救済と殺害

第25話 私を、助けて

 長い旅の末、シストとルビーはついにグルダンの町にたどり着いた。グルダンの町は王都からも近く、産業が発展している。貿易も盛んで、古今東西の珍しいものがいたるところに並べられていた。


 二人は真っ先に宿をとり、今後の予定について話し合う。



「ルビーさん、道中で話した通り、このグルダンの町にツベキュローシスの特効薬を作る材料があるはずです。ベストは『ファルマ』という赤色の薬草。それが見つかりましたら、きっとルビーさんの病気を治すことができますよ」


「この厄介な病気とも、ようやくおさらばできるってわけね」


「はい。ですので、アリアさんに会うのは、その特効薬ができてからにしてはいかがでしょうか」


「なんでよ」



 ルビーは小首を傾げる。別にアリアに会うのはいつでもいいではないか。むしろ、一刻も早くアリアに会って仇の情報を知りたい。それが今のルビーの気持ちだった。



「ルビーさんの性格上、仇の情報がわかったら、すぐにでも飛び出していってしまうではありませんか。それでは、特効薬の作製に十分な時間をかけられません。それに、ルビーさんの症状も悪化してきているようですし、ここは無茶をしないほうがいいかと」


「アリアさんを狙っているってやつらはどうするのよ。あんたの知り合いなんでしょう? あのフードの男たち」



 シストはそれを言われると少々悲しそうな目をする。それを見て、ルビーは余計なことを言ってしまったと思った。しかし、これも仇討ちには必要なことなのだ。ここで引いてはいけない。



「彼らは、もうアリアさんを狙うことはしないでしょう。少なくとも、僕がこの町にいる間は」


「ずいぶんな自信ね」


「カイのことは、昔からよく知っていましたから」



 シストはさみしそうに笑う。そんな旧友とあんなことになってしまったのが残念なのだろう。その気持ちを考えると、ルビーはシストに強く言えなくなってしまう。



「わかったわ。私はおとなしくベッドで横になっていればいいのね」



 ルビーの言葉に、シストは一瞬呆けてしまった。まさか自分の言葉を素直に聞き入れてくれるとは思ってもみなかったのだ。またいつものようにわがままを言われ、それをなだめてから特効薬を作りに行く。そんなことを計画していたシストだった。



「ずいぶんと素直ですね」


「私はいつでも素直よ。ヒーラーに逆らって、寿命を縮めたくはないからね」


「殊勝な心掛けです」



 いつもこのくらい素直ならシストも苦労しないだろう。しかし、ここまで素直だとちょっと物足りないと思ってしまう自分もいた。ずいぶんとルビーに毒されてきている。シストはそう思った。


 シストは身支度をして、外出の準備を始めた。といっても、いつもの白衣に治療用の道具をいくつか突っ込むだけだが。


 そんなシストに、ルビーが思い出したように話しかける。



「あ、でも、いつまでも待ってはいられないわよ。しばらくして、あんたが特効薬を作れないってわかったら、私は一人でもアリアさんのところに行くからね」


「わかりました。僕も時間をかけるつもりはありません。ルビーさんの、少しでも苦しむ時間を減らしたいですからね」


「……ありがとう」



 ルビーはシストに聞こえるか聞こえないかという微妙な音量でお礼を言った。シストはその言葉が聞こえなかったのか、外出の準備を完了させて意気込む。



「よし。それでは行ってきます。夜には戻りますので、それまでおとなしくしていてくださいね。前みたいに抜け出してはダメですよ?」


「何度も言われなくても大丈夫よ。私、そんな子供っぽいことしないから」


(カノンの町では、十分子供っぽいことをしたんですけどね)



 シストは一言くらい言ってやろうかとも思ったが、ここで喧嘩になってしまうのもつまらない。いつものように軽く受け流し、シストはツベキュローシスの特効薬を作るために薬草『ファルマ』を探しに行った。


 残されたルビーはベッドに入り、窓から見える空を見上げた。相変わらず、この国の空は高い。気持ちがいいほどの快晴だった。


 ルビーは考える。何もできない時間があれば、人は何かを考えてしまう。



(私の時間は、あとどれくらいあるの? シストが言う特効薬は、本当に完成するの?)



 ルビーは首を横に振った。今考えたことを必死に頭の中から追い出そうとする。



(疑うのはやめよう。私は、シストを信じている。今まで何度もシストに助けられてきたじゃない。今更、シストが期待を裏切るようなことはしないわ。だから――)


「うっ。ごほっ、ごほっ」



 ルビーは何度も咳き込んだ。いつもの発作よりも長い。息が苦しい。このまま死んでしまうかもしれないと思った。


 そんな発作が終わったころには、手のひらから鮮血が滴り落ちていた。ベッドのシーツを血で赤く濡らす。



「シスト……。私を、助けて」

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