死にたがりな少女の自殺を邪魔して、遊びにつれていく話。

星火燎原

第1章

第1話 死にたがりな少女

 ある少女の自殺を邪魔している。


 その少女は、いつも一人でいる。


 その少女は、よく自殺する。


 その少女は、どこか僕に似ている。


 きっと、僕と同じで生きているだけで苦痛なのだろう。


 邪魔なんかしない方が、彼女のためなのかもしれない。


 でも僕は、彼女が諦めるまで邪魔し続ける。


 自殺を邪魔するのは、そこまで難しくない。


 自殺現場に先回りして、少女が来たら遊びにつれていくだけだ。


 1


 四月のよく晴れた穏やかな日。


 この日は朝から駅のホームにいた。

 これから通過する電車の進行方向から見ると、ホーム後ろ寄りのベンチに座っている。


 通学、通勤ラッシュの時間帯で、周りには大勢の学生やサラリーマンが電車を待っていた。


 まだ制服が馴染んでいない学生の集団が大声でふざけあっている。大きめの制服と顔の幼さから中学に入ったばかりの新一年生だろう。後ろでは女子高校生が三人組で仲良く話し合っていた。その横の列では学生のカップルが初々しさを醸し出している。


 僕は、彼らから視線を逸らすように見上げ、小さくため息をついた。


 敷かれた人生のレールを順調に歩いている彼らが眩しく見えた。若さが眩しいだとかそういう意味ではない。


 彼らに嫉妬して見ていられなくなった、が正しい。


『学生時代の僕』と『目の前にいる彼ら』とは、天と地の差があった。


 僕の学生時代は、とにかくどうしようもないものだった。友人と呼べる存在はいなかったし、好きこのんで孤独だったわけでもない。


「学生時代の一番楽しかった思い出を教えてください」とインタビューされたら、考え込むだろう。それが楽しい思い出ばかりで悩んでいるのだとしたら嫉妬なんてしていない。単に楽しい思い出が一つもなく、どうやって切り抜けるか考えているだけだ。


 唯一、例外な時期も存在したが、今となっては負の歴史と化している。


 こんな僕でも学生時代に不満がある程度なら、まだ救いようがあった。


 ため息をつくのは、サラリーマンを見ても同じことだった。


 高校を卒業したものの、大学に進学せず、職にも就いていない。今年で二十歳になる僕の人生はレールから脱線していた。


「どうやったらあんな人生を送れたのか」


 学生時代から数えきれないほど首を傾げてきた。しかし、首を何百回傾げても、いつも同じ結論に辿り着く。


『そんな人生を送れる可能性は最初からゼロだった』


 選択を間違えたわけではなく、生まれた時から人生のレールとやらが壊れていたんだ、きっと。


 選択を間違えなければハッピーエンドになれるなんてゲームの中だけだ。どの選択を選んでもバッドエンドとか、選択肢そのものがない人生だってある。


 そういう人生を、僕は引き当ててしまったんだ。


 どうやっても目の前にいる学生やサラリーマンみたいな人生にはならなかった。


 それにこんなことをいまさら考えたところで、もう僕は手遅れである。


 だから、他人の自殺を止める方法もわからないままだ。


『どうしたら彼女は自殺を諦めてくれるのだろうか』


 ホーム上にいる一人の少女を見つめながら、そう思った。


 目線の先にいる少女は、「一番後ろの車両」の「一番後ろのドアの待機列」の「さらに後ろ」にいる。


 つまり、電車が通り過ぎる位置に、ぽつんと一人で立っている。


 少女は電車が見たくてそこにいるわけではない。写真を撮りたいわけでもない。そもそも彼女が携帯電話やカメラを持っているところを一度も見たことがない。


 何故、あんなところに彼女がいるのか。


 その理由を僕は知っている。


 ホームの後ろということは電車が入ってくる方だ。通過するときは速度が早いままで、仮に飛び込み自殺をするのなら一番適した場所になる。もちろん傍から見ただけで、「彼女が飛び込み自殺する」なんて考える人間はまずいないだろう。


 しかし、目線の先にいる少女は飛び込み自殺をするためにいる。


 一之瀬 月美いちのせ つきみ


 中学三年生で、僕がいつも自殺を邪魔している少女だ。背中までストレートに伸びた長い黒髪。華奢な体つきで、色白で顔も整っている。足が長いからか同年代の女子と比べると少しだけ背が高く見え、大人びている印象だ。クラスにいたら男子達の間で人気になっていてもおかしくないと思う。


 簡単に言ってしまえば、「自殺とは無縁そうな子」である。


 そんな自殺とは無縁そうな彼女の自殺を邪魔する為に、朝からここで見張っている。


 長く綺麗な黒髪で元から人目を引きやすい一之瀬だが、周りに制服姿の同年代が多い中、私服でいる彼女はいつも以上に浮いていた。大人びていると言っても服装はまだ子供っぽさが残っている。


 それも電車が通り過ぎる位置にいればなおさらで、人混みの中でも簡単に見つけることができた。


 彼女を見張っていると、電車が通過することを知らせるアナウンスが流れ始めた。


 一之瀬はこれから通過する電車に飛び込んで自殺する。


『電車がまいります。ご注意下さい。』と発車標にも文字が流れる。


 僕はベンチから立ち上がり、バレないように一之瀬の背後へ移動を始めた。彼女は駅へ向かってくる電車を見ていて、こちらに気づいていないようだ。


 電車が近づくにつれて騒音が大きくなっていく。


 一之瀬が線路側に歩き始める。


 慎重に後ろをついていく。


 電車がホームに入ってくる直前、一之瀬が黄色い線を越えた。


 その直後、大きな汽笛が鳴り響く。


 思わず耳をふさぎたくなる。


 汽笛でホーム上の会話が途切れ、電車以外の時間が止まったかのようだった。


 轟音を響かせながら電車が猛スピードで、目の前を通過する。


 その風圧で、一之瀬の長い黒髪が宙に舞った。


 あっという間に電車が通り過ぎ、轟音が遠ざかっていく。


 一之瀬はゆっくり自身の腕を掴んでいる手を辿りながら、僕の顔を見た。


 僕の顔を確認した一之瀬の表情は、とても不服そうだった。


 轟音が遠ざかっていくと、時間が再び動き出したかのように、ホーム上に会話が戻ってきた。


「めっちゃビックリした」「お前ビビりすぎ」と笑っている男子学生の集団、「なに? なに? 自殺?」とこちらを見ながら話し合っている女子高生達、「自殺なら他でやってくれ」と呆れながら怒鳴ってくるサラリーマン、そんな声がチラホラ聞こえてくる。


 僕はそれらの声と視線を無視しながら「危機一髪だったな」と鼻で笑った。


「あと少しで死ねたのに」


 一之瀬は腕を掴まれたまま拗ねるように言った。というか確実に拗ねている。


「いい加減自殺を諦める気にはならないのか」


 そう言うと、一之瀬は聞き飽きたと言いたげな顔をした。


 彼女が自殺しようとするのはこれが初めてではない。


 この四カ月間でこれまで十二回自殺を企てて、その度に邪魔してきた。


「これでお前を救った回数は十二回。何度やっても同じだって分かっただろ」


「救った回数じゃなくて邪魔した回数です」


 一之瀬はそっぽ向きながら言った後、「助けなくていいっていつも言っているのに」と小声で付け足した。


 毎回こんな感じだ。彼女は自殺を邪魔されたとしか思っていない。もっとも僕自身も邪魔している自覚があり、おかげで邪魔する度に嫌われていっている。


「絶対に諦めませんから」


 強い口調で掴んでいた僕の手を振り払い、逃げるように一人で歩き始めた。


 彼女を追いながら説得を続ける。


「自殺を諦めるまでは邪魔し続ける」


「思いっきり邪魔するって言っているじゃないですか……」


「あぁ、何度でも邪魔してやるよ」


 彼女のため息に近い返事に笑って返すと、不満気な顔をして訊いてくる。


「……なんでいつも私の行動が分かるんですか?」


 今まで何回か同じ質問をしてきたことがあった。


 彼女は決まった時間や同じ場所で自殺しようとしているわけではない。自殺しようとする度に先回りされているから不思議に思っているのだろう。


「またその質問か。そうだな……そろそろ教えてやるか」


 顎に手を当てて真剣な眼差しを向けると、目を合わせすらしなかった一之瀬が立ち止まり、こちらを見た。普段は「自殺を止めたら教えてやるよ」などと返して、真面目に答えを教えなかったせいか、今回の返事は予想外だったようだ。


 僕はもったいぶりながら「それはだな……」と口にする。つられるように彼女は「それは……?」と言いたげな顔をして、こちらを見る。


 普段はつれない態度をしている彼女がここまで食いつくのは珍しい。彼女の透き通った瞳に健気さを感じたが、僕の答えは今日も同じだ。


「やっぱり自殺をやめた時に教えるか」


 そう口にした瞬間、彼女の瞳から感じられた健気さはどこかへ消え去っていた。


 冷めた顔をしながら「もういいです。さようなら」と吐き捨てて、再び逃げるように歩き出す。


 僕はため息をつきながら、あとを追う。


「だから自殺を止めたら教えてやるって」


 説得を続けても歩くスピードが早くなるだけで返事はない。見失わないように追いながら、ポケットから銀色の懐中時計を取り出して時間を確認する。


「そういえば、行きたいところは見つかったか」


 一之瀬の後ろ姿に問いかけると、「見つかるわけないじゃないですか」と返ってきた。


「次までに行きたいところを考えておけって約束しただろ」


「約束していませんし、もうすぐ死ぬ人間に行きたいところなんて思いつかないです」


「はぁ……どこかあるだろ。せめて最後に行っておきたい場所とか」


 澄ました態度の彼女に呆れていると、逆に「もし行きたいところがあったら、どうするんですか?」と訊いてきた。


 「これから連れてってやろうと思っていた」と返す。


 一之瀬は少し考えた後にこちらを向いて、こう言った。


「じゃあ、あの世に行きたいです。連れていってください」


 笑みが混じった、したり顔の彼女は普段からは考えられないほど明るく、年相応の無邪気な女の子に思えた。


 不意を突かれて言葉に詰まっていると、「……行きたいところ言ったんですから、何か返してくださいよ」と不機嫌そうな顔に戻った。


「殺人犯にさせる気か」


「あの世に行けないのなら帰ります」


 歩き出そうとする一之瀬の手を慌てて掴んだ。


 このまま彼女を一人にするわけにはいかない。


 彼女には内緒にしているが、自殺を邪魔できない時間帯が存在する。


 主に自殺を邪魔した直後は先回りできず、このあとすぐに自殺されると対処できない。


 だからこそ自殺を邪魔した後に、どこか遊びにつれていく必要がある。


「……手を離してください」


「あと二時間は一緒にいてもらわないと困る」


「言っている意味が分かりません」


「どうせ家には帰りたくないんだろ」


 図星だったらしく、一之瀬は俯いて黙り込んだ。


 彼女が家に帰りたくないのはこれまでの行動から察することができた。


 一之瀬と出会ったばかりの頃は警戒されて話も聞いてもらえなかった。


 その頃はひたすら彼女の後ろを追っていたが、公園のブランコに座ったり、川を眺めたりして家に帰ろうとはせず、夕方までつまらなそうに時間を潰していた。


 金もほとんど持ち歩いていないようで、自動販売機の前で持っている小銭を数える姿を何回か見たことがある。


 公園の蛇口で水を飲んでいる彼女を見かねて缶ジュースを奢ったことをきっかけに会話するようになり、それからはファミレスに連れていくなど繰り返して、ようやく自殺を邪魔した後にどこかへ行くようになった。


 ただし、自殺を邪魔した直後は不機嫌になるので、毎回説得する必要がある。


「今日はどこに行きたい?」


「……だから行きたいところなんてないですって」


 不貞腐れた言い方だったが、悪くない返事だった。


 本当に行きたくない場合は強く拒絶するか、無視するかのどちらかだ。


 それは今までのやり取りで熟知している。


 素直についてきたことは一度もないが、僕についてくれば昼飯に困らないというメリットもあって、少なくても本気で嫌がっている様子ではなかった。


「今日もどこか適当にぶらつくか」


 俯いている一之瀬の手を引くと小さく肯き、後ろをついてきた。


 このようなやり方で、いつも自殺を邪魔をしている。


 しかし、いくら邪魔しても一之瀬は自殺を諦めない。


 数週間後、早いときは数日後に再び自殺を決行する。


 彼女が自殺を諦めるまで何度でも邪魔するつもりだが、一つ問題がある。


 その問題とは、僕の命が残り僅かなことだ。


 別に何か重たい病気に冒されているわけではない。


 寿命と引き換えに時計を手に入れた。


 もちろん、ただの時計ではない。


 時間を巻き戻せる時計だ。

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