第25話 死にたがりな二人

 25 エピローグ


 ある少女の自殺を邪魔している。


 その少女は、いつも僕の隣にいる。


 その少女は、よく甘えてくる。


 その少女は、どこか儚げで放っておけない。


 自殺を邪魔するのは、非常に簡単である。


 彼女の傍にいてあげて、休日になったら遊びにつれていくだけだ。



 四月のよく晴れた穏やかな休日。


 この日は朝から二人で駅のホームにいた。


 僕達がいるのは「一番後ろの車両」の「一番後ろのドアの待機列」の「さらに後ろ」ではなく、ホームの真ん中より少し前寄りの列に並んでいる。


 休日なこともあって、周りには親子連れや私服姿の学生が電車を待っていた。


 僕達の前には小さな子供を抱っこした若い夫婦が些細な会話をしていた。後ろでは小学生がふざけあっている。横の列では僕達と同じようなカップルがいちゃいちゃしていた。


 僕は、彼らから視線を逸らして横にいる彼女を見た。


 一之瀬 月美。


 高校二年生になった彼女は、今も「一緒にいられないのなら死んだ方がマシです」などと口にしている。背中までストレートに伸びた黒髪はサラサラで頭を撫でやすい。華奢な体だが、相変わらずよく食べる。また少し身長が伸びて、キスしやすくなった。大人びているが、二人でいるときはものすごく甘えてくる。


 月美の横顔を眺めていると、電車が通過することを知らせるアナウンスが流れた。


『電車がまいります。ご注意下さい。』と発車標にも文字が流れる。


 僕は月美の手をしっかり握り、月美は握り返してくる。


 これなら飛び込み自殺する心配はない。そもそも彼女は僕の肩に寄りかかっていて、飛び込む気もない。


 轟音を響かせながら電車が猛スピードで、目の前を通過する。


 何事もなく、電車が通過していくと月美が僕の手を引っ張る。


「そういえば、前に行った動物園に新しいコアラが加わるらしいですよ」


「一頭だけで寂しそうだったからな。そのうちまた見に行くか」


「行きましょう、行きましょう」


 僕達は毎週、いろんな場所に出かけている。


 少し遠出してテーマパークに行ったり、山登りしたり、イベントに参加したり、水族館に行ってクラゲを眺めたり、休日は必ずと言っていいほど外に出かけている。


 平日も月美が学校から帰ってくると、ファミレスで食事したり、映画を見たり、ゲームセンターでダーツしたり、公園でシャボン玉をしたり、近場に出かけることが多い。


 今日も「海に行きたいです」と突然言い出した彼女の願いを叶える為に、朝からこうして出かけている。


 電車に乗り込み、七人掛けのシートに並んで座る。


 僕の肩に月美が寄りかかってきて、つい頭を撫でてしまう。


 時間をループしていたときは人目を気にしないで過ごしていたから、すっかり慣れてしまった。傍から見ればバカップルに映っているだろう。実際そうなのだが。


 一度は死を覚悟した二人だ。


 今更、他人にどう思われようと気にしない。むしろ今まで気にしすぎていたのだ。


 僕達は今、本当の意味で生きている。


 寿命が戻ってきたとか、時間を戻すループから抜け出したとかそういうことではない。


 もっと前から止まっていた針が動き出したのだ。


 針が動き出すまでの道のりは大変だったが、振り返ってみると少し違和感がある。


 月美の自殺を二十一回邪魔して、最後の最後で時間が戻り、死神が僕達に寿命を返した。


 これまで何も上手くいかなかったのに、寿命を手放してからは逆に何もかも上手くいきすぎだったんじゃないか、と考えてしまう。


 上手くいったのだから気にする必要もないのだが、それでも気にしてしまうのは、重要な分岐点に必ず死神がいたからだ。


 死神が月美にウロボロスの銀時計を渡さなければ、時間をループすることもなく、僕は死んでいた。


 それだけではない。


 二十一回目の自殺を止めたときも駅のホームに月美がいないことを教えたり、わざわざ三文芝居をして僕と一之瀬を別れさせた。


 別に死神は僕の命を狙っていたわけではない。


 ただ苦しんでいる姿を観察したかっただけである。


 そもそも死神と名乗っていただけで、あいつが何者なのかはわからないままだ。


 死神の言動から考えれば、月美に銀時計を渡したのは僕の努力を台無しにしたかった、寿命を手放すきっかけを作る為に三文芝居をしたとも考えられるし、最初はそう思っていた。


 だが、結果的に僕達は縒りを戻し、二つの銀時計で時間をループさせることになった。


 二十一回目の自殺を止めたときはどうだろうか。


 僕が橋に辿り着いた頃には月美の足は限界を迎えていた。


 もし死神の助言がなかったら、駅のホームを探し続けていただろうし、おそらく間に合わなかっただろう。


 あのときに月美を救えてなかったら僕はどれだけ自分を責めていただろうか。


 それこそ死神が好む展開になっていたんじゃないだろうか。


 死神の思惑が外れただけなのか。


 何か別の思惑があったのか。


 それとも、


 ――こうなるように誘導していたのか。


 このことは月美と話したことがあった。月美は「もしかしたら、縁結びの神様だったんじゃ」と言い出し、反射的に「それはない」と否定した。


 しかし、もしかしたら……とたまに考えてしまうときがある。


 そう考えてしまうのは、寿命を返すときに見せた死神の顔が、似合わないほど清らかな表情をしていたからだ。


 あの日以来、死神が僕達の前に姿を現すことはなかった。


「海だー!」


 砂浜に辿り着いた月美は、両手をあげて小さな子供みたいなリアクションをした。


 白い波が砂浜へ押し寄せてくる。春になったばかりで、まだ風が少し冷たい。


 僕達は砂浜の上を歩いていく。歩いたあとには足跡がくっきり残っていた。月美は「全然大きさ違いますね」と言って足跡の大きさを見比べる。


「夏になったら、泳ぎたいな」


「いいですね。また来ましょう」


 こうやって予定を作るのも月美と出会う前までは考えられなかった。


 ただ彼女と出会って、恋をして、一緒に過ごしているだけで、それ以外の何かが変わったわけではない。


 今も僕達は世の中が生きづらいものだと思っているし、出来ることなら他人と関わりたくない。


 月美がいない世界なら死んでもいいと思っているし、月美も僕がいなかったら死んでもいいと思っているようだ。


 つまり僕達は今も死にたがりな男女で、互いに自殺を邪魔しあっている関係とも言える。


「月美、愛している」


 僕は彼女を一人にさせない為に言葉を贈る。


「私も純さんのこと大好きですよ」


 彼女は振り返り、照れ笑いする。


 僕達の恋は共依存恋愛ってやつなのかもしれない。


 たまに依存しあう関係はよくないとか聞くが、僕は何が悪いのか理解していない。


 そう言える奴は周りに沢山の人間がいるか、本当の意味で誰かを愛したことがない人間だと思っている。


 僕達のように一緒に生きていたいと思える人間がいなきゃ、生きていけない人間だって、世の中には沢山いるはずだ。


 それでいいと思っている。


 そういう生き方しか僕達は知らない。


 だから僕は、これからもずっと、



 死にたがりな彼女の自殺を邪魔して、遊びにつれていく。

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死にたがりな少女の自殺を邪魔して、遊びにつれていく話。 星火燎原 @seikaend

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