第7話 告白



「……好きです。……相沢先輩……」


 か細くて、消え入りそうで、震えていた声音。

 でも、その言葉は真っ直ぐすぎるぐらいに明確。逃げ道を一切作らない、直球勝負の旨。告げるだけで、いったいどれだけの覚悟を込めたのか計り知れない。

 首を根元から折って俯く綾城の顔は、垂れている長髪のせいで見えない。だから、彼女には一瞬変わった相沢先輩の顔を見ることができなかっただろう。

 相沢先輩は困ったように、硬直した。

 ああ、そうかきっとだめ……か。

 なぜか見ているこっちのほうが緊張していると、

「俺も……俺も好きだよ」

 相沢先輩は静謐な笑顔を作った。

「……えっ……」

 弾かれるように顔を上げた綾城は、呆けるように小さく口を開けた。想定の範囲内だったかのように、目蓋をパチクリさせると。

 じわっと、彼女の瞳に透明な何かが溜まる。

 そのまま喜びを噛み締めるように両手で覆いそうになると、

「俺も、綾城みたいな後輩を持って……、先輩として鼻が高いな」

 先輩の袈裟斬りのようなバッサリないい口を聞いた綾城は、両手を中空で止める。それは、先輩後輩としの関係として『好き』って意味の言葉。

 綾城の顔の異変に気がついていない相沢先輩は、

「ありがとな、綾城。そこまでして……俺を慰めてくれて。それだけ優しくて思いやりがあって、真面目で素直な性格のお前なら、きっと俺よりも水泳上達するよ。……あれ、どうした? ……綾城? なんか……顔色が……」

 相沢先輩にとっては、何気ない一言だったのかもしれないけれど。

 綾城の表情を見ただけで、それがどんな効果をもたらかしたのかぐらい分かった。俺には……痛いぐらいに分かってしまった。

「あ、」

 唇をわななかせながら、言葉に詰まりながら、それでも綾城は、不器用なりにひび割れそうな笑顔を作る。

「そ、そうですか!? 先輩にそう言ってもらえて、嬉しいです!」

 無理やりといった様子で、綾城は声を弾ませる。

 感情を押し殺すかのように、拳をギュッと握りしめていて。

 なんとか笑おうと努力している彼女を見ていると、胸の奥が軋む。見続けるのが辛くて、手近な遮蔽物に身を隠す。……それでも聞こえてくるのは、もはや残酷なまでの先輩の優しさ。

「お前と久しぶりに話せてよかったよ。……じゃあ、俺はそろそろ帰るから」

「すいません、相沢先輩。お忙しいのにお引き止めしてしまって……」

「あははっ、ぜんぜん気にしなくていいよ。俺もお前に色々言われて、嬉しかったからな。……それじゃあ、他のやつらにもよろしくな」

「……はいっ」

 傷口をえぐるような、半端な心遣い。

 優しげに語りかける相沢先輩はいい人なのだろうけど、どれだけ相手を傷つけていることかってことはきっと分かっていない。

 どうせなら、もっと遠ざけてしまってくれたほうがいっそ楽なのに。

 ……そう思っていると。

 ザッ、ザッ、ザッ。

 先輩が立ち去る気配を感じたと思ったら、こちらに近づいてくる足音が聞こえてくる。

 嘘……だろ。

 壁にへばりつくようにくっつくと、祈るような想いで身を屈める。見つかるかどうかなんて、怖すぎて視認できない。

 そのままギュッと目を瞑り、息を殺す。

 すると、足音は淀むことなく進んでいってやがては遠ざかっていた。おののきながら瞳を見開くと、それはやっぱり綾城で、どうやらあの様子だと、間一髪気づかれなかったようだ。

 ……いまのは――ほんとに危なかった。見つかっていたら、言い訳のしようがなかったな……。

 ズズズっと壁に体重を預けたまま、鈍重な腰をおろして座り込む。

 好きです……か。

 遊んでばかりいそうなあの綾城でも、恋するんだな……。

 でも、あれだけ綺麗な彼女で、恋愛も百戦錬磨のようなやつでも、告白……失敗したりするんだな……。

 俺は、俺の恋はどうなんだろうか。

 そして、自分のことを見つめ直して、俺ははっとした。

 綾城に比べて。

 ……俺は……あの人に告白すらできていないってことに気がついた……。

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