③ ただほど高いものはない


 しかし結果から言えば、優勝はできなかった。小屋を占拠したのも束の間、別のチームに強襲を受け、応戦をしている間に、また別のチームからの銃撃に遭った。最初に俺の頭がスナイパーに撃ち抜かれ即死、配置上三対一で対応したユウキも銃弾を浴びて死亡。チーム順位は六位と、これまた微妙なところで終わってしまった。


「お疲れ様でした、先生」


 司会による煽りと拍手の中、ステージを下りた俺を最初に迎えてくれたのは悠珠だった。小柄であることを活かして人の波を通り抜けてきてくれたのだろう。いつの間にか汗まみれになっていた俺を気遣ってか、ハンカチまで手渡してくれる手厚さだ。全く、どこのエンジェルなんだいこの子は。


「惜しかったねー! センセ」


「いやいや、全然駄目だった」


「そんなことありませんよ、先生。僕、先生の狙撃を見てましたけど、めちゃめちゃ早かったです」


 琢磨が、なぁ、と灯里に話題を振る。


「そこは見れへんやった……」


「それでいいんだよ、俺の画面なんか見てもしょうがない。それよりどうだった、プロの腕前は」


 俺は悠珠に貸してもらったハンカチで額の汗を拭きながら、生徒の表情を見た。みんな興奮しているのか、いつもより顔が赤い。


「すごい、やっばい、って感じ!」


 美月の回答は感動だけは伝わったが、それ以外は何も伝わらなかった。現代文教師としては、もう少し語彙力をなんとかしてもらいたいものである。


「驚きました。私達が操作している画面と、あんなにもイメージが変わるなんて」


 悠珠は両手を祈るようにして、謎のキラキラを纏っている。


「それは思いました。なんか、速いんですよね、全てが。移動速度とかも変わらないはずなのに、無駄がなくて、速いって感じでした」


 悠珠に続いたのは琢磨だった。銃を構える素振りをしながら、その感動を再現しようと機敏に動き、それを見た悠珠はさらにキラキラを増量させている。


「本当、そんな感じでした。なんですかね、振り向いたら、その中心に敵がいる、みたいな」


「わかる、そうそう、そうなんだよ」


 と、珍しく悠珠と琢磨が意気投合して盛り上がっている。俺の視界の端っこの方で複雑な表情をしている灯里がとても心配だ。話題に入れないのが悔しいのか、それともおじさんには思い出せない恋心がそうさせているのか。


「岩切はどうだった? ゲームをプレイする機会は多かっただろうから、あの凄さはわかったんじゃないか?」


「うーん、凄いのはとてもよくわかったんだけど。あんなん、なれるんかなぁ」


 そういって彼女は人差し指を立てた手を頬につけ、首をかしげている。


「なんか凄すぎて……。今から頑張ったとして、あんなんになるとか想像できんし……」


「それは心配ないよ!」


「わぁ!」


 突如、会話に入ってきたのは、ユウキだった。ビビリな灯里は反射的に琢磨の陰に隠れ、裾を掴んでいる。


「あー、ごめんごめん、驚かしちゃって」


「なんだよユウキ、こんなところで油を売ってていいのか」


「いいんだよ、今のでエキシビションは終わりなんだ。それより久しぶりに会ったダチと少しくらいは話したいだろ?」


 俺達のそんなやり取りを、生徒達は一歩引きながらも興味津々といった様子で眺めている。


「どうだったかな? 楽しんでもらえたなら良かったんだけど」


 ユウキはプロとしての爽やかな営業スマイルを生徒達に送っている。それは生徒達の緊張を一瞬にして解きほぐした。ぐぅ、さすがの社交性だ。


「はい! すごく楽しかったです。ゲームって、あんなにスリルがあったんですね」


 最初に握手を求めたのは、意外にも悠珠だった。悠珠は自分の目の前で起きたエンターテインメントにいたく感動したらしい。目がキラキラと輝き、その背景にも謎のキラキラが溢れ出している。それが嬉しかったのか、ユウキの背景にも同じようなキラキラが見える、気がする。


「ありがとう。そう言ってもらえると、頑張った甲斐があったよ」


「感動しました。なんかもう、全てが凄かったです」


 続いて琢磨が握手をする。長身の二人だとなかなか絵になる光景だ。灯里は恥ずかしいのか、「あ、どうも」と短い握手を一応交わしていた。


「ねーセンセ」


 ポロシャツの裾を引っ張られ振り向けば、美月の顔があった。手を顔の横に当て、何やらヒソヒソ話で聞きたいことがあるみたいだ。顔が近い。かわいいは正義だ。


「あのひと、プロなんだよね」


「おう、そうだぞ。人気も知名度もある方だと思う」


「そっか、じゃあ凄いひとなんだね」


「そうだ」


 美月はそこまで言うと、手に顎を乗せ、何やら考えている感じだ。


「ねぇ、センセは、どうしてそんな凄い人とゲームができるの?」


 と俺の顔を覗き込んでくる。俺には視界に見切れるその胸元が悩ましい。


「さっき言ってなかったか? 大学が一緒だったんだよ。同級生」


「いや、そうじゃなくて」


 美月は自分の質問したい内容が上手く言葉にできなくて困っているようだった。眉間にシワを寄せ、人差し指を頭にねじ込んでいる。俺は彼女の言葉が出てくるのを待った。

 語彙が足りないと、自分の思いを表現するのに苦労する。でもこれはトレーニングで改善できることでもある。教師としては、彼女のそんな成長する姿を見守ってやりたいのだ。決して、アングル的に見える素敵鎖骨を楽しんでいたいからじゃないぞ。


「なんていうか、ユウキさんも、太センセも、お互いをよく知ってるっていうか、任せてるみたいな。初めて一緒にやったんじゃないって感じ?」


「そりゃあそうだよ。友達だったんだから、ゲームくらい一緒に……」


「違う違う、なんていうか、まるで一緒に戦ったことがあるみたいだったって言ってんの!」


 ヒートアップした美月のよく通る声に、雑談中の琢磨達もこちらを振り向いた。直後、

「あ」という表情で固まっている彼女を、俺は軽く小突いてやる。


「その答えを知りたいかい?」


 ユウキの問いに、生徒達は弾けるように前のめりになった。一瞬で生徒達に囲まれ、関心を集めるその手腕。なんか、人間力で敗北した気分だ。


「太、いいだろう? 生徒達が知りたがっているんだから」


「……好きにしろ」


 俺は頭を抱えた。


「俺と太はね、大学時代、一緒にゲームの大会に出ていたんだよ。それも、FPSで有名な大会にね。そして―」


 ユウキと目が合った。意地悪そうな目元を見る限り、言うつもりなのだろう。


「準優勝した」


「ええ!?」


 生徒達が一斉にこちらを振り向いた。


「そのときは四人組での参加だったんだけど、太はそんな俺達のリーダーだったんだ」


「太センセ、そんなに強かったんだ……」


 気恥ずかしい俺はついつい後ろを向いてしまった。美月と悠珠が放つ純粋なキラキラが眩しすぎる。そんな目で見られたら私……恋に落ちそう! なんてことはない。


「うん。さっきも見たよね、あのプレイ。高低差のある中距離狙撃で、岩の隙間から、窓の内側で構えている相手の頭を一発、それもあの一瞬で。あれは上級者じゃないとできないプレイだよ。なんでかって、あの射線が実現する範囲はものすごく狭かったはずなんだ」


 ユウキは手を動かして、わかりやすく説明している。

 射線とは、弾丸が通る道のことを言う。射線が通っているということは、対象に命中させることができるということだ。障害物が多ければ多いほど、対象までの射線は限定されてしまう。


「つまり太は……」


「……最初からそこに敵がいると解っていた、ってことですか?」


 悠珠が驚愕の表情に変わる。


「そうなるね。あそこは俺の場所からは死角だっだし、ペアで行動する前提で考えると、不自然というか、いるはずのない場所だったんだ。だから俺は相手が一人だと思って突っ込んだ。けど太は待機した。そして、岩陰に身を隠しながらあの場所を狙撃できる唯一のポイントに移動して、エイムしていたんだ。リプレイを見ると解るよ」

 琢磨と悠珠が唖然とした表情で俺を見つめていた。


「たまたまだよ。たまたま。安全な場所に移動したら、撃てる場所がそこだっただけだ」


 美月はイマイチ状況が飲み込めないらしい。ユウキの説明では、美月には理解が難しかったようだ。


「ウチ、そんな凄いところ見逃したん……」


 落ち込む灯里を、ユウキが慰める。


「良かったらリプレイデータを送ってあげるよ。繰り返し見たら勉強にもなるしね」


「やった! ありがとうユウキさん! 正直あたし、全然わかんなかったんだよね!」


 美月は何やら自信満々に親指を突き立てている。素直なのが彼女の良いところではあるのだが……。そこは自慢できるところではないと、おじさんは教えてあげたい。


「それに、顧問の先生なら、そこんとこ、きっと詳しく教えてくれるよ」


「おいユウキ、余計なことを……」


 生徒達の背景には明らかに謎のキラキラが蔓延していた。


「あのな、本当たまたまだから。大体エスパーじゃあるまいし、敵の居場所が解るわけないだろ! さ、この話はおしまい! さぁ帰るぞ」


 あー、もう。これだから嫌だったんだよ。俺は無理なく平和に部活動を行いたかったのに……。まぁでも、これで生徒がやる気になってくれれば、練習メニューも組みやすくなるか……。


「あ、それとな太、良いものがあるんだ。ちょっと待っててくれ」


 そう言ってユウキは小走りで消えていき、数分の後に戻ってきた。手には、企業のロゴが印刷された袋がいくつもぶら下げられている。


「なんだこれ」


「俺、このブランドのアンバサダーをやってるんだけど、よかったらお前の生徒達に使ってもらえないかと思って」


「え、嘘だろ」


「メーカーも、あの斉藤太の教え子が使うって言ったら、快諾してくれたよ」


 手渡された袋の中を見ると、マウスとキーボードが入っていた。


「これ、最新モデルじゃないか」


「そ。先日出た、高校生でも買えるっていう価格帯のヤツ。使ってみたけど結構いいぞ。軽いしね。はい、君達の分も」


 手際良く生徒達に配るユウキ。生徒は素直にそれを嬉しそうに受け取っている。


「お前ら、何自然に受け取ってるんだよ!?」


「えー、なんでセンセ。くれるって言ってるんだよ?」


「あのな! いくらすると思ってるんだそれ!」


 つい先日ネットニュースでアップされていた記事によると、マウスが五千円、キーボードが八千円くらい、合わせて一万三千円の代物だ。最新の技術を用いた量産パーツのみを使用して、無駄な機能を削ぎ落として価格を下げた普及版。高校ゲーム部の乱立に伴い、高校生使用デバイスのベンチマークにしたいというメーカー渾身の作品だったはずだ。


「ユウキ、当然、ただってわけじゃないんだろう」


「そこはまぁ、ビジネスだからね」


「やっぱりな。お前という奴は昔から―」


「ああー! 見て見て! 超かわいい!」


 声に振り返ると、そこには剥き身の新型マウスを掲げながらはしゃいでいる美月がいた。その脇の下には、乱雑にひん剥かれた外装が挟まれていた。


「見て見て! ピンクに光る! ほらセンセ、これ綺麗だよ!」


「櫻井、お前……」


「決まりだな、太」


 俺は頭を抱えた。



 ユウキ側のビジネス的な要求は、想像していたよりは緩かった。条件は、マウスとキーボードを抱えて一緒に写真に写るというもので、でかでかとメーカーロゴが映されたステージモニターを背景に、生徒を中心として両サイドに俺とユウキという構成だった。

 アンバサダーのプロプレイヤーが、未来ある子ども達にデバイスをプレゼント―。そんなキーワードで記事が飾られるのだろう。

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