第24話 悔いなんて、あるわけない

 私のことは放っておきなさいよ、と死んだような目をして言ってきた綾城。だけど、傷心の綾城は危なかっしくて、一人になんてできなかった。

 だからこうして、グダグダ二人で時間を潰していたら、アリサ先輩との約束時間が刻々と迫ってきて。

 そわそわしていたら、見かねた綾城が、

「だったら、私があんたを送ってくわよ」

 と逆に俺が気を遣われてしまった。

 車窓から見える、暗い闇の中で光る家の灯。高速で移動する電車内からは、そんな一筋の光もすぐに視界外へと逃げていく。

 結局、そんなもんなんだろうって思う。

 ふと気が付くと、あれだけたくさんいた人たちは、途中で下車していって、最後に残ったのは俺たち二人だけだった。そして、他にも座るスペースは十分にあるというのに、なぜだか二人は密着するように座っている。

 綾城をなんとか元気づけようと会話を試みているが、生返事だけ。どうも会話が続かなくて、互いに無言になっていき、気がついたら。

「おい、綾城……」

 俺の隣で眠りこけていた。

 振られてしまったことで心を摩耗し切ったのか。無垢な表情のまま、俺の肩に頭の側頭部をくっつけている。ようやく、安寧の時間が少しは訪れて、ホッとしのかもしれない。

 今にも涎が垂れてきそうなぐらいの熟睡ぶりは、見ていて微笑ましくて。

 とても無理やり起こしてやろうとは思えなかった。

「んっ……」

 睡眠から脱した綾城。それでも半眼で、まだ寝ぼけているような顔をしていた。

 今日ぐらい、もっと寝ててもいいのに、と思っていると、

「あー、くーちゃん」

 と、綾城は舌足らずな口調で、俺を指差してきた。

 どこかおかしい綾城は、ほとんど泥酔状態と相違ない。

「何寝ぼけてんだ、綾じょ――お?」

「んー。ぎゅっ」

 な、なんだ、これ。一体何が怒ってるんだ。まだ寝ぼけたままでいる綾城は、おもむろに俺の腰に腕を回してきてきて、そして。

「……なんだかいつもより、固いわね」

 とか不満を言ってきやがった。

 きっとあれだ。抱き枕か、ぬいぐるみを抱いている時の習性だ。

 寝ているときは性格がガラリと変わってしまう典型例。

「起きろ、おい」

 肩を揺さぶるが、

「あー、うっさいわね!」

 そうやって罵ると、ギュッと締め付けを強めてきた。

「おい、綾城……おまっ……って、ぐえっ」

 気恥かしさに身を捩ろうとしたが。

 綾城の突然の締めつけ攻撃に、思わず舌を口から出す。

 なんて馬鹿力してるんだ、こいつ。どこまで起きてて、どこまで寝ているのかわからない。痛さに身を捩りながらなんとか突き放そうとするが、どこからそんな力がでるのか微動だにしない。

「くーちゃん……えへへ」

 誰だお前、誰だお前。女神のような顔をしているそいつは、いつものつっけんどんな雰囲気のこいつおてゃ、全くの別人で恐怖すら感じる。

「ぐあっ」

 ゴキッ、ボキッと背骨が軋む音がする。

「ちょ、待て! おまえええ、なにやってんだよ、離れろ!」

「ふふん……」

 聞いてねぇ、こいつ。って、マジで痛い。ぐああああ。こいつ、ほんとうは起きていて俺の体を使って、鬱憤を晴らそうっていう魂胆なんじゃないだろうな。

「……なんで」

 起こさないようにそーと、綾城の指を引き剥がそうとすると、


「なんで、告白しようなんて考えたんだろ……」


 こいつは、寝言という名の本音を漏らしてしまった。

 自分のクリティカルな部分を隠そうと必死で、でもそれが見えてしまうこいつ。

 相沢先輩はこんな綾城のことを知っていたんだろうか。

 あんなに調子が狂って、まともに話せないだけの綾城のことしか見たことがなかったんじゃないだろうか。

 もしも。

 もしも、こいつのこんな姿を相沢先輩が知っていたのなら、きっと――

「……ん?」

「綾城、やっと、起きたのかよ……」

 ようやく起きたそいつは、まだ状況を把握できていないようで。

 えっ、という顔で俺を眺めていた。

 パチパチと、目蓋を合わせて、目の前のことが信じられないみたいな様子で。

「おはよう。ずいぶんぐっすり寝てたよな、お前」

 だから、皮肉めいた語調で綾城に挨拶をしてやる。

 そしたら、ようやく自分の恥ずかしいさっきまでの行動を思い出したようで。

 耳まで真っ赤にする。

「あのな、さっきまでたいへぅ――」

 頬を張られて、唾の飛沫が真横にとぶ。ちょっとばかり、窓についてしまって汚い。いや、自分の唾なのだが。

「なにすん――」

 だ。

 と批難しようとするが。

 綾城は、まるで獲物に反撃された狼のように怒り狂っている。

「……あんた、なんで私の手を握ってるわけ?」

 視線をたどると、たしかに俺が綾城と手を握っているように見える。

「え、これは……おい、待てよ。勘違いしているようだから、言っておくけど俺の方が被害者だからな」

「……あんたはどうやら、制裁しないと分からないようね」

 ギリギリとバネじかけのように、後ろに引く腕は、俺を思う存分ぶっ叩くための仕込み。

 俺は無駄だとは思いつつも、

「いいから、少しは話聞けよ!」

 精一杯の抵抗はした。だから、悔いはない。あるわけがない。

「ぶっ!!」

 歯が折れそうなぐらいの強烈な一撃を頬に喰らって思った。

 やっぱり……後悔してもいいかな。  

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