第11話 一体いつから錯覚していた?

 駅員の必死の静止を無視して、ようやく振り切った俺達は、ブラブラと街中を歩いていた。たくさんの店がごちゃごちゃしていて、同じような道が連なっているせいで、今どこなのか分かりづらい。

 看板を見上げると、『一番通り』と書かれているが、ここまで足を伸ばしたことはほとんどないので、専ら道先案内は綾城に任せるている。

「さあ、探すわよ」

 張り切った声を出す綾城。

「探すって、どこからだよ?」

「いいから黙ってついてきなさいよ。あんたは今日、見極め役なんだから」

「あー、はいはい。男が欲しそうなものを選別すればいいんだろ」

 再三に渡っての確認には、相槌もおざなりになるしかない。

 なにやら、もうすぐ水泳部の送別会があるらしい。

 その時にプレゼントを贈って、そのままの勢いであの相沢先輩とやらにもう一度思いを告げる。それが綾城の計画で、この似非デート決行理由らしい。

 俺が駆り出されたのは、男に何を送ればいいのかが分からなかった。

 だから、男の俺が選定員に挙げられたというだけの話だ。

「……そうね。たしかこの角を曲がればいいお店が――やっば! やっぱり、この道は止めときましょ」

 進路変更しようとした綾城は、なにか拙いものでも見つけたのか慌てふためている。

「なんでだよ?」

 ひょいと、近くの置物をたてにして覗き込むと、

「えっ、なにそれ? ほんとに~? そんなにあの映画っておもしろいんだ~。え~、だったら、これから行こっ!」

 鼻にかかったような、媚びた声。

 派手に化粧をしている女が、男にしなだれかかっている。

 ハイヒールのせいか、身長もいつもと違って分かりづらいが、

「あれって、堀江さん……だよな?」

「そうよっ……。ああっ、もうっ、なんで……リエがここに……。……最ッ……悪……だわ……。せっかく知り合いに会わないよう、電車つかったのにッ!」

 いつも小梶や綾城と話している女の子の一人。いっしょにいる男は、年齢をどう低く見積もっても高校生には見えない。

「……あれって、誰だろうな」

「さあ。また新しい彼氏じゃない?」

 しれっと言ってのける綾城は、やっぱりそういうのには慣れていそうで。

 ふぅん、また合コンでメルアド交換した相手かなー、とか隣には独り言をつぶやいている彼女がいて。

 なんだか、さっきまであれだけ近くに感じていたのに。

 急に……急にだ。

 立派な髭をたくわえた置物に、二人して隠れて。

 綾城と縦一列に顔が並んで、まるでコントみたいになっていたのが。

 なんだか急に、滑稽に思えてしまった。

「……じゃあ。ここにいても意味なんてないし、そろそろ行こうか」

「う、うん」

 いったい、いつから錯覚していたんだ。

 こいつとの距離感を。

「ねえ、どうしたのよ? 歩くの早いって……」

「……なんでもないから」

 やっぱりこいつとは、元々分かり合えなかったんだ。こうやって話す前から、分かりきったことで。でも、そんな事は全部割り切って、こいつの言動に振り回されていた。

 そうだったはずなのに、いったいいつからだ。

「なんでもないわけないでしょ? いきなりあんたが、そんなブッ――サイクな顔になったんだから! なにがあったのか私に話しなさいよ!」

「お前になんか――」

 関係ないだろ。 

 ……なんて言えるわけなくて。

 それだけはすべてを台無しにしてしまうから、口が裂けても言いたくなくて。些細なことを気にした、ちっぽけな自分を知られたくなくて。

 でも、どうして。

 どうして俺はこんなにも――ん?

「……って、ええええっ!?」

 立ち止まって、信じられない気持ちで仰け反る。

 それは、路上ライブ。

 簡易なステージ上では、コスプレをした女性がマイク片手にパフォーマンスをしていた。

 ファンの中には横断幕まで用意している人間もいて。

 それには、『大人気声優✩ゆりりん』と無駄に達筆な文字で執筆されていた。

「……ねえ。もしかして、あれ。あんたの友達じゃなかった?」

「あ、ああ……」

 熱狂的な観客達の中で、一際目立っていたのはニワトリだった。

 ある意味では勝負服――ぶっちゃけ、イカレているとしか思えない服――を着ながら、野太い声を張り上げている。応援する動きは奇っ怪ながらも、どこか洗練されていて、軍隊の動きを彷彿されるほど。

「お前だけは、ずっとまともだと信じていたのに……」

 愕然としながら、膝を地面につける。

 いや、ただの他人の空似なのかもしれないと、ポケットからスマホを取り出す。

「なにするつもり?」

「……あいつ。土曜は、将来を約束した彼女と会ってくるって言ってたんだ……」

 そんな……嘘……でしょ、と綾城は絶望的な顔をする。

 まだ決めつけるわけにはいかない。確認を取るまでは、まだ。

「もしもし、ニワトリか」

『ニワトリじゃないって言ってるだろ。登坂だ、登坂』

 耳にあてた受話器から発せられたのは、紛れもなくニワトリで。

 そして目の前にいたそっくりさんも、電話にでる動作をしていた。

「そんなことは今はどうでもいい。いいか、嘘偽りなく答えろよ。お前はいま! いったい! 何をしているんだよ!?」

『な、なんだよいきなり尋問みたいに、こわいだろお。……まあ、なんだ、その……今は、俺の嫁と一緒なんだ』

 電話越しのニワトリの声は、含羞の口調。

 それは、自分の今の行動を後悔しているわけじゃなく。

 単純に、彼氏が友達に彼女を紹介するのを照れているような感じ。

『実はずっと……俺達離れ離れだったんだ。ゆりり――あっ、俺の嫁のことなんだけどな。その、俺の嫁と、昔はいつもこうして……会ってて、』

 それはきっと、路上ライブのことで。

『たとえ会話なんてなくても、お互い以心伝心しててさ』 

 それはきっと、ニワトリが妄想しているだけで。

『だけど、彼女が夢を叶えてから、俺の嫁とは会えなくなってよお……。でも、今日やっと久々に帰ってきてくれて……だから、今は――』

「……悪かったよ……こんな大事な時に、電話なんかして」

 徹夜したような赤目。

 たかがポジション争いで躍起になっている今のお前を見たら、さ。

 問い詰める気力も失せるってもんだよな。 

『馬鹿だな、板垣。何があったか知らないけどよお……いいや。なにがあったって……俺達――友達だろ……』

 湧き上がったものを、なんとか噛み殺す。

「……ああ、そうだ。そう……だよな。また……な」

『ああ……ノシ!』

 プツンと切れてしまった電話。

 俺は膝立ちしながら、まだ耳から離せない。

 そして、目の前の現実は信じがたいもので。

『みんな~、今日はこうしてゆりりんのために集まってきてくれて、あっりがとお~。今日わあ、集まってみんなのためにぃ、新曲を歌うよお~!』

 マイクで増幅された声に、観客達は熱を帯びる。

 ゆーりりん!! と、あれだけの人数の声が、ぴったりと重なるのは訓練のたまものだ。……そして、一番会場に響いたのは知り合いの声でした。

 ……なんだよこれ。なんだよこれえ……。悪夢ならさめてくれよ。

「行くわよ」

 一人では立ち上がることすらできなかった俺を、綾城は力ずくで起き上がらせて、

「この先にね、おいしいパフェのあるカフェがあるの」

 奢るわよと、言って先に歩く。

「――言っておくけど」

 綾城に追いすがるようにしていた俺に、綾城は冷酷無比につきつける。

「同情なんかじゃないわよ。ただ私が奢りたいと思って……そうするだけだから」

 ふん、とブーツを鳴らして歩く彼女。

 その背中は迷いなく、こっちの意見なんて聞く意思なんてこれっぽちも感じられなくて。

 だけど、傷心で思考停止していた俺には、そんな力強い綾城がありがたかった。

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