第28話 狼羊の仲
ようやく俺にも告げることができると思った、その、刹那――ポケットが振動する。
俺はそんな瑣末、気に掛けず強気で言おうとするが。それでも、執拗に震え続けるスマホに、とうとうアリサが、
「別にいいよ、とっても」
「はい。……すいません」
誰だよ、こんな時に。
俺はバッと着信相手を見ると、そこに映っていた名前は――小梶の名。
うわっ……と思わず呻いて、軽く混乱する。喧嘩別れ同然のまま、一言たりとも言葉を交わしていない。そのぐらいの険悪モードだったから、また怒鳴られるんじゃないかと思い、電話に出るのを躊躇われた。だが、無視するわけにも行かず、
「……もしも――」
『準一! お前……綾城と一緒じゃねぇーのか!?』
耳元で、怒鳴られるような声量を吐かれて、思わず耳から遠ざける。
だけど――なんで今、綾城?
「一緒にいたけど、少し前に別れたよ。それが――」
『少し? それは……どのぐれぇだ。早く答えろ!』
「……えっと、一時間前ぐらいかな」
切羽詰っている小梶が珍しくて、目を点にしながら答える。
なんだか、嫌な予感がする。それはものの見事に当たってしまって、
『綾城が……家に帰っていない』
「は?」
公園に設置してある時計台を見上げると、もう12時を小さな針が指示していて、日付が変わっていた。
『連絡網で回ってきたんだけど、綾城の居場所について、誰にも心当たりがねぇらしい。どんなに遅く帰っても、家に連絡を入れる綾城が、今日は電話も通じねぇらしい。……まさかとは思うが、最悪のケースも考えなくちゃいけねぇ。……お前、なにか心当たりはねぇのか?』
小梶のくぐもった声に、俺はあ……、と自信なさげに声を上げる。
もしかして、あいつ。振られた反動で、自暴自棄になって、家に帰らないつもりなんじゃないのか。それが、どんな意味の家に帰らないってことなのかはわからない。
もしかしたら、『もう一生家に帰らない』って意味なのかも知れない。
あまりにも極端な考えだが、反射的に極端な行動する綾城のことだ。何があってもおかしくはない。
『……なにかあるんだな。チっ、やっぱりじゃねぇーか。まあいい。……とにかく、今俺も探し回っているとこだ。見つけたら、俺でも誰もいいから連絡しろ。いいな!』
ブツン、と俺に言わせることなく、電話は切られる。
綾城が……帰ってない。
なんだそんなことか。たった、それだけのことだ。
どうせまた堀江とかと夜遊びして、カラオケでも行っていて。着信音に気がつかないとか、そんなのがオチ。
……なんて思える程に、俺とあいつの密度は薄くはなかった。
少しずつでも重ねてきた思い出が、俺たちにはあった。そこから生まれる『信頼』とも言えるようなものがあった。
最初は、まるで敵どうしのように、いがみ合っているだけだったけど。
いつの間にか、こんなにもあいつのこと――。
だから、
「……アリサ。その……」
俺は……と言おうとすると、
「行ってよ、板垣くん」
あまりにも、あっさりとアリサは俺の胸中を言い当てる。先回りして、促してくれる。でもそれは、俺のことなんてどうでもいいってことである証なんじゃ――
「ここで行かなかったら――私の知ってる板垣くんじゃない」
そうだった……そう、だったんだ。
俺のずっと好きだったこの人は、がんじがらめになった想いの紐を解きほぐしてくれる。いつだってそうやって、俺のことを導いてくれていたんだ。
だったら俺は、ためらいなく、前に進むことができる。
「すいません。でも、いつか、必ずこの話の続きはします。だから今は……行ってきます!」
「……うん、行ってらっしゃい!」
俺は、アリサのヒビひとつない笑顔を見送ると、走り出し、そのまま短距離走のように加速する。アリサがそうやって俺の背中を押してくれたからこそ、こうして走れる。だから、綾城が妙なことを考える前に、俺が――あいつを助けてみせる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます