第22話 流れ星

 すっかり暗くなってしまった帰り道。

 綾城は、片手でバッグを持ち。

 それをヒップに当てて、外敵からの視線をガードしている。

「さっさと歩きなさいよ」

「……ああ、はいはい。だったら、そんなにくっつくなよ」

 いくら夜道で人通りがなくても。

 二人で一列を作りながら、道路の端を歩行する姿はどうにも落ち着かない。

「仕方ないでしょ。スカートがスースーしてるもの」

 綾城の、もう片方の手はスカートの前を押さえているのだが。

 それでも気になるらしい。

 だけど。

 うっすら制服の中にある水着が、肩の部分だけ見えてしまっている方が俺にとっては問題だけどな。

「……何見てんのよ?」

 すると。

 ムッとした顔つきで、綾城が迫る。

「な、なんでもない」

 それよりも、と無理やりにでも話題を振る。

「なんで、俺なんだよ」

「……なんのことよ」

「だから、なんで俺のこと呼び出したんだよ。お前にだったら、もっと他にいっぱいいるだろ」

「まあ、あんたなんかよりも頼りになる人はたくさんいるわね」

 グサッと、ナチュラルに毒づくな、こいつ。

 小梶にだって負けてないよ、マジで。

 と、――

「わっ!」

「きゃ!」

 曲がり角で突然飛び出してきた自転車に、俺達もろもろ引かれそうになる。

 ライトも点灯せずに曲がってきた自転車の主。見た目は同じ男子高校生ぐらいの奴が、あっ、すいませんでした。

 と、少しだけお辞儀すると。そのまま、何事もなかったかのように自転車で去っていった。当たる寸前で退いたからよかったものの、もう少しで衝突事故になるところだった。

「おい、大丈夫か。綾城……」 

「えっ……」

 咄嗟に背中に回して庇ったけれど。

 綾城の唇は青白くなっていて、とても大丈夫そうではなかった。

「う、うん。大丈夫よ」

「おい、ほんとに大丈夫か?」

「…………うん」

 綾城の声には張りがなくて。

 いつもの調子を取り戻して欲しくて、俺は、

「まあ、お前も俺と最初に会ったときに、同じことしてるから。これも、因果応報ってやつだな」

 心にもない冗談を言ってしまう。

 だけど、それでまた口喧嘩になると思ったから。また怒りパワーで、俺に食ってかかるぐらいの覇気でくるかと期待したから。

 でも、

「そうね」

 一言で言い切る綾城から、感情というものが見えなくて。

 夜風が急に冷たくなった。

 二人して道に立ち止まっていて。

 沈黙が痛々しくて。

 俺は耐え切れなくなって、謝ろうとしたら、

「その、俺――」

「ねえ、さっきの話の続きしてもいいかしら」

「……あ、ああ」

 綾城はこっちを見据えてきて。

 なぜか、その顔はどこか悲しい表情のように見えた。何かを耐えているような、そんな顔に。

「私ってほんとに脆いのよね」

「脆い……?」

「そう。あの電車の件があったせいか、なんだか急に怖くなったのよね。もしもこんな格好一人で歩いたら、また男の人に何かされるんじゃないかって……そう思ったら、怖くてしょうがなくて、だから、こんな格好で家に帰りたくなかったの」

「それは……」

 たしかに、そうだった。

 そのことは完全に失念していた。

 なぜなら、そのことは二人の間で話題に出なかったから。それはきっと、綾城にとっては過去のことで、もう気にも留めていないって思っていたから。

 でも、本当はずっと心にのしかかっていたんだ。

 なんで自分勝手に呼び出してんだよ、って理不尽だなこいつは、としか感じていなかった。そんなことしか、俺は考えることができなかった。

 でも、これで分かったことがある。

 綾城にとっては、助けに来るのが誰でも良かったんだ。それがたまたま俺だったでだけで、事故同然だったわけだ。まあ、そんなことどうでもいいよな。

「あんた、さっき言ったわよね? どうして私があんたを呼び出したかって。……それは、あんたにだけはこういう私を見せてもいいって思ったから」

 フッと、綾城は微笑を浮かべる。

「こういうデリケートなことって、やっぱり……。リエとかに相談した方がよかったのかも知れないわよね。だけど、私は自分の弱みを他人に晒すのが嫌なの。いつだって、弱音を吐かずに、いつだって強気でいたい。……それが私の生き方だから。なーんて、こんな女、可愛げなんてないわよね」

 そんなことって、言おうとすると綾城は目で制す。

 そして、でも、と付け足す。

「あんたにだけは見せることができた。……それは、私の一番の失敗してしまった。相沢先輩との……アレを見られてしまったからなんだって思うけど、……でも、それがあんたで良かったって今では――」

 あの時の綾城は本当に一生懸命で。一心不乱だった。

 今でも、見てしまってよかったのかわからなかった。

 だけど、それがこうして綾城の助けになったのなら、それはそれで結果オーライだったのかもしれない。

「……まあ、あんたが滅茶苦茶弱い人間だからっていうのもあるわよ」

「……おい」

 オチがついて安心したよ。

 お前と俺はこうでなくちゃ、なんだかしまらない。

 フフンと、綾城は笑っていて。

 奇妙な連帯感が生まれているのが、綾城の笑い顔から見て取れる。

「……あっ」

 いきなり、綾城が空を仰いで口を少し開ける。

「どうしたんだよ」

「……ううん。流れ星だったかと思ったんだけど、見間違いだったみたいね」

 俺も綾城を見習って、空を見上げると。

 月は淡く銀色に光り。

 傍に居座っているたくさんの星々も、負けず劣らず輝きを放っている。

 こんな幻想的な夜なら、流れ星の一つや二つあってもおかしくない気がする。

「そっ……か。もしもあったら、願い事唱えればよかったな。告白、うまくいくようにとかな」

 ふん、そうね、と綾城は苦笑すると、

「でも、知ってる? 流れ星ってあまりに流れるスピードが早いせいで、三回願いを唱える前には絶対に落ちるって。……それって、願いは絶対に叶わないって、星に言われてるようでイライラするわよね」

 腕を組んで苛立ちをあらわにする。

「それは知ってるけど。なにも、星にあたらなくてもいいだろ……」

 綾城はようやく歩き出すと、

「でも、ほんとうは不可能じゃないのよ。知ってる? 流れ星の願いを叶える方法」

 なにやら禅問答のようなクイズを出してきた。

 俺は困惑しながらも、ついて行く。

 なんだか頭のいい綾城に、馬鹿にされているような気がしてならない。

「そんなもの……分からないよ、馬鹿な俺には」

 そんな俺をみて愉快そうに笑う綾城。

「あのね、馬鹿にしているわけじゃないわよ。むしろ答えは単純なんだから。一人じゃ到底言い切ることはできない。でも、二人なら言い切れるかも知れないでしょ。……それが、願いを叶える方法。一人じゃなできないことを、二人協力してやれば、できなかったこともできるようになる。だから、土曜日はあんたも少しは私に少しは協力しなさいよ」

「……おい。それが言いたかっただけだろ」 

 俺はげっそりしながら言い捨てると。

 綾城は、

「なによ、いまさら気がついたの?」

 今夜空の上に浮かぶ三日月のような。

 びっくりするぐらい綺麗な笑みの形を作った。

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