第16話 三角関係

「ニワトリ、次の体育って、たしかソフトだったよな」

「だったはずだろ。あーあ、最後の授業が体育とか、先生何考えてんだろうなあ。あと、忘れるところだったけど、ニワトリじゃなくて……登坂な、登坂」

 ニワトリとだべりながら廊下を歩いていると。

 窓枠のある壁に寄りかかり、澄ました顔をしている綾城がいた。

「ふぅ……。ようやく着替え終わったみたいね」

 そして、不敵な笑みを浮かべると、廊下の真ん中に仁王立ちする。

 邪魔な髪の毛を髪留めで留めているそいつは、体操服姿。

 そのせいでいまいち迫力に欠けて、なんと声をかけていいかもわからない。

「そういえば、小梶ってどこ?」

 だから、スルーすることにした。

 なんというか、こうなった時の綾城の対応の仕方を間違えると、いつでも殴られているような気がする。だったら、逆転の発想で相手をしなければいい。

 それに、小梶と一緒にグラウンドに行こうかと思っていたのに、さっきから姿が見当たらないのも気になっていた。

「どうせ、便所とかじゃね? 教室にもいなかったし」

 ニワトリと二手に分かれ、廊下の両端に寄る。綾城を避けているニワトリは、これでいいのかという顔をしながら、ちょっと恐れているような感じで歩いている。

 なんたって、綾城はものすごくご満悦そうな顔をして、瞳を閉じて、両腕を組んでいるから。正直、無視してもいいものかと、俺もハラハラしているが後の祭り。

 そのままちょっと可哀そうになってきた綾城の横を通り過ぎて、少しばかり歩いて、離れていたニワトリと合流しようとすると、

「……って、なに無視してんのよ、あんた! いつからそんなに偉くなったわけ!?」

 キンキン耳鳴りするような声を張り上げてきた。

 耳を塞ぎながら振り返る。

「な……んだよ!?」

「なんだよ……じゃないわよ! あ……あんたに頼みがあって待ってたのよ」

「……た、頼み?」

 こいつがいうと、なぜか不穏な響きがする。

 手作り料理の、危険処理の実験台になってくれとかじゃないだろうな。 

「そう、今週の土曜日。予定空けときなさいよ」

 なんだか。このシチュエーション凄いデジャヴな気がするんだが。

「……おい、またデートとかじゃないだろうな」

「違うわよ、今回はちょっと用事に付き合って欲しいの。あんただってどうせ暇でしょ?」

 こっちの話を聞いていない慇懃無礼さに、俺は辟易する。

 だけど、今回ばかりは素直に首を縦にふるわけにもいかない。

「あのなあ、俺だっていつも暇ってわけじゃないんだよ」

「はあ? じゃあ、なにがあるのよ?」

「……それは、あとで教える」

「……なんでよ? さっさとここでいいなさいよ」

 綾城は唇を尖らせる。

 よっぽどさっき無視したのが腹に据えかねているらしい。

 どうせ、そんなことなんて放っておきなさいよ! みたいに怒り狂ったように言い放ってくるかと思って、内心身構えながら、

「あ、アリサ先輩に会うことになったんだよ……」

「………………そうなの……ふーん……」

 あれ? 思っていたよりもこいつの反応が薄くて、なんだか拍子抜けだ。

 てっきり、罵詈雑言な暴言を吐いてくるかと思っていたのに。

「まあ、いいわ。それっていつから?」

「いや、まだちゃんと決まっていないけど、バイトで遅くなるってメールがきたからな。……多分、夕方過ぎぐらいとかじゃないのか」

「……だったら、別に構わないでしょ。私の用事は、遅くても昼過ぎで終わるんだから」  

 いきなりクールダウンした綾城が気になって。

 なにか気に障ることでも言ったのかと気を揉んで。

 ジャージの襟を触っている綾城に、俺は――

「もしかして、反対に着てないか、それ?」

 ジャージ下の体操着を指を指す。

 え? 嘘でしょ? と首元についているタグを触ると、

「なんで、ああ。もう、あんたのせいで……」 

 理不尽にキッとこちらを見やる綾城。とにかく、そういうことだから。絶対に予定空けときなさいよ! と叫ぶと、目の前にあるトイレへと駆け込んでいった。

 ……っていうか、女子トイレの前で話し込んでいたのか。

 居心地悪すぎるだろと思っていると、おい! とニワトリが肩をぶつけてきた。こいつの絡み方は妙に暑苦しいな。

「なんだよ、板垣。今のは!?」

 と、鼻息荒く詰め寄ってきた。

 ああ、そういえばこいつが近くにいるの忘れてた。

 素晴らしきかな、こいつの地味属性。なんだか、こいつの地味さを味わうとほんわかする。だからこそ、あの事件は闇に葬りたいぐらいだ。さっさと、街中でこいつのドッペルゲンガーに邂逅してしまった事故は忘れてしまおう。

「デートってなんだよ、デートって! いつの間に綾城さんと仲良くなってんだ。しかも、アリサ先輩って誰なんだよ。もしかして、三角関係なのか?」

 あー。そういえば、こいつにアリサ先輩のこと話したことなかったな。

 こうして男らしい汗臭さを漂わせながら、寄ってくるのを予感してたから、話さなかっただけだけどな。

「なんでもないって」

「そんなことないだろお、今のは!? 今の会話は絶対になんかあるとみたな、俺は! ――なあ、小梶?」

 何故か俺は、びくんとビクついてしまった。

 親友に綾城との最近あった色々話していないことがあって、なんだか後ろめたい。

 ニワトリが不意にかけた声の先に視線を送ると、トイレからちょうど小梶が出てくるところだった。入ろうとした綾城と鉢合わせするような形になって。

「……どうしたんだ? 綾城。何かあったんじゃねぇーのか?」

「えっ、ううん。なんでもないの、小梶くん。……ね? 準一」

 なにか余計なこと言ったら、ぶっ殺す。

 とでも言いたげな鈍い光を放つ瞳に、ああ、なんでもないと俺は肯くしかできなかった。

「じゃあ、先にいくね。小梶くん」

 パッと小梶にだけ手を振って、走り去っていく綾城。

 ……それにしても。

 なんだか小梶と話している時のあいつは、ちょっと怖かった。あまりにも、美人すぎるせいだろうか。鼻と眼の配置が計算し尽くしたかのようで、まるで機械なのかとさえ思ってしまう。それから、抑揚のない話し方に、無機質な冷たさを感じた。

 でも、俺があいつと話す前はずっとあんな感じだったんだよな。段々と話していくうちに、あいつも本性を現していって、今のような残虐非道な綾城になっているわけだ。俺にだけなんだか酷い仕打ちばかりしていて。

 というか。

 ……あれ? なんかおかしいなーって思ったら。

 そういえば、あいつ。俺の名前を呼び捨てで……。

 小梶には丁寧にくん付けなのに、俺だけぞんざいって。扱いの差がひどいな。

「なあ、準一。さっきの綾城どうしたんだ? なにかお前知ってんじゃねぇーのか?」

 重そうな目蓋で気だるげに話しかけてくる小梶に、俺はさあな、とサラリと嘘をついた。そうしないと、もしもここで俺が小梶に明かしたことがばれたとき。なんでそんな恥ずかしいこと言ったのよ! と綾城に報復されるかもしれない時が怖いからだ。

「……そっか」

 さしてどうでもよさそうに小梶は呟いて、そしてもう一度……そっかと言った。

 その時に、どうしてそんなにも複雑な表情をしていたのか。

 ちゃんと考えていれば良かったと、馬鹿な俺が気がつくまであと――40分後のことだった。

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