第11話 ウォルティ

「テタヌスは毒素が消えてからも再び毒素が復活する場合があります。(解毒魔法で消えなかったテタヌス菌が毒素を出すため)その場合は先ほどのように局部を切り、溜まった毒素を解毒魔法か解毒剤で散らせてください。そのようにして看病を行えば、一週間後には完治していることでしょう」


「ありがとう。ありがとう……」



 テントの中にいた騎士たちは口々にお礼を言った。シストはその一言一言をうれしく思ったが、同時に疑問にも思った。



「この中にヒーラーはいないのですか? 普通、騎士団が遠征する場合はヒーラーもメンバーに入れると思うのですが」


「そ、それは……」



 騎士たちは少々困ったような表情で顔を見合わせた。シストたちに事情を話してもいいのだろうか、というような迷いが感じられる。それだけで、シストはこの騎士団にただならぬことが起こったと理解できた。



「何が、あったのですか?」


「そのことに関しては、私から説明しよう」




 シストの疑問に、渋い声が反応した。



「隊長」



 見ると、黒ひげの男が簡易ベッドの上で上体を起こしていた。シストの治療で話せるまでに回復したらしい。



「無理はしないでください。回復魔法をかけたといっても、体力までは回復していないですから」


「問題ない。君たちに状況を説明するだけだ」



 黒ひげの男、騎士団の隊長は状況のあらましを説明した。


 この近くの山に『ウォルティ』という革命団体がアジトを造っていた。ウォルティは盗賊のように近郊の村を襲い、金品を奪って生活をしていた。名目は革命資金だという。


 はじめ、シャムス王国はウォルティを小規模な盗賊としか見ていなかった。しかし、次第にその規模は膨れ上がり、王国としても無視できないまでに成長させてしまった。そこで、王国はウォルティのアジトの一つであるこの近くの山に騎士団の一部隊を派遣した。その騎士団の一部隊というのが、今シストたちの目の前に騎士たちなのである。


 騎士団はウォルティのアジトを突き止め、攻撃を仕掛けた。しかし、ウォルティのメンバーの中に強力な魔術師がいたらしく、その変幻自在な魔術に翻弄され、騎士団はウォルティに敗れてしまった。その際、一緒にいたヒーラーともはぐれてしまい、治療もままならなかったということらしい。



「そのはぐれてしまったヒーラーは、どこに」


「おそらく、ウォルティに捕まってしまったのだろう。本来ヒーラーとは後衛にいるべき存在だ。その後衛にすら、やつらは迫ってきたのだ。騎士団の面子もあったものではない」



 ここまでの話を聞き、ルビーは怒りを禁じえなかった。



「近くの村だけじゃなく、騎士団のヒーラーまでさらうだなんて、そのウォルティって組織、許しておけないわね。わかったわ。私たちがそのヒーラーを助けてきてあげる」



「……は?」



 騎士団の隊長は思わず呆けた声を出したしまった。ウォルティは騎士団の一部隊を撃退するほどの組織なのである。そんな組織に、こんな小娘が何をできるというのか。



「いや、気持ちはありがたいが、一般人をまきこむわけにはいかない。騎士団もこのような状態だ。今からウォルティと戦うことはできないだろう」


「大丈夫よ。ウォルティとは私たちだけで戦うから。あなたたちの手は煩わせないわ」


「い、いや。そういう問題ではなく」



 騎士団の隊長の言葉も虚しく、気合の入ったルビーには誰の言葉もまともに耳に入らないようだった。瞳が凛凛と輝いている。



「よし、シスト。そうと決まれば早速行くわよ。囚われのヒーラーを救うなんて、冒険しているみたいで胸が躍るわ」


「興味本位でこういうことに首を突っ込むのはやめたほうがいいと思うのですが」



 シストの言葉も、ルビーの心には響かない。ルビーはさっさとテントを出ていってしまい、ウォルティのアジトがあるという山へと歩を進める。シストも放っておくことができず、ルビーについていくしかなかった。



「すみません。そういうことなので、僕も彼女についていきます。治療のための道具は必要な分だけ置いていきますから、他の怪我人はそれで対処してみてください」


「お前たち、それがどんなに危険なことかわかっているのか!?」



 シストは騎士団の隊長の言葉に、笑顔になって答えた。



「ルビーさんにとって、それが危険かというよりも、それが正しいかのほうが重要なのでしょう。僕は、そんなルビーさんが好きですから」



 シストの言葉に、騎士たちは呆然とする。そんなことを考える人がいるとは思ってもいなかった。それに付き従う人の存在もだ。


 隊長をはじめ、残された騎士たちはただシストたちを見送ることしかできない。



「世の中には、まだあんな馬鹿者たちがいたのだな」



 騎士団の隊長はまだ少し痛む体で、かすかに笑うのだった。



   ###



 シストとルビーはウォルティのアジトへと向かう。草原の風がシストの白衣とルビーの金の長髪をなびかせていた。



「ルビーさん。ヒーラーを助けるのはいいのですが、ウォルティの規模とかはわかっているのですか?」


「へっ? そんなの、知るわけがないじゃん」


「これですか……」



 シストは大きなため息をつき、頭を抱えた。おそらくそうだろうと思っていたが、実際にルビーの口から聞くとその衝撃はなかなかの破壊力がある。



「何よ。どれだけ人数がいたとしても、私が負けるはずがないでしょう」


「まあ、たしかにルビーさんほどの人であれば、めったなことがない限り負けないとは思いますが」


「そうでしょう?」



 ルビーはシストに認められて、満足げに頷く。自己承認欲求が満たされた状態だ。



「しかし、問題は騎士団の隊長が言っていた魔術師ですね。魔術師といっても、どのような魔術師なのか、それがわからなければ対処のしようがありません。できれば、それを聞いてから出発したかったのですが」


「必要ないわよ。魔術師なんて、どうせ火の玉を出すとか、姿をドラゴンに変えるとか、その程度でしょう?」


「前半はともかく、後半の魔術は大魔術ですよ?」


「大丈夫、大丈夫。ドラゴンくらいなら、私の剣でみじん切りにしてあげるわ」


「頼もしいことです」



 シストはこれ以上ルビーに何を言っても無駄だと思った。結局、シストが様々な可能性を考え、対策を練るしかない。しかし、情報が少なすぎるために対策の練りようもなかった。



(本当に、出たとこ勝負になりそうですね)



 シストは胸の中に、不安という闇がジワリと広がっていくのを感じていた。


 そして、ウォルティのアジトがある山の麓まで来たとき、異変は起こった。二人が山の入り口に立った瞬間、次々と武器を持った男たちが山から下りてきたのである。全員が腕に赤い布を巻いていた。


 剣にナイフに斧。得物は様々だった。武器に統一性がないことからも、この組織はまだ軍事行動を起こせるほどの能力はないことがわかる。


 しかし、この人数はどうだろうか。山から次々と下りてくる人の数は増え続け、ついに三十人を超えてしまった。


 これだけの人数がここに常駐していたとは考えづらい。明らかに、シストたちを待ち伏せしていたのだ。



「これは、盛大なお出迎えですね」


「ふん。何人来ようとも、しょせんはザコよ」



 ルビーは早速二本の剣を抜いた。剣先が太陽の光でキラリと光る。シストも鉄鋼を仕込んだグローブを装着した。二人とも戦闘準備は万端だった。



「さあ、来なさい」



 ウォルティのメンバーたちは二人を囲み、じりじりと包囲の輪を縮める。シストとルビーは周りにいるウォルティのメンバーたちが飛び掛かってきた瞬間、それを戦いの合図にするつもりだった。


 場の緊張感が高まる。


 そのとき、場違いなほどの妖艶な声が天に響いた。



「あなたたちが、ヒーラーちゃんを助けに来たナイトたちね」


「誰」



 ルビーは声のしたほうに意識を向ける。誰かがここに近づいてきていた。


 二人を包囲していたウォルティのメンバーたちが、波が引くように道を開けていく。その造られた道の先には、魔女と形容すべき不思議な雰囲気を醸し出している女性がいた。つばの広い帽子に真っ赤な絹のドレス。片眼が長い前髪に隠れているせいか、見えている右目がやけに不気味に見えた。



「尋ねられたからには答えないとね。私はエルダ。魔術師のエルダさ」


「魔術師!」



 ルビーの剣を持つ手に力が入る。それもそのはずだ。ウォルティの主力はこの魔術師のエルダである。エルダさえ倒せば、ヒーラーの救出は容易になるはずだった。



「あたしが名乗ったんだもの。今度はあなたたちが名乗る番じゃないかしら?」


「ふんっ」



 ルビーはエルダと周りを囲んでいるウォルティのメンバーたちを見回した。ここで名乗ったとしても、敵に情報を与えるだけか。



「あんたなんかに、名乗る名前はないわよ!」



 ルビーは地を蹴った。見る見るうちにエルダとの距離を詰めていく。さすがにまずいと思ったのか、ウォルティのメンバーたちがエルダを守るようにルビーの前に飛び出してくる。



「邪魔!」



 一閃。ルビーの前に飛び出してきたウォルティのメンバーたちは一撃で地に伏した。まるで相手にならない。ここまで差があるとは、さすがの革命軍であるウォルティのメンバーたちも思わなかっただろう。


 ただ一人、エルダを除いて。



「野蛮ね。これじゃあ、どちらが王家に弓を引くものかわからないわよ」


「言ってなさいよ」



 ルビーは飛び上がり、二本の剣を振り上げた。勢いをそのままに、エルダに飛び掛かる。渾身の一撃だ。これをまともに食らえば、エルダの体は真っ二つになることだろう。


 だが、実際にはそうはならなかった。



「あたしを守りな。【賢者の盾】」



 ガキンッ、と金属音が草原の空に響いた。見ると、エルダの目の前には輝く魔法の盾が宙に浮いている。ルビーの剣はその魔法の盾を叩き、はじき返されたのだ。魔法の盾には傷一つついていない。



「私の剣が通らない!? なんて硬さよ」


「この盾は、大砲を正面から受け止めることだってできるわよ。あなたのそんな剣じゃ、傷もつけられないわ」



 エルダはすぐに魔法の盾を消した。盾がなくても戦えるという自信か。それとも別の何かを仕掛けるつもりなのか。



「燃えな。【愚者の炎】」



 エルダの手のひらから火の玉が飛び出した。拳ほどの大きさだが、火力はなかなか強そうだ。当たったらただでは済まないだろう。その火の玉が、ルビーに襲い掛かる。



「甘いわね。火の玉くらいで、私を倒せると思わないでよ!」



 ルビーはその火の玉を避けようともせず、右手に持っていた長剣で弾いた。火の玉は進路を変え、ルビーの後方へと飛んでいく。



「ん?」



 その火の玉が、ルビーが戦いやすいようにウォルティのメンバーたちを牽制していたシストのほうに飛んでいった。



「うわぁ」



 寸前のところで避けたシストだったが、銀の髪の毛が少し黒く焼けてしまった。頭から煙がぶすぶすと噴出している。



「ル、ルビーさん。火の玉がこっちに飛んできたんですけども!?」


「しっかり見ていなさい。危ないわよ」


「いや、ルビーさんがこっちに弾かなければいいだけのような気がするのですが」



 シストは色々と言いたいことはあったが、言っても無駄だろうと思ったので言わないことにした。


 それよりも、ルビーだけで魔術師のエルダと戦わせて大丈夫なのだろうか。シストが牽制を入れているので他のウォルティのメンバーたちは動くことはないが、それはシストも動けないことを意味している。



(滅多なことでルビーさんが負けるとは思えませんが、あの魔術師、何か不気味なんですよね)



 シストの心配をよそに、ルビーは無警戒に突撃していった。エルダも移動しながら火の玉を発射しているが、移動スピードはルビーのほうが上だ。次第にルビーとエルダの距離は縮まっていく。


 そしてルビーがエルダの目の前まで来たとき、エルダは魔法の盾を出現させずに、火の玉での攻撃を選んだ。その瞬間、シストはゾクリと背筋が凍るほどの悪寒を感じた。



「燃えな。【愚者の炎】」


「無駄だって、言っているでしょう!」



 火の玉がルビーに迫る。ルビーはいつも通りに剣で火の玉を弾こうとした。



「ルビーさん、いけません!」


「えっ?」



 遅かった。ルビーの剣が火の玉を弾いた瞬間、白い粉のようなものが爆発した。火の玉の中に何か仕込まれていたのだ。油断していたルビーはその粉を大量に吸い込んでしまう。



「ごほっ、ごほっ。な、何、これ」



 毒だと判断したシストはすぐさまルビーに駆け寄ろうとした。しかし、今度はウォルティのメンバーたちがシストを牽制し、動きを封じてきた。



「ルビーさん!」


「な、何よ。こんな粉くらい。なんてことは、ない、わ……よ」



 ルビーの意識は次第に薄れていき、その場に倒れてしまった。敵の目の前で倒れたルビーを救う手立ては、今のシストにはなかった。



「ルビーさん!」


「ふふふ。油断大敵ね」



 エルダは他のウォルティのメンバーたちにルビーを背負わせ、山の中に入っていった。アジトに連れ去るつもりなのだろう。



「待ってください。ルビーさんを返してください!」


「あなたには興味がないの。お姫様を助けたかったら、まずはそこにいるあたしの部下たちの相手をしてからにしてちょうだい。まあ、無理でしょうけどね。おほほほほ」



 エルダは高笑いをしながら山の中へ消えていった。シストはすぐに追おうとしたが、ウォルティのメンバーたちが壁のようにシストの進路を阻んで行動ができない。そうこうしているうちに、シストはルビーとエルダの姿を完全に見失ってしまった。



「ルビーさぁぁぁん!」



 シストの叫び声は、ウォルティのメンバーたちの嘲笑によってかき消されていった。

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