血まみれの疑惑
第17話 約束
数時間後、ニコルからの連絡を受けたシャムス王国の騎士団が革命組織『ウォルティ』のアジトに突入した。クラウスとエルダはすでに捕らえられており、騎士団は二人を連行するだけでよかった。
騎士団の隊長は洞窟内を見渡し、そばにいるニコルに話しかける。
「あの金髪の少女と銀髪の青年は一緒ではなかったのか? 彼らがこれをやったのだろう?」
「二人なら、もう行ってしまいました。隊長によろしく、と言っていましたね」
「何、もうか」
疾風のように去っていってしまった二人を、騎士団の隊長は寂しそうに思う。できれば、もっと話をしてみたかったのかもしれない。
「お礼もできなかったな。なぜ止めてくれなかったのだ」
「止めても聞きませんでしたから。彼らはお礼目的でこんなことをやったのではありません。ただ、正しいと思ったからやったのです」
「なるほど。彼ららしい」
ニコルはシストとルビーが去っていった入り口のほうを見つめていた。乾いた風がニコルの肌を撫でる。
「ありがとう。シスト、ルビーちゃん」
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シストとルビーは革命組織『ウォルティ』のアジトを壊滅させた。しかし、ウォルティ自体が壊滅したわけではない。おそらくあの革命組織は今も別の部隊がシャムス王国の各地で行動を起こしていることだろう。
だが、それは今のシストとルビーには関係のない出来事であった。
シストとルビーは仇討ちの情報を得るためにグルダンの町へと向かわなければならない。途中でこのような道草を食っていたら、いつまで経っても到達はできないだろう。二人は少々急ぎ足になってグルダンの町がある方角へと歩き出した。
その途中、ルビーの足が不意に止まる。シストもルビーよりも少し進んだところで足を止めた。
「ルビーさん?」
ルビーは真剣な表情でシストを見ながら黙っている。そのただならぬ様子に、シストの表情も硬くなった。
「どうしたのですか? 何かありましたか?」
じっくりと間を置いて、ルビーの口が開かれた。
「私、ニコルさんからあなたの過去を聞いたんだけど」
シストの表情が驚愕の色に染まる。シストは何を思うのか。眉間にしわが寄ってきたことを思うと、いい感情は抱いていないのだろう。
「ルビーさんは、僕の過去を知ってどうするつもりなんですか?」
「どうするつもり、か」
ルビーは一度そっぽを向き、ほほを掻いた。何を思ったのか、今来た道をもう一度振り返ったのだ。そして、決意に満ちた目でシストを睨み、歩み寄る。
「こうするつもりよ!」
ルビーの拳がシストの顔面に迫る。
しかし、その拳はシストによって楽々と受け止められてしまった。剣術ではルビーのほうが上でも、殴り合いではシストには敵わないのはこの旅で何度も証明されていることだった。
ルビーはほほを膨らませて涙目になった。
「なんで受け止めるのよ!」
「受け止めないと痛いじゃないですか!?」
確かにその通りなのだが、心情としてルビーはシストに顔面で拳を受け止めてほしかった。
ルビーは息を整え、じっとシストを睨む。そして、話をもとに戻した。
「あんたね、馬鹿じゃないの? 確かにあんたはミスをしたかもしれない。でもね、それだけで逃げるの? もう一度やり直そうとは思わないわけ?」
「……ルビーさんがどこまで話を聞いたかわかりませんが、僕は人殺しなんですよ。一度だけ、それだけのミス、何て言葉は、遺族には通用しません」
「遺族の言葉が何よ! あんたはね、もっと多くの人を救える可能性を持っているのよ? その一人のために、多く人の命を犠牲にするつもり?」
「しかし、亡くなった人の気持ちはどうするのですか。残された遺族は。僕は、その人たちに……」
「うるさーい!」
ルビーはもう一度シストに殴りかかった。しかし、またもやルビーの拳はシストに受け止められる。恨めしそうな目でほほを膨らませるルビーも先ほどとまったく同じだった。
「だから、なんで受け止めるのよ!」
「だから、受け止めないと痛いじゃないですか!?」
これに関してもいくらでも言いたいことはあったが、ルビーは息を整え、話を戻すためにシストを睨む。
「あんたはね、もっと自分の気持ちを大切にしなさい。一度や二度の失敗をしてもいい。何度失敗したって、何度でもやり直せばいいじゃない。あんたは、それが許された人間なのよ」
「何度でも、やり直す……」
「魔法学校も卒業しないで町を飛び出しちゃったんでしょう? ニコルさんも言っていたわよ。みんな心配しているって」
「ニコルさんが、そうですか……」
シストは昔の親友の顔を思い出し、寂しげな表情を見せる。本当は今でもニコルたちと一緒に行動したいのかもしれない。しかし、それを過去の呪縛が阻んでいるのだ。
「しかし、今更どんな顔をして会えばいいのか」
「そんなこと気にしない。そんなに心配なら、私もあなたの町に行くわよ。この仇討ちの旅が終わったら、すぐにね。一緒に行って、一緒にみんなに謝りましょう」
「ルビーさんが、ですか?」
ルビーの言葉に、シストの目が見開く。あの傲慢とも言える性格のルビーが、ここまでシストに対して親身になってくれるというのはどういうことなのか。
「私じゃ、不満?」
「いえ、そういうわけではないのですが」
「なら決まり。私のような美少女が一緒に謝るんだもの。遺族だって、あんたの友人だって、みんな許してくれるわよ」
「そう、ですかね」
「そうよ」
シストは少し考えるような素振りを見せた。ここまでルビーに言わせて、何もしないというのは男として沽券にかかわるだろう。シストはあきらめるようにいつもの笑顔に戻った。
「では、期待しておきます」
「任せなさい! あんたが正しいってことは、私が一番知っているんだから。あんたを非難するやつがいたら、私がやっつけてやるわよ。だから……」
ルビーはシストに背を向けて、かすかにつぶやいた。
「そんな悲しそうな顔、するんじゃないわよ」
シストとルビーは再び肩を並べて歩き出した。ルビーの想いがシストに届いたのかはわからないが、少なくとも、この日からシストの笑顔は多くなった。
二人の絆は、日増しに強くなっていくようだった。
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