第4話 ニワトリ

 

 9月2日の休み時間。

 クラスメイト達は思い思いに席を立って、友人と話し出す。

「こか……、いや、無理だな」

 小梶に視線をスライドさせるが、いつの間にか女子が四人ほど集まっていた。あれに近寄れる猛者は、リア充しかありえない。

 そのグループの中でも一際異彩を放つのは綾城で、とにかく目立っている。

 綾城が何かを話そうとする度に、集まっている女子たちは黙って視線を寄せている。クラスの連中で目は向けてはいない奴らも、耳だけは傾けているような気がする。

 なんか他の連中とは違うんだよな、あいつは。

「板垣、板垣」

 前の席に座っていた男子は、上半身だけ捻りながら肘を寄せてくる。

「どうしたんだよ? ニワトリ」

「ニワトリじゃなくて、登坂だ、登坂。いい加減、そのセンスのないあだ名はやめろよなあ」

 一応説明しておくが、ニワトリといってもコケッーと鳴き声を上げる鳥じゃない。こいつは登坂……あー、やばい。下の名前ど忘れした。まあ、コイツの名前なんてどうでもいいか。

 登坂の頭は、鶏の鶏冠みたいに、髪型が中央に寄って立っている。それは、思いのほか似合っていて、ほかの男子高校生がこの髪型なら、こいつ保守的じゃない『攻めるオシャレ』ができているな……。

 と、一目置かれていかもしれないが、それをお笑いに変えてしまうのがコイツのいいところでもある。

 そんな面白い髪の毛をしているニワトリは、にわかに渋面を作りながらも、俺に言われ慣れているせいで、そこまで気は害していないみたいだ。

 めげずに、そんなことより、と前置きすると、声のトーンを落とす。

「前から思ってたけど、あれってなに? なんであんなに小梶って、綾城さんと仲いいの?」

 そうか、ニワトリは中学別だったから知らないのか。

「綾城と小梶は、中学時代部長やってたんだよ。それで体育会系の部長同士、色々交流があったらしいぜ。それで、あんなに仲良くなっっちゃてるみたいだな」

「……そうだったんだ、どーりであんなに……。……なあ。なんていうかさ、ぶっちゃけあいつらできちゃってるみたいだよなあ。ほら、あの二人って、やっぱり……美男美女じゃん。こうして並んでいるとこ見ると絵になるし。……それに、あの仲の良さはちょっと異常だよなあ」

 何を喚いているんだか、ニワトリは。あまりにも節穴過ぎるだろ。

 男女が少し話をしていただけで彼氏彼女になっていたら、このクラスの男女はカップルだらけだ。

 ……だけど、もしもということもある。

「そんなわけないだろ。あの小梶が……」

 なんだか胸がモヤモヤする。

 女を寄せ付けない小梶が誰かを好きになるなんて、想像もできない。その時がきたら素直に祝福はするし、やっぱり喜ばしいことではある。……あるけれど、そうなってしまうと、俺だけなんだか置いてかれたみたいだ。

 あいつは俺の親友なんだから、そういう色恋沙汰は一言二言ぐらいは相談してくれてもいいはずなのに。

「なんだあ、板垣ぃ。旦那が浮気しそうなぐらいで妬くなよなあ」

「だ、か、ら、旦那じゃないって、いつも言ってるよな。ったく、そんなこと言うなよ、気持ち悪いな」

 中学の野球部時代の俺と小梶のポジショニングは、捕手と投手。

 二人でバッテリーを組んでいたという情報を掴んでから、こうやって『夫婦』とからかってくるニワトリがしつこくてたまらない。

 どうにかこうにかハエのように執拗なニワトリの問い詰めを逃れようと、

「そういえば……。昨日のことなんだけど、綾城が校門近くまでバイクで突っ込んだ時あっただろ」

「ああ、人づてに聞いた。板垣、ビビって腰抜けてたんだって?」

「それは……できれば、きれいさっぱり忘れろ」

 中学時代の話からうまく切り替えられたと思ったら、逆に袋小路に追い込まれてしまった。

 くっそ、どうにかこうにかして話題を逸らさないと。

「……俺のことは今は置いとこう。とにかく! その時に綾城が男と一緒にいたから、きっと、そいつが綾城の彼氏だよ」

「……それは違うと思うけどなあ」

 と、断言するニワトリは、やけに確信に満ちた目をしている。

「その場に俺はいなかったから分からないけどなあ、それって、数多くいる綾城さんの男友達の一人だと思うよ。なんか綾城さんって、男を手玉にとって、取っ替え引っ変えしてるらしいだろ。でもって、それは単なる男遊びで、彼氏とかじゃないらしいし。……なんだか、モテる女はやる事が違うよなあ」

 男遊びか。

 らしいといえば、らしいけれど、なんだかそういう噂を聞くとあんまりいい気分はならない。

「なに、綾城のこと気になってるの?」

 ニワトリの見当違いな探りを入れるような目に、違う違うと手を振る。

 美人で目を奪われた時も入学当初一瞬あったが、あの一件で完全に目が覚めた。きっと入学当初は魔が差していたんだ。やっぱり、俺はああいうタイプは苦手だ。

 たぶん、価値観がまるで違う。

 朝からバイクで送り迎えさせていて、男は便利な道具だと思い込んでそうだ。

 なんというか、それって違うんじゃないかって思う。男が上だとか、女が上だとか。そうじゃなくて、どちらも同じ目線で話し合えなければ、それは――いや、そんなこと思っても意味ないか。

 俺はニワトリに目を向けると、

「……ただちょっと事情があって、勉強を教えてもらえる人間を探してるだけだよ」

 チラリと教室の端を見れば空席がある。一番後ろの窓際で、内職するには絶好の位置。だけど、そこには新学期が始まってから誰も座ってはいない。

 勉強を教えてもらう交渉以前に、彼女に会わなければ意味がない。

 御島友紀が学校に現れたのは、それから五日後。

 新学期が始まった一週間後のことだった――。 

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