第3話 発光の美少女
小梶は腑に落ちないような顔をしながら、
「まあ、ありといえばありなんじゃねぇーのか。……だけど御島さんってあんまり学校に来てないから難しいんじゃねぇーの。だったら、他に適任がいるだろ」
「適任って……誰だよ?」
誰なのか、しかも小梶の口からでるってことはあいつだ。まあ、そんな感じでおおよその察しはついていた、なるべくなら他の奴を言って欲しい。
「綾城でいいんじゃねぇーの」
……だけど、まあ、自然とそうなるよな。
親友の言葉にうーんと唸る。
「……綾城彩華ねぇ……」
綾城は学年でトップの成績を誇っている女子だ。
試験となると、綾城と御島さんとが学年一位の座をかけて争っているが、自力の差は綾城のほうが上らしい。始業式での生徒代表挨拶も、綾城がつとめていたしな。
だけど、
「あの人には頼みたくないかな」
「……なんでだ?」
「単純な理由だよ。……俺が、あの人は嫌だから」
怪訝な顔で見られるが、その場の空気に無頓着な小梶にいくら説明しても理解できないだろうな。
なんというか、あの人は近寄りがたいオーラを纏っている。
他の女子生徒が霞むほどの美貌。
こっちに来るなと言っているような、猛獣のような威圧感。
それから、いつも取り巻きに囲まれているという理由もある。
まるで女子たちを従えて、私がこの中でリーダーですよと主張しているような、あの感じがどうにも肌に合わない。俺みたいな地味系男子はその輪に入ることは許されないみたいな、無言の圧力がある。
そんな不可視な心の壁に、どこ吹く風で入り込めるのは、クラスの男子の中でも小梶ぐらいだ。
「あのなあ――」
小梶がなにやら言おうとしたが、なにかの異変に気がついたように口をつぐむ。
その理由が俺にもすぐにも分かった。
ブゥゥウンンとエンジン音が地鳴りのように、腹の下から響く。
まさかと思って後ろを振り返ると、バイクが猛スピードで、こちらに向かって突っ込んできた。人と人との間を器用に躱してはいるが、あの速度だとそれもそろそろ限界。というか、俺に向かってきていないか、あれ!?
「は、はあ!?」
嘘だろ!?
ぶ、ぶつかる――。
反射的に両腕を体の前で交差して、ぶつかるのを覚悟で、目蓋をギュッと閉じると、そのまま無様に尻餅をつく。
キキィ、と急ブレーキをするタイヤの擦れる音が聞こえ、そのあとは無音状態。鼓膜が破れてしまったのかのように、なにも聞こえない。そのまま五感の機能が一瞬だけ全て停止していたような気がした。
しばらくすると、下からゴムの焦げたような臭いだけが鼻腔にたちのぼってきた。俺は恐る恐る目を開けると、
「……あっ、えっ?」
そこにはとてつもなく眩しい何かがいた。
見上げているせいか、太陽の逆光が影になっていて見えづらい。影のシルエットのしなやかさから、女だということだけは分かる。
後部座席に乗っていたその女が地面に降りてヘルメットをとると、更に強烈な光が網膜を灼く。彼女が茶色がかった長髪を横に振りまくと、光の粒子が飛んでいるかのような幻視すら視える。
視覚がおかしくなってしまったのかと、うわ、えっと譫言のようなものを呟きながら、目の前の女をしっかりと正視する。
太陽の如き灼熱さを体から漂わせながら、燦々と光を放ち続けている発光体の正体は、まさにさっきまで噂していたご当人。
綾城彩華だった。
切れ長の眼は絹糸のように細く、スカートから覗かせる華奢な足はモデルのように長い。
彼女は動物の牙のように尖っている八重歯を見せると、
「大丈夫?」
最初は耳鳴り。
一拍の間が開くと、綾城の気遣いの言葉がようやく脳へと浸透する。即座に立ち上がると、尻についた砂利を両手で乱暴に落とす。
睫毛をひそめる綾城をあまり気遣わせないように、あはははと笑いながら頭を垂れる。
「だ、大丈夫です」
敬語で言ってしまうのは、恐らく綾城の派手な登場シーンに気圧されたから。
どうにもアドリブの弱い俺は、恐らく綾城とは初めての会話をしているがため、直視できずに目をそらしてしまう。
「このままじゃ、学校遅刻するわよ」
目を落としながらも、綾城の動く気配だけは伝わってきた。
「もう校門前なんで、遅刻なんて――」
……って、あれ? 愛想笑いを続けていた俺が頭を上げると、そこには誰もいなかった。あれ、あれと首を回していると、小梶がため息をつきながら指を指す。そっちの方を見てみると、
「そろそろ、行ったらどうかしら?」
「ちょっとちょっとー。そこまで邪険にしなくてもいいっしょ。せっかくここまで送ってあげたのにさあ。どうしてそんなに冷たいのかなー、彩華ちゃんは」
綾城とごついバイクを運転していた男が揉めていた。
男は光沢のあるライダースジャケットを羽織っていて、眼にはサングラス。いかにも遊んでますって感じの奴で、ちょっとギャルっぽい綾城とはお似合いって感じで。
なんだかカップルの痴話喧嘩みたいで、さっきの俺がどうしようもなく馬鹿みたいだった。というか、馬鹿だな、さっきのは。小梶が居る前でだいぶ赤っ恥だ。
俺のことを無視した綾城は、
「いいから行きなさいよ。……なんか、さっきから私達目立ってるし」
「はっ。いいじゃんか、そんなの。ここにいるみんなに俺らの仲、見せつけちゃえばさあ」
男はへらへらしながら肩に手を置くが、綾城はそれをパシッと冷たく払う。
「……あんたとは昨日会ったばかりでしょ。いいから……早くどっかに消えてよ」
「あはは。手厳しいね、ほんと。でも、そういうとこがさ、彩華ちゃんの可愛いところだと思うよ」
さらに眼光を強めた綾城に、おっと、怒っちゃったかな? とチャラついた男は歯牙にもかけない。バイクのアクセルを吹かすと、
「それじゃあまたね、彩華ちゃん。何かあったら、またいつでも呼んでくれていいからさ」
男の乗ったバイクは、法定速度を超えたスピードで去っていく。
綾城は何事もなかったかのようにくるりと踵を返してそのまま歩き出すと、小梶もそれについていく。
「おはよう、小梶くん。休みの間はどこか旅行にでも行ったのかしら?」
「おはよ。残念だが、休みの間はずっと野球漬けだったからせぇで、どこにも行けてねぇーな」
「あははは、そっか。私もずっと水泳してて、全然遊べなかったのよね。……そういえば、この前水泳大会の新人戦があったんだけどね――」
なにやら運動部に所属している人間しか話に参加できない空気。俺はその空気をぶち壊すことなんてできずにいて、二人は、こちらのことを気に留めずに校舎の中に入っていく。
そして。
二人が校舎の入った直後になったHR開始のチャイムで、正気を取り戻すまで。それまで、置いてけぼりを喰らった俺は、ぼんやりとした頭のまま立ち尽くしていた。
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