第24話 タイムリミット

 シストは宿に戻るとすぐさまルビーの治療を始めた。わき腹の傷は銃弾が体を抜けていたので、解毒魔法をかけたあとに回復魔法で傷を塞ぐだけでよかった。しかし、右肩の傷はそうはいかない。



「これは、銃弾が骨を砕いてそこで止まっていますね」


「私の体の中に銃弾が残っているってこと?」


「そういうことです。このまま傷を塞いでも、銃弾から溶け出した鉛で鉛中毒になる可能性があります」


「鉛中毒?」



 ルビーは初めて聞く病名に首を傾げた。鉛というもの自体は知っていたが、それが中毒症状を起こすなど考えたこともなかったのだ。



「銃弾は鉛でできているのは知っていますよね?」


「え、ええ」



 ずいぶんと怪しい返事だった。しかし、シストは気にせずに話を進める。



「ルビーさんの体内にある銃弾は右肩の骨の部分で止まっているのですが、骨液、つまり骨の中にある液体は鉛を溶解させる作用もあるのです。その骨の中に残った鉛が溶け出せば、体内で急激に増えた鉛を処理できず、腹痛や痙攣、嘔吐、筋力の低下などの不具合を引き起こす可能性があります。場合によっては死ぬ危険性もあるので、放置することはできません」



 シストの説明を聞き、ルビーは青ざめた。死ぬ。その言葉が、ルビーの心に重くのしかかる。



「ど、どうするのよ」


「もちろん、取り除きます」



 シストはそういうと、銀のナイフを白衣のポケットから取り出した。部屋の灯明がナイフの銀を薄い赤色に染める。



「え、いや、念のために聞くけど、どうやって銃弾を取り出すつもりなの?」


「ルビーさんの肩を切り裂いて、銃弾を取り除きます」


「麻酔は?」


「ありません。痛みは我慢してもらうしかないですね」


「……」


「……」



 シストがにっこりと笑うと、ルビーもつられたようにしてにっこりと笑った。次第に笑い声がどちらからともなく漏れ出て、最終的には声をあげて笑い出す。だが、次の瞬間。



「い~や~」



 ルビーが急に暴れ出した。鉛中毒になるのは嫌だが、治療で痛い思いをするのも嫌なのだ。心情としては注射を嫌がる子供の気持ちに似ているのかもしれない。



「わがままを言わないでください。治療をしなければ、このまま死んでしまうかもしれないんですよ?」


「どのみち、私はツベキュローシスなんでしょう? それなら、今更体の中に銃弾の一つや二つあっても変わらないわよ!」


「どんな理屈ですか!」



 きっと、ルビーにしかわからない理屈があるのだろう。しかし、そんな理屈を真に受けていてはヒーラーの仕事はやっていけない。ここは心を鬼にして無理やりにでも治療をしなければならないのだ。



「それに、ツベキュローシスの治療法は見つかりましたよ」


「……へっ?」



 一瞬、ルビーはシストが何を言ったのか理解できなかった。耳には確かに入ってきた。鼓膜を確かに震わせた。しかし、それが言語として脳に到達しなかったような感覚だ。



「正確には、ヒントが見つかっただけですが、突破口は開けたと思います」


「ほ、本当でしょうね」


「僕が嘘を言ってどうするんですか。本当ですよ」



 ルビーのほほが次第に緩んでくる。何度もあきらめかけた命なのだ。それが助かるかもしれないというだけで、生きていく活力が湧いてきた。そのためにも、こんなところで死ぬわけにはいかない。



「わ、わかったわ。ちょっと怖いけど、生きるためだもの。肩の銃弾、取り除いてちょうだい」


「わかってくれましたか。では、少し痛いかもしれませんが、我慢してくださいね」



 シストはそう言うと、おもむろに立ち上がってルビーの後方へと回った。背後に立たれ、ルビーはなぜだか嫌な予感がしてくる。



「え……。ど、どうしたの? 肩の銃弾を抜くんじゃなかったの?」


「ええ。しかし、暴れられると厄介なので」



 シストの手刀が振り下ろされた。



「ぐはっ!」



 その一撃で、ルビー意識は完全に刈り取られる。


 ルビーは気絶した。麻酔がない治療では、これが一番安全なのだろうか。なんとも乱暴なやり方である。



「さて、始めますか」



 シストは気絶したルビーの服を脱がし、慎重に治療した。部屋の灯明だけでは明かりが足りなかったので、魔光石も手元に置く。滴る汗がルビーの傷口に入らないように注意した。なかなか難しい手術だった。


 二時間ほどの治療の末、ルビーの体からは銃弾が完全に取り除かれた。あとは回復魔法で傷口を塞ぎ、ルビーが目覚めるのを待つだけだ。



「何とか、無事に終わりましたね」



 シストは治療の疲れからか、椅子の背もたれにもたれかかったまま眠ってしまった。その表情はルビーを救えた安堵感に満ちているようだった。


 その数十分後、ルビーは意識を回復した。寝ぼけ眼で体を確認したが、異常はない。いつもの透き通るほどの白い肌がルビーの目に入ってくる。ただ……。



(治療が終わったら、服くらい着せなさいよね)



 ルビーの上半身は裸であった。もはや慣れてきたとは言え、やはり裸は恥ずかしい。そのことにシストはいつまで経っても気づいてくれない。


 ルビーは軽くため息をついたあと、近くにかけてあった自分の服を着た。やはり自分に合った服というのは着ていて気持ちがいいものだ。


 そして、そばで寝ているシストを確認したあと、ベッドから起き上がった。



(うれしそうに寝ているわね。まったく、何がそんなにうれしいのかしら)



 ルビーはシストを起こさないように部屋を出ていった。そのまま宿の外に行き、夜空を見上げる。満天の星空と大きな満月。そんな夜の天空を見上げながら、ルビーは考え事をした。



(あのカイって男、アリアさんを殺そうとしていた。そして、カイはシストの知り合いだった。それはいいわ。でも、問題は――)



 ルビーの表情が曇る。ここからは考えるだけでも心に痛みが走った。しかし、考えないわけにはいかない。



(カイは、シストのために私を襲ったということ。もしかしたら、アリアさんを襲うのも、シストのためなの?)



 ルビーはゆっくりとカノンの町の夜道を歩く。もはや深夜といっていいほどの時間帯だ。すれ違う人もいない。



(わからない。シストと出会ったのは、グラナーテの町が初めてだったはず。それ以前にも、私はシストに会っていた……?)



 夜風がルビーの体を冷やした。このままでは風邪をひくかもしれない。病気にもよくないだろう。しかし、ルビーはそんなことは気にしていないようだった。



(私は、誰なの? シストは、何者なの?)



 頭の中で同じ疑問が何度も反響する。しかし、その疑問に答える心の声はどこからも響いてこなかった。


 そのときである。



「うっ。ごほっ、ごほっ」



 ルビーは急に咳き込み、跪いた。口を手で押さえ、発作が収まるまで待つ。軽い発作だ。シストに診てもらうまでもない。そう考えていた。


 しかし、発作が収まり、押さえていた手を確認してみると、そこには信じられないものがあった。



「……何、これ」



 血である。手のひらには、真っ赤な鮮血が付着していた。咳のために喉が切れたわけではない。明らかな吐血であった。



「……そう。無茶をしすぎたってことね」



 ルビーは立ち上がり、再び夜空を見上げた。そこには、先ほどよりも赤くなったように見える月が浮かんでいた。ゆっくりと、ゆっくりと月は傾いていく。



「残り時間は少ない、か」



 夜空の輝きが、いつまでもルビーの手のひらに付着した血を真っ赤に照らしていた。

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