く遠距離狙撃を成功させるプレイヤー、投擲物や地形を利用するのがやたらと上手いプレイヤー。その他にも、斬新なフォームだったりエンターテインメント全振りだったりと、とにかくたくさんのプレイシーンを見ることができた。
プレイ画面そのものも重要だが、プレイしている人間(それも上手い人)の様子を背後から観察できる機会というのは、そうそうあるものじゃない。実はそれこそが、今日この場を選んだ理由でもある。
昨今、動画共有サイトや端末の普及で、試合そのものはこうして現地を訪れなくても見ることができる。が、プレイ中の手元を見るという経験はなかなかできない。
eスポーツはコントローラーやマウスなどのデバイスを使って操作するのが基本だ。しかし映像には、その操作された結果しか映らない。仮にスーパープレイが起こったとしても、それがどういう操作によってもたらされたのかは、想像するしかないのだ。
だから、その手元を見る。アグレッシブなプレイでも、その手元は無駄のない洗練された動きかもしれないし、またその逆もしかりだ。あのプレイを実現するためにどんな体の動かし方をすればいいのか。それを理解するには、実際に動かしている様子を直接見るのが一番手っ取り早いのだ。
彼らはこの経験を通じて、エイム練習の大切さを知ってくれるだろう。
週明け、部室の戸を開けると、そこには夢中で練習する生徒達の姿が……。
いまいち想像できないのが悲しいところだ。
主に、美月あたりが。
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