⑤ フィードバックの好ましいやり方


 皆一斉に作業に取り掛かった。

 俺はその間、二台のゲーミングPC「MONSTERWARE」に『高校妻と始める異世界新婚生活』をインストールしておく。これは不正解者の持ち帰り用だ。

 時折、美月は「おねえちゃんが描いてあげるよ~♪」と独り言を言ったりとルンルンだった。「かわいく描いてよねー!」というセリフに反応しているのだろう。設定上は同い年なんだぞと突っ込みたくなったが我慢した。

 隣の灯里はなんとなくハァハァ言っている気がするが、気がつかないことにした。

 三○分が過ぎ、時刻は一七時三○分を回っていた。当校は教育上、原則一八時までの下校としているので、ちょうどいい時間だ。


「はーい終了! そこまででいいから見せてみてー」


 一番楽しそうにやっていた美月のモニターを覗き込む。

 うむ、期待はしていなかったとは言え、なかなか酷い仕上がりだ。


「頑張ったんだろうけど、ちょっと雑だな。これじゃギリギリ女の子の絵とわかるレベルだろう」


 俺はそう言って画面上のデッサン終了♡ボタンをクリックする。すると透かしで入っていた立ち絵が消え、美月がマウスで描いたデッサン絵だけが残った。


「ひどっ! って、あれ……本当だ……あたしのりりちゃんが……」


 りりちゃんとはそのロリっ子のあだ名だ。ちなみに値は2350♡だった。初回ボーダーは2000♡なので、ギリギリの合格だ。


「マウスコントロールが不十分なのはしょうがないが、描き直した方がいい線がいっぱいあるな。次はもっとかわいく描いてやれ」


「わかった! センセ、たまにはいいこと言うね!」


 余計な一言だ。


「よし次は井出だが……、これはっ!?」


 琢磨は「あははは……」と言いながら頭を掻いている。先鋭的なアートとも取れる作品だが、そこに描かれているのは女子のマネージャーではなく、もはや怪物のストーカーだ。絵心がないとしか言いようがなかった。

 だがよく見ると、やたらに細かく描かれている部分がある。

 これは……胸か?

 判別が難しいが、たしかにそこに情熱を感じる。


「井出、よくやった」


 俺はそう言って親指を立てた。琢磨、お前のリビドー、たしかに受け取ったぞ!


「先生、言いたいことあったら言っていいですよ……」


 ちなみにデッサン値は1200♡だった。俺はこんなに酷い点数は見たことがない。

 さて次は灯里だ。


「次は岩切だな……。おお! これは! ……? だめだ岩切、これはやり直しだ」


 俺はモニターを見つめたあと、灯里の肩に手を乗せて言った。これは俺でも評価できない。


「ええ? なんで先生、うまく描けてると思うんやけど」


「ああ、たしかにお前はうまいよ、だがな―」


 そこに描かれている女の子がすっぽんぽんじゃなければな!


「なんで服着てないんだよ!? 早すぎるだろ! じゃなくて、どう見ても立ち絵は服着てるだろ! お前のメガネどうなってんだよ!?」


「だって! あまりにもキレイだから、この子のラインはどうなっちょんかと思ってぇ……。ほら、この腰のあたりとか、すごぉい……ドキドキせん?」


 道理でハァハァ言ってると思ったよ!


「ああわかるよ! ドキドキするよ! じゃないよ! 服着せろよ!」


「ええー!? 服着せたらもったいなかろーがね!」


「何が!?」


 覗き込んだ美月も顔を真っ赤にし、その目を手で覆いつつも、しかし隙間からしっかりと見つめている。


「これじゃあデッサン値を稼げな……7880♡だとぉ!?」


 俺ですら出したことのない高ポイントだ。7000♡を超えると次回のデッサンで選べる立ち絵が増えるのだが、これは容易なことではない。全裸は正義なのか?


「ほらぁ! これが本当の蒼ちゃんの描いてほしい姿なんですよー!」


「と、とにかくだ。今回の目的は正確なデッサンなんだぞ? 女の子の深層心理を読んで本当に描いてほしい姿を描く、なんてロマンスが目的じゃないんだから……」


 ゲームやアニメに造詣が深いと聞いてはいたが、全くけしからん、いやとんでもないものを持っていた。恥ずかしがり屋のくせに喜々として女の子を全裸にするのだから、今時の女子高生の恥じらいは俺にはやっぱりわかりません。


「真面目な神崎はきっとちゃんとやってるぞ、ほら、おお、これは上手いな。よく描けている。集中力はさすがだな。……ん?」


 悠珠の描写は見事だった。背景を含めて正確にデッサンできており、特に顔までしっかり描き込まれているのが素晴らしい。制服もすごくよく描けているし、リボンも―。と、そこで俺の目が止まった。


 ―そこにあるはずの胸がなくなっているのだ。


「……神崎。なぜこんなひどいことをしたんだ」


「おっしゃっていることの意味がわかりませんわ」


 悠珠はなぜか自信満々だ。


「いやいや! この子は巨乳だろ!? なんでそれなくしちゃうんだよ! アイデンティティって言葉、お前なら知ってるだろ!?」


 悠珠は目を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。そこには一切の迷いがない。


「先生、私は考えました。デッサンとは正確に対象を写し出すこと。リアルさを追求すること」


「ああ、そうだよ、間違っちゃいない。なのに、それがどうしてこうなった」


 そして目を見開き、モニターに向かって人差し指を立てて睨みつけた。


「こんな巨乳は現実にはありえません! なので本来あるべき姿に正しく修正しました! これが真実のデッサンです!」


 なん……だと……!?


「いやそうじゃねぇよ! というか、いくらなんでもこれはやり過ぎだろう! もうちょっと優しくしてやれよ! こんな絶壁に……。はっ!?」


 自身の失言に気づくがとき既に遅し。悠珠は腕を組み、暗黒よりも深いオーラを放っている。


「ほう。先生は女子高生と乳房の大きさについて語ろうとおっしゃるのですか?」


 笑顔から放たれる謎のキラキラがブラックキラキラにレベルアップしている!


「まさかまさかと思いますが、そんなことはありませんよねぇ? 我が歴史ある白鷲高校において、乳房の大小などというバロメーターで個性を推し量ろうとする、教師の風上にも置けない方が部活の顧問を受け持つだなんて」


「ぐっ……」


「きっと私の勘違い。先生は個性の大切さを説きたかったのであって、まさかまさか、大きなおっぱいに拘っているなんてことは、ありませんよねぇ?」


 なんということだろうか。成績優秀な悠珠はその口撃においても優等生だったとは!


「も、もちろん、そんなことはない」


「そうですか、ならば問題ありませんね。良かった。私は尊敬する先生を失わずに済みましたわ」


 そう言って悠珠は自らデッサン終了♡ボダンをクリックする。


「7140♡……!」


 うなだれる俺の前に立つ悠珠は俺を見下ろしている。


「斉藤先生、なにか問題はありましたか?」


「……俺の負けだ。アイデンティティを軽視していたのは俺の方だった。すまなかった」


 その瞬間、悠珠が放つ謎のブラックキラキラは浄化されたように明るいキラキラになった。


「これからもよろしくお願いしますね、先生」


 そして立ち去り際、うなだれた俺へ耳打ちしていった。


「先生、かわい」


 満面のスマイルが見下ろしていた。

 壊したい、だなんてとんでもない! これは触れちゃいけないヤツだ。俺の本能がそう強く警告していた。

 この日をきっかけに、部員達の中に眠る「何か」が少しずつ目を覚ましていくのを、俺は実感していくことになるのだった。

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